死に戻り令嬢は、冷血皇弟の無自覚な溺愛に溺れたい

秋津冴

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第三章

第十五話 女神の呪い

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「なんて速さだ、信じられん。本当に同じ人族なのか」
「あの子は昔からそう。とっても強くて速かったわ」
「そうですか。さすがランクA」

 二本足のはずなのに、四足歩行の狼さながらの速度で疾走していくリンシャウッドは、まさしく黒狼の獣人だ。
 しなやかな肉体は、漆黒の風となって銀色の月光のなかを駆け抜ける。

「でも、黒竜となると――大丈夫なの?」
「ランクAということですから、下手な魔獣よりは強いはずですな。黒竜はランクBでも勝てる相手です。瘴気を気にしなければ、ですが」
「ならいいのだけれども……心配だわ」

 リンシャウッドの心配をしながら、それでも脳内ではライオネル様、と愛する人に切り替わってしまう自分の翻意さに呆れながら、リオーネは二人の安全を女神に祈る。

「こことここは危ない。ここは大丈夫……ね」

 結界にたどり着いたリンシャウッドは、自分が通り抜けても問題ないサイズの亀裂を見つけ出す。
 するり、と壁の隙間を縫うような仕草でやすやすと結界を突破する。
 中に入ると遠く竜の咆哮が、威嚇の唸りが轟いた。
 続いて、ドウウウッ、と巨体が地面にたたきつけられる音とともに、地面が振動する。

 ライオネルの持つ聖剣が黒竜の巨躯を貫いたのだろう。
 悶絶する声、地面をのたうち回る音が地鳴りのように響く。
 結界の中には思ったよりも瘴気が充満していて、中央にいくほど濃度が濃くなる。

 騎士たちの多くは数時間、濃い濃度の瘴気に晒されていて肌からそれそ吸い込んでしまったのだろう。
 倒れている誰しもが、肌の露出する部分を紫色に染めていた。

「これはまずいわね」

 信仰する浄化の女神ラフィネの力を借り、黒狼族の特異スキルである魔炎を尻尾の先に灯す。
 炎なのに黒々としていて、過去にはこれを見た心ない人々から悪魔の化身だと迫害を受けた歴史のある黒狼族は、普通の炎よりも温度が高い魔炎であらゆるものを焼き払う。

 それは浄化の性質を濃くしてやれば、リシェスの神官が使う浄化魔法並みの作用を発揮した。
 走っていると魔導師や神官の衣装を着た人物たちがおおく倒れている。その向こうには黒竜の遺体が数体。

 瘴気は遺体から発せられるから、それを焼いて浄化してしまえばいい。
 さらに治癒魔法と併用して倒れている人々の瘴気を浄化する。
 大気中の瘴気が中和され、呼吸が安定した彼らは魔法によって体力を取り戻し、意識を復活させた。

「あなたは……」
「まだ黒竜がいるんだ、気を付けろ」
「ここは危ない、逃げるんだ」

 リンシャウッドにかけられる声はさまざまだ。
 その誰もに笑顔を向け「助けにきました。いずれヴェルディ侯爵軍がやってきます。この結界を張ったのは誰?」と質問していく。

「これ、は……巫女姫たちだ。あの子達が殺されたら結界が崩れしまう!」

 と、神官が叫びいまだ戦いが続いている中央のほうを指差した。

「分かった!」

――巫女姫たちを守っているのが、聖騎士――リオーネの婚約者!

 空に浮かんでいた一頭に向かい、リンシャウッドは巨大な魔炎の矢を放つ。
 それは迷うことなく竜の翼を貫き炎上させて、きりもみながら巨体は地面へと叩きつけられる。

「もらった!」

 勢いよく突っ込んできた黒竜の頭を、リンシャウッドの側で剣をかまえていた騎士たちが群がり、手際よく首を刈っていく。
 そこに神官たちが浄化魔法を叩きつけ、黒竜の肉体から瘴気は漏れることなく骸へと化してしまう。

「ここは任せたわ。落ちている竜はもう焼いたから!」
「あ、待て! あんた、誰だ?」
「モンテファン伯爵家の使いよ!」
「リオーネ様の……」

 こんなに早くしかも遠方にある東部地方から援軍がくるとは、質問した騎士も思って見なかったのだろう。

「リオーネ様だと?」
「女伯爵様がきてくださった!」
「ライオネル様! そうだ、殿下をお探ししろ! お守りするんだ!」

 後ろから騎士や神官のまとめ役と思しき人物が命じ、個々に動いていたひとびとは一丸となって結集する。
 彼等よりはるかに先をいくリンシャウッドの目に入ってきたのは、一頭の黒竜とそのまえに立ちはだかり、倒れ伏した少女を守ろうと片足を引きずりながら戦っている青年の姿だ。
 黒竜も満身創痍。羽はぼろぼろでもう長くはないと思えた。
 リンシャウッドは魔炎の矢を放ち、黒竜が空に逃げるのを防ぐ。

「誰だ!」

 と誰何の声が飛ぶ。駆けつけてきたリンシャウッドは彼にとって見覚えのない女性だったからだ。

「リンシャウッド! リオーネの依頼できました! あなたは!?」

 竜が伸ばした首から繰り出される牙の猛攻を聖剣で交わし、いなしながら男は隣に立ったリンシャウッドに叫ぶ。

「ライオネル! リオーネがどうしてここに?」
「良かった! 殿下、御加勢に参りました」
「説明はあとでいい! ミランダを逃がしてくれ!」
「わかりました!」

 たった一頭。しかし、されと一頭。
 命の尽き果てようとした状態では、女神ラフィネの寵愛を受けた聖騎士といえどもここまでてこずるものなのか?

 ミランダと呼ばれた少女を抱えると、リンシャウッドは俊足を活かしてやってくる騎士や神官たちのところまで引き下がる。
 彼らにミランダを渡してライオネルに振り返ったとき、黒竜の首がはねられるのと断末魔の悲鳴を挙げるのは同時だった。

 そして、代償としてライオネルの左足を噛みちぎっていくのも――。

「殿下――っ!」

 と、集団から悲鳴が上がる。

「ちっ――ごめん、リオーネ!」

 リンシャウッドは咄嗟に動けなかったことを悔やみつつ、ライオネルのそばに駆けつけた。あふれ出る多量の血をすぐさま浄化の炎で焼き、止血してしまう。
 あとから治療魔法を使うときに瘴気による阻害などを防ぐためだ。
 ライオネルはさすが聖騎士というべきか。
 これほどの重傷を負いながら、意識はしっかりとしていた。

「しっかりして、皇弟殿下! いま治癒魔法を――」
「だ、だめだ。僕に君の魔法は効かないんだ……」
「ど、どうして?」

 彼がラフィネの聖騎士だから、という前書きをリンシャウッドは忘れていた。リシェスの術を使う自分の魔法は確かに効かないだろう。それならば――。

「あの子! 姫巫女……」

 さきほど助けた亜麻色の髪の少女、ミランダを探した。神官と他の姫巫女たちにかしづかれるようにして治療を受けている彼女は、もしかしたらこの場で一番の高位神職かもしれない。あの子なら、聖騎士だって癒せるはず。

 リンシャウッドが黒竜の口内に溜まったままだった足を引き抜き、浄化をほどこすとミランダを呼びにいく。
 彼女は肉体からちぎれた片足を見て「ひいっ」と顔面蒼白になりながら、おずおずとライオネルの元へと戻る。

 彼の意識は失った血の多さもあるのだろう。うつらうつらとして視線はぼんやりと定まらない。
 時間がないことをリンシャウッドが告げると、ミランダは懸命に女神ラフィネの祝詞を挙げる。そこに姫巫女や他の神官が総出で治癒魔法や回復魔法、神聖魔法をかけるも、ライオネルの体力は戻っても足はなぜかくっつかない。

「どうして。どういうこと、こんなことなんてあるはずがない」
「ラフィネ様の神官がこれほど祈願してかなわない治癒などあるのでしょうか……」

 なにか他の問題があるのではないか、と神官たちが額を揃えて悩みだすがその間にもどんどんとライオネルから切り離された片足を戻せる時効が迫ってくる。

「彼にどんな呪いが……」

 と、ミランダは女神に問いかける。その答えは魔法の発動が拒絶されるという結果として起こった。つまり、ライオネルは女神に嫌われているのだ。

「この人、あんな女と婚約したから女神の怒りを買ったんだわ……」
「え? 女神の怒り!? じゃあ、他の女神の力なら助かる?」
「それは――多分。でもここにはラフィネ様の信徒しか」
「大丈夫! 私は浄化の女神リシェスの信徒だから!」
「ちょっと、待って! いきなり勝手なこと――!」

 と、治癒魔法が発動しない理由を知ったリンシャウッドが強引に場を譲ってもらい、ライオネルの足を繋げる。ミランダは「やっぱり……」となにを考えたのか、青白い顔をしてそう言った。

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