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第五章 再会

第三十八話 ディーノ

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 彼女がどんな女性かは知らない。
 だが、女というものは、愛する男性にもし子供がいたとしたら、その子供よりも彼と自分との間に生まれた子供の将来を優先するのだ。

 それが母親というものだし、王族ともなれば、継承権争いの問題はいつもつきまとうトラブルだ。
 喉を締めつけられ、セナは落ち着こうと、胸に手を当てて、必死に息を整えようとした。

 彼と自分の子供のために最良の選択を考えたいのに、それはセナの意思を大きく越えて、王国の未来というものに裏から支配されようとしている。

「新しい女性がいらっしゃるのね」
「君には関係ないことだ。これから先、君等に干渉するなというなら、それはもっと関係のないことになる」
「本当にそうかしら。もしそう思っているなら、あなたは私たちのことなんか忘れてこんなところには来ないはず」
「何が言いたい?」
「別に。ただ、あなたは心で謝罪したいと思ったかもしれない。でも本当は、自分のため。王室のため。私たちのためじゃなくて、あなた自身のためにここに来たとしか、思えない」

 継母が自分に悪意を向けたように、ロバートもまた、ディーノが疎ましくなるかもしれない。
 それではあまりにも、息子が可哀想だ。

 セナは嬉しかった。
 最初、彼の姿を目にした時、とうとう見つかってしまったという恐怖に支配された。

 謝罪を受け心が落ち着いてくると、彼の瞳にはまだあの頃のような情熱が残っている気がした。
 そう思うと、ロバートが自分に向けてくれていた熱愛の視線を、他の女性に注ぐのかと考えると、つらくてたまらない。

 頭の中ではともかく、心ではまだ彼のことを自分は好きなのだと、唸ってしまう。
 六年の間、遠ざかっていたお互いの距離が、ほんの少しずつ進むごとに、セナの心は天を支配する雨雲のように暗くなり、気持ちが沈んでいく。

 次の言葉で否定をして欲しかった。
 そうすれば少しでも自分の心が救われる。

 心が救われれば、これ以上、彼の負担になるようなことは止められるような気がした。
 彼と目が合い、心臓が跳ねた。

 どうか認めないでほしいと目立ったその思いは、やはり叶わない。
 すべてはあの夜に起こった一瞬の煌きだった。

「最初、君がいなくなった夜に俺はどうしたいのかと、苦しいくらい思い悩んだ。保身のためじゃない、君にもう一度会って愛していると、そう言いたかった」
「でもそれはできなかった。そうでしょう?」
「俺には度胸がなかった。国を背負っているということが、どうしても決断を鈍らせた。一年君を探し、詐欺師にあったんじゃないかと諦めることにした……そんななかに決まったんだ。レイナとの婚約。そして、間を置かずして君が、子供がいきなり現れた。俺の判断で自由にできる状態ではないんだ」
「素直に認めたらいいのに。将来の問題について話し合いがしたいと、そう言ってくれるならまだあなたの言葉を信じることができた。謝罪したいとかそんなことは全部、あなたが本当にやりたいことじゃない」

 悲しげに微笑み、ロバートの訴えをセナは拒絶する。
 何もかも受け止めてくれたあのときの彼はもういないのだろうと思い、彼に対する感情に一区切りがついた。

「そう聞こえたなら、謝る。すまなかった」
「謝ってもらっても私は困るの。あなたの新しい奥様に恨まれたくない。それはいつか私たちの子供を不幸にするわ」
「違うんだ、セナ。俺は君が望むならその通りにする。そう言いたいんだ。それを伝えるためにここに来た。君が望むなら、それを叶えるために俺は何でもする。何でもだ」

 そんな会話をしているうちにいつしか雨は上がり、雲の切れ間から夕方のオレンジ色の日差しが、緩やかに世界を満たしていく。

 どんなことでも何でもする。
 妊娠した夜に、言葉にできない特別な繋がりを彼に感じた。

 一人の父親として、王国の王太子としてロバートが揺れている。
 何もかも捨てて子供と三人で暮らそうと、そんな提案をすることもできた。

 子供には父親が必要だし、いつまでもロアッソの優しさに甘えているわけにもいかない。
 それはこの六年間ずっと考えてきたことで、セナはディーノが高等学院の寮生活に入れば、自らこの家を出て新しい環境で生活を始めようと思っていた。

 認めたくないが、今でも繋がりを感じる彼とならば、それなりの新しい関係を築ける気もどこかにはしていた。
 でもそれはすべて幻のようなものだ。

 セナはこれ以上、言い争うことをやめた。
 彼が子供のためにこれ以上関わらないと誓ってくれるのであれば、どんな条件が飛び出してくるにせよ、それは聞いておかなければならないと思った。

「いいわ。中で話を聞く。でも忘れないで、私はもうあなたとの関係を望んでいない」
「わかった。君がそう願うなら、俺はそれに応えたい」

 二人の話がある程度まとまったところで、アレックスは中に入ってもいいかと合図をした。
 息子はまだ出ているし朝まで起きてくることはないだろうと、セナはどこか安心をしてしまっていた。

 扉を開けた時、そのすぐ向こうにある階段から、息子がこちらに不安そうな顔を向けて階段にしゃがんでいるなんて。
 予想していなかった彼女は、自分の判断の愚かさを呪っていた。
 
 
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