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第二章
第十一話 死に戻りの秘密
しおりを挟むラズで会える。
それは一ヶ月近くもライオネル不足だったリオーネにとっては活力の源になる。
五年間、女伯爵でいた期間はあれだけ孤独でも平気だったのに、誰かを愛してしまったあとでは、会えないことが死ぬほど寂しい。
愛おしい彼に会いたい。
寂しそうな横顔を癒してあげたい。
あの大きな胸板に抱き止められたい――。
ついでに、夜会からこっち一度も受け入れていない彼で、深く突き入れて欲しい。
このぽっかりと空いた心の空白を埋めてもらって、同じように彼の戻れる居場所であってあげたい。
「ずるいわ、ライオネル」
「ずるい? どういうことだ、リオーネ」
「だってわたし、いまなによりも誰よりも貴方に逢いたいのに」
「‥‥‥驚きだ。あのリオーネがそんなおねだりをするなんて」
「なんですか? あのって」
ライオネルはいや、と言い淀む。
失言だったとぼやきが聞こえた。
自分は彼にどんな女として見られているのだろう、とふと気になる。
「リオーネはライオネル様からどんな婚約者だと思われているのかしら。公女を夜会で張った気丈な女?」
「そうだな」
軽い質問だったのに、彼はどんなときでも真摯に受け答えしてくれる。
どこにいても深い愛情で見守れているような気になり、リオーネの胸が理由もなくときめく。
「どうなの、貴方?」
「うん……難しい」
「難しいって」
「領地経営に敏腕ぶりを発揮する気丈な才女、というのが最初に会ったときの印象だった」
やっぱりそう思われていたんだ、と知り気の強いわがままな女だと思われたくないと願ってしまう。
リオーネがだまっていると、彼の口調は柔らかく丸みを帯びた。
「しかし、ミネルバ様を張り倒したときは圧倒されたな。僕を悪者にすれば場は丸く収まっただろうと思う。エプソナ大公だって逃げるようにして場を去ることもなかっただろう」
「それは……差し出がましいことをして、ごめんなさい」
「いやいや、怒っていないよ。本気でそう思ってる?」
「いいえ。でも、ライオネルに責任を取らせたら、あの場にいた序列としてはわたしが最上位だったわけで」
皇子として封爵されていない貴方では、わたしより序列が下。とは口が裂けても声を大にして言えない事実だ。
でも、あの場ではあれでよかったのだと今更ながらにリオーネは感じている。
五年間で五回しか帝城に入城していないただの一貴族。田舎の領主で揉めごとを起こしても――罰せられるのは自分だけ。
悪くて罰金だろうけれど、皇帝陛下は過激な要求をしないとしてこないと、あのとき、リオーネは踏んでいた。
上司に反皇帝派であるヴェルディ侯爵家がいるからだ。
領地が王国と接していることもある。
罰したあとに悪評を流されて対外的に現政権が揺らいでいるなどといわれては年齢的にも体力的にも、皇太子に跡を譲ろうとしている皇帝からしてみたら面白くないからだ。
「僕に責任を負わせたら、アーバンクル公爵家と神殿の関係もこじれる、とか考えたのかな?」
「え、ええ。まあ、そう、ね」
単純にあの嫌味な女、ミランダを張り倒したくて仕方がなかったからの結果だ、とはいえない。
感情に一直線な女だと彼に思われるのはなんだか嫌だ。
そして、一時的にとはいえあのミランダとおなじ職場に彼がいるのはなぜだろう、無性に腹立たしいものがある。
リオーネは寂しさを埋めるために抱いていた羽毛枕を引き離すと、ベッドの上に置きどすどす、と遠慮なく拳を打ち付ける。
「リオーネ? なんの音だい?」
「な、なんでもないわよ、ライオネル」
「そうか。なにか殴るような音がした気がしたから」
「きっ、気のせい、気のせいよ。なにも変なことありませんから!」
――貴方が余計なこというから、気になって仕方ないじゃない!
と、本音をぶつけるのは我慢した。
これで関係がこじれて結婚が破談などになってしまったら、それこそ取り返しのつかないことになる。
彼がいまでは絶対に失いたくない相手へと自分のなかで大きな存在になっていることに、リオーネは都合のいい女だな、と思ってしまうのだった。
四角い魔導具の箱がどこで音声を拾って、どこから出力しているのかいまひとつわからないから、誤魔化して行為をやめるしかない。
なんだか不完全燃焼させらえている気分で、もやっとしてしまう。
「ははっ、それならいいんだ。僕の発言のせいで君を不機嫌したらそれこそ――」
「それこそ?」
「僕が申し訳なさで死にたくなる」
「どう……して? 貴方がそんなに気にすることないじゃない」
「だって。君は僕の」
――僕のなに? 一拍空く合間に心臓がどきん、と跳ねる。
もしそれがどうでもいい存在だ、とかだったらどうしよう。と目を虚空へとやってしまう。
望まない現実と答えは欲しくなかった。
「最愛の人だから。だから――婚約を申し込んだんだ」
「ばか」
「え?」
「いえ、なんでもないです。そういえば、あれから女神様とお話はできたんですか?」
出された回答が頭の中で無限にループしてしまい、無意識に顔が真っ赤になっているのが自分でもわかる。
大人の女なのに、女伯爵なのに、年上なのに、少女のように恥じらってしまっている。
駄目だ、これは駄目だ。
次、彼と顔を合わせたとき、間違いなく赤面する自信まで生まれてしまって、もう抑えようがない。
見えていないはずなのに、視えているような気になってしまい、つい話題を変えてしまった。
女神と聖騎士の関係性なんて、他人がしかも俗人が口を挟んでいいことではないのに。
そして、かえってきた彼の声はどことなく辛く苦しいものだった。
「ラフィネ……か。そうだな、女神様はきっと僕たちの仲を祝福してくれるはずだよ」
「そうだといいわ。婚約の宣誓式では指輪が壊れてしまったから」
女神様には嫌われてしまったのだ、とリオーネはあの出来事からずっとそんなことを感じていた。
どういうのだろう。
常に感じていた神の気配が、いきなり失せてしまったというか。
確かに踏み感じていた道がいきなり消えてしまったというか。
そんな感じ。
でも、とも考える。
女神の気配を感じなくなったのは、これが最初だっただろうか。
――そういえば、エンリケと結婚するまでは確かに側に誰かいたような……?
14歳で最初の結婚をして、それまで暮らしていた実家を離れたことによるものだとばかり考えていた。
二度目、三度目と結婚を重ねるたびに、親しいなにかが去っていくような。
守ってくれていたなにかが確実に薄まっていくような。
「結婚式には皇帝陛下も聖女様も参列される。ラフィネといえど、認めないわけにはいかないよ」
「なんだか、認めていただけていないような物言いをされるのね、変な貴方」
「そんなつもりじゃないんだが」
魔導具の向こうで困った顔して頭を手でかいているライオネルの姿が想像できて、リオーネはついくすっと笑ってしまった。
手をかざすと、彼がくれた婚約指輪が薬指を飾ってくれている。
大丈夫だ、これは杞憂にすぎない――。
「ねえ、ライオネル様」
「どうかしたかい?」
「ラズでお伝えしないといけないことがあるの」
「‥‥‥え? まさか結婚が嫌になったとか、かい?」
「そんなはずないじゃない」
まさか、と笑ってごまかす。
自分の声がつい、緊張からか硬質なものになってしまったのだ、とリオーネは咳ばらいをして喉を整えた。
「ならいいんだ。で、話ってなんだい?」
「うん。それは……」
――わたしには死に戻りの呪いが掛かっていて。
いつかどこかで伝えないといけないこと。
聖騎士である彼にはいつか見抜かれてしまうこと。
そうなるまえに、嘘を吐いていたと欺いていたと誤解されるまえに、どこかでいわなくてはならない真実。
「実は」
と言おうとした瞬間、ライオネルのいる魔導具の向こう側でなにか盛大な爆発音が鳴り響いた。
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