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何もかもがバレていた

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(ラスターが、私のことを好き……?)

 離さないと言ったのも、結婚などと言い出したのも、復讐ではなくて言葉通りの意味だったのか。
 思いがけない言葉に衝撃を受けて固まっていると、追い打ちをかけるように、ラスターがリディアの頬に手を伸ばした。

「……十九年前、ディアが俺を助けてくれたあの日から。ずっと、ずっと好きだ」

 触れられた指が、熱くなったリディアの頬より更に熱い。
 まっすぐな視線に耐えられず目を背けると、一瞬の間を置いてその指が離れていった。

 沸騰しそうな頭が、ぐるぐると混乱している。

(だって、私とラスターは家族で……)

 それにリディアは、ラスターよりも七歳も年上だ。
 今は年齢が逆転して十六歳も年下になってしまったけれど、リディアにとってラスターは守らなければならない可愛い子どもで、幸せになってほしい家族であることには変わりはない。

 そんな彼を恋愛対象として見るなんて、考えたこともなかった。

「ラスター、あの……私は、」
「聞かない」

 リディアが何を言うのかを察したのか、ラスターが遮った。

「……ディアがどんなに嫌がっても。俺がディアを手離すことなんてないから」

 そう言ってリディアから背を向けたラスターが、扉の方に目を向ける。

「……そろそろサラヴァン辺境伯令嬢が戻ってくるだろう。一旦この会話は終わりだ」

 リディアに背を向けたままラスターはそう言った。


 ◇


 頭が追い付かない一日だった。
 自室のベッドに呆然と寝転びながら、リディアは天井を見上げていた。

(憎まれてなかったことは、すごく嬉しいけど……)

 脳裏にぼわんと、真剣なラスターの表情が浮かんでくる。
 再び頭がぐるぐると混乱しのたうち回りたくなるのを抑えながら、リディアは両頬を叩いた。それよりも、もっと考えなければならないことはある。

(そう。それに、もっと衝撃的なことはたくさんあったもの)

 あの後戻ってきたアレクサンドラが、ラスターを実験体にしディアナを殺した犯人像について話し始めた時だ。

 先ほどは流してしまったが、ラスターには自身が原因でディアナが殺されたと思われては困る。
 動揺は残りつつも、平常心を装ったリディアは「犯人が一緒とは限らないでしょう」と言った。

 しかしその瞬間ラスターはリディアに冷めた目を向けた。往生際の悪い愚かな人間を見る眼差しだった。

「……あいつから、全てを聞いている」
「え、誰から何を?」
「マクシミリアンだ」
「え……」

 その瞬間、脳裏に『お前との約束で守れなかったことがある』と言っていたマクシミリアンが頭をよぎった。

 生前、ディアナが彼とした約束は片手で足りる。その約束はほぼ全てラスター絡みだ。その全てを守ってくれているようだったマクシミリアンが、守れなかった約束は何だったのだろうと、少し気にかかってはいたのだが。

「全て知っている。……お前が俺を助けるときに保護膜を使ったことも。俺を実験に使った犯人がいつか俺を奪いにくるかもしれないから、もしも自分に何かあったら俺が生活に困らないよう、誰にも害されないよう守ってやってくれと頼んでいたことも」

 全てを知られていることに、リディアは愕然とした。

(マクシミリアンの馬鹿……!)

 友人の裏切りにリディアは思わずこぶしを握る。
 ディアナを亡くしたばかりのラスターを守ってくれたことはありがたいが、これだけは知られたくなかったのに。
 ラスターは勘が良いから、あのマクシミリアンでも隠し切れなかっただけかもしれないが。

(……きっと、傷ついたでしょうね)

 しゅんとする。自分を好きだと言ったラスターと、最期に泣いてた時のラスターの姿が交互に思い出されて胸が痛くなった。

(おそらく犯人はミラ―公爵だもの。何とかして捕まえて、ギタギタにしないと気が済まないわ)

 しかしリディアがそう思って口を開こうとした時、アレクサンドラが「早く犯人を捕まえたいところだろうが」と言った。

「ラスター殿の話では、ミラー公爵の体には主への叛逆の痣はなかったのだろう?」
「ああ」
「えっ」

 主への叛逆のことも知っていたことに些か驚きつつも、それ以上にミラー公爵の体に何もなかった、ということに衝撃を受けた。
 そんなリディアに目を向けて、ラスターが淡々と説明をする。

「……古龍討伐の際。古龍に吹っ飛ばされて気絶していたその場の人間を、全員ひん剥いた。こんな馬鹿げた実験を考え実行する権力者は、国王かそれに近い公爵が一番怪しいだろう」

「あなた国王陛下を裸にひん剥いたの!?」

「命を助けてやったんだ。それくらい良いだろう」

 良いわけがないと思ったが、しかしラスターはその場で国王に公爵位を賜っている。
 ――国王が良いと言ってるみたいだし、まあいいのだろう。リディアがそう流そうとした時、アレクサンドラがくつくつと笑った。

「ふふ。そういうところが面白くて、つい手を貸したくなる。人間の陰謀やその成れ果てには飽きているが、ラスター殿のそういったところは面白い。偏執的なところもなかなかに良い」

 そう言いながらアレクサンドラは「わたしはミラー公爵が携わっていることに間違いはないと思う」と言った。

「彼は黒幕で、協力者が他にいるのかもしれぬ。十六年の歳月を経て、主への叛逆の痣が消えたのかもしれぬ。あるいは神事に出向いていたミラー公爵は仮の姿……色々、考えようはあるだろう」

「ディアの術の効果が切れることはないが……他の可能性は、充分にあるだろうな」

「まあどちらにせよ、そのうち犯人は接触してくるのではないかな。これはわたしの勘なのだが。……そこでそなたがリディア殿を守れれば、その妄執も少しは楽になろうだろうて」

 話はそこで終わり、謎を多く残したまま。混乱する頭のままで、サラヴァン辺境伯城を後にした。

 その一日を思い返して、リディアは深くため息を吐く。

(――今日は、色々なことがありすぎたわ)

 眠れればすべてを忘れるリディアでも、さすがに今日は眠れそうにない。

(温かい飲み物でも飲んで――夜風に当たりましょう)

 ベッドから起き上がって、リディアは部屋から出た。




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