45 / 71
第六章 奪われた遺産
第四十五話 女神と精霊
しおりを挟む
いつどこでどうやって、息子に何を語るか。
それは、彼女が決めることなのだ。
なぜなら、この子の母親はセナただ一人なのだから。
ロアッソは言葉を言い換えることにした。
ディーノが眠れないと不安がるので、温かいミルクを入れてやりながら、文面を頭で整える。
それを受け取り、ふーふーと醒ましながら、ディーノの髪色はまた青い鱗粉を零していた。
「これを飲んだら寝るんだ、いいな」
「いいけど、うん。でもさっきの話だけど」
「あー……そうだな。友達っていうのは、もし何年も離れていたとしても友達なんだ。わかるか?」
「友達? 初等学院に入ってから、エミルやセレンに会ってないから寂しいかな」
「それなら休みに入ってから遊びに行けばいい」
「そうする」
ロバートはここしばらく遊んでいなかった友人たちの顔を思い出して、心に安らぎを感じたらしい。
嬉しうに顔を笑顔で綻ばせた。
「話が逸れたが、友達っていうのはいつ会っても、別れたときとまた同じように、話ができるもんだ。ロバートとアレックスは、ディーノがたまたま新聞に載ったから、懐かしくなって会いに来たんだよ」
「僕は、あれ好きじゃない。みんなから、からかわれるもの」
と、ロバートは母親のセナが新聞記事を切り取り、小さな額縁に入れて誇らしげに今の壁に飾ってあるのを、指さした。
それはロバートもアレックスも報告書で目にしていた、あの写真だった。
「みんなが見るからロバートやアレックスも見たんだよ。だから懐かしくなって会いに来たんだ。友達同士だったら悪ふざけもする。他から見たら仲悪く見えて、実はそうじゃないことだってよくあるもんだ」
「そうなの?」
「そうだとも。他の人間には分からないことだって、友達同士じゃよく分かることもあるのさ」
なんだかよくわからない、いう顔をディーノはしてみせる。
まだ人づきあいが少ない彼には、無理もない。
そしてロアッソは適当に返事を返している自分を、馬鹿野郎と罵っていた。
これは嘘だ。
俺はとんでもない大嘘をついてしまっている。
ロアッソはディーノのことについて、その髪の色と瞳の色からまさかとは思っていたが。
彼は、間違いなく王族の血を引いているらしい。
ディーノへ逃げた方がいいかもしれない、と頭のどこかで告げているのは、伝説にある、王族と契約をしたとされる、空と太陽が交わる意味を持つ炎の精霊かもしれない。
状況はかなり切迫している。
理解をしながら、それでもやはり神様達に待って行って欲しい、と自分ではそんな特別な力を持たない料理人は、心の中で静かに祈った。
「ディーノ、おじさんと約束してくれないか」
「……約束? どんな?」
「いや、難しいことじゃない。多分、ママはここ数日でどこかにお出かけするわよって言いだすんだ」
「そうなの? どうして?」
きょとんとして、ディーノは首を傾げた。
それは、頭の中で誰かの言う、どこかに逃げたらいいかもしれない、という言葉が現実になるからかもしれない、とふと思えた。
「ママは多分、そう言うはずなんだ。だけどな、おじさんはその前にママと話がしたい。だからママがもしそう言ったら、俺に教えて欲しいんだ」
「いいけど、それはどうやってすればいいの?」
あれだよ、とロアッソはリビングの壁に吊ってある、大きな貝殻がついたネックレスのようなものを指差した。
それは軍隊時代、救援を呼ぶために兵士たちが使った、避難信号を発する発信機だった。
「出かけて行く時に、あれを首にかけて、出かければそれでいい」
「それだけでいいんだったら」
今からでも首にかけておく。
忘れそうだから。
ディーノがそう言って、首飾りを胸にかけそれをシャツの中へと落とした。
それでいい。もし何かあった時自分がセナの元に駆けつけてやれる。
「あとこれって、何? おじさん分かる?」
「あん?」
これ、と言い、ディーノが示したのは窓ガラスに映る自分の姿。その髪の上にふわふわと舞っては消えていく、さきほどから出ては消えてを繰り返している、光の鱗粉のようなもののことだ。
その説明を忘れていた、ロアッソは小さく胸内で舌を鳴らした。
子供にとって真っ先に不安に感じるほど、すぐに教えてやらなければならないのに。
「それはその、妖精の鱗粉、だな」
「妖精……? どこから来た妖精? 見たことないよ」
「俺はある」
「あるんだ」
へえ、凄い、とディーノが感心して見せる。
妖精というよりそれは、戦場で見た、皇弟殿下を守るために戦女神が降臨したときのそれにそっくりなのだが。
「どこで見たとかはまぁこの際置いといて。王太子殿下がやって来られた影響だろうな」
「えいきょう? なんで?」
「この家に祝福を残していかれたのさ。お前やお母さんが幸せになれるようにってな。だからそれは気にする必要はない。そのうち消えてなくなる」
「ふうん。いつくらい?」
「早ければ今夜のうちに消えてなくなる」
「残念」
もっと長く一緒にいたかったのに。
この子達、僕に何かを話しかけてる気がする。
ディーノがそう言い、ロアッソの顔は驚きと悲しみに満ちたものへと変わった。
それは、彼女が決めることなのだ。
なぜなら、この子の母親はセナただ一人なのだから。
ロアッソは言葉を言い換えることにした。
ディーノが眠れないと不安がるので、温かいミルクを入れてやりながら、文面を頭で整える。
それを受け取り、ふーふーと醒ましながら、ディーノの髪色はまた青い鱗粉を零していた。
「これを飲んだら寝るんだ、いいな」
「いいけど、うん。でもさっきの話だけど」
「あー……そうだな。友達っていうのは、もし何年も離れていたとしても友達なんだ。わかるか?」
「友達? 初等学院に入ってから、エミルやセレンに会ってないから寂しいかな」
「それなら休みに入ってから遊びに行けばいい」
「そうする」
ロバートはここしばらく遊んでいなかった友人たちの顔を思い出して、心に安らぎを感じたらしい。
嬉しうに顔を笑顔で綻ばせた。
「話が逸れたが、友達っていうのはいつ会っても、別れたときとまた同じように、話ができるもんだ。ロバートとアレックスは、ディーノがたまたま新聞に載ったから、懐かしくなって会いに来たんだよ」
「僕は、あれ好きじゃない。みんなから、からかわれるもの」
と、ロバートは母親のセナが新聞記事を切り取り、小さな額縁に入れて誇らしげに今の壁に飾ってあるのを、指さした。
それはロバートもアレックスも報告書で目にしていた、あの写真だった。
「みんなが見るからロバートやアレックスも見たんだよ。だから懐かしくなって会いに来たんだ。友達同士だったら悪ふざけもする。他から見たら仲悪く見えて、実はそうじゃないことだってよくあるもんだ」
「そうなの?」
「そうだとも。他の人間には分からないことだって、友達同士じゃよく分かることもあるのさ」
なんだかよくわからない、いう顔をディーノはしてみせる。
まだ人づきあいが少ない彼には、無理もない。
そしてロアッソは適当に返事を返している自分を、馬鹿野郎と罵っていた。
これは嘘だ。
俺はとんでもない大嘘をついてしまっている。
ロアッソはディーノのことについて、その髪の色と瞳の色からまさかとは思っていたが。
彼は、間違いなく王族の血を引いているらしい。
ディーノへ逃げた方がいいかもしれない、と頭のどこかで告げているのは、伝説にある、王族と契約をしたとされる、空と太陽が交わる意味を持つ炎の精霊かもしれない。
状況はかなり切迫している。
理解をしながら、それでもやはり神様達に待って行って欲しい、と自分ではそんな特別な力を持たない料理人は、心の中で静かに祈った。
「ディーノ、おじさんと約束してくれないか」
「……約束? どんな?」
「いや、難しいことじゃない。多分、ママはここ数日でどこかにお出かけするわよって言いだすんだ」
「そうなの? どうして?」
きょとんとして、ディーノは首を傾げた。
それは、頭の中で誰かの言う、どこかに逃げたらいいかもしれない、という言葉が現実になるからかもしれない、とふと思えた。
「ママは多分、そう言うはずなんだ。だけどな、おじさんはその前にママと話がしたい。だからママがもしそう言ったら、俺に教えて欲しいんだ」
「いいけど、それはどうやってすればいいの?」
あれだよ、とロアッソはリビングの壁に吊ってある、大きな貝殻がついたネックレスのようなものを指差した。
それは軍隊時代、救援を呼ぶために兵士たちが使った、避難信号を発する発信機だった。
「出かけて行く時に、あれを首にかけて、出かければそれでいい」
「それだけでいいんだったら」
今からでも首にかけておく。
忘れそうだから。
ディーノがそう言って、首飾りを胸にかけそれをシャツの中へと落とした。
それでいい。もし何かあった時自分がセナの元に駆けつけてやれる。
「あとこれって、何? おじさん分かる?」
「あん?」
これ、と言い、ディーノが示したのは窓ガラスに映る自分の姿。その髪の上にふわふわと舞っては消えていく、さきほどから出ては消えてを繰り返している、光の鱗粉のようなもののことだ。
その説明を忘れていた、ロアッソは小さく胸内で舌を鳴らした。
子供にとって真っ先に不安に感じるほど、すぐに教えてやらなければならないのに。
「それはその、妖精の鱗粉、だな」
「妖精……? どこから来た妖精? 見たことないよ」
「俺はある」
「あるんだ」
へえ、凄い、とディーノが感心して見せる。
妖精というよりそれは、戦場で見た、皇弟殿下を守るために戦女神が降臨したときのそれにそっくりなのだが。
「どこで見たとかはまぁこの際置いといて。王太子殿下がやって来られた影響だろうな」
「えいきょう? なんで?」
「この家に祝福を残していかれたのさ。お前やお母さんが幸せになれるようにってな。だからそれは気にする必要はない。そのうち消えてなくなる」
「ふうん。いつくらい?」
「早ければ今夜のうちに消えてなくなる」
「残念」
もっと長く一緒にいたかったのに。
この子達、僕に何かを話しかけてる気がする。
ディーノがそう言い、ロアッソの顔は驚きと悲しみに満ちたものへと変わった。
39
お気に入りに追加
2,405
あなたにおすすめの小説
ヒロインではないので婚約解消を求めたら、逆に追われ監禁されました。
曼珠沙華
恋愛
「運命の人?そんなの君以外に誰がいるというの?」
きっかけは幼い頃の出来事だった。
ある豪雨の夜、窓の外を眺めていると目の前に雷が落ちた。
その光と音の刺激のせいなのか、ふと前世の記憶が蘇った。
あ、ここは前世の私がはまっていた乙女ゲームの世界。
そしてローズという自分の名前。
よりにもよって悪役令嬢に転生していた。
攻略対象たちと恋をできないのは残念だけど仕方がない。
婚約者であるウィリアムに婚約破棄される前に、自ら婚約解消を願い出た。
するとウィリアムだけでなく、護衛騎士ライリー、義弟ニコルまで様子がおかしくなり……?
【完結】何故こうなったのでしょう? きれいな姉を押しのけブスな私が王子様の婚約者!!!
りまり
恋愛
きれいなお姉さまが最優先される実家で、ひっそりと別宅で生活していた。
食事も自分で用意しなければならないぐらい私は差別されていたのだ。
だから毎日アルバイトしてお金を稼いだ。
食べるものや着る物を買うために……パン屋さんで働かせてもらった。
パン屋さんは家の事情を知っていて、毎日余ったパンをくれたのでそれは感謝している。
そんな時お姉さまはこの国の第一王子さまに恋をしてしまった。
王子さまに自分を売り込むために、私は王子付きの侍女にされてしまったのだ。
そんなの自分でしろ!!!!!
公爵閣下の契約妻
秋津冴
恋愛
呪文を唱えるよりも、魔法の力を封じ込めた『魔石』を活用することが多くなった、そんな時代。
伯爵家の次女、オフィーリナは十六歳の誕生日、いきなり親によって婚約相手を決められてしまう。
実家を継ぐのは姉だからと生涯独身を考えていたオフィーリナにとっては、寝耳に水の大事件だった。
しかし、オフィーリナには結婚よりもやりたいことがあった。
オフィーリナには魔石を加工する才能があり、幼い頃に高名な職人に弟子入りした彼女は、自分の工房を開店する許可が下りたところだったのだ。
「公爵様、大変失礼ですが……」
「側室に入ってくれたら、資金援助は惜しまないよ?」
「しかし、結婚は考えられない」
「じゃあ、契約結婚にしよう。俺も正妻がうるさいから。この婚約も公爵家と伯爵家の同士の契約のようなものだし」
なんと、婚約者になったダミアノ公爵ブライトは、国内でも指折りの富豪だったのだ。
彼はオフィーリナのやりたいことが工房の経営なら、資金援助は惜しまないという。
「結婚……資金援助!? まじで? でも、正妻……」
「うまくやる自信がない?」
「ある女性なんてそうそういないと思います……」
そうなのだ。
愛人のようなものになるのに、本妻に気に入られることがどれだけ難しいことか。
二の足を踏むオフィーリナにブライトは「まあ、任せろ。どうにかする」と言い残して、契約結婚は成立してしまう。
平日は魔石を加工する、魔石彫金師として。
週末は契約妻として。
オフィーリナは週末の二日間だけ、工房兼自宅に彼を迎え入れることになる。
他の投稿サイトでも掲載しています。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
女嫌いな辺境伯と歴史狂いの子爵令嬢の、どうしようもなくマイペースな婚姻
野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
恋愛
「友好と借金の形に、辺境伯家に嫁いでくれ」
行き遅れの私・マリーリーフに、突然婚約話が持ち上がった。
相手は女嫌いに社交嫌いな若き辺境伯。子爵令嬢の私にはまたとない好条件ではあるけど、相手の人柄が心配……と普通は思うでしょう。
でも私はそんな事より、嫁げば他に時間を取られて大好きな歴史研究に没頭できない事の方が問題!
それでも互いの領地の友好と借金の形として仕方がなく嫁いだ先で、「家の事には何も手出し・口出しするな」と言われて……。
え、「何もしなくていい」?!
じゃあ私、今まで通り、歴史研究してていいの?!
こうして始まる結婚(ただの同居)生活が、普通なわけはなく……?
どうやらプライベートな時間はずっと剣を振っていたい旦那様と、ずっと歴史に浸っていたい私。
二人が歩み寄る日は、来るのか。
得意分野が文と武でかけ離れている二人だけど、マイペース過ぎるところは、どこか似ている?
意外とお似合いなのかもしれません。笑
【本編完結】実の家族よりも、そんなに従姉妹(いとこ)が可愛いですか?
のんのこ
恋愛
侯爵令嬢セイラは、両親を亡くした従姉妹(いとこ)であるミレイユと暮らしている。
両親や兄はミレイユばかりを溺愛し、実の家族であるセイラのことは意にも介さない。
そんなセイラを救ってくれたのは兄の友人でもある公爵令息キースだった…
本垢執筆のためのリハビリ作品です(;;)
本垢では『婚約者が同僚の女騎士に〜』とか、『兄が私を愛していると〜』とか、『最愛の勇者が〜』とか書いてます。
ちょっとタイトル曖昧で間違ってるかも?
追放された悪役令嬢は辺境にて隠し子を養育する
3ツ月 葵(ミツヅキ アオイ)
恋愛
婚約者である王太子からの突然の断罪!
それは自分の婚約者を奪おうとする義妹に嫉妬してイジメをしていたエステルを糾弾するものだった。
しかしこれは義妹に仕組まれた罠であったのだ。
味方のいないエステルは理不尽にも王城の敷地の端にある粗末な離れへと幽閉される。
「あぁ……。私は一生涯ここから出ることは叶わず、この場所で独り朽ち果ててしまうのね」
エステルは絶望の中で高い塀からのぞく狭い空を見上げた。
そこでの生活も数ヵ月が経って落ち着いてきた頃に突然の来訪者が。
「お姉様。ここから出してさし上げましょうか? そのかわり……」
義妹はエステルに悪魔の様な契約を押し付けようとしてくるのであった。
【完結】身を引いたつもりが逆効果でした
風見ゆうみ
恋愛
6年前に別れの言葉もなく、あたしの前から姿を消した彼と再会したのは、王子の婚約パレードの時だった。
一緒に遊んでいた頃には知らなかったけれど、彼は実は王子だったらしい。しかもあたしの親友と彼の弟も幼い頃に将来の約束をしていたようで・・・・・。
平民と王族ではつりあわない、そう思い、身を引こうとしたのだけど、なぜか逃してくれません!
というか、婚約者にされそうです!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる