お飾りの側妃となりまして

秋津冴

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  ヴィルス陛下は赤毛に紺碧の瞳を持つ、王‥‥‥というよりも、学者と呼んだ方が似合う男性だった。
 身長は私より頭一つ高い程度。
 女性にしては背が高いと言われ続けてきた私が並ぶと、気を遣ってしまう。
 男性は隣に立つ女性が自分よりも高いことを、好まないからだ。
 視線が同じ位置にあると嫌なのだとか、なんだとか。
 座る位置を沈めて陛下の視線と合わないようにしているのだけれど、無駄な抵抗だろうか?

「心を病んだかどうかは、あれの知るところだからな。言及するのは止めておこう」
「えっと、はい。そう、ですね‥‥‥」

 一部に白さが混じった顎髭を撫でながら、陛下はそう言った。
 四十二歳。
 十六歳の私より、ふた回りと少し年上な男性。
 そんなに歳の離れた男性と、こんな風に親密に話すなんて、父親以外の経験がない私はどうにもしどろもどろになってしまって、うまく返事を返せないでいた。
 もしかしたら、歳の差が二人の間に微妙な溝を生じさせているのでは、と遅まきなら気づいてしまう。
 私の上目がちな視線を受けて何か感じたのか、陛下はオホンっと小さく咳ばらいを一つ。

「王妃には、どこに行ったかをきちんと話しておく」
「ありがとうございます。あ、ですが」
「何かな?」
「ジュディ様には私が報告するように、と。そのように言われましたので」
「ああ、なるほど」

 陛下はちょっと思案顔になった。
 王妃には話せても、側妃の私には話せない、そんな機密度の高い話だったらどうしよう、と昏い予感が胸の内に立つ。
 不安の小さなさざ波が心に打ち寄せ始めたとき、陛下はうん、と一つ頷いて力強い視線でこちらを見た。

「テレンス。帝国では、竜を扱うと聞いた」
「え? それはまあ。扱いますね。それが?」
「この王国にも竜は存在していてる。知っていたか」
「聞いたことは―ーあり、ますね‥‥‥」

 ほう、竜って?
 竜を知っているかって?
 竜の出産にも立ち会って、生まれたばかりの子供を抱き上げたこともある私にそんな質問をするとは。
 もちろん知っておりますとも陛下。
 この王国の騎士よりうまく乗りこなす自信がありますから。
 やってきて、私のストレス解消方!
 ‥‥‥と思ってうきうきと心を浮かせていたら、「乗せることはないぞ?」とくぎを刺されてしまった。

「帝国の皇妃殿からは、いろいろと耳にしている。竜の出産に立ち会ったり、飛竜を飛ばせて騎士たちを困らせたり、とな」
「……うっ」
「この国にも、竜はいるが水の中だ。人と語らうこともない、海で漁船を襲うことも多い。それ故に我が国の海運は発展をできないでいる」
「水竜が人を‥‥‥」
「海なら海竜じゃないのか? いや、まあいいのだが。それの脅威を越えるために―ー船を、な」
「そういうことですか」

 この国では竜は招かれない客らしい。
 王国ではみんな仲良くしているのにな、とすこし寂しい気持ちに浸ってしまった。

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