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しおりを挟む蝋梅の治療により一命を取り留めた白萩は、傷が癒えるまでは南條三家の屋敷にて当主共々監視下で軟禁されることとなる。
当主は花の儀での桜の殺害の企てについては聞いていなかったようだが、龍花を大陸から仕入れ桜に盛ることには積極的に関与していた。
父娘ともども、追って沙汰が下されるが、恐らく処刑の次に過酷と言われる流刑となるだろう。
白萩を傷つけた桜の父ーー、東一条家の当主は、愛する妾とその両親を殺され、かつ娘も殺されかけたとあって情状酌量が認められるのではないかと言われている。
が、心神喪失のため、妻と共に遠い地で静養することとなるだろう。正気に戻るのかは、わからない。
東一条家は、桜の異母兄が継ぐこととなった。
忠政は、白萩に恋焦がれていたそうだ。
白萩の願いならばと桜を殺そうとした。恐らく武士の身分は剥奪となり、流刑に処されるだろう。
橘は、蝋梅のおかげで命に別状はなかった。
傷を癒すように眠っている。
◇
花の儀の翌日、桜は帝に呼ばれた。
桜が入室すると、帝が物憂げに「桜花以外皆下がれ」と人払いをした。
誰もいない静まり返る部屋の中、平伏して丁寧に挨拶をすると、「顔を上げてくれ」と声が降ってきた。
目と目が合う。
「言いたいことがたくさんあるだろう」
「……はい」
帝は、桜が初めて見る強張った表情をしていた。
「まず、お前が望んでいた橘の身の安全を守れなかったこと……、それからお前を危険な目に、辛い目にあわせたこと。本当に申し訳なかった」
帝が頭を下げて、桜はぎょっとした。
「私は白萩が龍花を使うだろうと見越した上で、お前を利用した。あの毒がどんなに辛いのかも、私は知っていた上で、だ」
「お、お、おやめください」
誰かに見られたら大変なことになる。慌てて止める桜に彼は構わず、もう一度「本当に悪かった」と繰り返して、頭をあげた。
中庭で鳥が鳴いている声が聞こえる。
気まずい沈黙が広がった。
「……白萩さまの言っていたことは、どこまで本当なのですか?」
まっすぐ彼を見ると、彼は一瞬瞬きを繰り返した。
「あれは……ほとんどが嘘だ」
「では、本当のことも仰っていたのですか?」
「……知りたいか?」
躊躇いがちにまつ毛を伏せる彼に、桜は一瞬考えて、「いいえ」と言った。
「お二人にとって、大切なお話なのでしょう?それなら、好奇心では聞けません。あ、でも、私が嫉妬に狂った花の女神の生まれ変わりというのは、ちょっと、気になります……」
仇討ちされるようなこととは……とゴニョゴニョと問えば、帝は一瞬虚をつかれたような顔をした後に、笑って「それが一番の大嘘だ」と答えた。
「好きな男のために泣く泣く皇后になる、と決めるような、和の国一番の不遜な女が、嫉妬に狂っておかしな真似をするわけがなかろう」
「…………ご存知だったのですか」
「むしろ私が知らないと思っていたのか……」
面白そうに笑う帝に、背筋に冷や汗が流れるのを感じる。
考えを顔に出さないのは得意な方だったのだが、そんなにわかりやすかっただろうか。
「前に願いを叶えてやると言ったな。しかしお前はもう、皇后になりたいとは思っていないだろうか」
「……はい。橘は私が幸せに生きることが望みだと言いました。私は、好きじゃない人と結婚するくらいなら尼になったほうが幸せです。帝は、何考えてるかよくわからないですし……」
何より昨日の蝋梅の言葉を聞いて、少なくとも自分は皇后になるために生まれてきたわけではない、と思った。
桜は国のことよりも、橘を見返すことや橘が幸せになることを考えていた。きっとこれからも橘のことだけを何よりも大事に考えてしまうだろう。
利己的な自分は、皇后には相応しくないと思えた。
桜の言葉に、帝が不遜がすぎる、と少し笑った。
「しかし言われて当然だな。自分でもそうだろうなと思うよ」
「ですが、あなたさまと過ごした日々はとても楽しいものでした。ありがとうございました」
手をついて頭を下げた。
彼から、色々な負の感情を感じた。桜に向ける優しさも、全て白萩を誘うための罠だったのだと知っている。
それでも、彼に守られた時間は穏やかで楽しいものだった。きっと橘も一緒だと思う。
「三人で過ごした日々が、もう終わってしまうことが寂しいくらいです。大切な思い出を頂きました」
頭を下げる桜に、帝の息を呑む声が聞こえる。
それから、困ったように笑った気配も。
「……私もだ。……ありがとう」
幸せにおなり、と告げる帝の声が、微かに震えているような気がした。
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