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第四章 新たな命
第二十九話 罪悪感
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「誰……っ!」
部屋に侵入した途端、強い誰何の声が、投げかけられた。
ミアはまだ眠りの淵にあるものだと思っていたセナは意表を突かれ、返事に詰まる。
しかし、相手がこちらに寄って来る気配はなく、それは部屋の主の体調がまだ優れていないことを示していた。
セナはみずから寝室へと続く扉をそっと開き、声を掛ける。
「私よ、朝早くごめんなさい」
「……セナ? どうして、こんな時間に」
不審な人物を見るような目つきで、ベッドからこちらを見る彼女に、セナは扉の影に身体を隠した。
この格好のまま、親友にあられもない姿を披露することに、セナの心が激しく拒絶を示している。
脳裏で考えもなくここまでの醜態をさらしたことに対して、激しい叱責が聞こえたいた。
それはミアのどうしたの? というセナの不審な行動に対する疑念とともに、身をより屈めさせてしまう。
どうか見ないで、こっちにやってこないでと、セナの心臓が激しく動悸を打っていた。
ミアにしてみれば、相手が扉に隠れるようにしてそう言えば、長い付き合いの勘で何かあったのだと分かってしまう。
「朝帰りをするなんて、とんだ貴族令嬢ね。まさか、私の名前で遊んでない?」
「……本名を名乗っちゃった」
「え? 何をやっているのよ」
呆れたようにミアは言うと、手にした枕元のクッションを扉に向かい投げつける。
亀のように首を扉の影に潜めてそれをやり過ごしたセナは、足元に落ちたそれを取り上げると、手首を返してミアに戻してやった。
「あなたの代わりに貴公子たちとおしゃべりをしてきたのよ」
殿下と一夜を過ごした、とはとても言えなかった。
ふうん、と怪しむ声を出しながら、ミアは着替えてきたら、とクローゼットを指差した。
ドレスルームも兼用しているそこには、ロバートの部屋と同じように、リビングルームから出入りができる。
後から自分が使うことも考えて、「汚さないでね」と一言忠告する親友に、セナは無言で扉を閉じて応えた。
ミアから借りたドレスも宝石類も素敵なハイヒールにも、別れを告げるときがやってきた。
セナは長年連れ添った伴侶と死別するときのような虚しさを感じて、彼らに最大限の謝辞を心で述べた。
この品々がなければ、仮面の魅力を借りて自分の隠された一面を引き出して貰わなければ、あれほどの素晴らしい経験を得ることは、とても叶わない一夜だった。
稀有なその体験を得られたことへの感動と、たった数分のやりとりでトラブルに自分から引き寄せられたセナの愚かさをそれとなく察したミアの慧眼が、この後も光るのかと思うと、うんざりとした気分に襲われる。
「ああ、もう。どうしてこうなったのよ」
悔やみを口の端から漏らしながら、クローゼットに吊り下げられた多くの服の中から、仕事場に着ていくのに無難に思える、黒のスカートと薄いパステルピンクのシャツを選び出す。
ドレスを着た際に下着の陰影が濃く出ないようにと身に付けていた、小さな白いショーツにふと手をかけて、セナはそこに血がにじんでいることに気づいた。
どこからか出血したのかと体を改める。
しかし、それは酔い醒ましのために行使した神聖魔法のおかげで、いまは跡形もなく癒されているのだと考え直した。
原因はなにか、女のならではの理由に思い至り、セナはふたたび高鳴る胸に手を当てて、深く息を吸い上げた。
あの夢のような感動はもう心の中から、追い出さなければならない。
現実に戻る瞬間がやってきたのだ。
彼のことはもう忘れることにしようと、罪悪感に心をつままれてながら、ミアの服に袖を通した。
寝室にその姿で顔を出すと、やはり質問が飛んでくる。
「どういうことなの?」
「……なんでもない。ただの夢だったの。それだけ」
「セナ」
「ごめんなさい。もう仕事に戻らないと……。ドレスは元の位置に戻しておいたわ。素晴らしい一夜を、本当にありがとう」
「待って! ……どういうことなの?」
突然の謝罪と目尻に涙を浮かべてここから立ち去ろうとすると親友を訝しむと、ミアはベッドから立ち上がり、その場に涙とともに崩れ落ちてしまったセナに優しく歩み寄った。
「髪の毛をそんなに乱して職場にいくつもりなの?」
「……え? ああ、それは」
身の汚れを落とすこともできる清浄魔法を、従業員用の通路のどこかで自分にかけて、髪型を整えるつもりだったと言い訳をするが、ミアはそれを笑って否定した。
セナ自身が気づいていないだけで、彼女の顔が涙で化粧も崩れ、所々にどこかの貴公子たちとやらにつけられたキスの跡も残っていて、それはちょっとばかり酷いものだった。
「仕事は何時から?」
「五時から、だけど」
「何があったのか、教えてもらえない? 教えてくれたら、その見られない化粧を直して、髪も梳かすくらいは私にも手伝えると思うの」
ほら、とミアは鏡台を指差した。
そこに写った自分の惨い顔を目の当たりにして、セナはこれではどこにも行けないと、肩をがっくりと落としてうなずいた。
鏡台とベッドの合間にある置時計は、まだ五時を少し回っただけだ。
今からなら、酷いなりをきちんと整えても、十分に間に合いそうだった。
だが、親友が渡してくれた夢の世界のチケットは、いろいろな意味でセナとミアの間に亀裂を生みそうな話題しか生み出していなかった。
「私は……」
「うん。どうしたの。いい出会いがあった?」
そう問い掛けられて、セナはもちろん、と首を縦に振る。
シャンパンの力を借り、憧れだった舞踏会で踊れたことへの感激で、勢いが付き、ある男性を一夜を共にしてしまった、と告げた。
ミアはそれは素敵な体験じゃない、と肯定してくれたが、セナの心には彼から逃げたという罪悪感がそれからしばらくの間、つきまとって離れなかった。
部屋に侵入した途端、強い誰何の声が、投げかけられた。
ミアはまだ眠りの淵にあるものだと思っていたセナは意表を突かれ、返事に詰まる。
しかし、相手がこちらに寄って来る気配はなく、それは部屋の主の体調がまだ優れていないことを示していた。
セナはみずから寝室へと続く扉をそっと開き、声を掛ける。
「私よ、朝早くごめんなさい」
「……セナ? どうして、こんな時間に」
不審な人物を見るような目つきで、ベッドからこちらを見る彼女に、セナは扉の影に身体を隠した。
この格好のまま、親友にあられもない姿を披露することに、セナの心が激しく拒絶を示している。
脳裏で考えもなくここまでの醜態をさらしたことに対して、激しい叱責が聞こえたいた。
それはミアのどうしたの? というセナの不審な行動に対する疑念とともに、身をより屈めさせてしまう。
どうか見ないで、こっちにやってこないでと、セナの心臓が激しく動悸を打っていた。
ミアにしてみれば、相手が扉に隠れるようにしてそう言えば、長い付き合いの勘で何かあったのだと分かってしまう。
「朝帰りをするなんて、とんだ貴族令嬢ね。まさか、私の名前で遊んでない?」
「……本名を名乗っちゃった」
「え? 何をやっているのよ」
呆れたようにミアは言うと、手にした枕元のクッションを扉に向かい投げつける。
亀のように首を扉の影に潜めてそれをやり過ごしたセナは、足元に落ちたそれを取り上げると、手首を返してミアに戻してやった。
「あなたの代わりに貴公子たちとおしゃべりをしてきたのよ」
殿下と一夜を過ごした、とはとても言えなかった。
ふうん、と怪しむ声を出しながら、ミアは着替えてきたら、とクローゼットを指差した。
ドレスルームも兼用しているそこには、ロバートの部屋と同じように、リビングルームから出入りができる。
後から自分が使うことも考えて、「汚さないでね」と一言忠告する親友に、セナは無言で扉を閉じて応えた。
ミアから借りたドレスも宝石類も素敵なハイヒールにも、別れを告げるときがやってきた。
セナは長年連れ添った伴侶と死別するときのような虚しさを感じて、彼らに最大限の謝辞を心で述べた。
この品々がなければ、仮面の魅力を借りて自分の隠された一面を引き出して貰わなければ、あれほどの素晴らしい経験を得ることは、とても叶わない一夜だった。
稀有なその体験を得られたことへの感動と、たった数分のやりとりでトラブルに自分から引き寄せられたセナの愚かさをそれとなく察したミアの慧眼が、この後も光るのかと思うと、うんざりとした気分に襲われる。
「ああ、もう。どうしてこうなったのよ」
悔やみを口の端から漏らしながら、クローゼットに吊り下げられた多くの服の中から、仕事場に着ていくのに無難に思える、黒のスカートと薄いパステルピンクのシャツを選び出す。
ドレスを着た際に下着の陰影が濃く出ないようにと身に付けていた、小さな白いショーツにふと手をかけて、セナはそこに血がにじんでいることに気づいた。
どこからか出血したのかと体を改める。
しかし、それは酔い醒ましのために行使した神聖魔法のおかげで、いまは跡形もなく癒されているのだと考え直した。
原因はなにか、女のならではの理由に思い至り、セナはふたたび高鳴る胸に手を当てて、深く息を吸い上げた。
あの夢のような感動はもう心の中から、追い出さなければならない。
現実に戻る瞬間がやってきたのだ。
彼のことはもう忘れることにしようと、罪悪感に心をつままれてながら、ミアの服に袖を通した。
寝室にその姿で顔を出すと、やはり質問が飛んでくる。
「どういうことなの?」
「……なんでもない。ただの夢だったの。それだけ」
「セナ」
「ごめんなさい。もう仕事に戻らないと……。ドレスは元の位置に戻しておいたわ。素晴らしい一夜を、本当にありがとう」
「待って! ……どういうことなの?」
突然の謝罪と目尻に涙を浮かべてここから立ち去ろうとすると親友を訝しむと、ミアはベッドから立ち上がり、その場に涙とともに崩れ落ちてしまったセナに優しく歩み寄った。
「髪の毛をそんなに乱して職場にいくつもりなの?」
「……え? ああ、それは」
身の汚れを落とすこともできる清浄魔法を、従業員用の通路のどこかで自分にかけて、髪型を整えるつもりだったと言い訳をするが、ミアはそれを笑って否定した。
セナ自身が気づいていないだけで、彼女の顔が涙で化粧も崩れ、所々にどこかの貴公子たちとやらにつけられたキスの跡も残っていて、それはちょっとばかり酷いものだった。
「仕事は何時から?」
「五時から、だけど」
「何があったのか、教えてもらえない? 教えてくれたら、その見られない化粧を直して、髪も梳かすくらいは私にも手伝えると思うの」
ほら、とミアは鏡台を指差した。
そこに写った自分の惨い顔を目の当たりにして、セナはこれではどこにも行けないと、肩をがっくりと落としてうなずいた。
鏡台とベッドの合間にある置時計は、まだ五時を少し回っただけだ。
今からなら、酷いなりをきちんと整えても、十分に間に合いそうだった。
だが、親友が渡してくれた夢の世界のチケットは、いろいろな意味でセナとミアの間に亀裂を生みそうな話題しか生み出していなかった。
「私は……」
「うん。どうしたの。いい出会いがあった?」
そう問い掛けられて、セナはもちろん、と首を縦に振る。
シャンパンの力を借り、憧れだった舞踏会で踊れたことへの感激で、勢いが付き、ある男性を一夜を共にしてしまった、と告げた。
ミアはそれは素敵な体験じゃない、と肯定してくれたが、セナの心には彼から逃げたという罪悪感がそれからしばらくの間、つきまとって離れなかった。
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