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ブランシェット家の食堂では熊のように辺境伯が落ち着きなくうろうろとしている。

娘のところに行った妻がなかなか帰ってこない。
オリアーナは子どもたちみんなを愛しているが、一際素直で愛らしいレイラを可愛がっているのだ。
オリアーナは対外的には月の女神のようなお淑やかで気品に満ちた女性であるが、家族や心を許した使用人たちの前では結構ざっくばらんで大雑把、そして口が悪い。
それに敵に対しては性格が捻じ曲がり、容赦ないところを隠してはいない。
オリアーナに似た性格の4人の子どもたちも。

ーそんな所も意外性があって可愛らしいとのほほんと思っているのは家長であるドミニクだけである。


しかし例外もいる。末娘のレイラである。
レイラは子どもの頃から子どもらしい子どもだった。夢見がちで王子様やお姫様、魔法使いや幻獣、女神達が出てくる絵本を好み、素直な子どもだった。

同じ本を同じ年の時に現実味が乏しいとバッサリと切り捨てたアウラが第一子でそれに続く息子達も白けた目で絵本を見ていたため、レイラの年相応に絵本を楽しむ姿に子どもとはこういうものなのかと感動したものだ。


オリアーナはレイラの前では完璧な淑女だ。


オリアーナが言うには、
まだレイラが3歳でまだ1人で絵本が読めなかったころ、いつものように小脇に絵本を携えてやってきた。絵本を読んで欲しいのかとも思ったが様子が違う。

「おかあさま。どうしたら王子様とけっこんできるのかしら。レイラは王子様とけっこんしてお姫様になりたいの。」

自分は女王でありお姫様だったこともあるがそんないいものでもなかったがと思いつつも真剣そのものな表情だったため、何げなく伝えたのだそうだ。

王子妃になりたいならまず、何よりも自分らしい美しさね。
見た目だけなら何とでもなるわ。流行でなく自分に似合うものを身につけるの。
色やドレスの形、生地だってどんなに高くても似合っていなければ意味がないわね。あなたの好きなシンデレラだって心だけ美しくったって王子様は見初めなかったでしょうね。心と一緒に見た目も磨くの。
流行りに乗っかって自分本来の美しさを簡単に捨ててしまうなんて馬鹿みたいよ?

それに教養ね。見た目だけで嫁いだって苦労するわ。
貴族ともなれば古典から現代文学に音楽、美術、ダンスにマナー、一通りできなければ鶏ガラは頭は空っぽだけど悪知恵は働くから上手にこちらを貶めにくるわ。馬鹿に馬鹿にされるなんて屈辱を味わいたくはないでしょう?

まあ簡単にいえばいつでも身も心も美しく、完璧な立ち振る舞いを身につけることね。

わかった?


子ども相手になんと夢のない説明をしているのだと思うが、レイラはどこまで理解できているのか、
にっこり笑って


「わかったわ。お母様みたいになったらいいのね!」と言ったらしい。

その時点でズキュンと心臓を撃ち抜かれていたオリアーナだったが、それからも自分の後をひよこのようにちょこちょこついてまわって小さなレディらしく振舞うのだ。
子どもらしくない子どもたちを4人も見続けた後に素直なレイラを見てしまったら天使にしか見えなくなってくる。

オリアーナのことを素敵なレディだと真剣に思い必死で真似をしているレイラを見たらもう女王を辞めたその時脱ぎ捨てた淑女の皮を被り直すしかなかったとのことだ。




それ以来我が家ではレイラの前では上品に、敵を殲滅するための家族会議はレイラ抜きでが暗黙の了解となった。


ーーーー

アウラ・ブランシェット辺境伯家令嬢は幼い頃から母の生き写しとも言われていた。神童と呼ばれ、莫大な魔力を持ち、勉強であっても武術であっても何でもできすぎた。
貴族の子どもたちは最初は羨望の目で見るが、次第にそれは嫉妬に変わっていく。そして恐れへ。
男女平等とは言われているが、女性は儚く、繊細であることを美徳とされているため女のくせにという言葉はずっと付いて回った。嫉妬で嫌味を言ってくるような女々しい奴にはそいつ自作のポエム付きラブレターを入手し、王都の目ぼしい令嬢全員に送りつけてやったり、その他様々な報復をバレないように行ってやったが。
弟たちは可愛がってはいるが、兄弟間で揉めるとしたら一対一では自分には敵わないと分かっているからか、3人対自分という構図になる。自分と対等にいてくれる相手がいないことがもどかしいのだ。
そのことを母に伝えると、


自分の限界の壁にぶつかってないなんていいことじゃない。できすぎて困るなんて贅沢な悩みがあるなんて若いわねと母に爆笑されたため、腹がたつから二度と母には相談しないと決めた。

レイラが生まれたのは私が8歳の時だ。
ふにゃふにゃとしていて、人形ようだった。
何よりも驚いたのが、一歳になっても四則演算もしないし、バク宙もしないし、外国語で嫌味を諳んじたりしないのだ。
3人の弟たちの後に生まれた妹はなんだか弱々しくて、死んでしまうのではないかと思うほどだった。

そんなレイラを守り、可愛がるようになったのは自然なことだった。

レイラが花冠を作るというので一緒に庭で作ってやったことがある。ちょっと不器用なレイラの花冠は歪んだものになっていた。私の作ったものは定規で測ったかのように揃った大きさに、編みこむ力も均等だからレイラのものと比べて圧倒的に美しい。

「アウラお姉様すごいわ!とっても綺麗!
私もお姉様みたいに綺麗にできるように作りかたを教えて!」

レイラは強くて優しい子だ。私が何をしてもアウラお姉様すごいと褒めてくれるのだ。嫉妬も恐れもない目で。





ずっと私は自分と対等に張り合えるものを求めているのだと思っていた。しかし、ただ自分を褒め、認めてくれる存在を求めていただけだったのだ。



私はレイラが可愛くてしょうがない。


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