死に戻り令嬢は、冷血皇弟の無自覚な溺愛に溺れたい

秋津冴

文字の大きさ
上 下
13 / 19
第三章

第十二話 襲撃

しおりを挟む


「何事――!?」

 魔道具からつんざく破裂音が室内に響きわたる。
 リオーネはベッドから飛び起きて、音の正体を確かめようとした。

「奥様、どうなされたのですか! 物凄い音が……」

 廊下に控えていた侍従たちがノックもせずに室内に飛び込んできた。
 顔色を失っている彼らの中にはまだ若い男性の騎士もいて、女主人の肌が露わになった夜着を見て顔を赤らめるものもいて、さまざまだ。

「わたしは無事です。安心して職務に戻りなさい」
「ああ……魔導具から、ですか。故障かなにかですか」
「かもしれないわね。ライオネル様と通話ができなくなったら困るから、明日、技師を手配してちょうだい」
「かしこまりました」

 家令はそういい部屋を去る。
 他の侍女たちも同様だったが、一人だけ耳が良い獣人のサリーは微妙な顔をしていた。
 人がはいってくる気配を感じ取ったリオーネは、とっさに魔導具の音量を下げたのだ。
 しかし、時折、胸元に抱きしめた装置からかすかだが誰かの声がする。
 サリーにはそれが聞こえているのだろう。
 言葉の主が誰かということも――。

「いいのよ。大丈夫だから」
「かしこまりました。奥様、なにがありましたら」
「ええ、すぐに呼ぶから、ありがとう」
「では」

 サリーを最後に家人が出て行ったあと、リオーネはぽつんと室内に佇んでいた。
 もう誰も聞いていないというのに、悪いことをするかのようにベッドと壁の隅に座り込み、魔導具の音量を戻してそっと話しかける。

「ラ、ライオネル?」
「リオーネ! 良かった、そっちでもなにかあったのかと!」

 あやまってマイク側の音量も下げていたらしい。
 彼はいきなり音が途切れたことに不安そうだった。

「ごめんなさい、いきなり家令たちが入ってきたものだから。その――さきほどの音を聞いて」
「ああ、あれか」
「どうしてあのような音が――軍事機密なら聞きませんけど」
「彼女が……」
「彼女?」

 ライオネルは言い淀む。
 発言しづらいことのようだった。
 女、と聞いて思い出す関係者は一人しかいない。
 ミネルバだ。

「‥‥‥ミネルバ様?」
「あ、うん。そう、だね。黒竜を遠くに見つけたといい、それが攻撃範囲だったから」
「え、どういうこと?」
「彼女は爆裂系の魔法が得意なんだ。大火力で敵を焼殺する、そんなものだな。爆風も起こるから周囲への影響も大きい。とにかく、密集地では扱いづらい」
「そんなものを発射した、と?」

 そうなんだ、といいライオネルはため息を吐く。
 ミネルバは聖騎士である彼の部署を越えた同僚だ。
 神殿という横のつながりは強固で、時として縦社会をやすやすと横切って見せる。

「おかげで結界の一部がほころんだどころか、亀裂が入ってしまった。彼女は魔法使いとしてならとても優秀だ。でも、配慮が足りない。亀裂から数匹の黒竜が結界内に侵入してしまった」
「まあ、なんて子なの。あっちこそ厄介者ではないですか! ライオネル様のお仕事を増やすなんて……」
「これも同じ神殿に所属する者同士、仕方がない。止められなかった周囲にも問題はある」
 やれやれと彼はいい、これから夜通しで黒竜を退治するのだと語る。
「深夜に黒竜は見えづらいが、そこはラフィネの恩寵がある。僕は死ぬことはないよ。だから心配しないで」
「は、はい」

――まだ結婚していないから、死んでもわたしの死に戻りの呪いは発動しないかもしれない。

 婚約したら発動するのか、恋人になれば発動するのか、愛すればそうなるのか。
 判断が難しい案件で、とにかくリオーネにできることは励ましの言葉をかけ祈りを捧げることくらいしかできない。

「ラズで待っているよ。僕の愛おしい人」
「ライオネル……無事で」
「もちろんだ」
「大好きよ、ライオネル。怪我しないで。必ず戻ってきて」
「約束する。努力するよ」

 魔道具の向こうにいる彼がかけてくれる言葉が、リオーネの沈んだ心を晴れやかにさせていく。
 愛されてるという実感が、包み込むように暖かいベールとなって、安らぎを与えてくれるからだ。
 彼は大丈夫。きっと戻ってくる。

 と、安堵したのも束の間。
 また、魔導具の向こうから今度は地震でも起きたかのような重低音が響いてきた。
 続いて、報告。

「殿下! 竜が落とされました」
「なんだと?」
「巫女姫が放った雷撃魔法が、黒竜を感電死させた模様です。こちらに瘴気が回ってくる前にお逃げ下さい!」
「あのバカ公女! なんてことをしてくれたんだ……。僕はいい。女神の加護がある。他の兵士に対瘴気防御を展開するように伝令!」

 また、三度目の音がする。
 今度は、ズズンっ、となにかが落ちてきたような音だった。

「報告! 翼を失った魔竜が陣営内に墜落! 暴れ回っています!」
「またあの公女が原因か!」

 ライオネルと部下のやりとりを聞き、リオーネの顔色が段々と悪くなっていく。
 さきほど、駆けつけた家人たちは同じような思いをしたのだろうか、と考えてしまう。
 それはつまり、愛する人や主人の死――。

「ライオネル! 大丈夫なの! ねえ、ライオネル?」

 問いかけて数秒。
 バタバタと騒がしい向こう側で、皇弟は数度の呼びかけのあとに応じてくれる。

「すまない、リオーネ。ミランダの後始末で厄介なことになりそうだ。だが、ラズには必ず行く。あちらで会おう」
「ええ、必ず。待っているわ」
「では、な」
「愛してる!」

 プツっ、と通話が途切れる前のことだった。
 ヴァンッ、と大気を切るような大きな音がした。
 ライオネルが仮住まいにしている陣は大きな野営用のテントだ。

 その生地がバリバリっと避ける音がした。
 空気の塊が魔導具の向こう側から音とともにやってきたような錯覚を受け、リオーネは思わず魔導具を床に落としてしまう。
 ウウウオ、とさらに重苦しく凶暴ななにかを孕んだ遠吠えがする。
 そして――。

「殿下、殿下! 皇弟殿下――っ! 衛生兵!」

 と……。
 ライオネルをひどく物悲し気な声で誰かが呼び、辺りは部下たちだろう男性の悲鳴で溢れ。
 魔道具はそれっきり何も吐き出さなくなった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

聖女の、その後

六つ花えいこ
ファンタジー
私は五年前、この世界に“召喚”された。

「君を愛するつもりはない」と言ったら、泣いて喜ばれた

菱田もな
恋愛
完璧令嬢と名高い公爵家の一人娘シャーロットとの婚約が決まった第二皇子オズワルド。しかし、これは政略結婚で、婚約にもシャーロット自身にも全く興味がない。初めての顔合わせの場で「悪いが、君を愛するつもりはない」とはっきり告げたオズワルドに、シャーロットはなぜか歓喜の涙を浮かべて…? ※他サイトでも掲載中しております。

思い出してしまったのです

月樹《つき》
恋愛
同じ姉妹なのに、私だけ愛されない。 妹のルルだけが特別なのはどうして? 婚約者のレオナルド王子も、どうして妹ばかり可愛がるの? でもある時、鏡を見て思い出してしまったのです。 愛されないのは当然です。 だって私は…。

悪役令嬢を陥れようとして失敗したヒロインのその後

柚木崎 史乃
ファンタジー
女伯グリゼルダはもう不惑の歳だが、過去に起こしたスキャンダルが原因で異性から敬遠され未だに独身だった。 二十二年前、グリゼルダは恋仲になった王太子と結託して彼の婚約者である公爵令嬢を陥れようとした。 けれど、返り討ちに遭ってしまい、結局恋人である王太子とも破局してしまったのだ。 ある時、グリゼルダは王都で開かれた仮面舞踏会に参加する。そこで、トラヴィスという年下の青年と知り合ったグリゼルダは彼と恋仲になった。そして、どんどん彼に夢中になっていく。 だが、ある日。トラヴィスは、突然グリゼルダの前から姿を消してしまう。グリゼルダはショックのあまり倒れてしまい、気づいた時には病院のベッドの上にいた。 グリゼルダは、心配そうに自分の顔を覗き込む執事にトラヴィスと連絡が取れなくなってしまったことを伝える。すると、執事は首を傾げた。 そして、困惑した様子でグリゼルダに尋ねたのだ。「トラヴィスって、一体誰ですか? そんな方、この世に存在しませんよね?」と──。

だから聖女はいなくなった

澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
「聖女ラティアーナよ。君との婚約を破棄することをここに宣言する」 レオンクル王国の王太子であるキンバリーが婚約破棄を告げた相手は聖女ラティアーナである。 彼女はその婚約破棄を黙って受け入れた。さらに彼女は、新たにキンバリーと婚約したアイニスに聖女の証である首飾りを手渡すと姿を消した。 だが、ラティアーナがいなくなってから彼女のありがたみに気づいたキンバリーだが、すでにその姿はどこにもない。 キンバリーの弟であるサディアスが、兄のためにもラティアーナを探し始める。だが、彼女を探していくうちに、なぜ彼女がキンバリーとの婚約破棄を受け入れ、聖女という地位を退いたのかの理由を知る――。 ※7万字程度の中編です。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

毒を盛られて生死を彷徨い前世の記憶を取り戻しました。小説の悪役令嬢などやってられません。

克全
ファンタジー
公爵令嬢エマは、アバコーン王国の王太子チャーリーの婚約者だった。だがステュワート教団の孤児院で性技を仕込まれたイザベラに籠絡されていた。王太子達に無実の罪をなすりつけられエマは、修道院に送られた。王太子達は執拗で、本来なら侯爵一族とは認められない妾腹の叔父を操り、父親と母嫌を殺させ公爵家を乗っ取ってしまった。母の父親であるブラウン侯爵が最後まで護ろうとしてくれるも、王国とステュワート教団が協力し、イザベラが直接新種の空気感染する毒薬まで使った事で、毒殺されそうになった。だがこれをきっかけに、異世界で暴漢に腹を刺された女性、美咲の魂が憑依同居する事になった。その女性の話しでは、自分の住んでいる世界の話が、異世界では小説になって多くの人が知っているという。エマと美咲は協力して王国と教団に復讐する事にした。

どうして別れるのかと聞かれても。お気の毒な旦那さま、まさかとは思いますが、あなたのようなクズが女性に愛されると信じていらっしゃるのですか?

石河 翠
恋愛
主人公のモニカは、既婚者にばかり声をかけるはしたない女性として有名だ。愛人稼業をしているだとか、天然の毒婦だとか、聞こえてくるのは下品な噂ばかり。社交界での評判も地に落ちている。 ある日モニカは、溺愛のあまり茶会や夜会に妻を一切参加させないことで有名な愛妻家の男性に声をかける。おしどり夫婦の愛の巣に押しかけたモニカは、そこで虐げられている女性を発見する。 彼女が愛妻家として評判の男性の奥方だと気がついたモニカは、彼女を毎日お茶に誘うようになり……。 八方塞がりな状況で抵抗する力を失っていた孤独なヒロインと、彼女に手を差し伸べ広い世界に連れ出したしたたかな年下ヒーローのお話。 ハッピーエンドです。 この作品は他サイトにも投稿しております。 扉絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID24694748)をお借りしています。

処理中です...