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殺人鬼の悩み
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「好きよ。ねぇ、愛してる」
ベッドで俺に揺さぶられた後にそう告げる女の甘く蕩けた瞳は、声は、そのセリフは、まるで本当に俺のことを愛しているかのようで。
「本当に?」
「本当よ」
女はとろけた瞳を目蓋で細く見せて、幸せそうに笑う。
「心から?」
「もちろん」
間髪入れずに、それが何でもないことかのように答える。
「……ふふ、なぁに?
貴方がそんなことを訊いてくるのって、なんだか珍しいわね」
「俺もたまには感傷的になるって」
「本当かしら。でも、そういう貴方も好きよ」
そう囁いた女は、俺に優しく一つキスを落とした。
その行動があまりにも甘くて、あまりにも愛で満ちていて────あぁ、いけない。
どんどんと高まっていく欲求に一瞬歯を食い縛り、しかし何でもない顔でもう一度問いかけた。
「なぁ。本当に俺のこと、好きなんだよな?」
「うふふ、本当にどうしたの?当たり前じゃない」
「……そっか。じゃあ、」
もう、我慢しなくていいよな。
■
呼び鈴を鳴らす前に、念のため一度自分の全身をチェックする。
服は着替えたし問題ないだろうが、もし万が一にもバレてしまっては処理が面倒だ。
それに俺も情のある人間なわけで。流石に、仲の良い友人を好き好んで殺したいとは思わない。
──そんな思考をその“友人”が耳にすれば「どの口が」と冷めた目を向けたことだろうが、残念ながらジアマンドのどこか異常な価値観にツッコミを入れる人物はいなかった。
インターホンのボタンを一度軽く押し込み『ジー』とまるで虫の鳴き声のような音のインターホンを鳴らす。と、時刻は既に夜中の零時を回っているというのに、十秒もしない内に扉が開き室内の明かりが俺の方を照らした。
「追い出されたから泊ーめーて♡」
「……お前さぁ……」
呆れた表情でこちらを見上げる男は、しかし時間のことを考えたのだろうか。結局続きは口にせず 、不貞腐れたような顔で「とりあえず中入れ」と小さく告げた。
あぁ、やっぱ入れてくれるのか。
俺はその対応に機嫌を良くしながらも、閉まらないようにと中から脚を伸ばして扉を押さえている男の横を通って中に入る。しかしその途中で電球に照らされる男の顔を見て、ふと思い立ち男の耳元で俺も小さく囁いた。
「ありがとなディー、愛してるぜ」
「あい、ッ!?お前な!!」
「おいおい大声出すなよ、ご近所さんに迷惑だろ?」
「……!!
……ふざけんのも大概にしとけよマジで……!!」
俺に怒りを向けるディーの表情は怒り一色で、思わずくつくつと笑ってしまった。
「何笑ってんだよ!」
「なァんも?」
扉が閉まってもやはり抑えた声で、しかし怒りを滲ませて怒鳴るディーは、まるで本当に怒っているかのようで。
まぁ、多少怒ってはいるというのも本当なのだろうが……それにしても、それで隠しきれていると本気で思っているのがおかしくて堪らない。
確かに見えた真っ赤な耳を思い出して、俺はまた口角を上げた。
ディー──ディアス・ジャヴェイアスパーは、俺のことが恋愛的に好きである。
そう考える理由は色々あるが、一番はその目である。
俺を見るその橙に近い金色の目が、これまで俺に「愛している」と告げた女たちと同じ色を宿しているのだ。俺と話すときは温かいミルクに落としたチョコレートのように甘やかに溶けるのだ。
だが実際は目だけじゃない。
いっそ指摘してやりたくなるほど全身から「好きだ」と駄々漏らしておいて、それでも隠し通せていると思い込んで行動しているディーの健気なことと言ったら!
ディーと初めて話したのは二年ほど前。大学一年次のペアワークで同じグループになった時だった。
話し合いの最中、会話が切れたタイミングで唐突にあいつが言ってのけたのだ。
「女とっかえひっかえして遊んでるヤリチンって噂聞いてたからどんなやつかと思ってたけど、お前意外と真面目なんだな」
思ってたとしても普通初めて話す相手にそれ言うか?
そう思う一方でその変なまっすぐさが何となくツボに入ってげらげらと笑う俺を見て、あいつも「何がそんなにおかしいんだよ」とつられるように笑っていた。
その空気がどこか気に入って、それから俺はディーによく絡みに行くようになったし、ディーの方も俺によく話しかけてくるようになった。
……というか、元来気が合うのだろう。
お互いが何か言うわけでもなく、俺はあいつを『ディー』、あいつは俺を『ジア』と呼ぶようになっていた。
いつの間にか俺たちの距離は、古くからの友人だと思われてもおかしくない程に近くなっていたのだ。
その頃からだろうか。
ディーの瞳に、友情とは違う好意が見え隠れするようになった。
そのあたりで好きになり始めたと言うよりは、隠しきれなくなったと言った方が正しいだろう。
俺を愛してくれる相手は好きだ。
俺に愛を伝えてくれて、心から愛してくれるのならば、性別なんて関係なく誰だって愛しく感じられる。
……まぁ、ディーが告白してきたら付き合うか。
恋人になって、それから目一杯甘やかしてやろう。
俺から離れられなくなるように愛情に浸して、こいつが逃げられなくなったらその時は────……なんて考えても、どうせ最後には殺すことになるんだと知っているけれど。
それは、『こんな風に想いを駄々漏らしているようなら告白もすぐだろう』と見越しての考えだった。
だというのにディーは一向に想いを伝えようとしてこない。そればかりか、俺が何度彼女を作っても不満げな顔一つせず、彼女についての話ですらも何でもない顔で聞いてくる始末だ。
──というか多分こいつ、本当に何も感じてない。
「はいはい、今回は長持ちするといいな」
好きな相手のする恋愛話にこんなにも興味がないことがあるだろうか。
好きであることを隠そうとしてぶっきらぼうな返事に……とかそういう可愛い背景はない。間違いなく心の底から『また言ってら』程度の扱いをしている。
……俺の普段の行いも大きいだろうが、それにしても、だ。
俺は別に、ディーに恋しているわけでもなければディーを愛しているわけでもないわけで。
だから俺から告白する理由は一切ない筈なのだが、それでも俺から告白してさっさと恋人になった方が早いなと思ってしまう程度には、こいつは俺に全くアプローチをしてこなかった。
しかしそれではあまりにもつまらないので、せめてもの愛情確認として時々ディーの反応を見て遊んでいるわけなのだが……。
「なぁ」
「ん?」
お前、本当に俺のこと好きなの?
「……何でもない」
「はぁ?なんだそれ」
「気にすんな。細かいとこばっか気にしてると身長縮むぞ」
「縮むわけあるか!!……縮まないよな……?」
こんなに分かりやすいクセに、なんで告白はしてこないんだよ。
そう問いかけたくなるのは。
我慢が出来なくなりそうになるのは。
……早く恋人として甘やかしてやりたくなるのは、何故なのだろうか。
ベッドで俺に揺さぶられた後にそう告げる女の甘く蕩けた瞳は、声は、そのセリフは、まるで本当に俺のことを愛しているかのようで。
「本当に?」
「本当よ」
女はとろけた瞳を目蓋で細く見せて、幸せそうに笑う。
「心から?」
「もちろん」
間髪入れずに、それが何でもないことかのように答える。
「……ふふ、なぁに?
貴方がそんなことを訊いてくるのって、なんだか珍しいわね」
「俺もたまには感傷的になるって」
「本当かしら。でも、そういう貴方も好きよ」
そう囁いた女は、俺に優しく一つキスを落とした。
その行動があまりにも甘くて、あまりにも愛で満ちていて────あぁ、いけない。
どんどんと高まっていく欲求に一瞬歯を食い縛り、しかし何でもない顔でもう一度問いかけた。
「なぁ。本当に俺のこと、好きなんだよな?」
「うふふ、本当にどうしたの?当たり前じゃない」
「……そっか。じゃあ、」
もう、我慢しなくていいよな。
■
呼び鈴を鳴らす前に、念のため一度自分の全身をチェックする。
服は着替えたし問題ないだろうが、もし万が一にもバレてしまっては処理が面倒だ。
それに俺も情のある人間なわけで。流石に、仲の良い友人を好き好んで殺したいとは思わない。
──そんな思考をその“友人”が耳にすれば「どの口が」と冷めた目を向けたことだろうが、残念ながらジアマンドのどこか異常な価値観にツッコミを入れる人物はいなかった。
インターホンのボタンを一度軽く押し込み『ジー』とまるで虫の鳴き声のような音のインターホンを鳴らす。と、時刻は既に夜中の零時を回っているというのに、十秒もしない内に扉が開き室内の明かりが俺の方を照らした。
「追い出されたから泊ーめーて♡」
「……お前さぁ……」
呆れた表情でこちらを見上げる男は、しかし時間のことを考えたのだろうか。結局続きは口にせず 、不貞腐れたような顔で「とりあえず中入れ」と小さく告げた。
あぁ、やっぱ入れてくれるのか。
俺はその対応に機嫌を良くしながらも、閉まらないようにと中から脚を伸ばして扉を押さえている男の横を通って中に入る。しかしその途中で電球に照らされる男の顔を見て、ふと思い立ち男の耳元で俺も小さく囁いた。
「ありがとなディー、愛してるぜ」
「あい、ッ!?お前な!!」
「おいおい大声出すなよ、ご近所さんに迷惑だろ?」
「……!!
……ふざけんのも大概にしとけよマジで……!!」
俺に怒りを向けるディーの表情は怒り一色で、思わずくつくつと笑ってしまった。
「何笑ってんだよ!」
「なァんも?」
扉が閉まってもやはり抑えた声で、しかし怒りを滲ませて怒鳴るディーは、まるで本当に怒っているかのようで。
まぁ、多少怒ってはいるというのも本当なのだろうが……それにしても、それで隠しきれていると本気で思っているのがおかしくて堪らない。
確かに見えた真っ赤な耳を思い出して、俺はまた口角を上げた。
ディー──ディアス・ジャヴェイアスパーは、俺のことが恋愛的に好きである。
そう考える理由は色々あるが、一番はその目である。
俺を見るその橙に近い金色の目が、これまで俺に「愛している」と告げた女たちと同じ色を宿しているのだ。俺と話すときは温かいミルクに落としたチョコレートのように甘やかに溶けるのだ。
だが実際は目だけじゃない。
いっそ指摘してやりたくなるほど全身から「好きだ」と駄々漏らしておいて、それでも隠し通せていると思い込んで行動しているディーの健気なことと言ったら!
ディーと初めて話したのは二年ほど前。大学一年次のペアワークで同じグループになった時だった。
話し合いの最中、会話が切れたタイミングで唐突にあいつが言ってのけたのだ。
「女とっかえひっかえして遊んでるヤリチンって噂聞いてたからどんなやつかと思ってたけど、お前意外と真面目なんだな」
思ってたとしても普通初めて話す相手にそれ言うか?
そう思う一方でその変なまっすぐさが何となくツボに入ってげらげらと笑う俺を見て、あいつも「何がそんなにおかしいんだよ」とつられるように笑っていた。
その空気がどこか気に入って、それから俺はディーによく絡みに行くようになったし、ディーの方も俺によく話しかけてくるようになった。
……というか、元来気が合うのだろう。
お互いが何か言うわけでもなく、俺はあいつを『ディー』、あいつは俺を『ジア』と呼ぶようになっていた。
いつの間にか俺たちの距離は、古くからの友人だと思われてもおかしくない程に近くなっていたのだ。
その頃からだろうか。
ディーの瞳に、友情とは違う好意が見え隠れするようになった。
そのあたりで好きになり始めたと言うよりは、隠しきれなくなったと言った方が正しいだろう。
俺を愛してくれる相手は好きだ。
俺に愛を伝えてくれて、心から愛してくれるのならば、性別なんて関係なく誰だって愛しく感じられる。
……まぁ、ディーが告白してきたら付き合うか。
恋人になって、それから目一杯甘やかしてやろう。
俺から離れられなくなるように愛情に浸して、こいつが逃げられなくなったらその時は────……なんて考えても、どうせ最後には殺すことになるんだと知っているけれど。
それは、『こんな風に想いを駄々漏らしているようなら告白もすぐだろう』と見越しての考えだった。
だというのにディーは一向に想いを伝えようとしてこない。そればかりか、俺が何度彼女を作っても不満げな顔一つせず、彼女についての話ですらも何でもない顔で聞いてくる始末だ。
──というか多分こいつ、本当に何も感じてない。
「はいはい、今回は長持ちするといいな」
好きな相手のする恋愛話にこんなにも興味がないことがあるだろうか。
好きであることを隠そうとしてぶっきらぼうな返事に……とかそういう可愛い背景はない。間違いなく心の底から『また言ってら』程度の扱いをしている。
……俺の普段の行いも大きいだろうが、それにしても、だ。
俺は別に、ディーに恋しているわけでもなければディーを愛しているわけでもないわけで。
だから俺から告白する理由は一切ない筈なのだが、それでも俺から告白してさっさと恋人になった方が早いなと思ってしまう程度には、こいつは俺に全くアプローチをしてこなかった。
しかしそれではあまりにもつまらないので、せめてもの愛情確認として時々ディーの反応を見て遊んでいるわけなのだが……。
「なぁ」
「ん?」
お前、本当に俺のこと好きなの?
「……何でもない」
「はぁ?なんだそれ」
「気にすんな。細かいとこばっか気にしてると身長縮むぞ」
「縮むわけあるか!!……縮まないよな……?」
こんなに分かりやすいクセに、なんで告白はしてこないんだよ。
そう問いかけたくなるのは。
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