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第六章 奪われた遺産

第四十九話 仮面の淑女

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 ロバートはミアにいきなり早朝訪問したことを、丁寧に詫びた。
 伝え聞く傲慢な彼とはどこか違うその対応に、ミアは勢いを削がれてしまう。

「あなたにはどうか真実を語っていただきたい」
「真実? 私はあなたに隠し事なんてした覚えはないけれど」

 と一蹴してさっさと追い出そうとしたら、アレックスは一枚の書類を取り出した。
 それはあの夜。六年前の舞踏会の夜、参加者にサインを求めた書類の一つだった。

「六年前のあの夜、ホテルギャザリックで王太子殿下は花嫁候補を選ぶための舞踏会を催されました。その場にはあなたを招待しましたし、ミア様。あなたのサインもいただいています」
「あ……そうだったかも、ね」
「ところでこちらは、昨年、パルスティン公爵名義で慈善団体に贈られた寄付金の領収書ですが。サインはあなたがされたはず」
「どこから持ってきたの、そんなもの」
「新聞に掲載されておりますよ。まあそれはさておき、二つのサインを比べますと、こう――いろいろと、差異がある。一番明確なものは、あなたが右手で物を書こうとしておられる」

 そう言い、アレックスは書類作業に入るから出て行け、と語ろうとしたまま固まってしまったミアをじっと見つめた。

「それがどうかして?」
「このサインは左利きの人間のものです。専門家の鑑定もそう裏付けております。これはどういうことでしょうか?」
「……盗まれたの。あの時、実家から送られてきた仮面もドレスも綺麗だったピンヒールだって。何もかも盗まれた」

 自分は無関係だと苦し紛れにミアは嘘をつく。
 目は右上を向いており、白々しいことこの上なかった。

「翌朝、ミア様のドレスルームのお手伝いに入り、荷物をまとめた従業員の話では、大層素晴らしいドレスがあったとか」
「えっう……それは」
「いろいろと話しを総合しますと、舞踏会に参加されたのは、ミア様ではない?」
「私。私じゃないわ。だってあのホテルに宿泊してから出て行くまでの間私はずっと寝込んでいたんだから。それはあなた達ホテル側だって理解しているはずでしょ?」
「もちろん理解しております。だが同様に、殿下と一夜を共にした女性も、ミア・パルスティン公爵令嬢と名乗り、左手でサインをし、素晴らしいダンスを披露し、銀髪でガラスのように透明な青い瞳だった。そのことはもうご存知なのでしょう?」
「一夜? え、は? ええ……」

 どこかの誰かとベッドを共にしたということだけは聞いていた。
 従甥。つまり、従姉妹のセナの息子だから、従甥なのだが、ディーノが持つ髪色と瞳の色は、帝国ではそうそう珍しい組みあわせでもない。

 いつかディーノの父親が名乗り出てきた日には、よくも親友をこんな辛い目に遭わせて放置したな、いい度胸だ! と殴ってやろうかと密やかに心に誓ってきたものの、いきなりこんな不意打ちをされたのでは、驚きで声も出なくなる。

「まさか、とは思われるだろうが、そのまさか、だ。あなたには彼女がなくしたものを取り戻すための手助けをどうか願いたい」
「待って待って! 話がいきなり過ぎるじゃない。一体どうやってあの子のことを見つけ出したの。あの子は殿下、あなたの子供ではないかもしれないし、それに……」
「それに何かな、ミス・ミア」
「ミアでいいわよ……あの母子はもう社交界とか貴族とか、そういったものに興味を持ってないし取り戻したいとも思っていないと思う。これはあくまで生まれてからずっとセナのことを知っている、従姉妹としての意見だけど!」
「だがそれでは、セナがあまりにも憐れではないか」

 身分の高い人はそうやってすぐに自分の都合を押し付けるんだから……。
 と、同じ上流階級出身でありながら、世俗にまみれて日々自分の好きな考古学に没頭している公爵令嬢は、ぼやいた。
 
 憐れみを与えられたところで、それを喜ぶかどうかはセナ次第なのだ。
 自分が望むことは何でも与えられてきた、一方通行の生き方しか知らない殿下には、難しい話かもしれないけれど。

 ここで無関係だからと追い返したら、さらにややこしい火種になりかねない。
 ミアは狭いオフィスの中で埃を被っていた来客用のソファーを見、それの埃を払って、二人に座るように勧めた。

 お湯を沸かしながら紅茶を提供して、ようやくアレックスとロバートからここまでの道のりを聞き出すことに、成功する。
 驚いたことに彼らはすでにセナのもとに行っていたのだ。

「呆れた判断ですよね、殿下。レイナが聞いたら泣きそうだわ」
「これはレイナと婚約する以前の問題だ。俺はそう考えている」
「セナが求めたら、婚約破棄をしてでも一緒に暮らすって? それこそとんでもない妄想ね。仮にもアーバンクル公爵家は聖女を祖先に持ち、皇帝家とも縁の深い血筋なの。我がパルスティン公爵家とは雲泥の差! 国際問題どころじゃ済まなくなるわよ」
「それではなぜ。それほどに縁が深いというなら、どうしてセナを放っておいた!」

 それはまず当然の疑問だった。
 誰しもが思うことだろう。そんなに身分の高い女性が行方不明だったのだから。

「消息が不明になった時、あの子の籍はすでに公爵家から抜かれていたの」
「なんだと……だから伯爵令嬢だったのか」
「なんだ、そんなところまで調べがついているの? その割には肝心なところが抜けているのね。呆れた」
「ついさっき調べたんだ。少しばかりの抜けは、勘弁して欲しいものだな」
「どうだか。六年も経って、いまさら探していた、なんて名乗られても、ね。可哀想なセナ」

 せめてレイナとの関係を清算してから来るべきよ、とミアは責めるように言った。
 だが二人にとって、レイナとセナの関係を数時間前にようやく把握したことだ。
 それは少しばかり、無茶な依頼だった。

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