お飾りの側妃となりまして

秋津冴

文字の大きさ
上 下
20 / 30

20

しおりを挟む
 ジョブスが勤務するここには、さまざまな行政機関の出先機関が一堂に集まった場所になっていた。
 四階建ての本館、左右にそれぞれ鳥が翼を広げたような別館があり、最奥に領主の自宅と、来賓用の別館が用意されている。

 周りの建物が赤や白に彩られているのに、この館は真っ蒼な空に溶け込むように見える青と、壮麗な白のデコレーションが見事な建築物。
 領主のベネルズ伯爵は海に詳しく、彼自身も商船を何隻も持つ、船主だという。

 王都とはまた違う、富と権力を握った野心家。
 五十代、陛下よりも一回りほど年齢がいった、壮年の男性。

 この国の民族特有の褐色の肌に、黒髪は短く刈り込まれ、艶やかな黒真珠のような瞳には、どす黒い出世欲に満ちているように思えた。

「よくお越しくださいました。王都からは遠い旅路だったでしょう。この館も一週間とおかずに新しい主を迎えて、さらにそれが王族の方々とも来れば、喜びもひとしおというものです」
「それはありがとうございます、伯爵。陛下もここにお泊りになられたのね」
「ええ……。あちらの寝室に」

 伯爵はすこしだけ言葉を濁した。
 わたしは意地悪く質問する。

「この地方の華でも飾りましたか?」

 華。つまり、美人を陛下の夜の側につかせたか、という意味だ。
 伯爵はうっと言葉を詰まらせる。どうやら、存外、正直な性格らしい。感情が表に出やすいようだ。

「陛下は、華はすでに両手にあると、はい」
「そう。それを聞いて安心したわ。あなたのことは陛下によろしく伝えておきます。今回の竜の一件、うまくいったらあなたの手柄になさい」
「は? いえ、それは! しかし……王妃様のものになさったほうが、宜しいのでは?」
「まだ未来は何も決まっていませんし、それにわたしの物にしたところで、陛下のご寵愛がます程度。それはこの港地や領主のあなたにとって、喜ばしいことかしら?」
「王妃様の覚えが宜しくなれば、それはベネルズの民もまた喜ぶことでしょう」

 本当にそうかしら?
 だって、あなたの商売相手、帝国でしょう? ちゃんと調べはついているだから。

 この伯爵の持つ商船はすべて、わたしの祖国と大きく商いをしている。
 扱っているのが、半島の鉱山から採掘し、加工した魔鉱石がほとんどで、それは帝国でも大事な資源の一つだ。

 何よりも、彼の船を使い、あることが行われようとしているのだから、こちらとしても安易に手を組みたくない。

「聞きましたよ。帝国から王国に竜を使う指南役としてきている、帝国竜騎士たちが、この港から祖国に戻ろうとしているとか。国王陛下は許可を与えてみたいだけど、誰の船を使うつもりかしら?」
「それは……」
「こちらとしては誰の船でも別に構わないのですよ、伯爵。でも、竜騎士たちを乗せた船の船主と、王妃が仲良くしていたら、陛下は良くは思わないと思うの。どう?」
「ではどうすれば王妃様の御心に叶いますでしょうか」

 わたしの答えがない問いかけに対して、困惑したように伯爵は顔をしかめた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【12/29にて公開終了】愛するつもりなぞないんでしょうから

真朱
恋愛
この国の姫は公爵令息と婚約していたが、隣国との和睦のため、一転して隣国の王子の許へ嫁ぐことになった。余計ないざこざを防ぐべく、姫の元婚約者の公爵令息は王命でさくっと婚姻させられることになり、その相手として白羽の矢が立ったのは辺境伯家の二女・ディアナだった。「可憐な姫の後が、脳筋な辺境伯んとこの娘って、公爵令息かわいそうに…。これはあれでしょ?『お前を愛するつもりはない!』ってやつでしょ?」  期待も遠慮も捨ててる新妻ディアナと、好青年の仮面をひっ剥がされていく旦那様ラキルスの、『明日はどっちだ』な夫婦のお話。    ※なんちゃって異世界です。なんでもあり、ご都合主義をご容赦ください。  ※新婚夫婦のお話ですが色っぽさゼロです。Rは物騒な方です。  ※ざまあのお話ではありません。軽い読み物とご理解いただけると幸いです。 ※コミカライズにより12/29にて公開を終了させていただきます。

(完結)無能なふりを強要された公爵令嬢の私、その訳は?(全3話)

青空一夏
恋愛
私は公爵家の長女で幼い頃から優秀だった。けれどもお母様はそんな私をいつも窘めた。 「いいですか? フローレンス。男性より優れたところを見せてはなりませんよ。女性は一歩、いいえ三歩後ろを下がって男性の背中を見て歩きなさい」 ですって!! そんなのこれからの時代にはそぐわないと思う。だから、お母様のおっしゃることは貴族学園では無視していた。そうしたら家柄と才覚を見込まれて王太子妃になることに決まってしまい・・・・・・ これは、男勝りの公爵令嬢が、愚か者と有名な王太子と愛?を育む話です。(多分、あまり甘々ではない) 前編・中編・後編の3話。お話の長さは均一ではありません。異世界のお話で、言葉遣いやところどころ現代的部分あり。コメディー調。

【完結】伯爵令嬢の格差婚約のお相手は、王太子殿下でした ~王太子と伯爵令嬢の、とある格差婚約の裏事情~

瀬里
恋愛
【HOTランキング7位ありがとうございます!】  ここ最近、ティント王国では「婚約破棄」前提の「格差婚約」が流行っている。  爵位に差がある家同士で結ばれ、正式な婚約者が決まるまでの期間、仮の婚約者を立てるという格差婚約は、破棄された令嬢には明るくない未来をもたらしていた。  伯爵令嬢であるサリアは、高すぎず低すぎない爵位と、背後で睨みをきかせる公爵家の伯父や優しい父に守られそんな風潮と自分とは縁がないものだと思っていた。  まさか、我が家に格差婚約を申し渡せるたった一つの家門――「王家」が婚約を申し込んでくるなど、思いもしなかったのだ。  婚約破棄された令嬢の未来は明るくはないが、この格差婚約で、サリアは、絶望よりもむしろ期待に胸を膨らませることとなる。なぜなら婚約破棄後であれば、許されるかもしれないのだ。  ――「結婚をしない」という選択肢が。  格差婚約において一番大切なことは、周りには格差婚約だと悟らせない事。  努力家で優しい王太子殿下のために、二年後の婚約破棄を見据えて「お互いを想い合う婚約者」のお役目をはたすべく努力をするサリアだが、現実はそう甘くなくて――。  他のサイトでも公開してます。全12話です。

記憶を失くした悪役令嬢~私に婚約者なんておりましたでしょうか~

Blue
恋愛
マッツォレーラ侯爵の娘、エレオノーラ・マッツォレーラは、第一王子の婚約者。しかし、その婚約者を奪った男爵令嬢を助けようとして今正に、階段から二人まとめて落ちようとしていた。 走馬灯のように、第一王子との思い出を思い出す彼女は、強い衝撃と共に意識を失ったのだった。

安らかにお眠りください

くびのほきょう
恋愛
父母兄を馬車の事故で亡くし6歳で天涯孤独になった侯爵令嬢と、その婚約者で、母を愛しているために側室を娶らない自分の父に憧れて自分も父王のように誠実に生きたいと思っていた王子の話。 ※突然残酷な描写が入ります。 ※視点がコロコロ変わり分かりづらい構成です。 ※小説家になろう様へも投稿しています。

私が我慢する必要ありますか?【2024年12月25日電子書籍配信決定しました】

青太郎
恋愛
ある日前世の記憶が戻りました。 そして気付いてしまったのです。 私が我慢する必要ありますか? ※ 株式会社MARCOT様より電子書籍化決定! コミックシーモア様にて12/25より配信されます。 コミックシーモア様限定の短編もありますので興味のある方はぜひお手に取って頂けると嬉しいです。 リンク先 https://www.cmoa.jp/title/1101438094/vol/1/

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

リアンの白い雪

ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
その日の朝、リアンは婚約者のフィンリーと言い合いをした。 いつもの日常の、些細な出来事。 仲直りしていつもの二人に戻れるはずだった。 だがその後、二人の関係は一変してしまう。 辺境の地の砦に立ち魔物の棲む森を見張り、魔物から人を守る兵士リアン。 記憶を失くし一人でいたところをリアンに助けられたフィンリー。 二人の未来は? ※全15話 ※本作は私の頭のストレッチ第二弾のため感想欄は開けておりません。 (全話投稿完了後、開ける予定です) ※1/29 完結しました。 感想欄を開けさせていただきます。 様々なご意見、真摯に受け止めさせていただきたいと思います。 ただ、皆様に楽しんでいただける場であって欲しいと思いますので、 いただいた感想をを非承認とさせていただく場合がございます。 申し訳ありませんが、どうかご了承くださいませ。 もちろん、私は全て読ませていただきます。 ※この作品は小説家になろうさんでも公開しています。

処理中です...