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第八章 断罪の朝
第六十一話 百の華
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「例外、とは……?」
「生まれながらにして女神の系譜。つまり聖女と同じく神聖魔法を行使できる存在の命を奪おうとした、皇族、もしくは公族に適用される。昔は神殿と皇族の仲が悪かったからな」
「まさか……そんな、いえ。いいえ、私達はそんなことなど知りません」
「当たり前だ。わしもまだあなたたちが有罪などとは、発しておらん」
ロバートの目の前で、しかし、レイナは唇を真っ青にして震えていた。
エリンは余程しぶといのか、顔色をすこし変えただけだった。
ディノッソは犯人探しが楽しいらしい。水晶を両の手のひらで弄びながら、客人を招いた主旨を説明する。
その瞳はこれから新しいおもちゃで遊べる子供の様に、純粋に煌いていた。
ディノッソは両手にした水晶を互いにぶつけた。
すると、二つの水晶は無数の破片になり、室内の天井多角へと舞い上がる。
黒い漆喰の天井に無数に煌めくそれらは、まるで夜空を彩る幾千億の星だった。
これからその輝きが命を奪っていくのかと思うと、ロバートは居たたまれない気分になる。
だが、セナを苦しめここまでのうのうと生きてきたエリンとレイナに対しては、自分がそうされたかのように純粋な怒りが湧き上がる。
レイナはそれを見て心細くなり婚約者に手を伸ばしたが、それはロバートの無視により否定された。
ロバート、と悲痛な叫びの様な声が漆黒の天井に吸い込まれていく。
「実は先月、王国から帝国の全寮制の高校へと入学したとある貴族の令嬢が、何者かに襲われるという事件があった」
「それは痛ましい事件ですね」
「そうなのだ女公爵。そしてその犯人は誰かといえば、夏休みを利用して寮から王国へと戻ろうとした彼女の家が臨時に雇った、貴族向けの送迎車の運転手だと判明した」
嘘だ。ロバートの心の中で叫んだ。
そんな事件は起きていない。この場所で女公爵たちを断罪するために、ディノッソがでっち上げた偽りの出来事だった。
「送迎車の運転手がそんなことをするなんて……。その会社の沽券にも拘る由々しき事態です」
「わしもそう思う。だからこの件について、これまで似たような事例がなかったかどうかを過去に渡って調べさせた」
「え‥‥‥」
エリンの頬が一緒、ひくついた。
それはすぐに余裕の微笑みに取って代わられたが、彼女が過去に似たような何かについて関係していることを暗に示していた。
「その高校というのは、帝国でも指折りの名門高校でな。名前をバルシャード高等学院という。送迎サービスを請け負っていた会社は、デンダー商会」
「バルシャード……」
続いてその名前を発したのは、誰でもないレイナだった。ゆるやかにウェーブを描くその金髪が、ワナワナと震える唇とともに左右へと揺れ、彼女の心の動揺を強く表現していた。
「もちろんレイナ嬢はご存知だろう。あなたの義理の妹が、そこで行方不明になったのだから。なあ、女公爵殿、義理の娘が行方不明になった時、あなたも同じ送迎サービスの会社を利用したはずだ」
「……そうだったかもしれません。それがどうしたというのですか」
「不思議だな。普通の母親ならば、ワシは悲しむところだと思うのだが。女公爵、あなたの娘は、デンダー商会が雇った運転手のひとりの不手際によって、この世から命を散らせてしまったはずだ」
「いえ、それは違います。あの子はセナは自分から行方不明になったんです」
「自分から? これはおかしな話だ。自分から行方不明になるかそれとも他人の手によって行方不明にされるかは、その被害者にしかわからないはずだ」
面白い発言をする、とディノッソはくくっと喉の奥から嫌な笑みを漏らした。
裁かれる側にとってはこれほど聞き苦しい音もないだろう。ロバートは少しだけ罪人たちに同情を覚えた。
「言葉のあやというものです。運転手はきちんと謝罪を行いましたし、罪を償ってもいます。あの子はその時自分から荷物とともに怒りの言葉を吐き、道の途中でおろすように命じて、自ら消えていったと、運転手が語っていました」
「不思議なことなのだが。その運転手と同じ人物と思しき人間が、今回の騒動を起こしたと言えば信じるかな?」
女公爵の顔が曇る。
偽りの上に偽りを重ねた図太い神経が張り巡らされた顔には、後悔などというものは存在しないように思えた。
「……犯罪者は犯罪を繰り返すと言いますから。そうであっても不思議ではありません。被害を被った女性には、同情を禁じえません」
「なあ、女公爵。ひとつだけ確認をしておこう。その運転手はまだ生きているのか?」
「さあ? 私は逮捕され罪に服役したとだけしか、伝わっておりません」
その時だった。
天井に散らばっていた水晶の一つが、氷の破片が割れるように透き通った音とともに、女公爵の額を直撃したのは。
「ひいいいっ――!」
絹を裂くような悲鳴が室内に轟く。
きらめきを追いかけたロバートの視線が追いついた先にあったのは、両手で額を抑えて床に転げ回ろうとするも、すぐに衛兵に椅子の上に引きずりあげれて、両腕を椅子の左右にあるひじ掛けに革のベルトで固定された罪人の姿だった。
「生まれながらにして女神の系譜。つまり聖女と同じく神聖魔法を行使できる存在の命を奪おうとした、皇族、もしくは公族に適用される。昔は神殿と皇族の仲が悪かったからな」
「まさか……そんな、いえ。いいえ、私達はそんなことなど知りません」
「当たり前だ。わしもまだあなたたちが有罪などとは、発しておらん」
ロバートの目の前で、しかし、レイナは唇を真っ青にして震えていた。
エリンは余程しぶといのか、顔色をすこし変えただけだった。
ディノッソは犯人探しが楽しいらしい。水晶を両の手のひらで弄びながら、客人を招いた主旨を説明する。
その瞳はこれから新しいおもちゃで遊べる子供の様に、純粋に煌いていた。
ディノッソは両手にした水晶を互いにぶつけた。
すると、二つの水晶は無数の破片になり、室内の天井多角へと舞い上がる。
黒い漆喰の天井に無数に煌めくそれらは、まるで夜空を彩る幾千億の星だった。
これからその輝きが命を奪っていくのかと思うと、ロバートは居たたまれない気分になる。
だが、セナを苦しめここまでのうのうと生きてきたエリンとレイナに対しては、自分がそうされたかのように純粋な怒りが湧き上がる。
レイナはそれを見て心細くなり婚約者に手を伸ばしたが、それはロバートの無視により否定された。
ロバート、と悲痛な叫びの様な声が漆黒の天井に吸い込まれていく。
「実は先月、王国から帝国の全寮制の高校へと入学したとある貴族の令嬢が、何者かに襲われるという事件があった」
「それは痛ましい事件ですね」
「そうなのだ女公爵。そしてその犯人は誰かといえば、夏休みを利用して寮から王国へと戻ろうとした彼女の家が臨時に雇った、貴族向けの送迎車の運転手だと判明した」
嘘だ。ロバートの心の中で叫んだ。
そんな事件は起きていない。この場所で女公爵たちを断罪するために、ディノッソがでっち上げた偽りの出来事だった。
「送迎車の運転手がそんなことをするなんて……。その会社の沽券にも拘る由々しき事態です」
「わしもそう思う。だからこの件について、これまで似たような事例がなかったかどうかを過去に渡って調べさせた」
「え‥‥‥」
エリンの頬が一緒、ひくついた。
それはすぐに余裕の微笑みに取って代わられたが、彼女が過去に似たような何かについて関係していることを暗に示していた。
「その高校というのは、帝国でも指折りの名門高校でな。名前をバルシャード高等学院という。送迎サービスを請け負っていた会社は、デンダー商会」
「バルシャード……」
続いてその名前を発したのは、誰でもないレイナだった。ゆるやかにウェーブを描くその金髪が、ワナワナと震える唇とともに左右へと揺れ、彼女の心の動揺を強く表現していた。
「もちろんレイナ嬢はご存知だろう。あなたの義理の妹が、そこで行方不明になったのだから。なあ、女公爵殿、義理の娘が行方不明になった時、あなたも同じ送迎サービスの会社を利用したはずだ」
「……そうだったかもしれません。それがどうしたというのですか」
「不思議だな。普通の母親ならば、ワシは悲しむところだと思うのだが。女公爵、あなたの娘は、デンダー商会が雇った運転手のひとりの不手際によって、この世から命を散らせてしまったはずだ」
「いえ、それは違います。あの子はセナは自分から行方不明になったんです」
「自分から? これはおかしな話だ。自分から行方不明になるかそれとも他人の手によって行方不明にされるかは、その被害者にしかわからないはずだ」
面白い発言をする、とディノッソはくくっと喉の奥から嫌な笑みを漏らした。
裁かれる側にとってはこれほど聞き苦しい音もないだろう。ロバートは少しだけ罪人たちに同情を覚えた。
「言葉のあやというものです。運転手はきちんと謝罪を行いましたし、罪を償ってもいます。あの子はその時自分から荷物とともに怒りの言葉を吐き、道の途中でおろすように命じて、自ら消えていったと、運転手が語っていました」
「不思議なことなのだが。その運転手と同じ人物と思しき人間が、今回の騒動を起こしたと言えば信じるかな?」
女公爵の顔が曇る。
偽りの上に偽りを重ねた図太い神経が張り巡らされた顔には、後悔などというものは存在しないように思えた。
「……犯罪者は犯罪を繰り返すと言いますから。そうであっても不思議ではありません。被害を被った女性には、同情を禁じえません」
「なあ、女公爵。ひとつだけ確認をしておこう。その運転手はまだ生きているのか?」
「さあ? 私は逮捕され罪に服役したとだけしか、伝わっておりません」
その時だった。
天井に散らばっていた水晶の一つが、氷の破片が割れるように透き通った音とともに、女公爵の額を直撃したのは。
「ひいいいっ――!」
絹を裂くような悲鳴が室内に轟く。
きらめきを追いかけたロバートの視線が追いついた先にあったのは、両手で額を抑えて床に転げ回ろうとするも、すぐに衛兵に椅子の上に引きずりあげれて、両腕を椅子の左右にあるひじ掛けに革のベルトで固定された罪人の姿だった。
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