上 下
10 / 13

撃退

しおりを挟む
 終わりはいつも明確だ。
 まだまだ活発に動き続ける現在にそっと止めを刺す。
 仕留めたらそのまま放置せず、どこか無明の果てに亡きがらを捨て去ってしまう。
 そして、人には記憶だけが残るのだ。

「子供達を連れて夏祭りを観覧させたいのです」
「なんだと?」

 前回も同じセリフを口にした気がする。
 あの時は「リリス」なんて単語は知らなかった。
 今は知っている。
 遠慮することなくそれを告げた。彼女の評価とともに。
 昨夜、神が置いていった新聞の切り抜き等とともに。
 男爵の顔はみるみる間に青ざめていく。

「あなたどうかしましたか?」
「いや、なんでもない……。人混みが多い、子供には向いていないんじゃないのか」
「しかし経験にはなると思います。幼い頃に良い思い出をたくさん作ってやりたいのです」

 妻にそう言われたら夫として肯くしかできない。
 彼はなぜかがっくりと肩を落として、「貴族席を用意する」とだけ言い、足早に出かけて行った。
 やはり神の言うとおり。
 彼と彼女の不貞は、もう始まっているらしい。
 その背中を馬車とともに見送りながら抑えようのない虚しさが、激しく吐き気を催させる。

 ポケットの中の剣を握りしめて、それを我慢した。
 あと少し。あと少しでこの嫌な夢も終わるのだ。
 そうすれば子供達には神の祝福が与えられる。
 自分はどうなっても――。
 それだけが、その望みだけがミリアを突き動かしていた。


 太陽が吐き出した真昼の熱気を吸い込みむようにして、今度は東の空から昇ってきた月が冷たい夜の始まりを告げる。
 ブナの街路樹がひしめき合う人々の上に人工の明かりを受けて、様々な影を落としていた。
 王都の中央に位置する広場では、平民から貴族まで、夏の終わりを告げるこの時期を楽しもうと、押しかけていた。
 宮廷魔導士達が打ち上げる、色とりどりの花火が、夏の思い出となり、夜の星空を切り取っていく。
 やがて国王が祭りの始まりを告げ、盛大な管楽器の音色と共に、さまざまな店が街路を埋め尽くすようにして、客寄せの声を上げる。

 その中を、河川沿いに設えられた貴族たちの特等席に向かい、ミリアは視線を向けていた。
 レットーとディーリアは共に連れてきた執事や侍女たちに任せ、自分は夫を労ってくると告げて席を立つ。
 後ろには侍女のベッキーが続く中、エリオルが指定したとおりの時間とその場所で、男爵は派手なドレスをその身にまとった化粧の濃い美女と会話しているのが目に入った。

「リリス……」

 小さく呻くように魔女の名前を口にする。
 やはり神信託は間違っていなかった。
 神々の王がどんな気まぐれで自分に情けをかけたのか知らないけれど、今この場においてそれ以上に頼れるものがない。

「あなた」

 こちらに背を向けて話し込む男爵に向かい声をかけてみる。
 その向こうで明らかに動揺した表情を浮かべる彼女は、記憶にある忌まわしいあの女に違いなかった。
 近寄って挨拶をし、さも親しげに。
 彼女の事もその才能をこれまでの経歴を誇らしげに評価するように、ミリアは偽りの微笑みを抜けてやる。
 相手からしてみれば裸足で氷の上に立たされた気分になるだろう。
 それはこれまで散々にいたぶられた仕返しにもなっていて、どうにも心地の良いものだった。

 男爵がさっさと話を切り上げようとするのを邪魔してやる。
 彼の夏祭りに奔走してきたこれまでのことを事細かに、詳細にリリスに説明し、その働きを褒め称えてやる。
 あなたよりも私の方が彼にふさわしい。
 嫉妬と嫌悪の感情をより強くさせるように、ミリアは述べて褒めてやった。
 目の前で二人の女の間に立ち、右往左往して、普段威張り散らす顔はどこにいったのか、哀れな男はその場所でただ嵐が過ぎ去るのを待つしかない。

「奥様。そろそろ舞台がございますので……」
「あら、そう。では贈り物がございますの」

 逃げるようにその場を立ち去ろうとする彼女に向かい、手元にそっとしまった剣を掲げるようにして持ち上げると、ミリアはそれをリリスの顔面に向かい、激しく打ち下ろした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約者に心変わりされた私は、悪女が巣食う学園から姿を消す事にします──。

Nao*
恋愛
ある役目を終え、学園に戻ったシルビア。 すると友人から、自分が居ない間に婚約者のライオスが別の女に心変わりしたと教えられる。 その相手は元平民のナナリーで、可愛く可憐な彼女はライオスだけでなく友人の婚約者や他の男達をも虜にして居るらしい。 事情を知ったシルビアはライオスに会いに行くが、やがて婚約破棄を言い渡される。 しかしその後、ナナリーのある驚きの行動を目にして──? (1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります)

私の留学中に、婚約者と妹が恋仲になったようです──。

Nao*
恋愛
現在、隣国に留学中の私。 すると私が不在の間に、婚約者ガルディア様と妹のリリララが恋仲になったと言う話が届く。 何と二人は、私が居るにも関わらず新たな婚約関係を結ぶ事を約束して居るらしい。 そんな裏切りに傷付く私だったが…使用人を務めるロベルトが、優しく慰めてくれる。 更には、追い求めて居たある物が漸く見つかり…私にも希望の光が見えて来て─? (1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります)

王太子から愛することはないと言われた侯爵令嬢は、そんなことないわと強気で答える

綾森れん
恋愛
「オリヴィア、君を愛することはない」 結婚初夜、聖女の力を持つオリヴィア・デュレー侯爵令嬢は、カミーユ王太子からそう告げられた。 だがオリヴィアは、 「そんなことないわ」 と強気で答え、カミーユが愛さないと言った原因を調べることにした。 その結果、オリヴィアは思いもかけない事実と、カミーユの深い愛を知るのだった。

【完結】待ってください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
ルチアは、誰もいなくなった家の中を見回した。 毎日家族の為に食事を作り、毎日家を清潔に保つ為に掃除をする。 だけど、ルチアを置いて夫は出て行ってしまった。 一枚の離婚届を机の上に置いて。 ルチアの流した涙が床にポタリと落ちた。

夫のかつての婚約者が現れて、離縁を求めて来ました──。

Nao*
恋愛
結婚し一年が経った頃……私、エリザベスの元を一人の女性が訪ねて来る。 彼女は夫ダミアンの元婚約者で、ミラージュと名乗った。 そして彼女は戸惑う私に対し、夫と別れるよう要求する。 この事を夫に話せば、彼女とはもう終わって居る……俺の妻はこの先もお前だけだと言ってくれるが、私の心は大きく乱れたままだった。 その後、この件で自身の身を案じた私は護衛を付ける事にするが……これによって夫と彼女、それぞれの思いを知る事となり──? (1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります)

私がいなくなっても、あなたは探しにも来ないのでしょうね

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族家の生まれではありながらも、父の素行の悪さによって貧しい立場にあったエリス。そんな彼女は気づいた時、周囲から強引に決められる形で婚約をすることとなった。その相手は大金持ちの御曹司、リーウェル。エリスの母は貧しい暮らしと別れを告げられることに喜び、エリスが内心では快く思っていない婚約を受け入れるよう、大いに圧力をかける。さらには相手からの圧力もあり、断ることなどできなくなったエリスは嫌々リーウェルとの婚約を受け入れることとしたが、リーウェルは非常にプライドが高く自分勝手な性格で、エリスは婚約を結んでしまったことを心から後悔する…。何一つ輝きのない婚約生活を送る中、次第に鬱の海に沈んでいくエリスは、ある日その身を屋敷の最上階から投げてしまうのだった…。

【完結】返してください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
ずっと我慢をしてきた。 私が愛されていない事は感じていた。 だけど、信じたくなかった。 いつかは私を見てくれると思っていた。 妹は私から全てを奪って行った。 なにもかも、、、、信じていたあの人まで、、、 母から信じられない事実を告げられ、遂に私は家から追い出された。 もういい。 もう諦めた。 貴方達は私の家族じゃない。 私が相応しくないとしても、大事な物を取り返したい。 だから、、、、 私に全てを、、、 返してください。

【完結】探さないでください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
私は、貴方と共にした一夜を後悔した事はない。 貴方は私に尊いこの子を与えてくれた。 あの一夜を境に、私の環境は正反対に変わってしまった。 冷たく厳しい人々の中から、温かく優しい人々の中へ私は飛び込んだ。 複雑で高級な物に囲まれる暮らしから、質素で簡素な物に囲まれる暮らしへ移ろいだ。 無関心で疎遠な沢山の親族を捨てて、誰よりも私を必要としてくれる尊いこの子だけを選んだ。 風の噂で貴方が私を探しているという話を聞く。 だけど、誰も私が貴方が探している人物とは思わないはず。 今、私は幸せを感じている。 貴方が側にいなくても、私はこの子と生きていける。 だから、、、 もう、、、 私を、、、 探さないでください。

処理中です...