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第三章
第十三話 魔猟師リンシャウッド
しおりを挟む「ライオネル! 貴方!? ライオネル……!」
悲痛な悲鳴にも似た問いかけが魔導具に向かい放たれる。
しかし、答える者は誰もいない。
便利な魔道具はただの四角い箱になってしまった。
――彼が駐屯しているルゲル連峰のテスタリアまで、三日。
これほど近いのに、これほど遠い三日。
しかし、それは馬車などを使った場合の話で、魔法を使えば話は別だ。
さらにいまは近代。
魔導ネットワークを通じた転移魔法ネットワークや、魔導列車、飛行船を使った天空航路というものもある。
「ライオネル――何があったの……」
婚約者として行くべきか。
それとも女伯爵として自領に黒竜が飛来したときに備え、万全の備えで迎え撃つべきか。
彼に会いたい。
今すぐにでも愛に行き、その無事を確かめたい。
生きてくれていて良かった、とこの胸に抱き止め優しくキスをしてあげたい。
いや、それは今すぐにでも欲しいのだが。
両方を成し遂げる方法を、リオーネは模索しなくてはならかった。
魔道具は一台しかないし、買い替えたとしても相手と繋がるとは限らない。
でもそれは間接的に連絡を待つ方法だ。
それにリオーネはまだヴェルディ侯爵家の麾下にあり、上司に無断で領地を離れることはできない。
意を決したリオーネは、隣室に通じる扉を開いた。
そこは侍女たちが寝泊まりする部屋だ。
バンっ、と勢いよく扉を開けた主人を待っていたかのように、サリー以下、侍女たちは手に手に、ドレスだの化粧品だのを手にしている。
獣人のサリーは耳が良いのだ。
いつも主人のしたいことを準備してくれている――。
「サリー。出かけるわ」
「もちろんです、奥様。御支度を整えましょう。侯爵様にご連絡を差し上げておきます」
「馬車なんて使わないわよ」
「ええ、もちろんです。手近なセース港の転移装置を使います。侯都ベドラスまでは二時間もかからないかと」
「求められたらこう言いなさい、侯爵領に竜が迫っている、と」
「かしこまりました。お付きの者はどうなさいますか?」
うーん、とリオーネは思案する。
可能ならば伯爵領の騎士団を総出で連れ出したいところだ。
しかし、それをすれば旅程は大勢が移動するため、片道一週間はかかるだろう。
それに伯爵領の騎士団は竜退治に慣れていない。
いつも自分の警護をしてくれている騎士長ベッケルだけでは心もとない。
サリーが助け舟を出すかのように「姪がたまたまきております」と告げた。
「リンシャウッドが?」
「はい、奥様。先日までグリザイア王国におりましたが、たまたま帝国を訪れる用事ができたのだ、とか」
「聞いていなかったわ。ランク……Bだったかしら?」
「Aに昇格したと聞いております」
「そう。最高位ランクまであと少しね」
「ええ、名誉なことです」
リンシャウッド、というのはサリーと同じ黒狼の獣人の少女だ。
リオーネと三歳違うから、今年、二十歳のはず。
幼いころから歳が近いということもあり、気心の知れた仲だった。
彼女は十歳になる前に優れた黒狼のスキルを活かして魔猟師になっていたはずだ。
ランクA……。魔猟師ギルドのなかでもトップランク。帝国に仕官すれば、騎士以上の爵位から始まってもおかしくないほどの腕前だ。
「‥‥‥来てくれるかしら?」
「あたしが頼んだら、大丈夫です。竜狩りもお手のものですよ」
サリーはどっしりとした体格のお腹をポンと叩いてみせた。
仕度が整ったリオーネのまえにリンシャウッドがやってきたのは、それからすぐのことだ。
魔猟師の証である武器を携行していないのがちょっとだけ不思議だったが、真っ黒な髪、頭頂部から生えた狼の獣耳、尾から生えたふさふさの真っ黒な尻尾は、記憶にある幼馴染の特徴そのままに、大人になった女性へと変じていた。
ただ一つ異なるといえば――。
「身長差が出てしまったわね、リンシャウッド」
「そうですね、リオーネ様。私なんかかすんでしまいそうなほどにお綺麗になられて」
「三度、結婚にしくじった未亡人だけどね」
過去を思い出したのか、口調が柔らかなものになる。
今まで落ち込んでいたリオーネの硬い雰囲気が柔らかくなり、随行を命じられて部屋に待機していた騎士長ベッケルは険しかった頬を緩めた。
邂逅を懐かしむ二人に彼は「積もる話は馬車の中で」と告げ、他の従者も含めて総勢十余名は伯爵家の馬車でもっとも近くに転移装置があるセース港に向かう。
そこから転移装置を経由して三十分ほど。
リオーネはまず、侯都ベドラスに向かう。
侯爵家ともなると、屋敷内に転移ポートを構えていて、門をくぐらずに直接、屋敷の応接間へと通された。
深夜にやってきたリオーネ一行に対して、ヴェルディ侯爵家当主ラモンはどこか陽気だった。
貴族の慣習とでもいえるべき寝酒をやっていたからだろう。
普段は傲岸不遜な上司が、酒に酔ってどこか砕けた印象になっていたのは、リオーネにとって幸いなことだった。
「竜がこの土地に向かっているとか? どこから得た情報だ、モンテファン女伯爵」
「閣下。まずは深夜の来訪をお許しください。時間があまりありません」
「許そう。話してくれ。どうやって知った?」
かけていたソファーから立ち上がり謝罪するリオーネを手で戻るように指示すると、テーブルに置いてあったガラス瓶からコップへと酒を移して、軽く呷った。
どうやら良くない知らせのようだ、と理解した侯爵の顔が引き締まる。
リオーネは焦りを見せないように、静かに説明する。
「閣下にとって、とても有益な情報かと」
「ほう。それはあれかな? 皇弟殿下とお前が結婚することで、東部地方における勢力を削がれた俺にとって、有益なものとなるとでも?」
「‥‥‥黒竜により、派遣された討伐軍が壊滅した恐れがあります、閣下」
「ほう?」
侯爵が顔をしかめる。
愛を選び自分の陣営を抜けて行った女伯爵は、実はまだ忠実な部下だった? いや、それはあり得ない、と彼はそろばんをはじいた。
「殿下と二時間ほどまえまで、魔導具で通話しておりました。巫女姫になられたミランダ様が暴走させた魔法により、結界に亀裂が入り」
「なんだと?」
侯爵は怒りの形相を見せる。ミランダの実家、アーバンクル公爵家はヴェルディ侯爵家とともに反皇帝派だ。
今回の黒竜退治でうまく業績を上げ、次期聖女へと目論んでいたのだろうということは、お見通しだった。
「飛来した黒竜は数頭。そのうちの何頭かは翼を失い、地上に瘴気をばら撒いているとのことです。被害はルゲル連峰から吹き降ろす北風に乗り、そのうちこちらにも届くでしょう」
「‥‥‥なんということだ! よりにもよって結界を――!」
「帝都に連絡がいっても、現場のテスタリアまで早くて三日。いいえ、転送魔法を多用しても軍を率いているとなればもっと時間がかかります。でもここからなら――」
「急げば一日だ。くそっ」
グラスを呷り、残っていた酒を飲み干すと、侯爵は立ち上がり部屋のなかを左右する。支援の軍を出すのが早いのか、それをも見捨てるのが良いのか。
「なぜだ。お前は婚約者にとって不利になる状況を作り出そうとしているのだぞ?」
「‥…婚約者の危機に駆けつけてなにがいけないのでしょうか、閣下。彼が黒竜を撃退したとしても、それはミランダ様の上司として当然のことをしたまでのこと。閣下が駆けつけ、尽力いただいたとあればそれは閣下の手柄となりましょう」
「伯爵家の利益は度外視、ということか。それで俺が納得するとでも?」
「我が家は領内の税金でもう有り余っております。これ以上の栄誉を欲しがる必要がありません」
侯爵は執事に合図して、ペンと髪を持ってこさせる。
「念書をかけ。今回、どんな戦功を挙げてもモンテファン伯爵家は無関係だと、な。陛下の御前で表彰などないようにだ」
「もちろん、異論はございません。ですが」
「なんだ?」
「先にテスタリアまでいきたいのです。転送装置を優先的に使える許可をいただければ」
一筆したためるとそれを確認した侯爵はふん、と鼻を鳴らして書類を一瞥する。
名誉よりも男か、所詮は女だ。と心の声が聞こえてくるようだ。
後ろに控えているリンシャウッドがなにか言いたそうだったが、リオーネが今は舞ってと視線で合図すると彼女は黙ってくれた。
そこに慌てた様子で侯爵家の執事が入室してきて、主人に何かを耳打ちする。
そうか、とだけ短く答えた彼はリオーネに向き直った。
「どうやら、本当のようだ。テスタリアへの派遣軍と連絡が取れないらしい。夜分のため、帝都ではまだ確認が取れていないようだ。おかげで俺が最初の報告者となった。手柄になりそうだ」
「閣下のお役に立てて何よりです」
「転移装置は好きに使え。戻るときも自由にして構わん」
「ありがとうございます」
許可を得て去ろうとするリオーネに「四度目は戻ってよいのだぞ」と侯爵は告げる。上司の優しさではなく、単に伯爵家の力が欲しいからだった。
「お伺いしても?」
「なにを?」
「どうして、陛下の御退任を指示されているのですか? アーバンクル公爵家とこちらと。ずっと謎でした」
「女神にきけ」
と謎めいた言葉を残し、侯爵はリオーネたちに退室を命じた。
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