たとえ仲間じゃなくなっても

湊賀藁友

文字の大きさ
上 下
5 / 10
暗殺者は涙する。

5

しおりを挟む
 何かしていないと幸せだったことばかり思い出して苦しかったからフラフラと街を歩いてというのに、クセでいつもの酒場へと来てしまったようだ。
 未練たらしいなと自己嫌悪しながら入口近くでまごついていると、突然発せられた大きな声が耳に入った。

「よぉヒロ、漸くサスのこと捨てたのかよ!」

 聞きたくない言葉が聞こえてきて、無意識の内に隠密系の技を発動してフードを目深に被った。
 ヒロの声は聞こえない。返事をしていないようだ。

「まぁ当然だよなぁ、暗殺者のガキなんて側に置いても自分の株を下げるだけ────」

 そこまで男が告げた瞬間、店の中から何かが壁に打ち付けられたような大きな音が聞こえてきた。
 ……何の音だ? 

 隠密系の技を発動したまま中をこっそりと覗くと、そこにはこれまで見たことないほどの怒気と殺気を放つヒロの姿があった。
 いや、あれは本当にヒロなのか……? 

「次サスを貶めるようなことを口にしてみろ、その首へし折ってあの世に送ってやる」

──なぁ、なんでそんなに怒るんだよ。
 俺はもう仲間じゃないんだろ? 迷惑してたんだろ? 

「おいおい、あんなガキ邪魔なんじゃなかったのか? ……なら、嫌いだったとハッキリ言ってやれば良かっただろうが!」

 ………………確かに、あの時ハッキリ嫌いだったと言ってくれれば、俺も諦められたのかもしれない。
 幸せな記憶を、汚してしまえたのかもしれない。

 しかし、ヒロは苦々しげに呟いた。

「……嫌いだったら、邪魔だと思うような相手だったら、初めから仲間に誘ったりしないに決まってるだろ……!!」

 ……何、言ってんだよ。

「ッだったら! だったらなんで、サスを傷付けるようなマネしやがった!! 
 ……あいつはな、クラス適正の問題で満足に依頼を受けることすら出来ない俺達の為に相談に乗って、どうすればいいかいつだって一緒に考えてくれた! あいつにどれだけのやつが助けられたか……!」
「魔王討伐は遊びじゃないんだ!!」

 男の言葉を、ヒロが怒声で遮った。

「……もう全員が三十近い俺達と違って、あいつはまだ未成年なんだぞ? 
 それに魔王を倒すなんて責務に縛られてる俺達とあいつは違う。
 あいつはまだ逃げられる。自由になれる。
 俺達を忘れて、穏やかな土地で、平和に生きていけるんだ」

 なんて、偽善的な言い分だ。

「そんなのはお前のエゴだろうが! 
 あいつがいつそんなことを望んだ! お前達と離れてでも平和に暮らしたいと言ったんだ!!」

 俺の言いたいことをそのまま代弁したような男の言葉を聞きながら、ズルズルと酒場の壁に背中をくっつけたまま座り込んだ。

「…………俺はさ、あいつの幸せなんてどうでも良いんだよ」
「あ゙ぁ? テメェ──!」
「何でもいいから、生きてほしいんだ。
 ……サスはな、最近やっと感情がよく表に出るようになったんだ。そんなの必要がないって言ってたのに、『感情を表に出すのも悪くないと思えた』って。
 そんな風に言ってくれたあいつの前で死ぬのは御免だ。かと言ってあいつの死に顔を見るのも御免だ。だから置いていく。
 …………勇者サマもな、人間なんだよ」

 我が儘だ。横暴だ。自分勝手だ。
 今すぐ飛び出して、そう罵ってやりたかった。

 でも溢れる涙が止まってくれなくて、苦しくて悲しくて、そして何より、優しいあいつらを安心させられない自分が酷く憎くて。

「恨ませてくれよ……!」

 あぁ。
 痛いだけの優しさも、首を絞めるような幸せも、知らなければよかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

強奪系触手おじさん

兎屋亀吉
ファンタジー
【肉棒術】という卑猥なスキルを授かってしまったゆえに皆の笑い者として40年間生きてきたおじさんは、ある日ダンジョンで気持ち悪い触手を拾う。後に【神の触腕】という寄生型の神器だと判明するそれは、その気持ち悪い見た目に反してとんでもない力を秘めていた。

推しがラスボスなので救いたい〜ゲーマーニートは勇者になる

ケイちゃん
ファンタジー
ゲームに熱中していた彼は、シナリオで現れたラスボスを好きになってしまう。 彼はその好意にラスボスを倒さず何度もリトライを重ねて会いに行くという狂気の推し活をしていた。 だがある日、ストーリーのエンディングが気になりラスボスを倒してしまう。 結果、ラスボスのいない平和な世界というエンドで幕を閉じ、推しのいない世界の悲しみから倒れて死んでしまう。 そんな彼が次に目を開けるとゲームの中の主人公に転生していた! 主人公となれば必ず最後にはラスボスに辿り着く、ラスボスを倒すという未来を変えて救いだす事を目的に彼は冒険者達と旅に出る。 ラスボスを倒し世界を救うという定められたストーリーをねじ曲げ、彼はラスボスを救う事が出来るのか…?

修復スキルで無限魔法!?

lion
ファンタジー
死んで転生、よくある話。でももらったスキルがいまいち微妙……。それなら工夫してなんとかするしかないじゃない!

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

婚約破棄された令嬢の恋人

菜花
ファンタジー
裏切られても一途に王子を愛していたイリーナ。その気持ちに妖精達がこたえて奇跡を起こす。カクヨムでも投稿しています。

スキルが【アイテムボックス】だけってどうなのよ?

山ノ内虎之助
ファンタジー
高校生宮原幸也は転生者である。 2度目の人生を目立たぬよう生きてきた幸也だが、ある日クラスメイト15人と一緒に異世界に転移されてしまう。 異世界で与えられたスキルは【アイテムボックス】のみ。 唯一のスキルを創意工夫しながら異世界を生き抜いていく。

処理中です...