お飾りの側妃となりまして

秋津冴

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「彼女を妻に迎えたいのです」
「どうか助けてください。テレンス」

 二人は懇願するようにわたしに言った。
 助けてほしいと言われても、わたしにはどうしようもないことだ。

 下賜されることもそう、あなたたちの報われない恋愛もそう、全てを含めて正しい解決方法などここには存在しない。
 存在するとすれば二人にこの国から早く逃げ出すように伝えることぐらいだろう。

 この事実が明るみに出れば、国王陛下はきっと、どちらかを処罰するだろうから。
 少なくともわたしは、王子の妻となって、彼の秘密の愛を支えるなど、できそうになかった。

「みんながこの事を知ってしまったとしたら、どうなるかを理解できてますか?」

 ジュディ様は世間を知らない。自分は公国の後ろ盾があるから、と思っているようだった。
 しかし、彼女はすでに形の上だけでも、祖国を裏切っているのだ。

 さすがに王子は、王太子から格下げされた二年前を境に、世間の荒波に多少なりとも、揉まれてきたらしい。
 顔面は蒼白で、しかし固い決意からか、唇がギュッと結ばれていた。

 彼には彼女を連れてどこまでも逃げる覚悟ができているのだろう。
 後は彼女の次第かも?

「ご協力できることが多分ないと思われます」
「テレンス? そんな!」
「本日の来訪も、わたしは席を外していなかったことに。話は何も聞かなかったということにしておきます」

 席を立ち上がる。
 話は終わりだ。
 こんな面倒くさい問題がいきなり申し込まれてくるなんて、とてもじゃないけれど不快な気分になる。

「テレンス待って! お願い、ラベルだけでも助けて!」
「お願いをされても今のわたしには、あなた達を助けてあげられるものは何もないのです。どうかお引き取りください」

 冷たい言葉を言い渡して、わたしは部屋を後にした。
 後ろからはジュディ様の叫びと嘆き、いくつかの呪いの言葉も聞こえたような気がする。
 わたしにできることがあるとすれば――。


 ジュディ様は仮にも元国王夫人だ。
 涙を流し、情けない顔をしたまま、ここを去るほどの度胸は、彼女にはない。

 ラベル王子もそれを理解していたのか、二人が離宮を出たのは、十数後のこと。
 とあることを考え、したためた手紙を侍女に渡す。

「イリヤ。この手紙を王子に渡してきて」
「あ、はい。テレンス様」
「それと、久しぶりに帰郷したいから、陛下にご挨拶に行くわ。その準備もして」
「かしこまりました」

 イリヤは手紙を王子に渡したとき、彼が中身を一瞥して深い感謝を述べたことに不思議そうな顔をしていた。
 午後から陛下を訪問し、祖母が病期で伏せていると連絡が来たので、しばらく帰郷したいと申し出る。

 祖母の病気は嘘だが、彼女もそれなりに高齢だ。
 幸いにも年上を敬うことは、王国では美とされている。

 その習慣が役に立ち、わたしたちは二週間後に、離宮をあとにした。
 ラベルの妻? そんなものに今更なったところで、あの人の役に立ちはしない。

 あの人とは、わたしがこれまでの人生で唯一、愛を捧げた男性だ。
 彼の息子の為ならば何かをしてやりたいと思った……、けれどそこに他の女性がいるのならば。
 わたしがして差し上げれることなど、数は限られてくる。

「あの二人、ちゃんと帝国行きの船に乗ってくれたかしら?」
「ガルド様から、船にお迎えしたと、そう連絡がきておりますよ、テレンス様」
「そう。それならばいいのだけど」

 わたしたちが王都を後にした三日前、ラベルとジュディ様は王宮から姿を消したらしい。
 それが国王陛下にばれるまで、三日かかった辺りに古い格式を重んじる王国では、なにが問題が起きても即座の対応ができないまま、これからも後手後手に回るのだろうと思われる。

 馬車で二週間かかる港街ベネルズまで、彼は早馬を飛ばしていくのだと言っていた。
 うまくすれば三日。

 その間、彼らは死ぬ思いで馬を走らせただろう。
 ガルドに二週間前にガルドに命じて船を手配させておいた。

 二人を収容し、船は一足先に帝国に向かっている。
 わたしたちは数時間先に到着する港街アレイナで、ガルドが指揮する帝国の軍艦と合流する手はずだ。

 季節はそろそろ夏に差し掛かる。
 もうしばらく竜に乗っていない……そう思っていたら、彼はやってきた。わたしたちの馬車の上を、見守るように旋回しながら、ゆっくりと近くの丘に降り立つ。

 まるで迎えに来た、といわんばかりのタイミング。
 もう、この王国に遺していくものは何もないのだろう。

 ヴィルス様への、想いは彼の義理の息子夫婦とともに帝国に行く。
 お飾りの側妃は、立ち去ることにしよう。

「ねえ、イリヤ。あれを出して!」
「あれって、テレンス様? まさか、竜に跨ると?」
「いいから出しなさい、まだ着れるはずだから!」

 侍女を急かし、馬車は進路を少しばかり変えて、丘へと向かう。
 馬車の中で数年前に着てから袖を通していなかった、装備一式に袖を通してみたら、まだまだ着れるようだった。
 おチビちゃん……アルドは、更に真っ蒼になった羽を伸ばしてのんびりとしている。

 よくよく見れば、天空には赤い飛竜や青い水竜が十数頭も旋回していた。
 レジー、フィン、その子供たち……ようやく生まれ故郷に帰ることができる。

「アルド、あなた大丈夫? 人を乗せたことはあるの? どうかわたしを空から落としてしまったりしないでね?」
「ルルルっ」

 任せろっ、とばかりに自信満々にアルドは声をあげた。
 彼の背にそっと跨る。

 鞍もあぶみも、手綱もないけれど。
 さて、どこまで耐えれるだろうか。

「……落ちたらレジーがなんとかしてくれるでしょ」

 失礼な、とアルドは不満の鼻息を漏らした。

「はいはい、ごめんごめん。よろしくお願いします。帝国までね」
「フフっ!」

 アルドの背に跨る。彼はゆっくりと舞い上がり、竜たちの群れの真ん中に陣取った。
 はるか遠くに王都の街並みが見える。

 わたしは飾り物。
 ある時は帝国を飾り、ある時は王国を飾り、ある時は竜を飾る。
 お飾りの側妃だったわたしの恋は、こうして終わりを告げたのだった。
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