Reaper For Killer!

湊賀藁友

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幽霊が視える男

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「好きよ。ねぇ、愛してる。」

 ベッドに眠る男にそう告げる女の甘く蕩けた瞳が、声が、そのセリフが心からのものであると恥ずかしげもなく主張している。

「貴方も私のこと好きって言ってくれたものね。私が一番だって言ってくれたものね。誰よりも愛してるって、口付けてくれたものね?私も大好きよ、愛してる。愛してる。愛してる。愛してるあいしてる愛してるアいしてるあいしてるあああああるてしるあいしアいシるてあい4てAイ死てる」

 うわぁ、こりゃまた熱烈な。

 そうため息をつきそうにもなったが、気付かれても面倒なので俺はそれを飲み込んで背後から忍び寄り、ナイフを女の背中へと思い切り突き刺した。

「ッガ、あ、あ゛、ああああああああああああああああああああああああ゛あ゛!!!!!!!」

 崩れ落ちながら発せられた喧しい金切り声に思わず耳を塞ぐ。
 この女のようなやつの為のナイフだ。こうなってしまうのも納得だが……本当に煩いな。

「いたいいたいいたいいやだなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで!!!」

「お前がそいつにストーカーしてたからに決まってんだろ。てか、バッサリやられてんのによくまだ付きまとおうと思うよな」

 半ば呆れながらそう言ってやると、女は息も絶え絶えに、しかし逆上した様子で言葉を吐き出す。

「だっ、て、私のコと、好きだって、一番だッて、愛シてるっテ、君しカいなイって、言ってくレた。抱き締メテ縺上l縺。口付ケてくレた。ダいテクれた。笑って、クれタ。だカらわタシが一番ナの。この人縺ォ縺ッ、私シかいナいノ。遘√□縺代↑縺ョ、縺?縺九i縺、繧後※縺?¥縺ョ」

「うんうん。幸せな思い出が貰えてよかったじゃん」

 それじゃあな。永遠に。

 そう言って微笑んで、それからもう片方の手に持っていた包丁で女の首を切り落とした。
 女が避ける暇もないほど、一瞬で。

 断末魔も、血の噴き出す音も、肉を裂いた音も、まして首が地面に落ちた音すらも部屋には響かず、女はそのまま消え去った。
 そう、“消え去った”のだ。

「……ジア。おい、ジア。いつまで寝てんだよ、起きろ。」

 女を切った、しかし血の一滴もついてはいない包丁を片手に、男──ジアを揺り起こす。
 するとジアは眠たげに目蓋を開いて、こちらを見てからぽつり。

「……山姥の仲間……いや、それにしてはちっこいな」

 ガッ!!

 そんな鋭い音をたてて、ジアの顔ギリギリに包丁が突き刺さった。不可抗力だ。

「ぶっ殺すぞお前マジで」
「こんなにか弱い俺になんてこと言うんだよ」
「馬鹿も休み休み言え」
「いやいや、現に包丁突き立てられてこんなに震えてるだろ」
「乱視なら眼科行くか?」
「視力検査でA以外の評価を見たことがないんだよな、心配してくれてありがとう」
「だったら脳の病気かもな」
「ははっ、そんなに病気の心配をしてくれるなんて俺のことが大好きなんだな」
「性病患って死ね」
「おいなんてこと言うんだよ」
「うるせぇヤリチンクソ野郎」
「失礼だな、彼女が替わるスパンが人より短いだけだろ」
「それをヤリチンクソ野郎って言ってんだよ」

 大体、人より短いとかそういうレベルじゃないだろ。

 そう言いかけたが、何を言っても無駄だろうと冷静になった。そうだ、コイツからの身長弄りはいつものことじゃないか。落ち着け。

「はぁ……まぁいいや。とりあえず、もう夕飯出来てるから早くリビングに来い」

 そう告げると、俺は突き立てた包丁を丁寧に引っこ抜いた。
 最初から最後までこいつが一切ビビってないの、腹立つ。

「お、マジかよ。流石ディーだな、ありがと♡」

 そう言ってきたジアは、その格好良い顔をにぱっと花開かせてお礼を告げた。明らかにふざけて可愛い子ぶってる笑顔の作り方だ。

「180cmのヤリチンが可愛い子ぶるな、鳥肌立つわ」
「あっ、こういうのは150cmお前サイズ
の専売特許だったな、ごめんな」
「次は包丁これぶん投げる」

 軽口を叩き合いながらリビングに向かい、それぞれ向かい合うように食卓に着く。
 まだ湯気の出ているシチューを見てジアは「俺お前のこれ好きなんだよな」とご機嫌のように見える。まぁ俺の家でメシを食う時は大体まずはじめに褒め言葉を持ってくるので、それが本音かどうか分かったものではないが。

「……てかお前さ、これで何回目だよ」
「ん?」
「とぼけんな。女と付き合って同棲して別れて俺の家に無理矢理泊まって数日後には女と付き合って同棲して別れて俺の家来て……って、もう何回やってると思ってんだよ」
「あ~、まぁそういうこともあるって」
「そういうことしかないだろうが……!数時間しかもたなかった時は流石に引いたぞ!」
「あれはあっちが悪い♡」
「クソ野郎」
「だって同棲始めようとした途端に監禁されそうになったんだぜ?俺が逃げるのも仕方ないって」
「クソ野郎」
「え~?」

 よく知らんぷり出来るな。


 毎度毎度、元カノを背後に憑けてくるクセに。


「……歴代の彼女さんたちも可哀想にな」
「何が可哀想なんだよ」
「こんなクズに騙されて」
「酷くないか?」

 酷いのはどっちだ。殺したいから付き合うサイコ野郎がよ。


 ジア──ジアマンド・フェンブルは、猟奇的な殺人鬼である。
 それも連続殺人犯。

 どうやっているのか交際相手は必ずいつの間にか『行方不明』。毎度毎度遺体も見つからず、手がかりも0のまま捜査は打ち切り。手がかりもない、手法も分からない、そもそも殺人なのか蒸発なのかも分からないのだから、連続殺人であるなんて特定されるわけもない。

 では、何故その迷宮を作り続けている連続殺人の犯人を俺が知っているのか。

 協力者?まさか。


 ただ俺は、こいつが殺した人間のことが“視えて”いるだけなのだ。


 自分は本当に愛してはいないくせに、愛されるだけ愛されてから物理的にも関係的にもバッサリ。そりゃあんな風に成仏出来ない奴らにべったり取り憑かれるわけだ。詐欺にしても悪質過ぎる。

 こいつを初めて視た時の衝撃といったらもう忘れられない。
 大量の怨霊悪霊くっ付けて平気そうな顔をしているのだ。色々とヤバすぎてビックリした。全部狩ってやった俺は本当に優しいと思う。

 それからなんやかんやあって仮宿代わりにされるくらいの友人にはなったが……正直、多分俺がこいつのしてることを知ってるというのがバレたら、大分ヤバいと思う。躊躇なく殺そうとしてくるだろ、コイツ。

 それでも俺がこいつの仮宿になってやってるのは──

 そこまで考えた所で、おかわりをよそって帰ってきたジアが再び口を開いた。

「……でもさぁ。お前、絶対断らないよな」

「っ、は?」

「不満言うけど絶対に『イヤ』とは言わないし、こうやって夕食まで作ってくれるし…………実はお前、俺のこと結構好きじゃない?」

 深緑の瞳を細めてそうニヤニヤと笑うジアに、俺は残り少ないシチューをかきこんでそして飲み込んでから、思い切りチョップをかましてやった。

「いってェ!!?」
「アホなこと言ってんじゃねぇよ。他のやつが俺みたいに無料アパート扱いされないように受け入れてやってんだろうが」

 一度手を合わせてごちそうさまをすると、俺はさっさと使った食器を洗い場へと運ぼうと立ち上がってジアから背を向けた。

 ……まったくジアのやつふざけやがって。
『俺のこと結構好きじゃない?』だぁ?
 そんなモン、そんなもん……。


 ………………好きに決まってるだろ!!!!!!!


 好きでもないヤリチンの殺人鬼家に泊めるワケないだろうが!!
 その上甲斐甲斐しく炊事洗濯なんてするか!!!
 てか、そもそも好きじゃねぇやつが大量殺人鬼だったらとっとと縁切ってんだよ!!!!

 そう叫びたくなる衝動を必死に抑え込みつつも内心は動揺と情動たっぷりのまま今日一日分の洗い物を洗っていると、突然後ろからやわく抱き締められた。

「なぁ、ふざけすぎて悪かった。……そんなに怒らなくてもいいだろ」

 アバババアバアバアルゼフタナッツ!!?!?!?

「……別に、怒ってない」

 平常心、平常心だ俺。コイツは女との関わりで距離感がバグってるだけだ。初めてコイツを視た時の地獄絵図を思い出せ。

 大量の女の霊、私が一番いいえ私が一番の相互作用でどんどん悪い方に強化されていく怨霊悪霊魑魅魍魎歴代彼女たち、その目の前で女を口説くジア……よし……。

「……本当?」
「本当だって言ってるだろ」
「ならなんで目ぇ合わせてくれないの」

 俺は目を見たら自分がどうなるか察してるからだよゴルゴーンこのイケメンが!平常心でいられるか!!寧ろなんで目を合わせようとするのか俺に教えろ!!

「…………洗い物してるから」
「……ふーん。ま、いいや。」

 俺は何も良くないからさっさと離れろ俺の心臓を爆弾に変えるつもりか。
 心の中でそう叫びながら必死に洗い物に意識を集中させようとするが、直後ジアは爆弾行動をぶつけてきた。

「洗い物、ありがとな。次は俺がやるから」

 ぽす、と頭を撫でられたのだ。

「ぇあ、あ、うん。」

 ………………歴代彼女にやってきたことが癖になってるんだろうってことは分かるが、同い年の大学生にやることか。それも同性だぞまったく…………………………………………は~~~っっ……!!

 ジアの去った台所で、俺はズルズルとその場にへたりこんでしまった。今頃俺の顔は間違いなく真っ赤だろう。

 撫でられた瞬間、驚きすぎてジアの方を見てしまったのが間違いだった。
 あんな、あんな優しい微笑み方…………クソッ、からかうような笑みだったら良かったのに。



「死神やめて良かった~……」



 わざわざ現世で大学生のフリしてまであいつの側にいる甲斐があるってもんだ、まったく。
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