わたしの可愛い悪役令嬢

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66・感情(アイラヴェント視点6)

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「お兄様!」


 リーンフェルト様はクルーディス達を見つけ声をかけた。その勢いに負けている俺は、何だか気疲れしてしまっていてもう顔をあげる事すらもできない。

「お兄様!凄いんですの!アイラヴェント様ったら格好いいんですのよ!」
 ああ、まずい。
 リーンフェルト様にさっきの話をされてしまったら、俺はクルーディスに怒られてしまうかもしれない。
 でも俺にはリーンフェルト様の勢いを止められなかった。だって勢いありすぎなんだもん。何でこんなにテンション高いんだよ。
  だけど、リーンフェルト様がその勢いのまま話をしようとした所で、クルーディスはそれを制した。


「リーンフェルト。その前にご挨拶を。こちらはフリスライト国のタランテラス王太子殿下とルルーシェイド王子です」

 えっ!?

 思わず顔をあげると、そこにはあのタランテラスとルルーシェイドが、ゲームより幼い顔をして並んで立っていた。
 なんでここに『攻略対象』のツートップが!?

 あ、そうだ。王子にはセルシュ様がクルーディスの側にいたら必ず会うだろうって言ってたっけ。クルーディスもセルシュ様も面識あるんだし、そら挨拶もするか。

 でもタランテラスがいたのは予想外だった。
 この人確か隣の国の王子様だった筈。外国の王子様なんて一生会わないと思っていたのに、こんなところで会う事になるとは思わなかった。


 この人は王子と同じで『アイラヴェント』への影響が無い。タランテラスルートでは『もう一人の悪役令嬢』が活躍する予定のはずだ。
 そうは思ったけど、相手が『攻略対象』だと思うとやっぱり少し怖かった。
 俺は小さく深呼吸をして自分を落ち着かせた。


 クルーディスが二人に俺達を紹介すると、タランテラスは俺達の手を取りその甲にキスを落とした。その仕草は優雅でいかにもな王子様だ。そつがなくてすげぇ。
 俺は令嬢としてこういう事をされた事がない……と思ったけど、一度クルーディスにされた事あった事を思い出す。あの時はそういうのが初めてで、女の子扱いされたみたいで本当にどきどきしたけど、今は別にどきどきはしなかった。慣れたのかな?

 何故か王子のルルーシェイドは憮然としたまま挨拶をしている。態度としてはあまりよくないけど、俺はゲームのキラキラ王子よりこの方が好感持てる気がする。だってさ、キラキラは苦手なんだもん。


「妹とこちらのご令嬢は普段は会う機会のない王子様達に拝謁しましてとても緊張しているようです。かくいう私もとても緊張してしまいこれ以上お話出来そうにありません。申し訳ありませんがこの辺で私どもは失礼させていただきたく存じます」
 クルーディスは二人から早く離れたいからか凄く胡散臭い事を言って、その場を俺達を連れて立ち去った。
 なんだよその『とても緊張してしまいこれ以上お話出来そうにありません。』って!
 誰もそんな言葉信じてないのに何でか話が通っちゃった……。勢いって凄い。

 あのさ、どの辺が緊張したのか全くわからないんだけど?緊張した人はそんなに流暢に話さないからね。流石にセルシュ様もそんなクルーディスに呆れていた。
 ヤバい。後から段々笑いがこみ上げてくる。クルーディス面白すぎだから!
 今は笑っちゃいけない。せめて人がいないところまで我慢!


 衝撃の対面の後、俺達は休憩をする事になった。
 セルシュ様は誰かの仕事部屋に俺達を通してくれた。

 ……もういいよな?怒られないよな?俺、もう堪え切れない……!
「あーっ、もうダメっ!もう無理!我慢出来ない!」
 俺達だけになった部屋で俺はやっと堪えていた笑いを爆発させた。


「なんだよあれっ…緊張とかってっ、どの口がっ…!」


 あーもうクルーディスってば酷すぎだよっ!
 我慢していた分本当に笑いが止まらない!もう本当にお腹痛い位おかしくて。きっとアイラヴェントになってからこんなに笑ったのは初めてだ。
 そんな俺につられて二人も笑いだした。


「……レイラに言い付ける」
 俺達が笑っている中、むっとしていたクルーディスが急にとんでもない事を言い放った!
 はっとして俺は口を押さえたけど遅かった。クルーディスの顔は怖いまま笑っていた。
「ちょっと……あの、クルーディスさん?」
「令嬢にあるまじき笑い方だったよね。レイラが知ったら何て言うんだろうね」
 ちょっ、ちょっとクルーディス!待って待って!それだけは!
「なっ、なぁ!悪かったってば!ほんとごめん!謝るから見逃して!」
「えー?どーしょっかなー」
「おーねーがーいーしーまーすー!クルーディスさまー!レイラにだけはっ!」
 こんな爆弾投下されたらレイラがどうなっちゃうのか……想像しただけでも身体が震えてしまう。
 俺はもうひたすら謝り倒す事しか出来なかった。

「仕方がないから今回は見逃してあげるよ」
「ほんと!?ありがとう助かる!クルーディスのそーゆーとこ大好き!」
「ありがとうアイラ。僕も大好きだよ」
 普段の笑顔に戻ったクルーディスに俺はホッと胸を撫で下ろした。これでレイラにはバレないし怒られない!嬉しくなってクルーディスの手を掴みお礼を言った。
 これからはクルーディスを怒らせない様にしないと。まわりまわって最後にはレイラに怒られる羽目になりそうだもんな。気を付けようっと。


「お兄様とアイラヴェント様は好きあっているのですか?」
 リーンフェルト様はどうしてもコイバナにしたいのか俺達にそんな事を言うけれど。うーん……。
「友達だし?」
「うん。友達だね」
 ごめんねリーンフェルト様。期待に応えられなくて。



 なんて事を思っていたらリーンフェルト様にさっきの事をバラされてしまった!しまった、油断してた!



「本当に素敵でしたの。わたし達を攻めていた方々がもう何も言えなくなってしまったんですよ!同い年なのにお姉様とお呼びしたい位凛々しくて輝いていたんです!見せてあげたかったですわ!」
 バレちゃった……ヤバい。怒られちゃうかな。すっごく気まずい。俺はその盛り上がっている話から逃げたくてお茶を飲んだ。
 リーンフェルト様の熱いお話がずっと続いているけど、俺はもうこの体勢を変えられない。何だか変な褒められ方がとても居たたまれない。
 お茶なんてとっくになくなっているけれど俺はずっとお茶を飲んでる振りをしていた。


「まぁお嬢ならそれ位やりそうか」
 ポツリと呟いたセルシュ様の言葉にうっと喉が詰まりそうになった。
「怖いのが素敵って…そりゃあまずいよな?お嬢」
「セ、セルシュさま……?」
 はっとして俺がセルシュ様の顔を見ると腹が立つ位楽しそうに笑っている。
 うわっ!何か企んでる顔だし!セルシュ様はここぞとばかり俺をからかいだして楽しそうにしている。
「俺口軽いからなぁ。お嬢ん家言った時ぽろっとこの話しちゃうかもなぁ」
「セルシュ様、ほんと頼むからこの話は内密に……!」
「えー?俺はクルーディスと違って優しくないからなー」
 俺はそれに比例してレイラにばらされないように必死に拝み倒す。だけど駆け引きが得意なセルシュ様には敵わない。うー悔しい!
 とことんまで追い詰められた俺は仕方がないので切り札を出す事にした。
 絶対にクルーディスには言わないでと言われている俺への謝罪の件、ここで言っちゃおっかなぁ。
「それじゃあわたしもあの事を……」
 すると今度はセルシュ様が慌て出した。
「うわっ!ストップ!わかったっ!」
「セルシュ様と立場が逆転しましたね」
 俺はセルシュ様が凄いイヤそうな顔をしてるのを見て溜飲を下げた。
 俺だってたまには勝ちたいんだよセルシュ様。よかった。これでもうレイラに報告をされる事はないだろう。
 悔しがるセルシュ様と俺を見てリーンフェルト様はまだくすくすと笑っている。でもね、俺にとっては笑い事じゃ済まないんだ。


 ふと気付くとクルーディスは何かとても苦しそうな顔をして視線を落としていた。どうしたんだろう。
「クルーディス?」
 心配になり声をかけてもクルーディスはそれに気付かず何か考えているようだった。俺はクルーディスの側に行き顔を覗きこんでもう一度声をかけた。
「どしたの?クルーディス、大丈夫?具合でも悪いの?」
「え?あ、うん。大丈夫だよ」
 やっと俺の声に気が付いたクルーディスは心配掛けない様にと笑顔を作ったけれど、その笑顔は作り物の様で何を考えているのかわからなかった。形ばかりのその感情のない笑顔は俺は見たことがなくて少し辛くなる。
 何だかそれが俺を拒絶している様で悲しかった。

「……ふぅん。ならいいけど」
 何か言いたかったのに、そんな言葉しか出てこなかった。




 少し疲れを取った俺達が部屋を出るとそこにクルーディスとセルシュ様のお父様がいた。
 お二人ともそれぞれ雰囲気が似ている。大人になったらこんな感じになるのかもしれない。
 クルーディスの父親らしい人に俺はちらりと視線を投げられた。俺はそれに小さくお辞儀をして笑顔で返したがその視線は何だか少し怖かった。
 きっと知らないやつがクルーディスと一緒にいるから父親として俺を見定めているのだろう。俺は令嬢らしく微笑んだつもりだけどこの人にはどう映っているのだろうか。
 その人の視線は俺の奥まで見透かしている様で怖い。でもクルーディスの父親だと思うと何だかそれもクルーディスに似ている気がして少し気持ちが落ち着いた。

「クルーディス、こちらの愛らしいご令嬢は?」
「初めて見る顔だな」
 クルーディスはそれを受けて俺の事を二人に紹介した。レイラに教わった通りに最上級の挨拶をしたけれど……おかしくなかったかな。心の中ではらはらしながら受け答えをした。お二人は俺の心配をよそに笑顔で返してくれた。大丈夫だったかな。

 クルーディスのお父様はただ優しいだけでなく心の奥ではもっと何か芯のある強さを持っている感じだ。セルシュ様のお父様は見た目はとても強そうだけどそれ以上にとても優しい人なんだろうな。
 なんて事を思っていたらリーンフェルト様が俺の事を褒めだした。もうそれ恥ずかしいから止めて欲しいんだけど……。


 パーティー会場に戻る途中、俺が『お父様に似てるね』とクルーディスに言ったら不思議そうな顔をした。
 本質がとても似ているのにクルーディスは全く気付いてないんだな。そういうところは抜けてるよね。
 でもそういうところがクルーディスらしくて俺は好きだった。そんな事を言うとクルーディスはにっこりと笑って俺の髪を撫でてくれる。

 やっといつものクルーディスに戻って俺はほっとした。そう言ったらクルーディスは更に機嫌が良くなったのか俺の手を取り優しくエスコートしてくれる。
 普段はちょっと格好良くて時々ちょっと抜けてる可愛らしいクルーディスの側に今俺がいられる事がとても嬉しかった。
 なんて、そんな事恥ずかしいから言えないけど。





 会場に戻って何をするかという話になり、俺はお肉が食べたいと言ってみた。
 令嬢なのにこんな発言はどうかと思ったけど、さっき見たあの美味しそうなお肉達を俺はどうしても食べたかった。今の俺にはどんな宝石よりも輝いて見えたんだもん。


 セルシュ様にあれも旨いこれも旨いと薦められるままお皿に盛り付けてもらうと、それなりのお肉の山が出来た。
「こんなに食べられますか?」
 心配そうに言うリーンフェルト様に俺はただにっこりと笑った。
 食べますよ勿論!だって激ウマなんでしょう?
 この山は令嬢らしくはなかったけど、口に運ぶ仕草は令嬢らしく優雅にしたらレイラにも怒られないかな?なんて事を思いながらそれを口に運ぶ。
 おっ……美味しーいっ!本当に美味しいっ!
 なんだこれ!マジか!本当に美味しいよっ!セルシュ様ありがとう!!今なら素直にセルシュ様を拝める!はぁぁ幸せー。
 本当はかぶりつきたいけどそれは我慢。誰が見てるかわからないからね。そこはご令嬢らしく慎ましやかに口に運ぶ事は忘れなかった……はず。
「美味しいですね、アイラヴェント様」
「ええ、本当に」
 リーンフェルト様のその言葉に俺は頷きながら味わっていた。
 セルシュ様にお礼を言わなきゃ!

 俺が顔をあげると少し離れたところでセルシュ様はクルーディスとくっついて一緒にお肉を食べていた。
 二人は何か話していたがセルシュ様は自分の持っていたお肉をクルーディスに食べさせている。それをクルーディスは当たり前の様に受けていた。


 俺はそれを見て、もやっとした気持ちになった。


 二人は仲がいいからあんなの別に普通なんだよな。
 そうは思うけど、何だか俺の知ってるクルーディスじゃない気がして少し悲しくなる。
 俺だってああしてクルーディスの側にいたい。別に俺達は友達だし、出来ない事じゃないんだろうけど。それでもセルシュ様みたいにいつもクルーディスの側にいてクルーディスと対等にいられる存在が羨ましいと思った。
 俺は女の子だから対等にとは無理かも知れないけれど、少しでもそれに近いものになりたかった。


 セルシュ様とクルーディスはお互いに特別な存在である事はわかる。俺の知らないずっと前からそうだったのだろう。でも俺もあんな風に内側に入っても許される存在になりたいと思った。


 本当に俺は最近クルーディスの事ばっかり考えているみたいだ。この気持ちは何だろう。



 さっきまでクルーディスと一緒に話をしてとても楽しくて幸せだったのに、今はとても苦しくて辛い。同じクルーディスなのに状況が違うだけでこんなにも色んな感情が溢れてくる。


 クルーディスを見ながら何故か涙が出そうになった。






◆ ◆ ◆

読んでいただきましてありがとうございます。
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