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第六話

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 ちょっと混乱してしまって、頭の整理が追いつかない。
 彼は女子にしては長身であるはずの私を抱き上げてもなお、体力には余力があるらしく、もう数百メートルは走ったかというのに、その速度は緩まるどころか、まだまだどこまでも駆けていけそうだった。

「あの、待って! 降ろして、降ろしてください!」

 さすがにこのままおんぶにだっこというのも申し訳がない。
 それになにより、学院の中は人目があるのだ。
 彼は理解しているのか、していないのか、わざと人目が多い道を選んで走っているように思えてならない。
 さすがに恥ずかしいので、降ろしてくれるようにお願いしてみたら、あっさりとそれは叶えられた。

「おや。もう歩けるなら、そうして貰おうか」
「歩けます! 歩けますから‥‥‥お願いです、こんな恥ずかしい‥‥‥」

 彼が逃げ込んだ先は、校舎から遠く離れた出入り口がある方向で、まるでこの広すぎる建物の中を熟知しているかのような、そんな行動だった。
 彼にそっと、宝物でも置くようにして地面に立たせてもらう。
 それだけでも、頬が赤く染まっていくのを感じた。

「済まなかったな。余計な手出しだったか」
「はい。‥‥‥いいえ、でも」
 
 どう答えていいか分からない。
 自分の中ではあの場から逃げるべきではなかったのだと声がする。
 王族に手を出したのだ。
 せめて、私が逮捕されることで、家族や一族に責任の追求は免れるかもしれない。
 そんなことを思って明確な返事をできないでいると、彼は「まあ大丈夫だろう」とこともなげに言った。

「大丈夫? それはあなたが大丈夫だということではないですか? この国で、あの殿下に手を挙げて、無事に済んだ者などいないのに」
「まるで責めるように言うのだな」
「……すいません。でも、これで私だけの問題ではなくなりました」

 家族の顔が脳裏を流れていった。
 年の離れた幼い弟と双子の姉妹たち。
 年老いた父に、新しく嫁いできた継母との仲はそこそこ、良好だった。
 彼らには、期待しているといつも言われてきた。
 弟などは「お姉様、とうとう王族になられるのですね、おめでとうございます」とまで、言ってくれたのだ。
 その気持ちをあっさりと裏切るのも、心苦しいものがあった。

「あなただけの問題ではない、か。国王陛下は何をなされている。二番目の息子があんなだめなままでは、安心して王位を譲ることもできないだろう?」
「陛下は‥‥‥」
 
 思い出すだけで、悲しみが胸を満たしていく。
 陛下が健在だったころは、まだ私も暴力など振るわれず、幸せだったのに。

「陛下は、どうした」
「国王陛下は、二年前から病床に伏せっておられます。一般には知らせておりませんが‥‥‥そう、殿下が申しておりました」
「あー……外交で時折、訪れても所要で忙しいと断られるのはそのせいか。なるほど」
「外交!?」

 はっとして、上を向く。
 そこには、紅の瞳が申し訳なさそうに私を見下ろしていた。
 国家機密に相当することを、漏らしてしまった。
 他国の人間‥‥‥それも、外交にあたる要人にそんなことを語ってしまうなんて。
 己の愚かさに嫌気が差した。
 これでも、王太子妃補。
 冷静であったなら、こんな発言はしなかったのに。
 いまは動揺して焦ってしまい、善悪の判断がつかないようになっている己がうらめしかった。

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