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少年と魔力暴走
しおりを挟む廃城になって久しい筈だが、城内は思ったよりも荒れてはいなかった。
ただ暴走する魔力が嵐のように吹き荒び、石造りの壁がガタガタと音を立てて震えている。
案内されたそこは、古びた地下牢だった。
少年が、膝を折って苦しんでいる。両の手で体を抱え、体から溢れる魔力を何とか自力で食い止めようとしているようだ。
少年の腕に嵌められた魔力封じの枷が、今にも壊れそうに揺れている。あれが壊れたら最後、この城は跡形もなく消し飛ぶだろう。
「っ、なんだ、お前はっ……出て行け!」
ディアナに気づいた少年が、キッと強くディアナ達を睨みつける。
獰猛な敵意を全身に漲らせている子どもだった。年は八つにも満たないだろう。
黒い髪は伸びて絡れ、肌は薄汚れ、痩せ細っている。唯一輝きを失っていないのは、全てを憎悪する青の瞳だった。
青、水色、瑠璃、群青、紺。
五色が混在している、強い魔力を宿す瞳だ。なんて綺麗なのだろうと、思わず吐息を吐く。
それに、とディアナは思う。
ーーこの年で、これだけの憎悪を持つなんて。
彼の歩んできたこれまでの人生が、痛々しいものだったのだろうと察しがつく。
「こんにちは。私はディアナ・フィオリアル」
なるべく威圧しないように、ディアナはにっこりと笑って少年に向かって歩き出す。しかし輝く青の瞳が、更に怒りと不安に燃え上がった。
「くるなっ……!」
無視して歩を進める。指を鳴らし、かけられていた頑丈な鍵を解錠した。ディアナを受け入れるように開いた入り口を進み、もう限界だろう少年の前に立つ。
「ーーもう、大丈夫よ」
ふっと微笑んで、少年の額に手をかざした。
ハッと息を呑む彼の意識に、指先から織り上げる魔力を侵入させる。
小さな体の中で荒れ狂う、魔力の嵐。
強大だ。もしかしたら彼の魔力は、ディアナよりも多いかもしれない。
大仕事を終えたばかりの身には少々堪える量ではある。
しかしいくら強大であっても普通の魔力暴走を鎮めることは、ディアナにとってそう難しいことではない。
魔力暴走とは、普段魔術師の心臓を多い魔力量をコントロールしている保護膜が、感情の昂りや体調不良など様々な要因で機能しなくなることが原因だった。
その保護膜を、ディアナの魔力で正しく動くように戻してやる。これは魔力量よりも保護膜の構造を知り尽くしていることと、繊細な魔力の操作が求められる。そのどちらも、ディアナほど優れた人間は大陸にはいないだろう。
(だけど、これは……!)
ディアナの魔力が彼の保護膜に触れようとした瞬間、ディアナは驚きに目を剥いた。
(なるほど……だから私に、依頼が来たのね)
おそらくこれは魔力が充分に満たされている自分にしか、完璧に成し遂げることは難しい。
今のディアナでも、何とか暴走を鎮めることはできるだろう。しかし圧倒的に魔力が足りない。少年どころか、ディアナの命が助かる可能性さえ低い。
(いいえ。今の魔力でも、被害を最小限に抑えることに集中するなら。この子の命を諦めれば、何とかなる……)
ディアナはこちらを睨みつける少年に目を落とす。脂汗を流し、唇を噛み締め体は震えているのに、随分と気力の凄まじいことだ。
しかし彼の内なる憎悪が、彼を食い殺すまでもはや一刻の猶予もない。
(――できるなら避けたい。だけど……)
覚悟を決めたディアナは、瞳を閉じて自身の心臓の周りを覆う魔力を解き放つ。
ディアナの根源である無垢な魔力を、彼の保護膜と、その横にある異物に寄り添わせるように注ぐ。紫色の激しい光が少年を包み、彼が顔を歪めた。
暴走していた青い魔力の残滓が、キラキラと光の粒になってあたりに降り注ぐ。
「よく頑張ったわね」
荒い呼吸を繰り返す少年にそう言うと、ディアナは背後で呆然と佇む兵士たちに「依頼は、見ての通り無事に終わったわ」と冷ややかに告げた。
「あなた達の主人に、この少年は私が引き取ると伝えなさい」
「で、ですが、しかしーー」
「依頼上、何も問題ないはず」
戸惑う兵士たちを無視して膝をついたままの少年に手を差し出すと、彼はその手をはらい、動揺と警戒を隠さずにディアナを睨みつけた。
「――何を勝手に、誰がお前なんかとっ……、」
「口が悪いわね」
少年の頭に額を軽く指先で弾く。少年は「っ!」と額を押さえ、驚愕した表情を見せた。
「ーーあなたの魔力は、強くて美しいわ」
ディアナの言葉に、少年の瞳が驚きに揺れる。その揺れを気にも止めず、ディアナはふふん、と笑った。
「この天才大魔術師ディアナ・フィオリアルが、あなたの師匠となってあげましょう」
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