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第七章 正当なる後継者
第五十六話 公爵家の資産
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夢の中に懐かしい屋敷が現れた。
アーバンクル公爵家の豪邸だった。
バベの並木がぐるりと四方を囲み、その下には鉄柵が張り巡られていて、邸内にはポプラや楓、銀杏やブナといった植生もさまざま植物たちが植えられている。
セナの大好きだったバラ園は、屋敷の中庭にあった。
楽しかった少女時代。
母親はいつも側で椅子に座り、のんびりとこちらに向けて優し気な視線をくれた。
それを背に受けて、水浴びなどをし、家人を困らせたのを覚えている。
母親が亡くなり、父親が再婚し、姉が二人できた。
リズとレイラだ。意地悪で昆虫や小動物をいじめては楽しむ冷酷な気質を持つ二人は、美しさではセナに引けを取らないが、数々の残酷な行為から、家の者たちには恐れられ疎まれていた。
ありとあらゆる苦汁と辛酸をセナに舐めさせたこの新しい義理の家族だが、一つだけ感謝をしていることもある。
それは彼女たちから逃げたことで、自分の新しい人生を生きる方法を掴み、ディーノという宝物を手にできたことだ。
だからこそ、いま。
手の中には、彼女たちを告発できるありとあらゆる証拠が揃っているし、いつも間にか隣には息子とロバートもついてくれている。
夢だからテンポが速く、流れもスムーズにいくのかと、納得した。
さあ、叩き付けてやるのだ。自分の失った全てを取り戻し、ロバートと結婚をして、ディーノに輝かしい未来を与えてやれる――。
継母エリンと義姉たちに訴状をつきつけ、彼女たちは古めかしい断頭台に立たされて、泣きわめき、無実を叫んでいる。
いい気味だ、私が十年間味わった憎しみを味わうがいい、ざまあ見ろ!
ギロチンの刃が煌き、三つの頭が、地に転がった。
それを見てむせかえるような血に正気を失いそうになりつつ、セナはロバートに抱かれ、そこにディーノを招き入れようとする。
「ほら、いらっしゃい。悪い魔女たちは殿下が退治してくれたわ。これからはあなたも王子様になって幸せに暮らせるのよ!」
セナの声は感動にむせびかえっている。
息子は初めて見る母親の新しい一面を見て、ふるふると首を振った。
「どうして?」大きく、セナが問いかける。問い詰めるような勢いと、あなたのためにしてあげたのに、というディーノに対する非難がそこには含まれていた。
「ママ。僕は誰も死んでほしくないし、悲しいのは嫌だ。王国なんて知らないし、なんでも自由になるのはとても楽しいだと思うけど……でも嫌だよ」
「なぜ? あなたが望んだら神様はなんだってくれるのに!」
「だって……。ママが僕に教えてくれたんだよ。みんなと仲良くして、一生懸命に頑張って勉強しなさいって。卑怯な方法とか簡単なやり方に逃げちゃダメだって。結果が悪くても、僕には自信ができるから、また次を頑張ればいいんだって。どうして、楽な方に逃げようとするの……そんなママ。見たくないよ」
視界がぐにゃりと歪んだ。
大勢の異なる自分が、息子に向かって攻撃を始めようとしている。
あなたのためなのに。私はこんなに苦労してきたのに。私たちはこれからも苦しい思いをしなければならないのに。
そこから抜き出すための一番いい方法がこれなのに。
そんな風に叫んでいるのはセナがこれまで克服してきた、弱い自分たちだ。
克服したように見せかけ、捨ててきた、過去の感情たちかもしれない。
そう思うと、夢の中で別の自分が叫んでいる言葉のどれもが、正しいように思えてきた。
その瞬間その瞬間。私は確かに心がちぎれるほど、痛い思いをしてきたのだから。
でもそれを息子に求めるのは間違っている。
求めてしまった時から義理の姉達のように心の弱い、他人の弱点を許すことができない、愚かな人間に成り下がってしまうのだろう。
「そうね。ごめんなさい、ディーノ。ママが間違っていたわ」
新しい環境は彼を悲しませるかもしれない。
息子はその髪の色と瞳の色によっていじめられないだろうか。
たくさんの不安が明るい光となって浮かび上がり、心の中に影を落として行く。
その光は人々の奇異の視線であったり、差別であったり、時には暴力として振るわれることもあるだろう。
その全てから彼を守ることが自分の選ぶべき、一番大事な生き方なのだ。
夢から醒めてみたら、もう太陽は高く昇り、時刻は午前十時を指していた。
ほとんど休んだことのない朝食の支度をすっぽかしてしまったことに、セナは心で謝罪すると、支度を整えて階下へ降りて行く。
息子はすでに登校していて、昨夜自分が放り出したものだろう。
テーブルの上にはロバートが持ってきた書類の束が、封筒とともに置かれていた。
「何これ?」
見覚えのあるその茶色い封筒は、確かロバートに突き返したものだ。
中身を改めて、やはり、とセナは頬を膨らませた。
「あの人ったら。私がこうすることを分かってたんだわ。もう……」
彼が渡してきたあの小切手と、今手元にある小切手。
両方の総額を足したら、セナがよく知っている数字になる。
偶然なのかいやこれはまさしく偶然なのだが。
その金額は、公開されているアーバンクル公爵家の総資産額に匹敵する内容だった。
アーバンクル公爵家の豪邸だった。
バベの並木がぐるりと四方を囲み、その下には鉄柵が張り巡られていて、邸内にはポプラや楓、銀杏やブナといった植生もさまざま植物たちが植えられている。
セナの大好きだったバラ園は、屋敷の中庭にあった。
楽しかった少女時代。
母親はいつも側で椅子に座り、のんびりとこちらに向けて優し気な視線をくれた。
それを背に受けて、水浴びなどをし、家人を困らせたのを覚えている。
母親が亡くなり、父親が再婚し、姉が二人できた。
リズとレイラだ。意地悪で昆虫や小動物をいじめては楽しむ冷酷な気質を持つ二人は、美しさではセナに引けを取らないが、数々の残酷な行為から、家の者たちには恐れられ疎まれていた。
ありとあらゆる苦汁と辛酸をセナに舐めさせたこの新しい義理の家族だが、一つだけ感謝をしていることもある。
それは彼女たちから逃げたことで、自分の新しい人生を生きる方法を掴み、ディーノという宝物を手にできたことだ。
だからこそ、いま。
手の中には、彼女たちを告発できるありとあらゆる証拠が揃っているし、いつも間にか隣には息子とロバートもついてくれている。
夢だからテンポが速く、流れもスムーズにいくのかと、納得した。
さあ、叩き付けてやるのだ。自分の失った全てを取り戻し、ロバートと結婚をして、ディーノに輝かしい未来を与えてやれる――。
継母エリンと義姉たちに訴状をつきつけ、彼女たちは古めかしい断頭台に立たされて、泣きわめき、無実を叫んでいる。
いい気味だ、私が十年間味わった憎しみを味わうがいい、ざまあ見ろ!
ギロチンの刃が煌き、三つの頭が、地に転がった。
それを見てむせかえるような血に正気を失いそうになりつつ、セナはロバートに抱かれ、そこにディーノを招き入れようとする。
「ほら、いらっしゃい。悪い魔女たちは殿下が退治してくれたわ。これからはあなたも王子様になって幸せに暮らせるのよ!」
セナの声は感動にむせびかえっている。
息子は初めて見る母親の新しい一面を見て、ふるふると首を振った。
「どうして?」大きく、セナが問いかける。問い詰めるような勢いと、あなたのためにしてあげたのに、というディーノに対する非難がそこには含まれていた。
「ママ。僕は誰も死んでほしくないし、悲しいのは嫌だ。王国なんて知らないし、なんでも自由になるのはとても楽しいだと思うけど……でも嫌だよ」
「なぜ? あなたが望んだら神様はなんだってくれるのに!」
「だって……。ママが僕に教えてくれたんだよ。みんなと仲良くして、一生懸命に頑張って勉強しなさいって。卑怯な方法とか簡単なやり方に逃げちゃダメだって。結果が悪くても、僕には自信ができるから、また次を頑張ればいいんだって。どうして、楽な方に逃げようとするの……そんなママ。見たくないよ」
視界がぐにゃりと歪んだ。
大勢の異なる自分が、息子に向かって攻撃を始めようとしている。
あなたのためなのに。私はこんなに苦労してきたのに。私たちはこれからも苦しい思いをしなければならないのに。
そこから抜き出すための一番いい方法がこれなのに。
そんな風に叫んでいるのはセナがこれまで克服してきた、弱い自分たちだ。
克服したように見せかけ、捨ててきた、過去の感情たちかもしれない。
そう思うと、夢の中で別の自分が叫んでいる言葉のどれもが、正しいように思えてきた。
その瞬間その瞬間。私は確かに心がちぎれるほど、痛い思いをしてきたのだから。
でもそれを息子に求めるのは間違っている。
求めてしまった時から義理の姉達のように心の弱い、他人の弱点を許すことができない、愚かな人間に成り下がってしまうのだろう。
「そうね。ごめんなさい、ディーノ。ママが間違っていたわ」
新しい環境は彼を悲しませるかもしれない。
息子はその髪の色と瞳の色によっていじめられないだろうか。
たくさんの不安が明るい光となって浮かび上がり、心の中に影を落として行く。
その光は人々の奇異の視線であったり、差別であったり、時には暴力として振るわれることもあるだろう。
その全てから彼を守ることが自分の選ぶべき、一番大事な生き方なのだ。
夢から醒めてみたら、もう太陽は高く昇り、時刻は午前十時を指していた。
ほとんど休んだことのない朝食の支度をすっぽかしてしまったことに、セナは心で謝罪すると、支度を整えて階下へ降りて行く。
息子はすでに登校していて、昨夜自分が放り出したものだろう。
テーブルの上にはロバートが持ってきた書類の束が、封筒とともに置かれていた。
「何これ?」
見覚えのあるその茶色い封筒は、確かロバートに突き返したものだ。
中身を改めて、やはり、とセナは頬を膨らませた。
「あの人ったら。私がこうすることを分かってたんだわ。もう……」
彼が渡してきたあの小切手と、今手元にある小切手。
両方の総額を足したら、セナがよく知っている数字になる。
偶然なのかいやこれはまさしく偶然なのだが。
その金額は、公開されているアーバンクル公爵家の総資産額に匹敵する内容だった。
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