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ディアナの人生は、愛されたくてもがき続けたものだった。

「立派な魔術師になってみんなを幸せにすれば、嫌われ者ではなくなる」と教えてくれた母から離れ、引き取られた父の元で兄二人から地獄のような訓練を受ける日々だった。

 耐えかねて母のところに逃げ出した時、母に襲いかかる魔物を殺したディアナを母は恐れて拒絶した。

 魔物とはいえ、生き物の命を奪った罪悪感から母の言う立派な魔術師になろうと決めて。

 そうして鎮静の結界を張り、ようやく世界を救えたディアナは――ラスターと出会った。
 世界で唯一、ディアナを必要としてくれた優しい子。

(今は……恨まれてしまっているけれど)

 もう一度過去に戻れても、自分は同じことをするだろう。あの時の選択に後悔はないけれど、やっぱり自分は『家族』には愛されない運命なのだと、ぼんやり思う。


「――ディアナ? 大丈夫か?」

 過去を思い出していたディアナはハッと我に返る。
 マクシミリアンが心配そうな顔をしていた。

「……嫌なことを思い出させて、悪かった」
「大丈夫よ。もう終わったことだから」

 母の行方はわからないが、フィオリアル家の者と会うことはおそらくない。
 ディアナの父である当主は、ディアナが鎮静の結界を張る直前に投獄されている。

 横領や領民から不当な税の取り立て、その他一通りの違法行為などに手を染めていたと、ミラー公爵が訴えたためだ。父は否定していたが、動かぬ証拠ばかりを突き付けられて弁明の機会もなかったという。

 無事国家魔術師になっていた兄二人も、魔術で市民のみならず貴族令息を理由なく傷つけたとして投獄された。今はリディアは顔も知らない縁戚が、フィオリアル家の当主となっているらしい。


「それよりも、何故そんなことを言い出したの?」

「『離れることも考えている』ような気持ちであいつのそばにいるのは最悪だ。――逃げることを考えているのなら、今すぐ逃げた方がいい。俺も一応は大魔術師だから、多少は力になれる」

 真剣な表情に思わず口をつぐむ。
 確かに、逃げる時はマクシミリアンを頼ろうとは思っていた。けれども逃げ出すタイミングは――今じゃないと、思っていた。

(じゃあ、いつ?)

 なるべく先延ばしにしたい自分に唇を噛む。きっと一月後に先延ばしにしても、その時だってもう少しそばにいたいと悩むはずだ。

 今が逃げ出す最適なタイミングだということはわかっていた。そんなリディアに気付いているのか、マクシミリアンが後押しとばかりに続けた。

「俺は、お前が死んでからのラスターを近くで見続けていた。あいつはもう『可愛いラスター』ではないし、お前がラスターに抱く思いとラスターがお前に抱く思いは違う。あいつのことを思うなら、離れてやれ。あいつはまだ若い」

「それはわかってるけど…」

「……いや、絶対わかってない。さっき復讐とかなんとか言ってたよな。何故そんなことを考えた? それから俺も、ディアナとの約束で守れなかったことがある。それについても話し足りな――いんだが、あいつ、見つけるのが早すぎるだろう!」

 まだ二十分も経ってないぞ! と驚いたような呆れたような声が響いたとき、ぐい、と強い力で肩を引き寄せられた。したたかに鼻をぶつける。ぶつかった先はラスターの胸だった。

「ラスター……。仕事はどうしたんだ」
「妻が攫われたというのに仕事をするような薄情な男に見えるか?……弁明がないならさっさと消えろ。本当に殺してしまいそうだ」

 背筋がゾッとするような、冷たい声だ。この間と違ってもはや敬語も使っていない。
 鋭い殺気にマクシミリアンは両手をあげ「俺が悪かった」と謝った。

「しかしラスター、お前も少しひどすぎないか? あんなに協力しあった仲なのに、ディアナのことを教えてくれず、会いたいと言っても二度と会わせるつもりはなかっただろう」

「途中で諦めたお前に、何故会わせる必要がある」

「会わせる必要があるかどうかは、ラスター。お前が決めることじゃない。ディアナが決めることだ」

 眉をひそめたマクシミリアンに、ラスターの殺気が膨れ上がった。思わずラスターの服を引っ張ると、彼は一瞬ハッとしたようにリディアに目を落とし、苦しそうな顔をした。

「まあ……とりあえず今日は帰るよ。二人とも、またそのうちな」

 そう言ってマクシミリアンが転移する。ラスターが大きな舌打ちをして、リディアを抱きしめる腕に力を込めた。
 その腕の力強さと、リディアがすっぽりと収まる大きな体に、少し戸惑う。

 この間も思ったことだが、十六年前はディアナがラスターを抱きしめていて、この胸にすっぽり……ではないけれど、収まっていたのに。そう弟子の成長を嬉しく寂しく思っていると、そんな場合ではないことを思い出させる冷たい声が降ってきた。

「…………何故、あいつとここにいた? 何を話していた?……いや、いい。聞きたくない」

 青の瞳がリディアを冷たく見下ろしていた。
 怒っている。これ以上ないほど、ものすごく。

「あ、あの、ラスター…マクシミリアンは」
「一つ忠告をしておく」

 名前を言った瞬間、黙れとでも言うように、ラスターはリディアの唇に指をあてた。

「次に俺がいない場所で他の男と会ったり、どんな奴でも名を呼んだりしたら相手の男は無事ではすまない。もちろんディア、お前もだ」

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