死に戻り令嬢は、冷血皇弟の無自覚な溺愛に溺れたい

秋津冴

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第三章

第十七話 四度目の夫

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「君が考えていることは、ぜんぶつまらない妄想だよ、リオーネ。僕の運命は僕が決める。君と生きることを決めたあのときから、女神ラフィネの恩寵が消えたとしても関係ない」
「いいえ、違うのです!」
「なにが違うというんだ? 君は僕の知らないなにか別の秘密を抱えているんじゃないのか?」

 ライオネルの口調は鋭く、戦神と称されているだけあって、敵の弱点を見抜く才能は大したものだ。
 彼のまえでは嘘をつくことは許されない。
 嘘のような本当の話をどう伝えれば彼に理解してもらえるのか。
 リオーネは必死になって考え、考え、考え抜いて、正直に全てを話そうと決めた。

「お話ししても信じてもらえるかどうか自信がありません。でもこれは真実なのです」

 と、前置きをしてリオーネは語り始めた。
 最初の夫から三人目の夫まで。
 結婚から死別に至るまで。

 必ず自分が逆行転生し、彼らの死を見せつけられる残酷な運命に抗えなかったこと。
 どんなに魂を削って女神に祈っても、愛した人たちを生き返らせてはくれなかったことを。
 そんな呪いを持っている自分だからこそ、女神に愛された彼との結婚を認めてもらえなかったのだろうという推測。

 女神の意向を無視してしてしまったから、聖騎士としての力を失ってしまっただろうであろうこと。

「すべてはわたしがいけないのです。三人目の夫を亡くしたあの瞬間から誰も愛さないと女神に誓ったのに……貴方を愛してしまった! でもこの思いに嘘はないわ」

 残りあまさず心の中のすべてをさらけ出したリオーネは、ライオネルを黙って抱きしめた。

「生きていてくださって本当に良かった……!」
「君は嘘をついていないと思う。だから僕も本音を話すよ。生きて君と再び会えることができてよかった。これは嘘じゃない」

 豊満な胸に抱かれたライオネルはそれまで瞳に称えていた険しさを打ち消し、ふっと頬を緩めた。

「いいえ、いいえ。いいのです、そんなこと、どうでもいい! あの魔導具から爆発音が聞こえたとき、どれだけ不安になったことか……生きていてくださって、本当によかった! 安心しました……」
「君がかかっているという呪いについて、聞いていて気になったことがある」
「はい、どうぞ。何でもおっしゃって」
「‥‥‥女神の恩寵というのはある意味呪いのようなものだ。死ぬこともできないし、痛みを感じることもない。食事の味とか、快感とか。そういったものは感じるけどね。いや話がそれた――君にかかっていた呪いは、僕が女神から頂いていた恩寵によって打ち消されたんじゃないのかな?」
「ええっ……? どうしてそう思われるのですか?」
「いや、だって。話を聞く限りだと、結婚した相手や好きになった相手が死ぬ瞬間に、激しい動悸を感じるといったじゃないか? 君の友人が助けに来てくれたとき、僕はもうすでに死んだも同然だった。しかし君は、胸の痛みを感じていない」
「だからそれは、私の呪いが女神の恩寵を打ち消してしまったから――」

 あくまで呪いが解かれたことはないはずだと、リオーネは強く主張する。何もかも自分が悪い。悪魔の女だと呼ばれて蔑まれ、捨てられてもいい覚悟だった。
 けれども、ライオネルにその意思はないらしい。

「君の友人の魔法によって片足がくっついたとき、それまで聞いたことはない声が頭の中に聞こえたんだ。これは誰にも言ってないけれど。聖騎士が他の神の声を聞くなんておかしいからね」
「まさか……そんな」

 それは誰の声だろう? 
 思い当たるのはリンシャウッドが信仰している浄化の女神リシェスの声ではないだろうか。どんな発言をされたのかととても気になってしまう。

「もう悩まなくていいとおっしゃっていた。女神の気まぐれに付き合うことはないと。恩寵が戻り、今までのように彼女に尽くしてあげてほしいと。そして愛を諦めるなと」
「愛を諦めるな……本当にそうおっしゃったんですか」
「ああ、そうなんだ。だから僕は、君との愛を諦めるつもりはない。これから先結婚して、子供はたくさん欲しいな。一番最初にやりたいことは約束した通りラズにいくことだ。見知らぬ土地で、見たこともない聞いたこともないさまざまなものを見知り、君と共に感じたい」
「はい……。もしそれが叶うなら」

 互いを認め合う二人は、静かにキスを交わした。誰も邪魔されない、女神ですらも裂くことは許されない二人の仲が始まろうとしている。
 熱のこもったキスが敏感な方の上を触れていくたびに、リオーネは彼が生きてくれてよかったと女神ラフィネに感謝した。

 数度目の抱擁のあと、ライオネルは再び謝罪を口にする。

「すまなかった。僕の怠慢で君を傷つけてしまったことを謝罪したい」
「そんなこと――まるで他人のようにいわないで、ライオネル。死ななくてよかったわ」

 彼の寝かされていたベッドのある天幕は皇族専用のもので、飴色の木枠で囲まれら折りあげ天井が段をうち、見事な装飾を施されていた。
 肩を寄せ合い、彼の胸に頭をうずめてようやくリオーネは心に安息を取り戻す。
 黒竜の一撃で、他にもあっただろうこのような豪華な部屋が粉みじんに打ち砕かれてしまったのは、非常に残念だ。

 少し勿体ないなと思う。
 黒竜との戦いが終わった今、これらの非日常を味わうことなど、もうないのだろう。
 もちろん、そこにあるべき理想は黒竜に勝利した彼と、愛する人の栄光をたたえる自分だ。

「リオーネにもう一度逢いたいと願ったんだ」
「それはいつ?」

 互いに向かいおでこを接しつつ、と問うと、ライオネルは片足を差し出した。
 それは黒竜にもぎ取られてしまった方の足だった。

「まさか、死に間際とかおっしゃいませんよね?」
「いや――その、まさか、だ」
「ちょっと、ライオネル?」

 リオーネは抱き寄せられてどういうことなの、とひっついていたお互いのおでこをはなした。
 死ぬ話なんて聞きたくなかった。
 なにより、彼がそんな目に遭うことすら想像だにしたくない。
 リオーネは不機嫌だ。

 ライオネルは婚約者のひざ下に手を入れて、ひょいと持ち上げると自分の膝上にそっと下ろした。
 夜会で出会って以降、なんだかこのスタイルに落ち着くのが定番になってしまっている。
 そして、彼が求めるのは――。

「だめ、だめだってば……殿下!」

 いやだ、と彼の顔を両手で押し出すが、勢いづいたライオネルは止まらない。
 しかし、今着ているドレスは戦場での活動も意識していたからがっしりとしていて、彼の望むように胸元は空いておらず、きっちりとボタンで閉じられていた。

 細い腰から胸元までをぎっちりと締めるコルセットを無視して、ライオネルは器用に片手でシャツのボタンを開けていく。

「ねえ、やだったら!」
「嫌ならやめるけれど。僕はいま、君を感じたいよ、リオーネ。君はどうなんだ?」
「そっ、それは……だって! ここでは声が丸聞こえになってしまいます!」
「この天幕には遮音魔法がかかっているから、それは問題ない」
「ううっ、そんな」

 当たり前のようにいわれてしまい、リオーネはうっとなる。
 確かにそうだ。軍事会議なども行われる天幕での会話が、外に筒抜けになれば機密など保てないに違いない。

 ライオネルはそういいあっている間に、リオーネのブラウスのボタンをすべて外してしまい、肩から胸元が露出されてしまう。

 リオーネはされるがままになっていて、もはや恥じらいどころか愛する人を自分の肉体で癒してあげたいという母性が高まり胸の鼓動を抑えきれない。
 触れるか触れないかという微妙な位置から放たれる彼の手の温もりを肌で感じてしまい、じんわりと触れ合ったところが熱を保ち始める。

「っ、あ‥‥‥ッ、は」

 薄いシルクで作られたブラウスが、二人の間でくしゃくしゃになっていく。

「やっ、だめ……」

 無意識に胸を隠そうとするが、彼の指がそれを許さない。
 どうすればいいのだろうと膝上でもがく彼女を目で愉しんでいたライオネルは、これ以上脱がされないようにとリオーネが両肩に手をかけた瞬間、ぐるりと身体を反転させた。
 仰向けの体制のまま、ベッドに転がる形で組み敷かれてしまう。

 「きゃっ!」

 突然天地が真逆になったことに驚き、リオーネはびっくりして目を見開いた。
 呼吸が止まる。四つん這いになり手足の囲いでリオーネを閉じ込めたライオネルの表情がいつのまにか精悍な顔つきになっていて、それまで病人のようだった彼が元気になったのだと心はどこかで喜びが湧き上がる。

 しかし、しまったと思った。
 胸元をいじられる喜びについ気を抜いてしまったからだ。
 いまのライオネルは、まるで獲物を定めた狼のように鋭い顔つきをしていた。
 怒りも幾分か含まれていたように思う。
 理不尽な神々のやり方に対して、彼らが望まないリオーネとの愛情を見せつけてやろうとしているのだと。

 そうやって彼なりの復讐をしようとしているのだと、察する。
 不思議と恐怖は感じない。どころか、ぞわぞわとしたものがつま先から頂点までを走り抜け、リオーネは彼から目をそらすことができなかった。

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