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港町ベネルズ市。
人口十万人。このアート王国の東の玄関にして、数少ない、人口が十万を越える大都市だ。
千年近い歴史があり、そこかしこで古い白亜の住宅と、赤レンガの住宅が混じっている。
ここら一帯の土地は珊瑚の化石が豊富なのだという。
それをコンクリートの荒いものと混ぜ合わせて建材にしたらしい。
「つまり、地下の岩盤はそれほど頑丈な物ではない、と?」
馬車に揺れること三日。
王宮が手配した案内人のジョブスはまだ若い黒髪の青年だ。
「いえ、それはこの街の人口がまだ一万を超える古い時代の話です。いまは、半島の山々から建材を切り出して、あの通り」
彼は港に並び立つ、巨大な赤レンガの倉庫群を指差す。
その向こうには木造の住宅もたくさん並んでいて、中心部に目をやれば、十数階建ての高層建築とその窓には魔石から切り出した魔石ガラスが、日光を反射して白く鈍い光を放っていた。
「あのようにレンガやコンクリートの建物が多くなっております。もちろん木造建築もそれに負けないことたくさんございます」
「なるほどね。珊瑚とセメントを混ぜ合わせるっていうのは、とても面白い考え方。壁が時折輝いて見えるのはそのせいなのね」
「左様でございます」
「ありがとう、勉強になるわ」
ジョブスはそう言って簡単にこの街の成り立ちを説明してくれた。
彼はこの地方の領主に仕える書記の一人らしい。
魔法が発達したいま、目が悪く眼鏡をかけている彼を見て、わたしはちょっと驚いた。
回復魔法や治癒魔法、高価なものであれば、金貨数十枚を支払うだけで神聖魔法による、完全な回復を目に施すことができる。
領主の書記ともなれば、それなりに高額の賃金をもらっているはずだ。
どうしてそうしないのかと、余計なことかと思いながら訊いたら、意外な返事が戻ってきた。
「はあ……。僕は、もともと生まれながら目が見えなかったのです」
「それは……ごめんなさい」
「いいえ、とんでもございません。お気にかけていただき、光栄でございます王妃様。こうやって、少しばかり不便でも眼鏡があれば、生きていくことには事足りません」
「あなたも大変な人生を送られてきたのね」
「恐縮でございます」
横に四人ほど座ることができる広い箱馬車の中で、私と真反対の窓際にいる彼は、腰を浮かして軽くお辞儀をした。
その横では、侍女のイリヤがこの旅の道中、ずっと青い顔をしたまま元気ななさげに、下を俯いている。
考えてみればそうなのだ。
船酔いをする人間が、同じく揺れる馬車に酔わないはずがない。
これもちょっとした盲点だった。
けれど帝国から王国までやってきた馬車の旅ではあんなに平然としていたのに……。
人口十万人。このアート王国の東の玄関にして、数少ない、人口が十万を越える大都市だ。
千年近い歴史があり、そこかしこで古い白亜の住宅と、赤レンガの住宅が混じっている。
ここら一帯の土地は珊瑚の化石が豊富なのだという。
それをコンクリートの荒いものと混ぜ合わせて建材にしたらしい。
「つまり、地下の岩盤はそれほど頑丈な物ではない、と?」
馬車に揺れること三日。
王宮が手配した案内人のジョブスはまだ若い黒髪の青年だ。
「いえ、それはこの街の人口がまだ一万を超える古い時代の話です。いまは、半島の山々から建材を切り出して、あの通り」
彼は港に並び立つ、巨大な赤レンガの倉庫群を指差す。
その向こうには木造の住宅もたくさん並んでいて、中心部に目をやれば、十数階建ての高層建築とその窓には魔石から切り出した魔石ガラスが、日光を反射して白く鈍い光を放っていた。
「あのようにレンガやコンクリートの建物が多くなっております。もちろん木造建築もそれに負けないことたくさんございます」
「なるほどね。珊瑚とセメントを混ぜ合わせるっていうのは、とても面白い考え方。壁が時折輝いて見えるのはそのせいなのね」
「左様でございます」
「ありがとう、勉強になるわ」
ジョブスはそう言って簡単にこの街の成り立ちを説明してくれた。
彼はこの地方の領主に仕える書記の一人らしい。
魔法が発達したいま、目が悪く眼鏡をかけている彼を見て、わたしはちょっと驚いた。
回復魔法や治癒魔法、高価なものであれば、金貨数十枚を支払うだけで神聖魔法による、完全な回復を目に施すことができる。
領主の書記ともなれば、それなりに高額の賃金をもらっているはずだ。
どうしてそうしないのかと、余計なことかと思いながら訊いたら、意外な返事が戻ってきた。
「はあ……。僕は、もともと生まれながら目が見えなかったのです」
「それは……ごめんなさい」
「いいえ、とんでもございません。お気にかけていただき、光栄でございます王妃様。こうやって、少しばかり不便でも眼鏡があれば、生きていくことには事足りません」
「あなたも大変な人生を送られてきたのね」
「恐縮でございます」
横に四人ほど座ることができる広い箱馬車の中で、私と真反対の窓際にいる彼は、腰を浮かして軽くお辞儀をした。
その横では、侍女のイリヤがこの旅の道中、ずっと青い顔をしたまま元気ななさげに、下を俯いている。
考えてみればそうなのだ。
船酔いをする人間が、同じく揺れる馬車に酔わないはずがない。
これもちょっとした盲点だった。
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