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バレバレの嘘

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「奇跡、と言われても……」

 アレクサンドラの言葉に、リディアは困惑した。

 おそらくラスターが教えたのだろうが、リディアがディアナだと気付かれていたことには驚いた。自分を恨んでいるはずのラスターが、自分を蘇生させようとしていたことも信じがたい。

 それにリディアは、古龍の何かを取り込んだことなんて一度もないのだ。

「私は古龍の何かを取り込んだこともなければ、何故転生したのかの心当たりも……」

 ない、と言いかけた時、アレクサンドラの目がスッと据わった。

「いやいや、何かしらあるのではないか? 忘れてるだけでは?」

 アレクサンドラが、ずずい、と身を乗り出す。
 先ほどまで何かを見守るような優しげな目をしていたと言うのに、今のアレクサンドラは妙に熱のこもった瞳でリディアを見つめていた。

「例えばラスター殿を救った時、魔術を使ってその核を内側に取り込んだりはしてないか? もしくは何か怪しげなものを拾い食いしたとか、ラスター殿の体液を摂取したとか……」
「そ、そんなことはしてません!」

 あんまりな発言にリディアは慌てて否定した。拾い食いを疑われるなんて心外だ。

「いやいや、今一度思い出してみよ。何かしらはしてるだろう? ……いや、待てよ。そなた『蘇生』ではなく『転生』か? そうなると生まれた時から記憶があったのか? それとも唐突に思い出したのだろうか。死後の記憶はあるか? 死後の世界には川があると聞いたがそれは真か? 神はいたか? どんな御姿なのだろうか? やはり神の周りには半裸の赤子がラッパを吹いて舞っておるのか?」
「え、ちょ、ええっと……」

 更にスイッチが入ってしまった。
 先ほどの悠然と構えていた姿とは別人のようだ。目をきらめかせて次々と疑問を口にするアレクサンドラにおののきながら、リディアはしどろもどろに説明を始めた。

 記憶を取り戻したのはつい最近、自身の誕生日――命日であること。胸に鋭い痛みを感じ、その時に記憶が戻ったこと。
 死後の世界の記憶がないことを伝えると、アレクサンドラは残念そうに肩を落とす。

「引き継がれるサラヴァンの記憶もさすがに生きている間に限定されるからのう……仕方ない、いずれ訪れる死出の旅の楽しみにとっておくか……」

 そうしょんぼりしながら言ったアレクサンドラは、気を取り直したように背筋を伸ばし、ふう、と吐息を吐いた。
 ようやく理性を取り戻した彼女は、少しだけ気恥ずかしそうな笑みをリディアに向ける。

「わたしは時折好奇心に目が眩んでしまうときがあってな……。失礼した。ええと、リディア殿は転生の理由がわからぬ、と。そして記憶を取り戻したのは自身の命日――ラスター殿が、古龍を討伐した日」

 そう言いながら口元に手を当てて考え込むアレクサンドラに、リディアは先ほどから聞きたかったことを口にした。

「アレクサンドラ様。先ほどお話した聖女の伝承は遠い昔に途絶えたと仰いましたが、その伝承を知る可能性のある人物は他にいますか?」

 ディアナだった頃からずっと疑問だった。なぜ犯人は、魔力暴走を起こしたらこの上なく危険な五色の瞳の持ち主であるラスターに、古龍の核を移植したのか。

(おそらく、犯人はこの伝承を知っていたんだわ)

 ならば犯人の目的は、間違いなく体の欠損や死者の蘇生を叶える人物を作り出すことだろう。
 五色の瞳も古龍の核も、どちらも見つけるのは至難の業だ。それでもそれを見つけ出し、実験を行った人物の権力と執念は、早々に消えるものではないだろう。

(――もしその犯人が、ラスターの手によって私が生き返ったと思ったら……?)

 もちろん髪の色や瞳は違うが、今の自分はなぜかディアナと同じ容姿をしている。気づかなくとも、怪しむ可能性はあるだろう。

 古龍を討伐したラスターには、誰も簡単に手を出せないはずだ。弱点も弱みもない。それでもリディアは、ラスターが狙われるのではないかと思うと心配だった。


「……ああ。この聖女の伝承は間違いなく途絶えているが、知っている人物はそなた達以外に二人おる」

 リディアの問いにアレクサンドラが頷いた。

「一人は十年前、ラスター殿と共に来た大魔術師マクシミリアン・ウィザード。それから……四十年ほど前に、わたしの祖母がベネディクト・ミラーという少年にその伝承を聞かせたことがある」

「ベネディクト・ミラー……」

「そう、現ミラー公爵だ」

 ミラー公爵。
 二十年ほど前にディアナと対立したその男の名前を聞き、リディアは息を呑んだ。そういえば彼は国王と神官長と共に、神事を行おうとして古龍に襲われたのではなかっただろうか。

(また古龍……偶然とは、思えないわ)

 何か企んでいたのだろうことは、想像に難くない。
 十中八九、ミラー公爵はラスターの実験の犯人――少なくとも、関わってはいるのだろう。

 確かに国王の右腕とも呼ばれる彼ならば、あらゆる

(何とかしてミラー公爵の服をひん剥いて、主への叛逆の痣がないか確かめられるといいんだけど……)

「リディア殿。おそらくそなたとラスター殿が探している人間は、同じではないだろうか」
「え?」

 考え込んでいたリディアは、アレクサンドラからの思いもよらない言葉に顔を上げた。

「ラスター殿は一番にそなたが生き返る道を探し、そなたを殺した人間を探していた」
「え……」

(私を殺した犯人を?)

 勘の良いラスターは、自分を実験体にした人間がディアナを殺したことに気づいたのだろうか。

 自分を酷い目に遭わせた人間への復讐を考えるのは自然だが、相手は国王に次ぐ権力者だ。

 不安になって先ほどから黙ったままのラスターを見る。妙に落ち着いた眼差しをリディアに向けていた彼は、目が合うと小さなため息を吐いた。

「ディア」
「な、なに?」

 何かを諦めたような声音で名前を呼ばれ、思わず背筋を正す。

「……俺はもう、守られるような子どもじゃない」

 そう言ったラスターの表情は真剣で、リディアは戸惑いながらも黙って彼の顔を見つめていた。

「ディアは、もう誰のことも守ろうとせず、何も知ろうともせず、ただ俺のそばで安心して幸せに過ごしてほしかった。今度こそ、俺がディアを守ると決めているから」

「え……」

「だから死ぬほど嫌だけど……俺の知ってることを、今日全て話す。じゃなければディアはまたバレバレの嘘を吐いて、最悪なことをしでかしそうだ」

「え、ちょっと、何それ……」

 よくわからないことを言った後に、急に罵倒を始めたラスターに困惑しつつも抗議する。


 すると彼は自嘲気味に「『私は天才じゃなかったの』――これがバレバレの嘘じゃなくて、何だと言うんだ。馬鹿と天才は紙一重だと、骨身に染みた」とため息を吐いた。

 ぽかんと口を開けるリディアを見ながら「だけど」とラスターは言った。

「俺がこの十六年間、何を望んで生きてきたのか。それを少しでも知ってくれれば、いくらディアでももう俺を置いて勝手に死ぬようなことはしないだろう」


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