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第一章
第七話 未亡人の恋
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「リオーネを迎えに行くよ。必ず」
夜会に戻るために乱れたドレスを直したり、緩んだりほつれたりした髪形を整えるのに離宮の1部屋を借りたリオーネは、身支度に忙しい。
普段、自分ですることがないものだから、手間が余計にかかってしまう。
君の侍女を呼ぼうか? とこちらはリオーネの愛液で白濁した者から新しいタキシードを用意して着たライオネルが、男性特有の気楽さでそう言い、リオーネをいらっとさせる。
「大丈夫です! 人がこないようにしていただければ!」
身を重ねたことから心の距離感が縮まったせいか、リオーネは普段、誰にも見せることのない自分を少しだけ曝け出していた。
これまで知らなかった年上の好きな女性が見せる可愛らしい仕草に、ライオネルは口元をほころばせる。
「僕の侍女たちで良ければ貸すよ?」
「でも、それじゃ――あなたが嫌な思いをするでしょう? ただでさえ、ここに二人だけでやってきたことはもう口さがない人たちの噂になっているはずだわ」
「ああ、それか」
「それかって、あれだけ利用されるのが嫌だって、いったじゃない」
「‥‥‥いや、いい」
「はあ? どういうことなの?」
櫛を使い髪を止めたいのに、どうにもうまく決まらない。
リオーネはむうっ、と唇を尖らせ「仕方ないか」と呟く。夜会に参加したときのような豪奢な髪形に戻すのは、自力では無理だし、化粧道具も持ちこんだポーチに入っているものでは足りない、と諦めがついたのだ。
ライオネルは「僕の騎士団の部下なら口が堅い」といい、女騎士たちを呼びに行く。
どうやら今夜は夜会の警護に当たるつもりで、離宮に勤めている人員たちには暇を出していたらしい。どうりで人気がなかったはずだ、と納得するリオーネだった。
やがて帝城の会場を警備していた女騎士たちが三人ほど、「どういうことです、殿下? いきなりの呼び出しなんて……しかも三人も」と戸惑いの表情と声を曇らせて会話しながら入室してくる。
そして、かすかに頬がまだ明るいリオーネを見て、三人は納得したようだ。
ライオネルはここを任せた、といい退室してしまった。
「驚きました。あの殿下がまさか、女性の方と一緒なんて」
「本当に。これは喜ばしいことです」
「そ、そうなのかしら?」
髪型を整え、化粧を施されたリオーネは、夜会に参加したときより幾分控えめな感じで準備を終えた。
扉の向こうで「まだか?」と時折、心配する声がするが女騎士たちは「ほっておけばいいのです。女性の身支度には時間がかかるのですから」といい、主を放置してリオーネに話しかけた。
「そうですとも! 殿下はこれまでずっといろいろな政略結婚ばかりを押し付けられそうになって――」
「そうそう! その度にお役目で戦いの場に出られたから、都度、破談になったのよね」
「陛下もタイミングが悪いんだから……」
と、皇弟が結婚の機会をこれまでずっと戦いで逸していたことを知り、リオーネはふうん、そうなのね。と納得する。
「でも、お相手がモンテファン伯爵様だなんて――」
「こら、女伯爵様でしょ?」
「そうだった。ごめんなさい、女伯爵様」
「い、いいのよ。敬称なんて気にしなくて。ライオネルが待っているようだけれど」
と、かしましく続く女たちの会話を分断するように扉が控えめにノックされ主人が名前で呼ばれたことに、女騎士たちは「きゃー」を黄色い悲鳴を上げた。
「ねえ、聞いた? ライオネルだって」
「殿下も隅におけないじゃない」
「夜会の最中だっていうのにここまでするなんて……」
お二人はいつからこんな関係なんですか! と口をそろえて女騎士たちに囲まれたところで、皇弟が割って入った。
「おまえたち、いい加減しろ! リオ―……モンテファン女伯爵殿に失礼だぞ」
扉を開け、顔を見せる彼に女騎士たちは遠慮がない。
「えー、殿下がここに呼ばれたんですわ、わたしたちを」
「そうよ。一生懸命、尽くしていますわ!」
「女性の着替えを覗くなんて、マナー違反ですよ、殿下!」
「い、いや、僕はだな――」
女は強い。それも女騎士が三人も揃ったならライオネルも勝てないのだな、とリオーネは思わず微笑してしまう。
戦場では孤高の狼みたいに強い男性も、女性には弱いのだ。
雌が群れのリーダーを作る狼の社会みたいだ、と思ってしまったからだ。
そしてライオネルがたじたじとなってしまっている。
普段とのギャップにまたもや「可愛いい人」と思いを漏らしてしまいそうになる。
ああ、自分はこの男性を好きになりかけている。
告白やデートなど、前後してしまったものはあるが――でも、これがいま出せる答えだった。
いま彼が困ってしまっている。
ここで手を取り合わずにどこで助け合うというのだろう。
「もう仕度は整いましたわ、戻りましょう、皇弟殿下。会場に」
「あ、ああ。そうしよう。モンテファン女伯爵」
リオーネは先に立ち歩き出す。腕を腰に立てると後ろからライオネルが腕を絡めてきた。
今夜はいまから始まる――。
皇帝陛下から業績を褒章された貴族として胸を張って会場に立とう。
離宮から会場への廊下を辿るなかで、新たなる――、とそこで思い立ち質問する。
「ねえ、ライオネル様。わたしたち、恋人として名乗って宜しいのかしら?」
意地悪な質問だった。関係を知らない会場のひとびとからすれば、前後関係を疑ってしまうに違いない。ライオネルは痛くもない腹を探られるのは嫌なはずだ。
だが、帰ってきたのは思ってもみない返事だった。
「順番を取り違えたことは申し訳なく感じている。兄上への報告もある――迎えに行くまで待ってくれないか」
「迎えに――」
それはつまり、皇帝の許可を取りどこかの上位貴族を通して、婚約を申し込む……という申し出だった。
リオーネは女伯爵だから上には侯爵か公爵、大公か各后妃、皇后、皇帝といった存在しかいない。
適任となると考えられるのは親戚筋に当たるヴェルディ侯爵家が妥当だろうか?
さすがに揉めたミネルバの親戚筋になるエプソナ大公家は仲介することはないだろう。なるほど、本気なんだ。と彼の熱意をうれしく感じるリオーネだった。
彼は歩みをとめ、周囲に誰もいないのを確認してリオーネに向き直る。
「待っていてほしい。必ず迎えに行く――これは皇弟としての命令でなく、リオーネ。君を好きな一人の男としての願いだ」
「一人、の……?」
「ああ、そうだ。……駄目か?」
駄目なはずがない。
今すぐにでも、迎えにこなくても、彼の想いを受け止めてあげたいと感じてしまう。
しかし、待て。と、女伯爵としてのリオーネが制止する。
ミネルバのような子供ではないのだ。もう23歳、三度の結婚に失敗した未亡人。
そこいらの貴婦人とはむしろ、恋仲やら結婚やらといったものには慎重にならざるを得ない。
さらに――。
リオーネは薄く微笑んだ。
目元を緩め、困ったようにはにかむ。
肯定したいけれど、でも、受け止められない。
そんな、拒絶とも是非とも受けれ取れる笑顔に、女性経験が乏しいライオネルは困惑する。
――ああ、そうか。この方は自分とは生きてきた軸が違うんだ。
自分にとって当たり前だった男女の親密な空気感。
三度もそれを知っている熟れた女と今だ女性を詳しく知らない淡い蕾。
これは、いろいろと難しいな。と感じた。
彼は軍人。はっきりとした意思を示すべきなのだろう。それは恋の微妙な雰囲気を楽しむものとは、はるかに離れた対極にある人種だった。
「そうね――」
リオーネは自分の心を射止めて外さない彼の視線をわざとそらすために、唇を重ねる。
続けて、踵を遠くへと伸ばして距離をとった。
「リオーネ?」
「殿下。まず、わたしは未亡人。女伯爵であり殿下は皇族。でも爵位は授与されていません。これは揶揄なのではなく、血筋や身分としては殿下が上位。でも、爵位としては遠く離れていることを意味しております」
「あ、ああ……。確かに僕には爵位がない。だが、皇子としてなら!」
「はい、殿下。ですが、皇族の降嫁は有り得ても男性が家を放棄することは、帝室法では認められておりません。陛下がお許しになれば話は別ですが、聖騎士であらせられる殿下を神殿は離さないでしょう」
「では、どうしろ――と。今夜のことは忘れろというのか?」
いいえ、とリオーネは首を振る。
彼の愛を得る方法は他にもある。
「お命じください、殿下として。このモンテファン女伯爵に愛妾であれ、と。そうすればリオーネは一代限りの女伯爵。領地もある独立貴族です。しかし、国の政治を決める貴族連盟への加盟はしていても、議会への参加は認められておりません。つまり、政治的に殿下のお立場を左右することなく側にいることができます」
「それは――」
でしょう? とリオーネは微笑む。今度は確固たる意志が見えるものだった。
ライオネルは「‥‥‥いまはそれでいいなら」とだけいい、再び腕を取って歩き出す。
片側しか見えない彼の横顔はこわばっていて、深く怒りに満ちたもののように感じれてしまった。
「奥様、どこにいらしたんですか! メリッサは不安で不安で……」
会場に戻るとまっさきによってきたのは顔に不満をいっぱいにたたえたメリッサだった。
ふわふわと金髪が浮かび、腰まであるロングの髪がスカートの裾をともにたなびく。
先ほどまでメリッサがいたテーブルには同年代の令息たちが集まっていて、とても不安だったとは思えない。
頬が赤く染まっているのを見て、お酒に酔っているのだろうとリオーネは推測する。夜会は中盤にさしかかり、管弦楽団の演奏を楽しむために皇帝夫妻が会場の奥に席を移動しているのが目に入る。
こんな末席でのささいな会話なんて楽団の音にまぎれて聞こえないだろうけれど、リオーネは皇帝がこちらをさっと目にしたのを、確かに見て取った。
「殿下……」
「ああ、戻るころになってしまった。また、な」
「ええ。今夜はありがとうございました」
絡ませた腕を解き、離れた彼に深くカーテシーをするとリオーネはメリッサを従えて夜会の出口を目指す。
ここに長居してもいいことはなにもない。
彼が他の貴婦人たちに語り掛けられるのを見てしまったら、嫉妬しない自信がなかった。
夜会に戻るために乱れたドレスを直したり、緩んだりほつれたりした髪形を整えるのに離宮の1部屋を借りたリオーネは、身支度に忙しい。
普段、自分ですることがないものだから、手間が余計にかかってしまう。
君の侍女を呼ぼうか? とこちらはリオーネの愛液で白濁した者から新しいタキシードを用意して着たライオネルが、男性特有の気楽さでそう言い、リオーネをいらっとさせる。
「大丈夫です! 人がこないようにしていただければ!」
身を重ねたことから心の距離感が縮まったせいか、リオーネは普段、誰にも見せることのない自分を少しだけ曝け出していた。
これまで知らなかった年上の好きな女性が見せる可愛らしい仕草に、ライオネルは口元をほころばせる。
「僕の侍女たちで良ければ貸すよ?」
「でも、それじゃ――あなたが嫌な思いをするでしょう? ただでさえ、ここに二人だけでやってきたことはもう口さがない人たちの噂になっているはずだわ」
「ああ、それか」
「それかって、あれだけ利用されるのが嫌だって、いったじゃない」
「‥‥‥いや、いい」
「はあ? どういうことなの?」
櫛を使い髪を止めたいのに、どうにもうまく決まらない。
リオーネはむうっ、と唇を尖らせ「仕方ないか」と呟く。夜会に参加したときのような豪奢な髪形に戻すのは、自力では無理だし、化粧道具も持ちこんだポーチに入っているものでは足りない、と諦めがついたのだ。
ライオネルは「僕の騎士団の部下なら口が堅い」といい、女騎士たちを呼びに行く。
どうやら今夜は夜会の警護に当たるつもりで、離宮に勤めている人員たちには暇を出していたらしい。どうりで人気がなかったはずだ、と納得するリオーネだった。
やがて帝城の会場を警備していた女騎士たちが三人ほど、「どういうことです、殿下? いきなりの呼び出しなんて……しかも三人も」と戸惑いの表情と声を曇らせて会話しながら入室してくる。
そして、かすかに頬がまだ明るいリオーネを見て、三人は納得したようだ。
ライオネルはここを任せた、といい退室してしまった。
「驚きました。あの殿下がまさか、女性の方と一緒なんて」
「本当に。これは喜ばしいことです」
「そ、そうなのかしら?」
髪型を整え、化粧を施されたリオーネは、夜会に参加したときより幾分控えめな感じで準備を終えた。
扉の向こうで「まだか?」と時折、心配する声がするが女騎士たちは「ほっておけばいいのです。女性の身支度には時間がかかるのですから」といい、主を放置してリオーネに話しかけた。
「そうですとも! 殿下はこれまでずっといろいろな政略結婚ばかりを押し付けられそうになって――」
「そうそう! その度にお役目で戦いの場に出られたから、都度、破談になったのよね」
「陛下もタイミングが悪いんだから……」
と、皇弟が結婚の機会をこれまでずっと戦いで逸していたことを知り、リオーネはふうん、そうなのね。と納得する。
「でも、お相手がモンテファン伯爵様だなんて――」
「こら、女伯爵様でしょ?」
「そうだった。ごめんなさい、女伯爵様」
「い、いいのよ。敬称なんて気にしなくて。ライオネルが待っているようだけれど」
と、かしましく続く女たちの会話を分断するように扉が控えめにノックされ主人が名前で呼ばれたことに、女騎士たちは「きゃー」を黄色い悲鳴を上げた。
「ねえ、聞いた? ライオネルだって」
「殿下も隅におけないじゃない」
「夜会の最中だっていうのにここまでするなんて……」
お二人はいつからこんな関係なんですか! と口をそろえて女騎士たちに囲まれたところで、皇弟が割って入った。
「おまえたち、いい加減しろ! リオ―……モンテファン女伯爵殿に失礼だぞ」
扉を開け、顔を見せる彼に女騎士たちは遠慮がない。
「えー、殿下がここに呼ばれたんですわ、わたしたちを」
「そうよ。一生懸命、尽くしていますわ!」
「女性の着替えを覗くなんて、マナー違反ですよ、殿下!」
「い、いや、僕はだな――」
女は強い。それも女騎士が三人も揃ったならライオネルも勝てないのだな、とリオーネは思わず微笑してしまう。
戦場では孤高の狼みたいに強い男性も、女性には弱いのだ。
雌が群れのリーダーを作る狼の社会みたいだ、と思ってしまったからだ。
そしてライオネルがたじたじとなってしまっている。
普段とのギャップにまたもや「可愛いい人」と思いを漏らしてしまいそうになる。
ああ、自分はこの男性を好きになりかけている。
告白やデートなど、前後してしまったものはあるが――でも、これがいま出せる答えだった。
いま彼が困ってしまっている。
ここで手を取り合わずにどこで助け合うというのだろう。
「もう仕度は整いましたわ、戻りましょう、皇弟殿下。会場に」
「あ、ああ。そうしよう。モンテファン女伯爵」
リオーネは先に立ち歩き出す。腕を腰に立てると後ろからライオネルが腕を絡めてきた。
今夜はいまから始まる――。
皇帝陛下から業績を褒章された貴族として胸を張って会場に立とう。
離宮から会場への廊下を辿るなかで、新たなる――、とそこで思い立ち質問する。
「ねえ、ライオネル様。わたしたち、恋人として名乗って宜しいのかしら?」
意地悪な質問だった。関係を知らない会場のひとびとからすれば、前後関係を疑ってしまうに違いない。ライオネルは痛くもない腹を探られるのは嫌なはずだ。
だが、帰ってきたのは思ってもみない返事だった。
「順番を取り違えたことは申し訳なく感じている。兄上への報告もある――迎えに行くまで待ってくれないか」
「迎えに――」
それはつまり、皇帝の許可を取りどこかの上位貴族を通して、婚約を申し込む……という申し出だった。
リオーネは女伯爵だから上には侯爵か公爵、大公か各后妃、皇后、皇帝といった存在しかいない。
適任となると考えられるのは親戚筋に当たるヴェルディ侯爵家が妥当だろうか?
さすがに揉めたミネルバの親戚筋になるエプソナ大公家は仲介することはないだろう。なるほど、本気なんだ。と彼の熱意をうれしく感じるリオーネだった。
彼は歩みをとめ、周囲に誰もいないのを確認してリオーネに向き直る。
「待っていてほしい。必ず迎えに行く――これは皇弟としての命令でなく、リオーネ。君を好きな一人の男としての願いだ」
「一人、の……?」
「ああ、そうだ。……駄目か?」
駄目なはずがない。
今すぐにでも、迎えにこなくても、彼の想いを受け止めてあげたいと感じてしまう。
しかし、待て。と、女伯爵としてのリオーネが制止する。
ミネルバのような子供ではないのだ。もう23歳、三度の結婚に失敗した未亡人。
そこいらの貴婦人とはむしろ、恋仲やら結婚やらといったものには慎重にならざるを得ない。
さらに――。
リオーネは薄く微笑んだ。
目元を緩め、困ったようにはにかむ。
肯定したいけれど、でも、受け止められない。
そんな、拒絶とも是非とも受けれ取れる笑顔に、女性経験が乏しいライオネルは困惑する。
――ああ、そうか。この方は自分とは生きてきた軸が違うんだ。
自分にとって当たり前だった男女の親密な空気感。
三度もそれを知っている熟れた女と今だ女性を詳しく知らない淡い蕾。
これは、いろいろと難しいな。と感じた。
彼は軍人。はっきりとした意思を示すべきなのだろう。それは恋の微妙な雰囲気を楽しむものとは、はるかに離れた対極にある人種だった。
「そうね――」
リオーネは自分の心を射止めて外さない彼の視線をわざとそらすために、唇を重ねる。
続けて、踵を遠くへと伸ばして距離をとった。
「リオーネ?」
「殿下。まず、わたしは未亡人。女伯爵であり殿下は皇族。でも爵位は授与されていません。これは揶揄なのではなく、血筋や身分としては殿下が上位。でも、爵位としては遠く離れていることを意味しております」
「あ、ああ……。確かに僕には爵位がない。だが、皇子としてなら!」
「はい、殿下。ですが、皇族の降嫁は有り得ても男性が家を放棄することは、帝室法では認められておりません。陛下がお許しになれば話は別ですが、聖騎士であらせられる殿下を神殿は離さないでしょう」
「では、どうしろ――と。今夜のことは忘れろというのか?」
いいえ、とリオーネは首を振る。
彼の愛を得る方法は他にもある。
「お命じください、殿下として。このモンテファン女伯爵に愛妾であれ、と。そうすればリオーネは一代限りの女伯爵。領地もある独立貴族です。しかし、国の政治を決める貴族連盟への加盟はしていても、議会への参加は認められておりません。つまり、政治的に殿下のお立場を左右することなく側にいることができます」
「それは――」
でしょう? とリオーネは微笑む。今度は確固たる意志が見えるものだった。
ライオネルは「‥‥‥いまはそれでいいなら」とだけいい、再び腕を取って歩き出す。
片側しか見えない彼の横顔はこわばっていて、深く怒りに満ちたもののように感じれてしまった。
「奥様、どこにいらしたんですか! メリッサは不安で不安で……」
会場に戻るとまっさきによってきたのは顔に不満をいっぱいにたたえたメリッサだった。
ふわふわと金髪が浮かび、腰まであるロングの髪がスカートの裾をともにたなびく。
先ほどまでメリッサがいたテーブルには同年代の令息たちが集まっていて、とても不安だったとは思えない。
頬が赤く染まっているのを見て、お酒に酔っているのだろうとリオーネは推測する。夜会は中盤にさしかかり、管弦楽団の演奏を楽しむために皇帝夫妻が会場の奥に席を移動しているのが目に入る。
こんな末席でのささいな会話なんて楽団の音にまぎれて聞こえないだろうけれど、リオーネは皇帝がこちらをさっと目にしたのを、確かに見て取った。
「殿下……」
「ああ、戻るころになってしまった。また、な」
「ええ。今夜はありがとうございました」
絡ませた腕を解き、離れた彼に深くカーテシーをするとリオーネはメリッサを従えて夜会の出口を目指す。
ここに長居してもいいことはなにもない。
彼が他の貴婦人たちに語り掛けられるのを見てしまったら、嫉妬しない自信がなかった。
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