お飾りの側妃となりまして

秋津冴

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 愛を語ることはとても難しい。
 それを手にするのはもっと難しい。
 さらに手に入れた後に失わないようにすることはもっともっと難しい。
 私の場合、手に入れたはずの愛は春先に溶ける雪のように掻き消えてしまって。
 その後に残った萌芽は、残念ながら私には向いていなかった。
 これはちょっぴり風変わりな恋愛を体験した、私の物語。


 ☆

 
「テレンス様! お嬢様!」

 遠くで侍女の声がする。
 私より二歳ほど年下の彼女は新人で、まだ空気を読むということを知らなかった。
 彼女の声はどこか怯えていて、こちらに近づいてくるのを拒んでいるようにも聞こえる。

「なあに? こっちよ、イリヤ! 子供たちが怯えるから大きな声を出さないで頂戴」
「でも‥‥‥よく怖くないですね、それ」
「まあね、もう十年近く一緒に仲良くしているもの」
「はあ‥‥‥」

 侍女はおよび腰だ。
 近づかず、一定の距離を置いて離れている。
 まあ無理はない。
 私の目の前には、ドラゴンが出産したばかりの子供がピいピいと泣いていたのだから。

 この時、私はまだ十六歳だった。
 恋愛というものはあまり経験したことがなく、どちらかといえば城で飼い慣らしている飛竜や、地竜といった、竜騎士たちが騎乗するそれらの方に、興味が向いていた。

 竜たちとは子供の頃から触れ合い、その背に乗せてもらって空を飛んだことも幾度もある。
 むしろ、鈍重で担当の竜騎士や飼育員以外には心を開かない地竜はあまりなじみがない。
 大空を誰にも憚ることなく悠々と飛ぶことのできる飛竜たちは心もおおらかで、幼い私を恐れることもなく受け入れてくれていた。

「どんな母親だって生まれたばかりの子供に気を使うでしょ?」
「それはそうでございますが。だからといって」

 と、イリヤは空を見上げた。
 そこには人工の屋根。
 立ち上がれは全長三メートルほど。
 大人二人分の高さがゆうにある飛竜のために特別に作られたこの建物は、それだけで四階ほどの高さがある。
 昨年まで通っていた学院の講堂もこんな感じだった。
 もっとも、あちらはもっと小さくて。
 三百人ほどしかいなかった全校生徒が集まると満杯になってしまうほど小さかった。
 
「恐ろしくはないのですか。私は見るのだけでも怖いです」
「イリヤは本当に小心者ね。こんなに大人しいのに」
「巨大な鷹を連想させますわ」

 と、侍女はため息交じりに頭を振る。
 鷹というにはちょっとふさわしくない気がする。
 飛竜の母親もそう感じたのか「グルルっ」と喉を鳴らして抗議をした。

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