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第六章 奪われた遺産
第四十七話 蘇る亡霊
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こんな現実が起こりえるのか、とロバートは驚きに目を細める。
端末の画面を見て、アレックスは嬉しそうに殿下を褒めてやる。
「ひとつ繋がったな、ロバート。じゃあ今度は、オルブライトとローエングリンがどう繋がるかだろう」
「ローエングリンっていう名前は帝国ではとても数の多い名前みたいだ。どうやって探す」
「いや待て、その前に。おかしくないか、どうして彼女は。セナ様は卒業名簿に名前が載っていない?」
「卒業は十六歳のはずだ」
「彼女は十四歳から働き始めている。一般家庭の娘ならそれは普通だ。そう思って見過ごしてきたが、もし相手が貴族の娘だというなら話は別になる。帝国では貴族の子弟子女は高等学院を卒業しない限り、働くことを認められない。爵位をもつ特権がそうさせている」
「……つまり十四歳でセナは学院から放り出されて身分も失い、働きはじめた、生きるために。……そういうことか」
なんてことだ。
セナと再会を果たし息子のことを知った上でロバートの心は、今そのほとんどすべてが彼女に向いていた。
そんな幼い女性が右も左も分からない世間で、ただ一人孤独に生きてくためにどれほどの苦労を重ねてきたんだ。
俺はそんな彼女を妊娠までさせて、まだ新しいどこかへと追いやってしまった。
「どうしたロバート? 彼女の過去を知って謝罪の涙を溜めるくらいなら、取り戻してやるぐらいの漢気を見せたそうなんだ」
「なんだと?」
「彼女は言っていた。『忘れていた名前が、こんな時に戻ってくるなんて思っていなかっただけだから。気にしないで』、とな。普通なら忘れていた名前が戻ってくるなんて言わない。忘れていた名前を思い出したというんだ。戻ってくるということは、奪われたということだ」
「それはあくまで憶測だ。これといって決定付ける証拠がない」
「探し様はあるだろう。セナはアーバンクル公爵令嬢の娘だった。公爵は生涯で二度の結婚をしている。その一度は今から二十七年前だ。最初の夫人は流行病で亡くなり、次に結婚されたのは十五年前。元女公爵がその相手に当たる。レイナ様は連れ子だったわけだ。そこまではおまえでもわかるよな」
「……レイナからは妹がいたとは聞いていないな」
彼女は女公爵の二番目の娘。
一番目の娘、リズは昨年、海向こうの公国へと嫁いでいった
女公爵は再婚せず、夫の遺した莫大な遺産を利用して、女実業家としても名高い功績を残している。
義理の母親になる女性から、レイナ以外の娘がいるということは聞いていない。
「ホテルギャザリックにはたくさんの客がやってくる。帝国も王国も、公国からもな。たまに面白い噂を耳に入ってくる。例えば、失踪した公爵令嬢とか、な」
「おまえ、おい。アレックス。いま出してくるにしては随分と面白い話題だな!」
ロバートは信じられないと吐き捨てるように言った。
公爵令嬢?
ありえない。全くもってありえない話だ。
公爵家といえば、王位継承権を持たない、王族に連なる血筋なのだ。
失踪した時点で、国が総力を挙げて探すに決まっている。
よほど没落した家の令嬢や、家族から不興を買い、不遇な扱いでもう受け続けない限り。
例えばそう――貴族の令嬢や令息が通う名門の高等学院は、そのほとんどが全寮制だ。
学費の支払いを止めれば、学校側はすぐさまそういえば息子や娘を追い出す事だろう。
「タイムリーな話題で申し訳ないが、卒業するまで彼らは管理監督をする大人の庇護のもとで生きることになる。それが自分の意志でもしも消えてしまったとなれば」
「失踪届を出してどれくらいで戸籍から抹消される?」
アレックスは帝国の貴族法に明るい書物を魔導端末に投影してみせた。
そこには失踪届を届け出してから満二年を越えても、失踪者が発見されない場合、その身分は戸籍から抹消されることになる、と書かれていた。
「二年か。高等学院に通っている娘の学費の支払いを止めると、義理の母親が憎んだ前妻の娘は、学院から追放されることになる。しかし、それでも扶養義務はそのまま継続する。親としては娘を迎えに行く必要があるだろう」
「しかし、幸か不幸かその娘は失踪してしまった。行方不明だと届けて出てから二年間、女公爵は生きた心地がしなかっただろな。それから約十年だ。亡霊が蘇ることになる」
これを見てみろ、とアレックスはロバートに自分の魔導端末を渡した。
それは帝国の聖なる人たちの歴史だった。
「数代前に、アーバンクル公爵家は聖女を輩出し、皇族と結婚することにより、公爵の地位を賜った。その聖女様が生れた家がオルブライト伯爵家だ」
それは、ロバートに貴族のシステムを改めて思い出させた。
当主が公爵であれば、長男は侯爵、次男は伯爵、三男は子爵の地位をそれぞれ、名乗ることができる。
「つまり、セナ様は何も嘘をついていなかったことになる」
「当主が公爵。その妻は侯爵位になる。娘たちは三人で、うち二人は義理だ。正当な血筋からしても、セナは伯爵位、義理の姉であるリズは男爵であり、俺の婚約者レイナは子爵位を持つことが許される」
「だからこそ、オルブライトの名を名乗ったんだろう」
「母親たちからの冷酷な仕打ちは、そんな幼い頃から続けられていたというのか。セナ……」
悔しさに目元に滲み出る涙を、しかし、アレックスは一蹴する。
今はそんな場合じゃないと声をかけて。
端末の画面を見て、アレックスは嬉しそうに殿下を褒めてやる。
「ひとつ繋がったな、ロバート。じゃあ今度は、オルブライトとローエングリンがどう繋がるかだろう」
「ローエングリンっていう名前は帝国ではとても数の多い名前みたいだ。どうやって探す」
「いや待て、その前に。おかしくないか、どうして彼女は。セナ様は卒業名簿に名前が載っていない?」
「卒業は十六歳のはずだ」
「彼女は十四歳から働き始めている。一般家庭の娘ならそれは普通だ。そう思って見過ごしてきたが、もし相手が貴族の娘だというなら話は別になる。帝国では貴族の子弟子女は高等学院を卒業しない限り、働くことを認められない。爵位をもつ特権がそうさせている」
「……つまり十四歳でセナは学院から放り出されて身分も失い、働きはじめた、生きるために。……そういうことか」
なんてことだ。
セナと再会を果たし息子のことを知った上でロバートの心は、今そのほとんどすべてが彼女に向いていた。
そんな幼い女性が右も左も分からない世間で、ただ一人孤独に生きてくためにどれほどの苦労を重ねてきたんだ。
俺はそんな彼女を妊娠までさせて、まだ新しいどこかへと追いやってしまった。
「どうしたロバート? 彼女の過去を知って謝罪の涙を溜めるくらいなら、取り戻してやるぐらいの漢気を見せたそうなんだ」
「なんだと?」
「彼女は言っていた。『忘れていた名前が、こんな時に戻ってくるなんて思っていなかっただけだから。気にしないで』、とな。普通なら忘れていた名前が戻ってくるなんて言わない。忘れていた名前を思い出したというんだ。戻ってくるということは、奪われたということだ」
「それはあくまで憶測だ。これといって決定付ける証拠がない」
「探し様はあるだろう。セナはアーバンクル公爵令嬢の娘だった。公爵は生涯で二度の結婚をしている。その一度は今から二十七年前だ。最初の夫人は流行病で亡くなり、次に結婚されたのは十五年前。元女公爵がその相手に当たる。レイナ様は連れ子だったわけだ。そこまではおまえでもわかるよな」
「……レイナからは妹がいたとは聞いていないな」
彼女は女公爵の二番目の娘。
一番目の娘、リズは昨年、海向こうの公国へと嫁いでいった
女公爵は再婚せず、夫の遺した莫大な遺産を利用して、女実業家としても名高い功績を残している。
義理の母親になる女性から、レイナ以外の娘がいるということは聞いていない。
「ホテルギャザリックにはたくさんの客がやってくる。帝国も王国も、公国からもな。たまに面白い噂を耳に入ってくる。例えば、失踪した公爵令嬢とか、な」
「おまえ、おい。アレックス。いま出してくるにしては随分と面白い話題だな!」
ロバートは信じられないと吐き捨てるように言った。
公爵令嬢?
ありえない。全くもってありえない話だ。
公爵家といえば、王位継承権を持たない、王族に連なる血筋なのだ。
失踪した時点で、国が総力を挙げて探すに決まっている。
よほど没落した家の令嬢や、家族から不興を買い、不遇な扱いでもう受け続けない限り。
例えばそう――貴族の令嬢や令息が通う名門の高等学院は、そのほとんどが全寮制だ。
学費の支払いを止めれば、学校側はすぐさまそういえば息子や娘を追い出す事だろう。
「タイムリーな話題で申し訳ないが、卒業するまで彼らは管理監督をする大人の庇護のもとで生きることになる。それが自分の意志でもしも消えてしまったとなれば」
「失踪届を出してどれくらいで戸籍から抹消される?」
アレックスは帝国の貴族法に明るい書物を魔導端末に投影してみせた。
そこには失踪届を届け出してから満二年を越えても、失踪者が発見されない場合、その身分は戸籍から抹消されることになる、と書かれていた。
「二年か。高等学院に通っている娘の学費の支払いを止めると、義理の母親が憎んだ前妻の娘は、学院から追放されることになる。しかし、それでも扶養義務はそのまま継続する。親としては娘を迎えに行く必要があるだろう」
「しかし、幸か不幸かその娘は失踪してしまった。行方不明だと届けて出てから二年間、女公爵は生きた心地がしなかっただろな。それから約十年だ。亡霊が蘇ることになる」
これを見てみろ、とアレックスはロバートに自分の魔導端末を渡した。
それは帝国の聖なる人たちの歴史だった。
「数代前に、アーバンクル公爵家は聖女を輩出し、皇族と結婚することにより、公爵の地位を賜った。その聖女様が生れた家がオルブライト伯爵家だ」
それは、ロバートに貴族のシステムを改めて思い出させた。
当主が公爵であれば、長男は侯爵、次男は伯爵、三男は子爵の地位をそれぞれ、名乗ることができる。
「つまり、セナ様は何も嘘をついていなかったことになる」
「当主が公爵。その妻は侯爵位になる。娘たちは三人で、うち二人は義理だ。正当な血筋からしても、セナは伯爵位、義理の姉であるリズは男爵であり、俺の婚約者レイナは子爵位を持つことが許される」
「だからこそ、オルブライトの名を名乗ったんだろう」
「母親たちからの冷酷な仕打ちは、そんな幼い頃から続けられていたというのか。セナ……」
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