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64・ご令嬢(アイラヴェント視点4)
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王家の方々の挨拶からパーティーは始まった。
檀上にいる方々の中にはあのゲームの『攻略対象』の王子がいた。遠目でよく見えないけど利発そうな少年だった。
ゲームに出てくるあの王子はとてもキラキラしていて砂を吐きそうだったけど、こっちの王子はクルーディスやセルシュ様に散々言われてたっけ。俺的にはキラキラ王子より、二人から聞いた王子の方が親しみやすそうでいいと思うんだけどな。
まぁ王子様なんて雲の上の人だし、普通ならゲームみたいにすぐ会えたりはしないだろう。王子にとっての俺は『悪役令嬢』にはならなかった筈だし、気にする事もないか。
同世代のご子息やご令嬢の人の山を掻き分けてお兄様が自分の師匠の元に向かっている。
この中から彼らを見つけるのは至難の技なのでは……そう思ったけど、お兄様は食べ物のある場所にお二人はいるはずだと確信を持って探してる。本当に大丈夫?
俺は令嬢としてお兄様についていくしか出来ないので、きらびやかな食べ物を横目にお兄様を追いかける。俺達ははずらりとバイキング形式で並んでいる美味しそうな食べ物に添って歩いていた。
うわぁ!あの肉料理美味しそう!あ、あれも初めて見る。こっちは香りが凄く食欲をそそるー。
はっ!ヤバい!
レイラに食事の仕方は特に注意されたんだ。令嬢らしく振る舞うためにはがっついたらアウト。何処からレイラに話がいくかわからないから変な事は絶対出来ない!うー、悔しいけど我慢!
俺は食欲と戦いながらお兄様の後ろを食べ物から目を逸らす様にして歩いていた。
「ほら、アイラ。あそこにいらっしゃったよ」
お兄様が指差す先にクルーディスとセルシュ様がいた。本当に食べ物の側にいた。お兄様の勘は凄かった。
二人とも今日は正装で、遠目に見ても格好良さが倍増していた。俺はクルーディスに会えた嬉しさと、いつもより凛々しい貴族らしいその姿にちょっとドキドキしてしまった。
何でドキドキするんだろう?きっとそんなビシッとしたクルーディスなんて見慣れないからびっくりしちゃったのかもしれない。
でも暫く見てると当のクルーディスはセルシュ様に渡されたお皿のお肉を見て微妙な顔になっていた。そんなところはなんかちぐはぐで可愛いな。格好いいのにとても可愛らしい。いつものクルーディスがそこにいて俺は少しホッとした。
いつも俺に可愛いと言ってくれるけど、俺からしたらクルーディスの方がよっぽど可愛い人なんだけどね。
あれ?
周りを見てはたと気付いた。
実は二人とも結構周りの令嬢から熱い視線送られてる?
ご令嬢の視線が熱すぎてなんだか空気迄熱を帯びていそう。
まぁこれだけ極上な見た目のご子息様が二人もいるからなぁ。注目も浴びるか。
二人はそれに慣れているのか気にしていないのか全く動じていない。きっとそれがまた令嬢達に喜ばれているんだろうな。
二人の凄さを改めて思い知った気がする。
……でもさぁ、俺が今からあそこに行くのってどうなんだろう?
レイラの言葉を思い出して躊躇してしまう。
何だか生贄の気分なんだけど……。
俺これ結構ヤバくね?
「ほら、アイラ行こう!」
「あっ、ちょっ……!」
お兄様は俺のそんな気持ちに気付きもしないで俺を連れて二人に声をかけた。お兄様に気付いたクルーディスはこっちを見て何だか嬉しそうな顔をする。
それを見て何だか俺も嬉しくなってしまってつられて笑顔になってしまった。
クルーディスはお兄様と挨拶をするとその肉山の皿を渡してほっとした顔をしていた。
あ、いつものクルーディスだ。相変わらずちゃっかりしてるよ。
ん?
俺はその時周りの空気が変わった事に気付いた。二人への視線が俺に移り、それが突き刺さる様なものに変わっていく様に感じた。
うわぁ。やっぱり!
俺睨まれてるじゃん……。
何だかとても痛い……。気持ち的に痛い。見えない痛みで挫けそう。
そりゃこの極上の二人と話をするんだから仕方がないんだけどさ。皆もこの二人と話がしたいと思っているんだろうし。
女の子達の視線が痛くて怖いけど、これは甘んじて受けるしかないんだよなぁ。
でも女の子の睨みって結構怖い。視線だけでへこたれてしまいそうだよ。
いやいや、挫けちゃいけないよ。俺だって辛うじて貴族のご令嬢なんだから。
その視線に負けない様に、レイラが言っていた事を思い出して俺は二人に令嬢らしく挨拶をした。
「ごきげんようクルーディス様。お久しぶりにございます」
どうだろ……?ちゃんと出来てるかな。
「久しぶりアイラ。今日はとてもおしとやかだね」
おおっ!『おしとやか』なんてご令嬢っぽくない?これ褒めてもらえてるよね!?
「頑張っただけあってちゃんと可愛いご令嬢だよ。ドレスも髪型も似合ってる」
「ありがとうございます。クルーディス様」
よっしゃ!
最後にちゃんと褒めてもらえて素直に嬉しかった。このまま最後まで頑張れそうだ。レイラのお陰だよ!ありがとう!
「アイラ、『外』だけど平気なの?」
クルーディスに突然言われた言葉に一瞬身体が固まってしまった。
何で知ってるの……?
ちらっとクルーディスを見るととても心配そうに俺の事を見ていた。
記憶にないけど、もしかしたら何かの拍子にぽろっと言ってしまったのかもしれない。でもそんなの覚えてないよ。
俺だっていつ話したのかなんて覚えていない位なのに、そんな流してもいい話でもちゃんと覚えていてくれたんだ。
その優しさが嬉しかった。
そう思いながらも『外』という言葉に反応してしまう自分の弱さに情けなさも感じてしまう。
「ごっ、ごめん!」
「ん……馬車で来たし。クルーディスもいるから…平気だよ」
多分俺がぎこちない態度だったからクルーディスに気を使わせてしまった。心配掛けちゃいけない。もう今は建物の中なんだし平気なんだ。大丈夫、俺はちゃんとここにいる。
するとクルーディスは困った様な、申し訳なさそうな顔になった。
「本当にごめん……あのさ、無理はしないでね」
心配してくれて、気を使ってもらっている事に逆にとても申し訳ない気持ちになった。
俺の事をいつも気にして心配してくれるクルーディスには迷惑を掛けたくないのに。これは俺の中の問題なんだから。
「…心配してくれてありがと」
俺は頑張ってクルーディスに笑顔を向けた。だけどクルーディスは余計に心配そうな顔になってしまった。俺の笑顔は笑顔になっていなかったのかもしれない。
心配かけてごめん。気を使わせてごめん。いつか克服出来る様にするから。俺はもっと強くならなきゃいけないよ。
「うおっ!お嬢が何かご令嬢みてー!」
少ししんみりした空気の中、セルシュ様が俺を見て異様に驚いた。それに俺まで驚いてしまった。
「あっ、セルシュ様。ごきげんよう」
「うわー、何かすげー。お嬢から『ごきげんよう』なんて初めて聞いたわ」
「…ちょっと、何か失礼ですよセルシュ様。わたしだって一応伯爵家の娘ですからね。貴族のご令嬢としてやるときゃやるんですから」
クルーディスは褒めてくれたのに!何でセルシュ様は驚くかなぁ。しかも思いっきり笑われてしまった。
何か解せない。俺、頑張ってないか?絶対セルシュ様の査定は厳しいと思う。
かと言って文句を言いたくてもこんな公の場で騒ぐのはご令嬢としてマズいし……うー、悔しい!
でもさっきの変な空気が無くなってホッとしたのも事実だった。
セルシュ様は今ではこんなに気さくだけど最初は凄く怖かった。
クルーディスの事を凄く大事に思っているからそれ以外の人にはとても厳しいのかと思っていたけど、この人は色々気遣いが凄い。
クルーディスには勿論、お兄様やあのキラキラ王子、モーリタス達にも慕われている。そう考えると本当に凄い人なんだなって思う。
クルーディスは何故か俺とセルシュ様の掛け合いを見てにこにことしていた。なんか保護者みたいだな。
ふと気が付くと、周りの令嬢からの刺さる様な視線を感じなくなっていた。
いつのまにかさりげなく二人は俺をその視線から隠す様に立っていた。全く気付かなかったよ。やっぱりこの二人は凄い。
「アイラ、紹介するよ」
そう言ってクルーディスは妹さんを紹介してくれた。流石クルーディスの妹だけあって愛らしい美人さんだ。だけどこの子は何故か少し落ち着かない様子だった。どうしたんだろう?
「あの、アイラヴェント様はお兄様やセルシュ様とはどういうお知り合いなのですか?」
ああ、そうか。この子は俺が二人と普通に話しているから気になっているのか。
どっちの事を思ってこの子が心配しているのかわからないので俺は当たり障りなく答えて終わりにしようと思ったのに……。
「いやいやアイラ。お前はなんだったら私よりお二人と仲がいいじゃないか」
相変わらず安定の空気を読まないお兄様の発言で台無しだ。
……頼むよお兄様。流石にそれにはクルーディス達もため息を吐いていた。
その言葉に余計に不安になったリーンフェルト様は俺に詰め寄ってきた。
わーん。こういう時どうしたらいいんだよっ!
綺麗に話を流す様な高等テクは教えてもらってないよ!
俺がわたわたしているとクルーディスは妹を窘めた。リーンフェルト様はしゅんとなってすぐに俺に謝ってくれた。
きっとこの子は素直ないい子なんだろうな。
ご令嬢って勝手に怖いと思っていたんだ。それはきっとゲームの中のご令嬢達がいかにもな意地悪な子ばかりだったから。
考えを改めなきゃな、とリーンフェルト様にバレない様にこっそりと反省した。
その後彼女は嬉しそうに俺を連れてその場を離れた。
あー、あのお肉食べたかったな。
でも令嬢である俺にそんな事言える訳もなく……。
リーンフェルト様に連れていかれるままデザートの元に移動した。
デザートはキラキラしていてとても美味しそうだった。女の子が好みそうな小さい可愛らしいお菓子達を前にリーンフェルト様もうきうきしている。
この子はクルーディスの妹だけあってやっぱり目鼻立ちが似ていて可愛らしいな。金のさらさらした髪にこの愛らしい顔立ちがとても映えている。クルーディスも女の子だったらとても愛らしい可愛い令嬢なんだろうな。
……想像したら似合い過ぎてちょっとおかしかった。クルーディスには内緒にしておこう。
「アイラヴェント様、先程は本当にごめんなさい」
「いえ、こちらこそリーンフェルト様によろしくない態度でしたので……申し訳ありません」
お互いに謝りあってわだかまりも解けた、よね?こんな可愛い子に嫌われたら悲しいよ。和解出来てよかった。
可愛いデザート達をお皿にもらい二人で色々と話をした。
そう言えば俺には令嬢の知り合いなんて今までいなかった。彼女から女の子らしさを学ぶのも良いかもしれない。
リーンフェルト様は女の子らしくお菓子やお洒落の話をする。俺はそれを見ながら女の子って可愛いなぁ、なんて思っていた。
俺も一応女の子で令嬢なんだからこれ位出来ないといけないんだよな。
クルーディスと一緒にいても納得してもらえる令嬢になりたいな……って。
あれ?最近俺、クルーディスの事ばっかり考えてない?
出会ってからそんなに経ってないけど、気が付くとついクルーディスの事を考えている気がする。
クルーディス大丈夫かなとか、喜んでくれるかなとかそんな事ばっかりだ。前はもう少し他の事も考えていたはずなのに、俺の中の大半はクルーディスに占められている気がする。
なんだか急に恥ずかしくなって顔をあげていられなくなった。
「どうされました?アイラヴェント様、具合でも悪いのですか?」
リーンフェルト様が心配して俺の顔を覗きこむ。なんかそんな仕草もクルーディスに似ているな……ってだから俺!なんでクルーディスばっかりなんだよ!もう、なんだか頭が混乱してきた……。
「いっ、いいえ、お気になさらず。少し思うところがありまして……」
言える訳ない。恥ずかしすぎる!俺はリーンフェルト様に心配を掛けない様に気持ちを隠してそう言った。
「何かありましたか?わたしで良かったらご相談に乗りますわ」
リーンフェルト様は更に心配している顔になって俺の手を握ってきた。ああ、優しいなぁ、この子。こういうところも似てるんだな……って!だからさー。もうなんなんだよ俺!
もうわかったよ。
俺はクルーディスが気になって仕方がない事を認めよう。いつも色々と頼り過ぎなのかもしれないな。だからついクルーディスの事ばっかり考えちゃうんだ。反省しなきゃ。
でもそんな事はこの子にだって言えない。
「ご心配かけて申し訳ありません。大丈夫です」
「でも……」
ああ、俺がうだうだしてるから余計に気を使わせしまっている。本当にごめんなさい。
「では、ご相談に乗っていただきたくなりましたら聞いていただけますか?」
「はい!それはもう!その時はアイラヴェント様のお役にたてるように頑張りますね」
俺の言葉にリーンフェルト様はぱあっと顔を明るくして嬉しそうな顔になり、俺に微笑んでくれた。
彼女は本当に優しいご令嬢だった。
◆ ◆ ◆
読んでいただきましてありがとうございます。
檀上にいる方々の中にはあのゲームの『攻略対象』の王子がいた。遠目でよく見えないけど利発そうな少年だった。
ゲームに出てくるあの王子はとてもキラキラしていて砂を吐きそうだったけど、こっちの王子はクルーディスやセルシュ様に散々言われてたっけ。俺的にはキラキラ王子より、二人から聞いた王子の方が親しみやすそうでいいと思うんだけどな。
まぁ王子様なんて雲の上の人だし、普通ならゲームみたいにすぐ会えたりはしないだろう。王子にとっての俺は『悪役令嬢』にはならなかった筈だし、気にする事もないか。
同世代のご子息やご令嬢の人の山を掻き分けてお兄様が自分の師匠の元に向かっている。
この中から彼らを見つけるのは至難の技なのでは……そう思ったけど、お兄様は食べ物のある場所にお二人はいるはずだと確信を持って探してる。本当に大丈夫?
俺は令嬢としてお兄様についていくしか出来ないので、きらびやかな食べ物を横目にお兄様を追いかける。俺達ははずらりとバイキング形式で並んでいる美味しそうな食べ物に添って歩いていた。
うわぁ!あの肉料理美味しそう!あ、あれも初めて見る。こっちは香りが凄く食欲をそそるー。
はっ!ヤバい!
レイラに食事の仕方は特に注意されたんだ。令嬢らしく振る舞うためにはがっついたらアウト。何処からレイラに話がいくかわからないから変な事は絶対出来ない!うー、悔しいけど我慢!
俺は食欲と戦いながらお兄様の後ろを食べ物から目を逸らす様にして歩いていた。
「ほら、アイラ。あそこにいらっしゃったよ」
お兄様が指差す先にクルーディスとセルシュ様がいた。本当に食べ物の側にいた。お兄様の勘は凄かった。
二人とも今日は正装で、遠目に見ても格好良さが倍増していた。俺はクルーディスに会えた嬉しさと、いつもより凛々しい貴族らしいその姿にちょっとドキドキしてしまった。
何でドキドキするんだろう?きっとそんなビシッとしたクルーディスなんて見慣れないからびっくりしちゃったのかもしれない。
でも暫く見てると当のクルーディスはセルシュ様に渡されたお皿のお肉を見て微妙な顔になっていた。そんなところはなんかちぐはぐで可愛いな。格好いいのにとても可愛らしい。いつものクルーディスがそこにいて俺は少しホッとした。
いつも俺に可愛いと言ってくれるけど、俺からしたらクルーディスの方がよっぽど可愛い人なんだけどね。
あれ?
周りを見てはたと気付いた。
実は二人とも結構周りの令嬢から熱い視線送られてる?
ご令嬢の視線が熱すぎてなんだか空気迄熱を帯びていそう。
まぁこれだけ極上な見た目のご子息様が二人もいるからなぁ。注目も浴びるか。
二人はそれに慣れているのか気にしていないのか全く動じていない。きっとそれがまた令嬢達に喜ばれているんだろうな。
二人の凄さを改めて思い知った気がする。
……でもさぁ、俺が今からあそこに行くのってどうなんだろう?
レイラの言葉を思い出して躊躇してしまう。
何だか生贄の気分なんだけど……。
俺これ結構ヤバくね?
「ほら、アイラ行こう!」
「あっ、ちょっ……!」
お兄様は俺のそんな気持ちに気付きもしないで俺を連れて二人に声をかけた。お兄様に気付いたクルーディスはこっちを見て何だか嬉しそうな顔をする。
それを見て何だか俺も嬉しくなってしまってつられて笑顔になってしまった。
クルーディスはお兄様と挨拶をするとその肉山の皿を渡してほっとした顔をしていた。
あ、いつものクルーディスだ。相変わらずちゃっかりしてるよ。
ん?
俺はその時周りの空気が変わった事に気付いた。二人への視線が俺に移り、それが突き刺さる様なものに変わっていく様に感じた。
うわぁ。やっぱり!
俺睨まれてるじゃん……。
何だかとても痛い……。気持ち的に痛い。見えない痛みで挫けそう。
そりゃこの極上の二人と話をするんだから仕方がないんだけどさ。皆もこの二人と話がしたいと思っているんだろうし。
女の子達の視線が痛くて怖いけど、これは甘んじて受けるしかないんだよなぁ。
でも女の子の睨みって結構怖い。視線だけでへこたれてしまいそうだよ。
いやいや、挫けちゃいけないよ。俺だって辛うじて貴族のご令嬢なんだから。
その視線に負けない様に、レイラが言っていた事を思い出して俺は二人に令嬢らしく挨拶をした。
「ごきげんようクルーディス様。お久しぶりにございます」
どうだろ……?ちゃんと出来てるかな。
「久しぶりアイラ。今日はとてもおしとやかだね」
おおっ!『おしとやか』なんてご令嬢っぽくない?これ褒めてもらえてるよね!?
「頑張っただけあってちゃんと可愛いご令嬢だよ。ドレスも髪型も似合ってる」
「ありがとうございます。クルーディス様」
よっしゃ!
最後にちゃんと褒めてもらえて素直に嬉しかった。このまま最後まで頑張れそうだ。レイラのお陰だよ!ありがとう!
「アイラ、『外』だけど平気なの?」
クルーディスに突然言われた言葉に一瞬身体が固まってしまった。
何で知ってるの……?
ちらっとクルーディスを見るととても心配そうに俺の事を見ていた。
記憶にないけど、もしかしたら何かの拍子にぽろっと言ってしまったのかもしれない。でもそんなの覚えてないよ。
俺だっていつ話したのかなんて覚えていない位なのに、そんな流してもいい話でもちゃんと覚えていてくれたんだ。
その優しさが嬉しかった。
そう思いながらも『外』という言葉に反応してしまう自分の弱さに情けなさも感じてしまう。
「ごっ、ごめん!」
「ん……馬車で来たし。クルーディスもいるから…平気だよ」
多分俺がぎこちない態度だったからクルーディスに気を使わせてしまった。心配掛けちゃいけない。もう今は建物の中なんだし平気なんだ。大丈夫、俺はちゃんとここにいる。
するとクルーディスは困った様な、申し訳なさそうな顔になった。
「本当にごめん……あのさ、無理はしないでね」
心配してくれて、気を使ってもらっている事に逆にとても申し訳ない気持ちになった。
俺の事をいつも気にして心配してくれるクルーディスには迷惑を掛けたくないのに。これは俺の中の問題なんだから。
「…心配してくれてありがと」
俺は頑張ってクルーディスに笑顔を向けた。だけどクルーディスは余計に心配そうな顔になってしまった。俺の笑顔は笑顔になっていなかったのかもしれない。
心配かけてごめん。気を使わせてごめん。いつか克服出来る様にするから。俺はもっと強くならなきゃいけないよ。
「うおっ!お嬢が何かご令嬢みてー!」
少ししんみりした空気の中、セルシュ様が俺を見て異様に驚いた。それに俺まで驚いてしまった。
「あっ、セルシュ様。ごきげんよう」
「うわー、何かすげー。お嬢から『ごきげんよう』なんて初めて聞いたわ」
「…ちょっと、何か失礼ですよセルシュ様。わたしだって一応伯爵家の娘ですからね。貴族のご令嬢としてやるときゃやるんですから」
クルーディスは褒めてくれたのに!何でセルシュ様は驚くかなぁ。しかも思いっきり笑われてしまった。
何か解せない。俺、頑張ってないか?絶対セルシュ様の査定は厳しいと思う。
かと言って文句を言いたくてもこんな公の場で騒ぐのはご令嬢としてマズいし……うー、悔しい!
でもさっきの変な空気が無くなってホッとしたのも事実だった。
セルシュ様は今ではこんなに気さくだけど最初は凄く怖かった。
クルーディスの事を凄く大事に思っているからそれ以外の人にはとても厳しいのかと思っていたけど、この人は色々気遣いが凄い。
クルーディスには勿論、お兄様やあのキラキラ王子、モーリタス達にも慕われている。そう考えると本当に凄い人なんだなって思う。
クルーディスは何故か俺とセルシュ様の掛け合いを見てにこにことしていた。なんか保護者みたいだな。
ふと気が付くと、周りの令嬢からの刺さる様な視線を感じなくなっていた。
いつのまにかさりげなく二人は俺をその視線から隠す様に立っていた。全く気付かなかったよ。やっぱりこの二人は凄い。
「アイラ、紹介するよ」
そう言ってクルーディスは妹さんを紹介してくれた。流石クルーディスの妹だけあって愛らしい美人さんだ。だけどこの子は何故か少し落ち着かない様子だった。どうしたんだろう?
「あの、アイラヴェント様はお兄様やセルシュ様とはどういうお知り合いなのですか?」
ああ、そうか。この子は俺が二人と普通に話しているから気になっているのか。
どっちの事を思ってこの子が心配しているのかわからないので俺は当たり障りなく答えて終わりにしようと思ったのに……。
「いやいやアイラ。お前はなんだったら私よりお二人と仲がいいじゃないか」
相変わらず安定の空気を読まないお兄様の発言で台無しだ。
……頼むよお兄様。流石にそれにはクルーディス達もため息を吐いていた。
その言葉に余計に不安になったリーンフェルト様は俺に詰め寄ってきた。
わーん。こういう時どうしたらいいんだよっ!
綺麗に話を流す様な高等テクは教えてもらってないよ!
俺がわたわたしているとクルーディスは妹を窘めた。リーンフェルト様はしゅんとなってすぐに俺に謝ってくれた。
きっとこの子は素直ないい子なんだろうな。
ご令嬢って勝手に怖いと思っていたんだ。それはきっとゲームの中のご令嬢達がいかにもな意地悪な子ばかりだったから。
考えを改めなきゃな、とリーンフェルト様にバレない様にこっそりと反省した。
その後彼女は嬉しそうに俺を連れてその場を離れた。
あー、あのお肉食べたかったな。
でも令嬢である俺にそんな事言える訳もなく……。
リーンフェルト様に連れていかれるままデザートの元に移動した。
デザートはキラキラしていてとても美味しそうだった。女の子が好みそうな小さい可愛らしいお菓子達を前にリーンフェルト様もうきうきしている。
この子はクルーディスの妹だけあってやっぱり目鼻立ちが似ていて可愛らしいな。金のさらさらした髪にこの愛らしい顔立ちがとても映えている。クルーディスも女の子だったらとても愛らしい可愛い令嬢なんだろうな。
……想像したら似合い過ぎてちょっとおかしかった。クルーディスには内緒にしておこう。
「アイラヴェント様、先程は本当にごめんなさい」
「いえ、こちらこそリーンフェルト様によろしくない態度でしたので……申し訳ありません」
お互いに謝りあってわだかまりも解けた、よね?こんな可愛い子に嫌われたら悲しいよ。和解出来てよかった。
可愛いデザート達をお皿にもらい二人で色々と話をした。
そう言えば俺には令嬢の知り合いなんて今までいなかった。彼女から女の子らしさを学ぶのも良いかもしれない。
リーンフェルト様は女の子らしくお菓子やお洒落の話をする。俺はそれを見ながら女の子って可愛いなぁ、なんて思っていた。
俺も一応女の子で令嬢なんだからこれ位出来ないといけないんだよな。
クルーディスと一緒にいても納得してもらえる令嬢になりたいな……って。
あれ?最近俺、クルーディスの事ばっかり考えてない?
出会ってからそんなに経ってないけど、気が付くとついクルーディスの事を考えている気がする。
クルーディス大丈夫かなとか、喜んでくれるかなとかそんな事ばっかりだ。前はもう少し他の事も考えていたはずなのに、俺の中の大半はクルーディスに占められている気がする。
なんだか急に恥ずかしくなって顔をあげていられなくなった。
「どうされました?アイラヴェント様、具合でも悪いのですか?」
リーンフェルト様が心配して俺の顔を覗きこむ。なんかそんな仕草もクルーディスに似ているな……ってだから俺!なんでクルーディスばっかりなんだよ!もう、なんだか頭が混乱してきた……。
「いっ、いいえ、お気になさらず。少し思うところがありまして……」
言える訳ない。恥ずかしすぎる!俺はリーンフェルト様に心配を掛けない様に気持ちを隠してそう言った。
「何かありましたか?わたしで良かったらご相談に乗りますわ」
リーンフェルト様は更に心配している顔になって俺の手を握ってきた。ああ、優しいなぁ、この子。こういうところも似てるんだな……って!だからさー。もうなんなんだよ俺!
もうわかったよ。
俺はクルーディスが気になって仕方がない事を認めよう。いつも色々と頼り過ぎなのかもしれないな。だからついクルーディスの事ばっかり考えちゃうんだ。反省しなきゃ。
でもそんな事はこの子にだって言えない。
「ご心配かけて申し訳ありません。大丈夫です」
「でも……」
ああ、俺がうだうだしてるから余計に気を使わせしまっている。本当にごめんなさい。
「では、ご相談に乗っていただきたくなりましたら聞いていただけますか?」
「はい!それはもう!その時はアイラヴェント様のお役にたてるように頑張りますね」
俺の言葉にリーンフェルト様はぱあっと顔を明るくして嬉しそうな顔になり、俺に微笑んでくれた。
彼女は本当に優しいご令嬢だった。
◆ ◆ ◆
読んでいただきましてありがとうございます。
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