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Ceci n'est pas une rêve.(これは夢ではない)
幕間2-3
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入室するなりドーソンは最敬礼をとった。
「御前失礼致します」
「いい。用件は」
「トヨミ様が昏倒されました。ケーレブ猊下の御診療を賜りたく存じます」
ジェラードは一瞬目を見開いたかと思えば。
ケーレブを睨んだ。
「ケーレブ、本当にきちんと診たのかい?」
ケーレブは苦虫をかみつぶしたような顔で応じた。
体調不良を見逃してしまった自分を苦々しく思っているようだ。
「喉は、な。イナリジンジャの儀式を聞きだそうとしたら、追い出されたんだよ。オキツネサマ本人にな。だから喉以外診るヒマなかった」
「なぜ趣味を優先してるんだ。今一度きちんと診てくれるかい?」
「実益だってあるさ。イナリジンジャの屋外ミサも儀式舞踏も、要らないものとして切り捨てた結果、食糧難で困ってんのはこの国だろ」
「正確にはこの世界が困っている、だね」
「揚げ足取んなよ氷菓子」
軽口をたたいたケーレブに。
ジェラードは満面の笑みでこたえた。
案外気が短いようだ。
「節穴のケビン坊ちゃんのおかげで、面倒なことになったよ。今トヨミを失っては困るんだから」
ジェラードは話ながら執務机に向かうと。
剣をひろって身につけた。
帯剣を忘れたがゆえに討たれる。
なんてマヌケにはなりたくないからだ。
トランクをひっつかんで。
仏頂面で足早にこの部屋を後にしようとしていたケーレブに。
ジェラードは言った。
「さあ行こう」
「はあ!?アンタも来るのか?」
「一応保護者だからね」
「頼むからここで大人しくしといてくれ」
「こんな時に、なにを冗談言ってるんだ?いつも大人しいだろ」
どの口が言うかコイツ。
と言いたげな呆れ顔で。
ケーレブはジェラードを見た。
たしかに。
口数が少ないという意味では大人しいが。
智謀をめぐらすという意味で大人しかったことは。
一度たりともない。
ジェラードは一国の総司令らしく。
国益のためにはなんでもやる。
そんな男だ。
つまり。
病人が伏せっていたとしても。
生存確認のために叩き起こすぐらいはやる。
といっても。
この男は。
やると決めたらやる。
ケーレブがなにを言っても。
勝手についてくること間違いなし。
ケーレブは諦めて。
ため息をついた。
階下の部屋の前には。
群青色の髪の青年とワインレッドの髪の青年が最敬礼のまま控えていた。
青年にジェラードは答礼すると。
「入る」
と短く一言。
それをうけたドーソンがドアを開ける。
部屋には。
ベッドサイドにうずくまる黒い山と。
その横で一生懸命ゆり起こそうとする侍従が居た。
「コーンフォード。ケーレブが診るから下がっていい」
コーンフォードと呼ばれた茶色のまじった金髪の侍従は。
ジェラードに頭を下げて。
部屋のすみに移動した。
黒い山―豊見の方に視線をうつす。
ベッドサイドというか。
少しベッドの下にもぐりこんでいる。
サイドにたれたベッドカバーと。
自らの尻尾にしがみつき。
腹をかくして丸まって寝ている姿はなんとも動物的だ。
「なにがあった?」
ケーレブに尋ねられたドーソンは。
姿勢を正すとと経緯を話す。
「湯浴みを終えて部屋へ帰られた直後、覚束ない足取りでベッドへと歩かれ、すぐにベッドサイドに倒れこまれました」
緊張したおももちでドーソンは続ける。
「ロドウェイとウェスタビーに手を借り、ベッドで寝ていただこうと思ったのですが、カバーが外れず。ケーレブ様が御帰宅なさる前に、御診療いただこうと参った次第でございます」
ロドウェイとはワインレッドの髪の。
ウェスタビーとは群青色の髪の。
軍人である。
カバーが外れないと聞いたケーレブは。
豊見の手を見た。
かなり強い力でしがみついているのか。
カバーにはしわがよっている。
ケーレブがカバーから手を離させようと試みるも。
動かない。
数分格闘して。
ケーレブは諦めた。
取ろうとすればするほど。
ギュッとカバーにしがみついて離れないのだ。
仕方がないから。
診れるところだけでも診ようと決意した。
まず手始めに。
首で脈をとる。
脈は少し早いが正常の範囲内。
呼吸もある。
顔周りを診ただけだが。
熱はない。
先ほど診た舌や口腔内は。
白くなかったことを鑑み。
貧血ではない。
目の下の濃い隈や。
少し荒んだような笑顔から。
疲れているような印象は受けていた。
そんなことから。
今はただ眠っているだけ。
という結論に達した。
「詳しく調べてみなければ、なんとも言えんが。隈が酷かったから、疲れていたのかもしれん。おそらく過労か寝不足、またはその両方だ」
部屋のすみに控えたソバカスの侍従が。
つめていた息をホッとはき出した。
ケーレブと入れ替わりにしゃがみこんだジェラードは。
豊見髪を撫でまわしながら。
ベッドの上にあった布団をかぶせてやっていた。
「過労か。ここに来る前はなにをしていたんだろうな」
「さあ。酷い隈だったから、ストレスがあったことは確かだな」
「まあ、そうだろうな。そうでなければ会って早々に自殺なんてしないだろう」
「はあ!?聞いてないぞ!」
人間が自殺しようとしたことを。
なんでもないことのように言ってのける総司令に。
ケーレブは軽蔑の眼差しを送る。
そして。
納得した。
ベッドにぶつけた頭を診ようとした時に逃げられたことに。
自死を選ぶほどに追いつめられていた人間なら。
頭を叩かれると思って逃げたのかもしれない。
と。
「お前は見てなかったか?私やギャルロンを見た瞬間、後ずさって、あのタイルの物見櫓から、なぜか落ちようとしていた」
「いや、見てない。マクルーアのことで手一杯だったから」
「ギャルロンやフレイザーが止めたから諦めたようだが、まあ、見張るに越したことはないな。監視をかねて餌付けすれば、そのうち懐くだろうし」
恩を売ればコロッと落ちそうだ。
とか。
ろくでもないことを考えてそうな総司令を。
ケーレブは冷ややかな目で見た。
ギャルロンとは金髪碧眼の。
総司令より王子様然とした容姿の第一大隊の隊長だ。
第一大隊は総司令の麾下にあたるため。
実質総司令の副官を務めている。
フレイザーはその部下であり。
第一大隊所属の中隊の隊長を務めている。
深緑色の髪の人物だ。
ドーソンの直属の上司にあたる。
「明日起きるまで様子見だな」
「そうだね。私も話したいことがあるし、起きたら執務室に来るよう託けよう。いいね、コーンフォード」
「御意に」
ライムグリーンの瞳の侍従は。
部屋のすみに控えたまま。
ジェラードからの伝言をあずかった。
豊見が起きたら。
すぐにジェラードの元へ来るだろう。
それが翌日の昼下がりになるとは。
ジェラードは思っていなかった。
豊見のそばに居た侍従はリック君のことです。
「御前失礼致します」
「いい。用件は」
「トヨミ様が昏倒されました。ケーレブ猊下の御診療を賜りたく存じます」
ジェラードは一瞬目を見開いたかと思えば。
ケーレブを睨んだ。
「ケーレブ、本当にきちんと診たのかい?」
ケーレブは苦虫をかみつぶしたような顔で応じた。
体調不良を見逃してしまった自分を苦々しく思っているようだ。
「喉は、な。イナリジンジャの儀式を聞きだそうとしたら、追い出されたんだよ。オキツネサマ本人にな。だから喉以外診るヒマなかった」
「なぜ趣味を優先してるんだ。今一度きちんと診てくれるかい?」
「実益だってあるさ。イナリジンジャの屋外ミサも儀式舞踏も、要らないものとして切り捨てた結果、食糧難で困ってんのはこの国だろ」
「正確にはこの世界が困っている、だね」
「揚げ足取んなよ氷菓子」
軽口をたたいたケーレブに。
ジェラードは満面の笑みでこたえた。
案外気が短いようだ。
「節穴のケビン坊ちゃんのおかげで、面倒なことになったよ。今トヨミを失っては困るんだから」
ジェラードは話ながら執務机に向かうと。
剣をひろって身につけた。
帯剣を忘れたがゆえに討たれる。
なんてマヌケにはなりたくないからだ。
トランクをひっつかんで。
仏頂面で足早にこの部屋を後にしようとしていたケーレブに。
ジェラードは言った。
「さあ行こう」
「はあ!?アンタも来るのか?」
「一応保護者だからね」
「頼むからここで大人しくしといてくれ」
「こんな時に、なにを冗談言ってるんだ?いつも大人しいだろ」
どの口が言うかコイツ。
と言いたげな呆れ顔で。
ケーレブはジェラードを見た。
たしかに。
口数が少ないという意味では大人しいが。
智謀をめぐらすという意味で大人しかったことは。
一度たりともない。
ジェラードは一国の総司令らしく。
国益のためにはなんでもやる。
そんな男だ。
つまり。
病人が伏せっていたとしても。
生存確認のために叩き起こすぐらいはやる。
といっても。
この男は。
やると決めたらやる。
ケーレブがなにを言っても。
勝手についてくること間違いなし。
ケーレブは諦めて。
ため息をついた。
階下の部屋の前には。
群青色の髪の青年とワインレッドの髪の青年が最敬礼のまま控えていた。
青年にジェラードは答礼すると。
「入る」
と短く一言。
それをうけたドーソンがドアを開ける。
部屋には。
ベッドサイドにうずくまる黒い山と。
その横で一生懸命ゆり起こそうとする侍従が居た。
「コーンフォード。ケーレブが診るから下がっていい」
コーンフォードと呼ばれた茶色のまじった金髪の侍従は。
ジェラードに頭を下げて。
部屋のすみに移動した。
黒い山―豊見の方に視線をうつす。
ベッドサイドというか。
少しベッドの下にもぐりこんでいる。
サイドにたれたベッドカバーと。
自らの尻尾にしがみつき。
腹をかくして丸まって寝ている姿はなんとも動物的だ。
「なにがあった?」
ケーレブに尋ねられたドーソンは。
姿勢を正すとと経緯を話す。
「湯浴みを終えて部屋へ帰られた直後、覚束ない足取りでベッドへと歩かれ、すぐにベッドサイドに倒れこまれました」
緊張したおももちでドーソンは続ける。
「ロドウェイとウェスタビーに手を借り、ベッドで寝ていただこうと思ったのですが、カバーが外れず。ケーレブ様が御帰宅なさる前に、御診療いただこうと参った次第でございます」
ロドウェイとはワインレッドの髪の。
ウェスタビーとは群青色の髪の。
軍人である。
カバーが外れないと聞いたケーレブは。
豊見の手を見た。
かなり強い力でしがみついているのか。
カバーにはしわがよっている。
ケーレブがカバーから手を離させようと試みるも。
動かない。
数分格闘して。
ケーレブは諦めた。
取ろうとすればするほど。
ギュッとカバーにしがみついて離れないのだ。
仕方がないから。
診れるところだけでも診ようと決意した。
まず手始めに。
首で脈をとる。
脈は少し早いが正常の範囲内。
呼吸もある。
顔周りを診ただけだが。
熱はない。
先ほど診た舌や口腔内は。
白くなかったことを鑑み。
貧血ではない。
目の下の濃い隈や。
少し荒んだような笑顔から。
疲れているような印象は受けていた。
そんなことから。
今はただ眠っているだけ。
という結論に達した。
「詳しく調べてみなければ、なんとも言えんが。隈が酷かったから、疲れていたのかもしれん。おそらく過労か寝不足、またはその両方だ」
部屋のすみに控えたソバカスの侍従が。
つめていた息をホッとはき出した。
ケーレブと入れ替わりにしゃがみこんだジェラードは。
豊見髪を撫でまわしながら。
ベッドの上にあった布団をかぶせてやっていた。
「過労か。ここに来る前はなにをしていたんだろうな」
「さあ。酷い隈だったから、ストレスがあったことは確かだな」
「まあ、そうだろうな。そうでなければ会って早々に自殺なんてしないだろう」
「はあ!?聞いてないぞ!」
人間が自殺しようとしたことを。
なんでもないことのように言ってのける総司令に。
ケーレブは軽蔑の眼差しを送る。
そして。
納得した。
ベッドにぶつけた頭を診ようとした時に逃げられたことに。
自死を選ぶほどに追いつめられていた人間なら。
頭を叩かれると思って逃げたのかもしれない。
と。
「お前は見てなかったか?私やギャルロンを見た瞬間、後ずさって、あのタイルの物見櫓から、なぜか落ちようとしていた」
「いや、見てない。マクルーアのことで手一杯だったから」
「ギャルロンやフレイザーが止めたから諦めたようだが、まあ、見張るに越したことはないな。監視をかねて餌付けすれば、そのうち懐くだろうし」
恩を売ればコロッと落ちそうだ。
とか。
ろくでもないことを考えてそうな総司令を。
ケーレブは冷ややかな目で見た。
ギャルロンとは金髪碧眼の。
総司令より王子様然とした容姿の第一大隊の隊長だ。
第一大隊は総司令の麾下にあたるため。
実質総司令の副官を務めている。
フレイザーはその部下であり。
第一大隊所属の中隊の隊長を務めている。
深緑色の髪の人物だ。
ドーソンの直属の上司にあたる。
「明日起きるまで様子見だな」
「そうだね。私も話したいことがあるし、起きたら執務室に来るよう託けよう。いいね、コーンフォード」
「御意に」
ライムグリーンの瞳の侍従は。
部屋のすみに控えたまま。
ジェラードからの伝言をあずかった。
豊見が起きたら。
すぐにジェラードの元へ来るだろう。
それが翌日の昼下がりになるとは。
ジェラードは思っていなかった。
豊見のそばに居た侍従はリック君のことです。
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