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質疑応答

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「嘘」

 声が震える。手先がどんどん冷えていく感覚に、血の気が引いているのだと自分でもわかった。

「有り得ないわ。何かの間違いよ。橘はそんなこと絶対にしない」

 青ざめる桜に芙蓉がいたわしげな眼差しを向ける。

「誰かが橘さまのお部屋から毒物を発見したそうです。詳しいことはわかりませんが、今宮中にいる高位の公家と帝が事情を聞かれていると」
「どこにいるの?すぐに連れて行って」
「まずは了承を取りませんと……」
「お願い!絶対にあなたには迷惑をかけない、咎は私が全て受けるから」

 芙蓉は絶対に頷かないだろうと思ったが、無理矢理にでも出て行き全ての部屋を覗いてでも探し出すつもりだった。
 一歩も引かない気で芙蓉を見据えると、彼女はため息を一つ吐いて頷いた。青ざめる桔梗と口元を抑える白萩に一言だけ挨拶をし、桜と芙蓉は橘のいる部屋へと向かった。


 ◇


 桜が来ることを、帝は予想していたのかもしれない。部屋の前に立つ文官に桜がきた旨を芙蓉が伝えると、あっさりと部屋に通された。緊張が張り入室する桜の姿を皆驚いたように見つめるが、そんなことを気にしている場合ではなかった。

 部屋の一番奥、中央に帝は座っていた。
 帝の前に座る橘は背筋を伸ばし、まっすぐ前を見ていた。だが帝に促され振り返ると、桜を見て眉を顰めた。何故ここに来たのだとでも言いたげだ。

 口を開いたが、言葉は出てこない。捕縛されたとは聞いていたが、実際に罪人のように手首を縛られている橘に激しく心が痛んだ。

(橘がこんなことをするわけがないのに)

 激情が桜の体を渦巻く。そんな桜を意に介さず、傍に控えていた文官が淡々と説明を始めた。

 文官の話によると、橘の部屋から毒物を見つけたのは掃除夫だったそうだ。橘が鍛錬で外に出ている間いつものように掃除を行っていたところ、置いてあった茶器の脇に見慣れぬ珍しい花茶の茶葉が置いてあった。桜が飲んだ花茶に毒が混入されていたとことを思い出し、怪しいと思った掃除夫がそれを持って文官に報告した。検証の結果、紛れもなく龍花の毒だと判明したそうだ。

(馬鹿馬鹿しい!)

 口から飛び出しそうになって、ぐっと堪える。
 掃除夫が入れるのだ。誰でも橘の部屋に入ることができる。それにもしも橘が犯人だとしたら、そんな証拠をわかりやすいところに隠しているわけがない。

「確かにこれは紛れもなく龍花の毒だ。……何故これがお前の部屋にある」
「私には分かりません。身に覚えがありませんので」

 帝の問いに答える声は、きっぱりとした、迷いのないものだった。

「所詮は他家の者。西園寺家を疑う訳ではないが、桔梗様を皇后にするために画策したのではないのか」

 そう下卑た声を投げかける男がいた。公家に疎い桜には誰かわからないが、武士とはいえ西園寺家の息子である橘に対してぞんざいな口を聞く以上、かなりの高位の公家なのではないかと推測した。

「私がもし誇りを失い、そのようなことを画策していたのならこの花の儀で結果を出すことはなかったでしょう」
「あの活躍は君自身の将来に大きく関わってくる。そもそも武士の試練など余興に過ぎない。君は試練で結果を残し、桔梗様を皇后へ、と画策した。思った以上に帝の気を引いた桜花様を害そうとしたのではないのかな」
「私は自分の将来のために結果を残した訳では有りません。全ては桜花様のために行ったこと」
「桜花様のため、か」

 男が鼻で嗤った。

「さすがは噂の姫君だ。聞くところによると橘殿は、桜花様に勉学を指導なさっているとか。それだけ側におられるのなら、ふと正気を失うことがあってもおかしくはないでしょう」
「……何を仰りたいのでしょう。南條三家の当主殿」
「懸想した女性が尊い方の妻になるなど、お辛いでしょう。叶わぬ恋に狂って思い人を殺してしまうことは、古来からあることですよ」

 しいんと、辺りが静まりかえった。桜からは橘の表情は見えないが、張り詰める背中から怒りがひしひしと伝わってくる。橘をこの上なく侮辱されて、桜も怒りに唇が震えた。

 この様子を、何の感情もなく無表情で眺めている帝すら憎かった。

「……最大の侮辱だな。まさか本気で私を、そのような男だとお思いか?」

 ひどく冷たい声に南條三家の当主が怯む。その一瞬の隙を縫うように、抑揚のない淡々とした声が響いた。東一条家の当主ーー桜の父だった。

「橘殿の部屋から毒物が見つかったことは、事実。同時に橘殿の部屋に第三者が容易く侵入することができるのも、事実。これ以上は水掛け論だな。失われた龍花の入手先を探すためにも近衛武士の宿舎に入れる可能性のある人間は全て家宅捜査をするべきだ。疑わしいというだけで罰することはできない」
「時間がかかりすぎる!この宮中に何百人……いや、何千人が関わっていると思う?物的証拠があるんだぞ。橘殿を処分して終わる話だ。ただでさえ毒物騒ぎで花の儀が遅れていると言うのにこれ以上捜査に時間をかけるなど、威信を問われる」

 そこまで言って、南三条家の当主は何かを思いついたかのように唇の端をあげた。

「そうか。それでは神に裁きを委ねれば良いのだ。折りしも花の儀の間に起きたこと。女神もそれを望んでいよう」
「……つまりは、神明裁判を行いたいと?」

 薄く笑いながら尋ねる帝の問いに、南三条家の当主はにこやかに頷いた。桜の父は、大きなため息を一つ吐いたが何も言わない。


「此度の事件は帝に対する叛逆と捉えられても仕方のない重罪。疑わしい以上、やはり神に問わねば。橘殿が無実であれば、必ずや奇跡を起こしてくださいますでしょう」





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