38 / 71
第五章 再会
第三十八話 ディーノ
しおりを挟む
彼女がどんな女性かは知らない。
だが、女というものは、愛する男性にもし子供がいたとしたら、その子供よりも彼と自分との間に生まれた子供の将来を優先するのだ。
それが母親というものだし、王族ともなれば、継承権争いの問題はいつもつきまとうトラブルだ。
喉を締めつけられ、セナは落ち着こうと、胸に手を当てて、必死に息を整えようとした。
彼と自分の子供のために最良の選択を考えたいのに、それはセナの意思を大きく越えて、王国の未来というものに裏から支配されようとしている。
「新しい女性がいらっしゃるのね」
「君には関係ないことだ。これから先、君等に干渉するなというなら、それはもっと関係のないことになる」
「本当にそうかしら。もしそう思っているなら、あなたは私たちのことなんか忘れてこんなところには来ないはず」
「何が言いたい?」
「別に。ただ、あなたは心で謝罪したいと思ったかもしれない。でも本当は、自分のため。王室のため。私たちのためじゃなくて、あなた自身のためにここに来たとしか、思えない」
継母が自分に悪意を向けたように、ロバートもまた、ディーノが疎ましくなるかもしれない。
それではあまりにも、息子が可哀想だ。
セナは嬉しかった。
最初、彼の姿を目にした時、とうとう見つかってしまったという恐怖に支配された。
謝罪を受け心が落ち着いてくると、彼の瞳にはまだあの頃のような情熱が残っている気がした。
そう思うと、ロバートが自分に向けてくれていた熱愛の視線を、他の女性に注ぐのかと考えると、つらくてたまらない。
頭の中ではともかく、心ではまだ彼のことを自分は好きなのだと、唸ってしまう。
六年の間、遠ざかっていたお互いの距離が、ほんの少しずつ進むごとに、セナの心は天を支配する雨雲のように暗くなり、気持ちが沈んでいく。
次の言葉で否定をして欲しかった。
そうすれば少しでも自分の心が救われる。
心が救われれば、これ以上、彼の負担になるようなことは止められるような気がした。
彼と目が合い、心臓が跳ねた。
どうか認めないでほしいと目立ったその思いは、やはり叶わない。
すべてはあの夜に起こった一瞬の煌きだった。
「最初、君がいなくなった夜に俺はどうしたいのかと、苦しいくらい思い悩んだ。保身のためじゃない、君にもう一度会って愛していると、そう言いたかった」
「でもそれはできなかった。そうでしょう?」
「俺には度胸がなかった。国を背負っているということが、どうしても決断を鈍らせた。一年君を探し、詐欺師にあったんじゃないかと諦めることにした……そんななかに決まったんだ。レイナとの婚約。そして、間を置かずして君が、子供がいきなり現れた。俺の判断で自由にできる状態ではないんだ」
「素直に認めたらいいのに。将来の問題について話し合いがしたいと、そう言ってくれるならまだあなたの言葉を信じることができた。謝罪したいとかそんなことは全部、あなたが本当にやりたいことじゃない」
悲しげに微笑み、ロバートの訴えをセナは拒絶する。
何もかも受け止めてくれたあのときの彼はもういないのだろうと思い、彼に対する感情に一区切りがついた。
「そう聞こえたなら、謝る。すまなかった」
「謝ってもらっても私は困るの。あなたの新しい奥様に恨まれたくない。それはいつか私たちの子供を不幸にするわ」
「違うんだ、セナ。俺は君が望むならその通りにする。そう言いたいんだ。それを伝えるためにここに来た。君が望むなら、それを叶えるために俺は何でもする。何でもだ」
そんな会話をしているうちにいつしか雨は上がり、雲の切れ間から夕方のオレンジ色の日差しが、緩やかに世界を満たしていく。
どんなことでも何でもする。
妊娠した夜に、言葉にできない特別な繋がりを彼に感じた。
一人の父親として、王国の王太子としてロバートが揺れている。
何もかも捨てて子供と三人で暮らそうと、そんな提案をすることもできた。
子供には父親が必要だし、いつまでもロアッソの優しさに甘えているわけにもいかない。
それはこの六年間ずっと考えてきたことで、セナはディーノが高等学院の寮生活に入れば、自らこの家を出て新しい環境で生活を始めようと思っていた。
認めたくないが、今でも繋がりを感じる彼とならば、それなりの新しい関係を築ける気もどこかにはしていた。
でもそれはすべて幻のようなものだ。
セナはこれ以上、言い争うことをやめた。
彼が子供のためにこれ以上関わらないと誓ってくれるのであれば、どんな条件が飛び出してくるにせよ、それは聞いておかなければならないと思った。
「いいわ。中で話を聞く。でも忘れないで、私はもうあなたとの関係を望んでいない」
「わかった。君がそう願うなら、俺はそれに応えたい」
二人の話がある程度まとまったところで、アレックスは中に入ってもいいかと合図をした。
息子はまだ出ているし朝まで起きてくることはないだろうと、セナはどこか安心をしてしまっていた。
扉を開けた時、そのすぐ向こうにある階段から、息子がこちらに不安そうな顔を向けて階段にしゃがんでいるなんて。
予想していなかった彼女は、自分の判断の愚かさを呪っていた。
だが、女というものは、愛する男性にもし子供がいたとしたら、その子供よりも彼と自分との間に生まれた子供の将来を優先するのだ。
それが母親というものだし、王族ともなれば、継承権争いの問題はいつもつきまとうトラブルだ。
喉を締めつけられ、セナは落ち着こうと、胸に手を当てて、必死に息を整えようとした。
彼と自分の子供のために最良の選択を考えたいのに、それはセナの意思を大きく越えて、王国の未来というものに裏から支配されようとしている。
「新しい女性がいらっしゃるのね」
「君には関係ないことだ。これから先、君等に干渉するなというなら、それはもっと関係のないことになる」
「本当にそうかしら。もしそう思っているなら、あなたは私たちのことなんか忘れてこんなところには来ないはず」
「何が言いたい?」
「別に。ただ、あなたは心で謝罪したいと思ったかもしれない。でも本当は、自分のため。王室のため。私たちのためじゃなくて、あなた自身のためにここに来たとしか、思えない」
継母が自分に悪意を向けたように、ロバートもまた、ディーノが疎ましくなるかもしれない。
それではあまりにも、息子が可哀想だ。
セナは嬉しかった。
最初、彼の姿を目にした時、とうとう見つかってしまったという恐怖に支配された。
謝罪を受け心が落ち着いてくると、彼の瞳にはまだあの頃のような情熱が残っている気がした。
そう思うと、ロバートが自分に向けてくれていた熱愛の視線を、他の女性に注ぐのかと考えると、つらくてたまらない。
頭の中ではともかく、心ではまだ彼のことを自分は好きなのだと、唸ってしまう。
六年の間、遠ざかっていたお互いの距離が、ほんの少しずつ進むごとに、セナの心は天を支配する雨雲のように暗くなり、気持ちが沈んでいく。
次の言葉で否定をして欲しかった。
そうすれば少しでも自分の心が救われる。
心が救われれば、これ以上、彼の負担になるようなことは止められるような気がした。
彼と目が合い、心臓が跳ねた。
どうか認めないでほしいと目立ったその思いは、やはり叶わない。
すべてはあの夜に起こった一瞬の煌きだった。
「最初、君がいなくなった夜に俺はどうしたいのかと、苦しいくらい思い悩んだ。保身のためじゃない、君にもう一度会って愛していると、そう言いたかった」
「でもそれはできなかった。そうでしょう?」
「俺には度胸がなかった。国を背負っているということが、どうしても決断を鈍らせた。一年君を探し、詐欺師にあったんじゃないかと諦めることにした……そんななかに決まったんだ。レイナとの婚約。そして、間を置かずして君が、子供がいきなり現れた。俺の判断で自由にできる状態ではないんだ」
「素直に認めたらいいのに。将来の問題について話し合いがしたいと、そう言ってくれるならまだあなたの言葉を信じることができた。謝罪したいとかそんなことは全部、あなたが本当にやりたいことじゃない」
悲しげに微笑み、ロバートの訴えをセナは拒絶する。
何もかも受け止めてくれたあのときの彼はもういないのだろうと思い、彼に対する感情に一区切りがついた。
「そう聞こえたなら、謝る。すまなかった」
「謝ってもらっても私は困るの。あなたの新しい奥様に恨まれたくない。それはいつか私たちの子供を不幸にするわ」
「違うんだ、セナ。俺は君が望むならその通りにする。そう言いたいんだ。それを伝えるためにここに来た。君が望むなら、それを叶えるために俺は何でもする。何でもだ」
そんな会話をしているうちにいつしか雨は上がり、雲の切れ間から夕方のオレンジ色の日差しが、緩やかに世界を満たしていく。
どんなことでも何でもする。
妊娠した夜に、言葉にできない特別な繋がりを彼に感じた。
一人の父親として、王国の王太子としてロバートが揺れている。
何もかも捨てて子供と三人で暮らそうと、そんな提案をすることもできた。
子供には父親が必要だし、いつまでもロアッソの優しさに甘えているわけにもいかない。
それはこの六年間ずっと考えてきたことで、セナはディーノが高等学院の寮生活に入れば、自らこの家を出て新しい環境で生活を始めようと思っていた。
認めたくないが、今でも繋がりを感じる彼とならば、それなりの新しい関係を築ける気もどこかにはしていた。
でもそれはすべて幻のようなものだ。
セナはこれ以上、言い争うことをやめた。
彼が子供のためにこれ以上関わらないと誓ってくれるのであれば、どんな条件が飛び出してくるにせよ、それは聞いておかなければならないと思った。
「いいわ。中で話を聞く。でも忘れないで、私はもうあなたとの関係を望んでいない」
「わかった。君がそう願うなら、俺はそれに応えたい」
二人の話がある程度まとまったところで、アレックスは中に入ってもいいかと合図をした。
息子はまだ出ているし朝まで起きてくることはないだろうと、セナはどこか安心をしてしまっていた。
扉を開けた時、そのすぐ向こうにある階段から、息子がこちらに不安そうな顔を向けて階段にしゃがんでいるなんて。
予想していなかった彼女は、自分の判断の愚かさを呪っていた。
34
お気に入りに追加
2,407
あなたにおすすめの小説
公爵閣下の契約妻
秋津冴
恋愛
呪文を唱えるよりも、魔法の力を封じ込めた『魔石』を活用することが多くなった、そんな時代。
伯爵家の次女、オフィーリナは十六歳の誕生日、いきなり親によって婚約相手を決められてしまう。
実家を継ぐのは姉だからと生涯独身を考えていたオフィーリナにとっては、寝耳に水の大事件だった。
しかし、オフィーリナには結婚よりもやりたいことがあった。
オフィーリナには魔石を加工する才能があり、幼い頃に高名な職人に弟子入りした彼女は、自分の工房を開店する許可が下りたところだったのだ。
「公爵様、大変失礼ですが……」
「側室に入ってくれたら、資金援助は惜しまないよ?」
「しかし、結婚は考えられない」
「じゃあ、契約結婚にしよう。俺も正妻がうるさいから。この婚約も公爵家と伯爵家の同士の契約のようなものだし」
なんと、婚約者になったダミアノ公爵ブライトは、国内でも指折りの富豪だったのだ。
彼はオフィーリナのやりたいことが工房の経営なら、資金援助は惜しまないという。
「結婚……資金援助!? まじで? でも、正妻……」
「うまくやる自信がない?」
「ある女性なんてそうそういないと思います……」
そうなのだ。
愛人のようなものになるのに、本妻に気に入られることがどれだけ難しいことか。
二の足を踏むオフィーリナにブライトは「まあ、任せろ。どうにかする」と言い残して、契約結婚は成立してしまう。
平日は魔石を加工する、魔石彫金師として。
週末は契約妻として。
オフィーリナは週末の二日間だけ、工房兼自宅に彼を迎え入れることになる。
他の投稿サイトでも掲載しています。
追放された悪役令嬢は辺境にて隠し子を養育する
3ツ月 葵(ミツヅキ アオイ)
恋愛
婚約者である王太子からの突然の断罪!
それは自分の婚約者を奪おうとする義妹に嫉妬してイジメをしていたエステルを糾弾するものだった。
しかしこれは義妹に仕組まれた罠であったのだ。
味方のいないエステルは理不尽にも王城の敷地の端にある粗末な離れへと幽閉される。
「あぁ……。私は一生涯ここから出ることは叶わず、この場所で独り朽ち果ててしまうのね」
エステルは絶望の中で高い塀からのぞく狭い空を見上げた。
そこでの生活も数ヵ月が経って落ち着いてきた頃に突然の来訪者が。
「お姉様。ここから出してさし上げましょうか? そのかわり……」
義妹はエステルに悪魔の様な契約を押し付けようとしてくるのであった。
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。
秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚
13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。
歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。
そしてエリーゼは大人へと成長していく。
※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。
小説家になろう様にも掲載しています。
女嫌いな辺境伯と歴史狂いの子爵令嬢の、どうしようもなくマイペースな婚姻
野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
恋愛
「友好と借金の形に、辺境伯家に嫁いでくれ」
行き遅れの私・マリーリーフに、突然婚約話が持ち上がった。
相手は女嫌いに社交嫌いな若き辺境伯。子爵令嬢の私にはまたとない好条件ではあるけど、相手の人柄が心配……と普通は思うでしょう。
でも私はそんな事より、嫁げば他に時間を取られて大好きな歴史研究に没頭できない事の方が問題!
それでも互いの領地の友好と借金の形として仕方がなく嫁いだ先で、「家の事には何も手出し・口出しするな」と言われて……。
え、「何もしなくていい」?!
じゃあ私、今まで通り、歴史研究してていいの?!
こうして始まる結婚(ただの同居)生活が、普通なわけはなく……?
どうやらプライベートな時間はずっと剣を振っていたい旦那様と、ずっと歴史に浸っていたい私。
二人が歩み寄る日は、来るのか。
得意分野が文と武でかけ離れている二人だけど、マイペース過ぎるところは、どこか似ている?
意外とお似合いなのかもしれません。笑
美人すぎる姉ばかりの姉妹のモブ末っ子ですが、イケメン公爵令息は、私がお気に入りのようで。
天災
恋愛
美人な姉ばかりの姉妹の末っ子である私、イラノは、モブな性格である。
とある日、公爵令息の誕生日パーティーにて、私はとある事件に遭う!?
【完結】身を引いたつもりが逆効果でした
風見ゆうみ
恋愛
6年前に別れの言葉もなく、あたしの前から姿を消した彼と再会したのは、王子の婚約パレードの時だった。
一緒に遊んでいた頃には知らなかったけれど、彼は実は王子だったらしい。しかもあたしの親友と彼の弟も幼い頃に将来の約束をしていたようで・・・・・。
平民と王族ではつりあわない、そう思い、身を引こうとしたのだけど、なぜか逃してくれません!
というか、婚約者にされそうです!
処刑された人質王女は、自分を殺した国に転生して家族に溺愛される
葵 すみれ
恋愛
人質として嫁がされ、故国が裏切ったことによって処刑された王女ニーナ。
彼女は転生して、今は国王となった、かつての婚約者コーネリアスの娘ロゼッタとなる。
ところが、ロゼッタは側妃の娘で、母は父に相手にされていない。
父の気を引くこともできない役立たずと、ロゼッタは実の母に虐待されている。
あるとき、母から解放されるものの、前世で冷たかったコーネリアスが父なのだ。
この先もずっと自分は愛されないのだと絶望するロゼッタだったが、何故か父も腹違いの兄も溺愛してくる。
さらには正妃からも可愛がられ、やがて前世の真実を知ることになる。
そしてロゼッタは、自分が家族の架け橋となることを決意して──。
愛を求めた少女が愛を得て、やがて愛することを知る物語。
※小説家になろうにも掲載しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる