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閑話2
しおりを挟むー男性は妻を持って初めて一人前とされている。
結局あれからも見合いは惨敗し続け、ドミニクには婚約者の1人もできなかったが。
ただでさえ、ラクーン顔の童顔なのだ。
そうなってしまったのはしょうがない。それに急ごしらえで誂えた婚約者や妻を愛せるとは思えないし、恐らく身分と金目当てで婚約者となってくれるだろう人であっても相手には失礼だろう。
今回王宮へ招喚されたのは若くして国を治める女王陛下が、可愛がっていらっしゃる14歳になられる王弟殿下の誕生祝いの品を見繕うためである。
各々貴族たちは自分たちの見栄もかけてこれぞというものを持ち寄るのだ。
ブランシェット領からは西方ブランジール国から取り寄せた短剣だ。やや武骨な作りで華やかさにはかけるが、長剣では14歳とまだ体の出来上がっていない王弟殿下では重たすぎたり、身長の伸び具合によっては取り扱いも難しくなる。
短剣ならば、身長は関係ないし、王弟という身分では命を狙う不届きものが現れた時のために忍ばせやすいだろう。装飾は少なく、少し貧相に見えてしまうかもとは思ったが、この剣の素晴らしさは刃紋の美しさ、軽さ、このサイズでありながらも骨さえ断ち切ってしまう切れ味の鋭さなのだ。
正直王弟殿下と年の近い男の自分としては、価値が高いだろうとはいえ、年代物の壺や宝石、絵画などはいらないだろうと思う。
それに王弟殿下は活発な方でいたずらをしたりと男の子らしい方らしいとお聞きしたことがある。
それならばと年頃の男の子が貰って困らないものにしようとこの剣に決めたのだ。
自分の名前が呼ばれ、ここで夜会すら開けそうだなと思われる程に広く豪華な謁見室に入室すると、
そこには光り輝く月の女神がいた。
柔らかそうな白金の髪にうちで取り扱っている宝石よりもなお輝いているブルーの瞳。にこやかに微笑む姿に顔が赤くなってしまう。
華奢な彼女のためには大きすぎる玉座は金と1つ1つが国宝と呼んで良さそうな大きさと輝きの宝石で装飾されている。
身分の高い順に呼ばれたのだろう、3大公爵家、5大侯爵家の当主たちがすでにいる。
何とも入りづらいが、早く王弟殿下への贈り物をお見せしなくては。
緊張し過ぎて落ち着かないため、今からの流れを振り返ろう。
ここでの流れは前もって王宮侍従から説明を受けた。まずは自身も伯爵位を持ちながら代々侍従長として王家に仕えているセバスティアン・ロードナイト卿から名前を呼ばれたら一礼ののちに入室。
入室後は陛下に贈り物をご覧頂いたら、陛下からのお言葉はお側に控える侍従長から頂く。そして謁見室でそのまま待機する。
よし!行こう!
グッと謁見室の絨毯を踏みしめたその時何故だろう、絨毯の毛足が長くて高級だったためなのか、つるりと滑ってしまった。
顔面からスライディングしたことと、せっかくの王弟殿下への贈り物だ意地でも落としてはならないと全身全霊の力を手に込めたからか、短剣を収めた箱は地面に触れることは無かった。
衝撃で伊達眼鏡は吹き飛んだが。
死にたい。何よりも女神のように可憐な女王陛下の前での不調法だ。泣きたくてしょうがない。
ショックで一瞬立ち上がれないでいると
「陛下!」と焦ったような侍従長の声と「大丈夫ですか?」と鈴を鳴らしたような可憐な声が響いた。
大丈夫ですか?と微笑みながら女王陛下が尋ねてくださった。膝をついて私の顔を覗き込みながら。お声かけ頂いただけでなく、陛下に膝までつかせてしまった。
「陛下に何と無礼な。」
「商人の真似事ばかりしているから礼も忘れてしまったのですかな?」
「これだから辺境の田舎者は」
「そういえばブランシェット辺境伯は令嬢たちからラクーン卿と呼ばれているとか。
そこで毛皮のように寝そべっていたらまさにその名の通りラクーンのようですな」
待機していた高位貴族たちが口々に自分に無礼だと叫び出す。
無礼打ちされるんだろうかとかぐるぐると考えがまとまらず、影でラクーン卿って呼ばれてたんだ。とか余計なことしか考えられない。泣きそうになっていると
「いつ私が発言を許可しまして?」
と軽やかながら覇気の篭った声が響いた。
「商人の真似事?ブランシェット領は我が国の貿易の要。ブランシェット領より多くの税を納めている領はどちらだったかしら。
それに、税金を民から搾り取るだけのあなた方とは違って辺境伯は自ら働き、領民を支えているわね。
身分と治める領地の広さだけ立派な貴方がたの領地でどれだけの貧民や奴隷がいるのかしら。
我が国では奴隷を認めてなんていないはずなのだけれど。
田舎もの?ブランシェット領は交易の要でもあるけど、国防の要でもあるわ。海から他国に襲われたらどうなさるのかしら?
あなた方の領地はいとも簡単に抜かれて敵軍は王都に到達するでしょうね。
貿易港でありながら、軍港も担ってさらに戦時には領民全てを守れる城塞まで構える領地がどこにあるのかしら。」
「私、貴方のことは存じ上げていたわ。書類の上でだけ。私と同じ歳でここまで堅実に領地を治める貴方にずっとお会いしたかった。私ったら変ね。
文字でしか無い貴方にずっと恋していたなんて。
素敵よ?ラクーン卿。眼鏡なんてなくたって。」
それに美味しそう。
ペロリと唇の端を舐める品のない行動のはずなのにとっても似合ってるようで。女王陛下の魅力にそれからずっと私は魅了され続けている。
ああ、王族っていうことは月の女神だけでなく太陽神の血も引いているんだな。見た目は可憐なウサギのようだけど、ギラリとした青い瞳には焔が浮かび、なんだか舌なめずりするライオンに見えるな。とか、
混乱した私は何とも無礼なことを考えていた。
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