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にんじんとケールをおくろう
しおりを挟む「……そこそこ優秀な精霊士と言ってなかったか?」
あれからすぐに屋敷に強制転移されたリディアは、屋敷の自室で静かに詰め寄られていた。
ラスターの膝の上に座るディーにも、心なしか呆れた目線を向けられている気がする。
「ええ。優秀だったでしょう?」
何故こんなにピリピリとしているのかわからず、リディアは首を傾げる。
多分優秀レベルではあるはずだ。いつもカールやフランツは「ここまでできるの!?」「これは……すごいねえ……」と驚きながら褒めてくれていたのだから。
身内の欲目はあるだろう。天才とは言えないが、しかしうっかりいつもよりも効果の高い治癒を広い範囲で施してしまったのだ。
さすがに子どものお遊びレベルのものではない……はずだと思う。
「あれは優秀というレベルのものでないと、俺でもわかる」
しかしラスターは無情にもそう切り捨てて、リディアは唇を尖らせた。
「ラスター、あのね、治癒ってものはそんな簡単なものじゃなくて……」
「素人目に見て、あれは王宮精霊士並みの力だ」
「え?」
ぱちぱちとまばたきをして、ラスターを見上げる。眉根を寄せて真面目な顔をしているけれど――面白い冗談を言うものだ。
リディアは「またまた!」と笑い飛ばした。
「私の腕前は、カールおじいちゃんよりやや上くらいなのよ。ポーション造りはおじいちゃんの方が上手だったわ。もしも私がそんな腕前を持っていたら、おじいちゃんだって王宮精霊士になれる腕前ということじゃない」
「ディアがそう言うのならそうなんだろう」
「ないない」
あの小さく古い薬屋を営む、好々爺のカールを思い出す。身の安全のためにリディアを即座に嫁がせたが、本来は誠実で穏やかで真面目な人だ。
そんな腕前があるのなら、おそらく自分の才能は精霊に与えられた責務だと考え、躊躇わずに国家精霊士を目指していたことだろう。
ラスターの言葉を笑い飛ばすリディアに、ラスターは全く話の通じない犬を見るような眼差しを向け「俺が間違っていた」と深くため息を吐いた。
「ディアに常識がないと知っていたのに、ディアの話を鵜呑みにしていた」
「失礼ね」
「俺もあまり詳しくはないが……俺の知る精霊士について説明をする」
そう言ってラスターが始めた精霊士の説明に、リディアはぽかんと口を開けた。
精霊士というのは、普通は患部に手を当てなければ治癒が施せないのだそうだ。一般的に患部に直接手をかざす精霊士が多いことは知っていたが、まさかそうしなければできないとは思っていなかった。
また手をかざさなければできないということは、少し離れた場所にいる人物にも治癒をかけられないということだ。先ほどのリディアのように、人がたくさんいる広場に一度に治癒を施すような精霊士は、王宮精霊士のような精鋭でないとできないのだという。
「それにたとえすり傷程度であっても、一瞬で治すのは高位の精霊士でなければできない。試験を受ければ、ディアは間違いなく王宮精霊士になるだろう」
「えっ……」
青ざめた。自分は割と優秀に違いないと調子に乗っていたけれど、予想以上に強い力を持っていたらしい。
「育ての親からは、教わってなかったのか?」
「あんまり……。あまり外で力を使ったり、他人にひけらかさないように、ということは言われていたけど」
「ならディアの力の強さについて知っていたんだな……」
「なぜ教えてくれなかったのかしら」
思わず拗ねて唇を尖らせる。
もしも教えてくれていたなら、ああいう場でむやみやたらに力を使うことはなかった、かもしれない。
ラスターと再会してからというもの、カールに対する好感度はダダ下がりの一方である。
(あとでにんじんとケールを大量に送ろう)
そう決意するリディアを見てラスターは、「俺は少しわかる気がする」とぽつりとつぶやいた。
「え、どうして?」
びっくりしてそう問うと、ラスターは「ディアは求められれば、それ以上に応えようとするだろう」と言った。
「……何の焦燥もなくのびのび過ごすディアを、見ていたかったんじゃないか」
「んん……?」
「わからないならわからない方がいい」
ラスターがそう言って、「それよりも」膝の上で伸び伸びと眠るディーの体を撫でた。
「問題は今日のことだ。まずは王宮に届くような大きな噂にはならないことを願うしかないが……。とにかくもう、人前で力は使わないでくれ」
「え?」
リディアは驚いて顔を上げた。
「…………あなた、私に王宮精霊士になれって言わないの?」
「…………なりたいのか?」
急にラスターの眼差しが険のあるものに変わり、リディアはぶんぶんと首を振った。
「全然なりたくないけど」
今世では、のんびり平凡に生きると決めていた。
ラスターに復讐やら妻やらと言われている時点でその夢からは百六十度ほど逸れたような気がしないでもないけれど、王宮精霊士になったらきっと、平凡な生活からは更に遠のくことだろう。
しかし、王宮魔術師や王宮精霊士を勤めるということは大変名誉なことだ。大きな報奨金も出る。ラスター自身は大魔術師だが、その妻が王宮精霊士ともなれば……公爵位とはいえ新興で後ろ盾のないラスターの家の格は、上がるだろう。
「でも私は、ラスターのお嫁さんになるんでしょう?」
「……っ、」
正式な結婚前に逃げる気ではあるけれど、そう尋ねるとラスターが眉間にしわを寄せ唇を引き結んだ。
嫌ならば、妻にしなければ良いのに。そうちょっと呆れながらも、リディアは続けた。
「妻が王宮精霊士なら、名誉ではあるもの。お金も入るし、私を役立てるなら一番の使い道だと思う」
「役に立つとか名誉とか、そんなものはどうでもいい」
ラスターはそう言うと、「そういうところだ」とため息を吐いた。
「ディアがディアだから、妻にするだけだ。それに……例えディアが王宮へ勤めたいと思っていても許さない。王宮だと? 誰がそんなところで働かせるものか」
言っている内に何故かぷりぷりと怒りだしたラスターに、膝の上のディーが「みゃ」と抗議の声を上げる。うるさいらしい。
(何故この子はこんなに怒っているのかしら……? 王宮って、今そんなに働きやすいのかしら)
しかしどんなに働きやすくても、戻りたくはない。
頭の中が疑問でいっぱいであるが、戻らずにすむのならばリディアにとっては、まあ、僥倖ではある。
「ええと、ありがとう……?」
リディアがそうお礼を言うと、ラスターは何故か少し複雑そうな顔をした。
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