23 / 37
マクシミリアンと神官長とアレクサンドラ
しおりを挟む思わず、と言ったようにディアナの名前を呼んだマクシミリアンは、すぐにハッと目を瞬かせリディアに頭を下げた。
「失礼。知人に……よく似ていたもので」
「マ――」
リディアがマクシミリアンの名前を呼ぼうと口を開きかけた時、ラスターがサッと前に出た。
「お久しぶりです。ウィザード殿」
リディアが聞いたこともない大人びた声音で、ラスターがマクシミリアンの姓を呼ぶ。
「ちょ、ラスター……」
――マクシミリアンと話したい。そう思って抗議の声をあげようとしたが、後ろ手でそれを止められた。
「あ、ああ……久しぶりだな、ラスター。古龍を討伐したと聞いて驚いたよ。さすがだな」
マクシミリアンが少し驚きつつもふっと微笑んでそう言うと、ラスターの後ろにいるリディアに視線を向ける。
「君に婚約者ができたと聞き本当に驚いたのだが……彼女が?」
「……はい、私の婚約者です」
そう言うと、どうしたのかと思うほど甘い笑顔――ただし目は笑っていない――をリディアに向け、リディアの肩を優しく抱いた。驚きで固まった。
「先日、とある街で見かけた彼女に一目惚れしすぐに求婚しました。初対面なので戸惑ったでしょうに、彼女も快く承諾してくれて」
「「ひとめぼれ」」
リディアとマクシミリアンが同時に言葉を発した。一目惚れという言葉が、ラスターには似合わなすぎる。おそらくディアナとリディアが同一人物だと気付かれたくないのだろうが。
「そ、そうか。確かに君が一目惚れするのも無理はないが……。あ、いや、美しい人だな」
「は?」
「待て。一般的な誉め言葉だ。俺には妻子がいる」
唐突にすごんだラスターに、マクシミリアンが小さく両手をあげ「悋気は変わらないな」と苦笑した。
「ラスター、君の最愛の人を俺に紹介してく……」
「おお! ここにいらっしゃったのか。ラスター殿」
マクシミリアンの言葉を遮るように、後ろから大声が響いた。
振り向くとそこには、腹部のあたりに貫禄のある男性が立っていた。年齢は四、五十歳ほどだろう。どこかで見覚えがあるような、ないような。
「神官長」
「おお、ウィザード殿もおられたのか。いやはや、今日はまことに異例な祝賀会ですな」
神官長らしい男はそう苦笑すると、ラスターに視線を向け「今日は貴殿に確認したいことがあったのだ」とやや尊大な口調で言った。
(あ、この切り替え方……思い出したわ)
確かこの男は、十九年前に神殿――魔術師と精霊士、二つの存在を管理する――で、当時の神官長の補佐をしていた男だ。
どこかの伯爵家の三男坊で、さる公爵家とも縁があるのだと、会うたびに自慢していたことを思い出す。
「貴殿の婚約者は、後ろの女性か? ……ふむ、確かに銀髪だな」
「……何か?」
「な、なぜ睨む」
ラスターの反応に神官長が怯んだようにたじろぎ、おほん、と咳払いをする。
「貴殿の連れが、精霊士という噂を聞いてな」
驚いて息を呑む。背中越しに、ラスターも警戒する気配がした。
「先日、王都の広場でラスター殿が暴走した馬車を止め、貴殿の連れが広場にいた客を癒したと聞いた。広範囲に治癒をかけ、その場にいたほかの精霊士から見放された重病人の病も一瞬で治癒したと。……まあ信じ難い報告なので、大仰に伝わっているのだろうが。それでももしや王宮精霊士にふさわしい能力があるのではと思ってな」
(最悪だ……!)
リディアは心の中で激しく頭を抱えた。まさかこんなことになるとは思わず、得意気に広範囲に治癒をかけた自分を殴りにいきたい。
リディアが後悔に身悶えていると、目の前のラスターは動揺を見せずに「でたらめなことを」と静かに言った。
「彼女は確かに多少の精霊力を持っていますが、仰るような力では」
「勿論、私もこんなあからさまに誇張された話は信じていない。いないが……しかし、英雄の妻にそんな噂が立ったのだ。試験は受けてもらう」
「王宮精霊士の試験はいつ強制されるものに変わったのでしょうか」
淡々と答えるラスターに、神官長がさっと顔色を変える。
「……これだから元平民の孤児上がりは」
強い侮蔑の込められた言葉に、リディアは一瞬頭が真っ白になった。
「神官長。彼は今や公爵位を持つ大魔術師だ。口は慎むべきだ」
マクシミリアンがたしなめると、神官長は「名ばかりの公爵位など」と鼻で嗤う。
「確かに古龍の討伐は偉大です。認めましょう。しかし平民……それも孤児という過去は消えはしない」
「……! なんてことを、」
「いい」
あまりの言葉にリディアが言い返そうとすると、ラスターはリディアを制し首を振る。その様子を神官長は不快そうに見ていたが、ヴェール越しに透けて見えるリディアの顔に、驚いたように口を開いた。
「あ、あなたは……まさか、フィオリアル伯爵家とご縁が?」
「っ、」
その家名を聞き、リディアの肩が跳ねる。
返事を躊躇ったリディアの代わりに、ラスターが平坦な声で「彼女は貴族ではありません」と答えた。
「そうか……」
まだ多少動揺しつつも、平民と聞いた途端に神官長はまた尊大にふん、と鼻を鳴らす。
「かの高名な大魔術師、ディアナ・フィオリアル殿とよく似ておられましたから、もしかしたら縁のあるお方かと思ったが。……まあ平民でなければ、ラスター殿とは話が合わないでしょうな」
そう言ってリディアに好奇の視線を送ったあと「しかしまあ、親離れができないと、選ぶ妻にも面影を探してしまうものらしい」と嗤った。
「されどディアナ・フィオリアルも、あの世で喜んでいるんじゃないか。可愛げのない女だったが、あの育ちなら愛情に飢え……ひっ、」
神官長の言葉の途中で、ラスターから迸る凄まじい魔力が神官長の首に巻き付いた。神官長の足は地面から離れバタバタと大きくもがき、声も出せないまま口がはくはくと動く。
ラスターが、これまでで一番低く、冷たい声を出す。
「その汚い口で俺の師匠を侮辱したことを、地獄で後悔するといい」
「ちょっ……、ラスター、やめなさい!」
何の感情もなく、虫けらを見るような瞳で神官長を見る眼差しにぞっとする。
このまま殺しかねない勢いに焦ってラスターの腕を掴んだが、しかし彼はリディアを見もせずに首を振った。
「ねえちょっと、ラスター!」
「『彼女』のことになると暴走する癖は、少し改めたほうが良いな、ラスター・フォン・ヴィルヘルム」
可愛らしい少女の声が響いた。驚いて振り向くと、薄桃色の髪に菫色の瞳をした、可憐な少女が皮肉気な微笑を浮かべて立っている。
「神官長を殺したとなれば、そなたもただではすむまい。そうなればそなたの『婚約者』は飛び立ってしまうだろうな」
ラスターが舌打ちをして、魔力を消す。地面に崩れ落ちた神官長は激しくせき込み、ラスターに強い憎しみの目を向けた。
「このっ、平民風情が……!」
「ああ、神官長。一連の流れを見ておったが、おぬし。命の恩人であり、陛下が正式に爵位を授けた公爵に、なかなかすごいことを申しておったな」
少女が微笑みを浮かべたまま神官長の元へと近寄ると、彼女の姿を見た神官長は顔を引きつらせた。
「戯れの余興ならば、わたしも忘れよう。しかし本気だったというのなら――このサラヴァン辺境伯家の記憶に、未来永劫遺しておかねばなるまい。なあ、エンゲルス伯爵家の三男よ」
そう言いながら少女がニッと愉快そうな笑みを浮かべると、神官長は顔を引き攣らせて俯いた。
28
お気に入りに追加
1,121
あなたにおすすめの小説
【完結】転生地味悪役令嬢は婚約者と男好きヒロイン諸共無視しまくる。
なーさ
恋愛
アイドルオタクの地味女子 水上羽月はある日推しが轢かれそうになるのを助けて死んでしまう。そのことを不憫に思った女神が「あなた、可哀想だから転生!」「え?」なんの因果か異世界に転生してしまう!転生したのは地味な公爵令嬢レフカ・エミリーだった。目が覚めると私の周りを大人が囲っていた。婚約者の第一王子も男好きヒロインも無視します!今世はうーん小説にでも生きようかな〜と思ったらあれ?あの人は前世の推しでは!?地味令嬢のエミリーが知らず知らずのうちに戦ったり溺愛されたりするお話。
本当に駄文です。そんなものでも読んでお気に入り登録していただけたら嬉しいです!
強すぎる力を隠し苦悩していた令嬢に転生したので、その力を使ってやり返します
天宮有
恋愛
私は魔法が使える世界に転生して、伯爵令嬢のシンディ・リーイスになっていた。
その際にシンディの記憶が全て入ってきて、彼女が苦悩していたことを知る。
シンディは強すぎる魔力を持っていて、危険過ぎるからとその力を隠して生きてきた。
その結果、婚約者のオリドスに婚約破棄を言い渡されて、友人のヨハンに迷惑がかかると考えたようだ。
それなら――この強すぎる力で、全て解決すればいいだけだ。
私は今まで酷い扱いをシンディにしてきた元婚約者オリドスにやり返し、ヨハンを守ろうと決意していた。
【完結】私ですか?ただの令嬢です。
凛 伊緒
恋愛
死んで転生したら、大好きな乙女ゲーの世界の悪役令嬢だった!?
バッドエンドだらけの悪役令嬢。
しかし、
「悪さをしなければ、最悪な結末は回避出来るのでは!?」
そう考え、ただの令嬢として生きていくことを決意する。
運命を変えたい主人公の、バッドエンド回避の物語!
※完結済です。
※作者がシステムに不慣れな時に書いたものなので、温かく見守っていだければ幸いです……(。_。///)
すべてを思い出したのが、王太子と結婚した後でした
珠宮さくら
恋愛
ペチュニアが、乙女ゲームの世界に転生したと気づいた時には、すべてが終わっていた。
色々と始まらなさ過ぎて、同じ名前の令嬢が騒ぐのを見聞きして、ようやく思い出した時には王太子と結婚した後。
バグったせいか、ヒロインがヒロインらしくなかったせいか。ゲーム通りに何一ついかなかったが、ペチュニアは前世では出来なかったことをこの世界で満喫することになる。
※全4話。
【完結】悪役令嬢に転生したのでこっちから婚約破棄してみました。
ぴえろん
恋愛
私の名前は氷見雪奈。26歳彼氏無し、OLとして平凡な人生を送るアラサーだった。残業で疲れてソファで寝てしまい、慌てて起きたら大好きだった小説「花に愛された少女」に出てくる悪役令嬢の「アリス」に転生していました。・・・・ちょっと待って。アリスって確か、王子の婚約者だけど、王子から寵愛を受けている女の子に嫉妬して毒殺しようとして、その罪で処刑される結末だよね・・・!?いや冗談じゃないから!他人の罪で処刑されるなんて死んでも嫌だから!そうなる前に、王子なんてこっちから婚約破棄してやる!!
【完結】公爵令嬢は王太子殿下との婚約解消を望む
むとうみつき
恋愛
「お父様、どうかアラン王太子殿下との婚約を解消してください」
ローゼリアは、公爵である父にそう告げる。
「わたくしは王太子殿下に全く信頼されなくなってしまったのです」
その頃王太子のアランは、婚約者である公爵令嬢ローゼリアの悪事の証拠を見つけるため調査を始めた…。
初めての作品です。
どうぞよろしくお願いします。
本編12話、番外編3話、全15話で完結します。
カクヨムにも投稿しています。
転生不憫令嬢は自重しない~愛を知らない令嬢の異世界生活
リョンコ
恋愛
シュタイザー侯爵家の長女『ストロベリー・ディ・シュタイザー』の人生は幼少期から波乱万丈であった。
銀髪&碧眼色の父、金髪&翠眼色の母、両親の色彩を受け継いだ、金髪&碧眼色の実兄。
そんな侯爵家に産まれた待望の長女は、ミルキーピンクの髪の毛にパープルゴールドの眼。
両親どちらにもない色彩だった為、母は不貞を疑われるのを恐れ、産まれたばかりの娘を敷地内の旧侯爵邸へ隔離し、下働きメイドの娘(ハニーブロンドヘア&ヘーゼルアイ)を実娘として育てる事にした。
一方、本当の実娘『ストロベリー』は、産まれたばかりなのに泣きもせず、暴れたりもせず、無表情で一点を見詰めたまま微動だにしなかった……。
そんな赤ん坊の胸中は(クッソババアだな。あれが実母とかやばくね?パパンは何処よ?家庭を顧みないダメ親父か?ヘイゴッド、転生先が悪魔の住処ってこれ如何に?私に恨みでもあるんですか!?)だった。
そして泣きもせず、暴れたりもせず、ずっと無表情だった『ストロベリー』の第一声は、「おぎゃー」でも「うにゃー」でもなく、「くっそはりゃへった……」だった。
その声は、空が茜色に染まってきた頃に薄暗い部屋の中で静かに木霊した……。
※この小説は剣と魔法の世界&乙女ゲームを模した世界なので、バトル有り恋愛有りのファンタジー小説になります。
※ギリギリR15を攻めます。
※残酷描写有りなので苦手な方は注意して下さい。
※主人公は気が強く喧嘩っ早いし口が悪いです。
※色々な加護持ちだけど、平凡なチートです。
※他転生者も登場します。
※毎日1話ずつ更新する予定です。ゆるゆると進みます。
皆様のお気に入り登録やエールをお待ちしております。
※なろう小説でも掲載しています☆
悪役令嬢は二度も断罪されたくない!~あのー、私に平穏な暮らしをさせてくれませんか?~
イトカワジンカイ
恋愛
(あれって…もしや断罪イベントだった?)
グランディアス王国の貴族令嬢で王子の婚約者だったアドリアーヌは、国外追放になり敵国に送られる馬車の中で不意に前世の記憶を思い出した。
「あー、小説とかでよく似たパターンがあったような」
そう、これは前世でプレイした乙女ゲームの世界。だが、元社畜だった社畜パワーを活かしアドリアーヌは逆にこの世界を満喫することを決意する。
(これで憧れのスローライフが楽しめる。ターシャ・デューダのような自給自足ののんびり生活をするぞ!)
と公爵令嬢という貴族社会から離れた”平穏な暮らし”を夢見ながら敵国での生活をはじめるのだが、そこはアドリアーヌが断罪されたゲームの続編の世界だった。
続編の世界でも断罪されることを思い出したアドリアーヌだったが、悲しいかな攻略対象たちと必然のように関わることになってしまう。
さぁ…アドリアーヌは2度目の断罪イベントを受けることなく、平穏な暮らしを取り戻すことができるのか!?
「あのー、私に平穏な暮らしをさせてくれませんか?」
※ファンタジーなので細かいご都合設定は多めに見てください(´・ω・`)
※小説家になろう、ノベルバにも掲載
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる