わたしの可愛い悪役令嬢

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63・記憶(アイラヴェント視点3)

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 王宮主催のパーティーまでの間、クルーディスとセルシュ様が来ない日は俺はレイラのスパルタ教育で礼儀作法を叩き込まれた。
 クルーディス達はこういう事しなくていいんだよな。くっ……!羨ましい!がさつな俺が礼儀作法なんて殆ど拷問なんだけど。


「クルーディス様とこれからも仲良くしたいのであれば最低限の礼儀作法は必要ですからね。ほら、足はもう少し引っ込めてくださいまし」
 お辞儀をひとつとっても頭の角度、指の仕草、ドレスの摘まみ方、見えない足の位置……やる事が盛り沢山過ぎて頭がパンクしそうなのに。レイラはそれを俺に叩き込んでいる。ありがたいよ?ありがたいけどキッツいよ!
 だけどレイラはクルーディスを盾に俺をしごくのを止めてくれない。そりゃ俺だってクルーディスとは仲良くしたいから頑張るけどさぁ。
「それはクルーディスの家が侯爵家だからって事?」
「そうですね。それがまずひとつ」
「えー……?いくつあるの、それ」


 レイラの言葉に思わずげんなりしてしまう。
 仲良くする為にこんなに色んな努力をしなければいけない事もそうだけど、それに付随するものがどれだけあるのやら。やっぱりご令嬢って面倒だ。
「今お嬢様と同世代のご令嬢様方はこぞってクルーディス様やセルシュ様の事を狙っておられるんですよ」
 俺の質問に答えてはくれずレイラは淡々と話を続けた。
「そのご令嬢方にお嬢様が側にいても納得していただける様な貴婦人になるためにというのがひとつ」
 へっ!?ちょっと待て!
「何!?あの二人ってモテるの!?」
「そうでございますよ。侯爵家であらせられる事も勿論ですが、容姿も本当に素晴らしいですもの。お二人とも後数年もしたら更に見目麗しい殿方になられて今よりもっと引く手数多になりますわ。あれでモテない訳がありません」
「へぇ……知らなかった」
 よく考えればクルーディスはあのゲームの『攻略対象』のひとり。やっぱりそれなりに見た目はいいもんな。たまに本当に格好良く見えるなんて悔しくて言えないけど。仲の良いセルシュ様もクルーディスと並んでも引けをとらない位見栄えがいい。
 そうか!見慣れていたから忘れてたけど、あの二人って実は相当スペック高かったんだ。
 あれ?これ二人の近くにいると俺が令嬢達にいじめられたりしちゃう立場になるって事?怖っ!



「最後にもうひとつ」
「うっ……まだあるの?」
「礼儀作法を身につけられましたら、クルーディス様もきっとお喜びになりますわ」
 うっ……!それか!……それ言われたらもう頑張るしかないじゃない。それをわかってて口にするレイラは意地悪だ。
「さぁ、お嬢様。頑張りましょうね」
「……はい」
 にこりと微笑むレイラに俺は頷くしか出来なかった。


 俺はクルーディスに少しでも成長したところを見せてあげられる様に努力した!本当に頑張った!高校受験位頑張った!俺偉い!
 レイラは厳しかったけど、時々褒めてもらえると嬉しくてもっと頑張ろうと思える様になった。

 パーティーでクルーディスは何て言ってくれるかな。少しは令嬢っぽくなったと褒めてもらえたら嬉しいな。





 この時俺は自分の最大の試練を忘れていた。





 そうこうしているうちに王宮主催のパーティーの日がやって来た。





「アイラ……今日は馬車だけど大丈夫かい?」
「……ありがとうお兄様。大丈夫、だと思う……」


 王宮へ行かなければいけない時間が迫っている。目の前にはお兄様と父様母様。横にはレイラ。皆俺の事を心配そうな顔で見ている。
 俺はその中で、自分の中の恐怖と戦っていた。



 俺は普段から『外』へ出るのを極力避けていた。



 高校生だった俺は『死』を知っている。あの時の恐怖や絶望感は今でも俺を苦しめている。車だって交差点だって今は遭遇する事は無いのだけれど、その記憶のせいなのかどうしても『外』には出られなかった。
 高校生だった記憶がまだ無い、ただのアイラヴェントだった時でさえ『外』に行くと『死ぬ』かもしれないという怖さだけは俺の中にあった。出掛けなきゃいけない時には泣いて部屋に逃げていた。
 『俺』の記憶が出てきてからは自分が何で『外』が嫌なのか『死』が怖いのか、理解もしたし納得もした。でもだからって大丈夫って事にはならなかった。
 あの瞬間の恐怖がより鮮明になって更に俺を苦しめる。俺はやっぱり『外』へ出るのは怖いままだった。
 それでも父様や母様が俺を連れて出掛けなきゃいけない時だってある。もうそれを理解できるので、その時は馬車の中で目を閉じて自分を抱き締めて小さくなって『外』を見ない様にしてなんとかやり過ごす事を覚えた。


 小さい頃にレイラがそんな俺に馬車の中では違う事を考えて下さい、と言ってくれた。
「頑張って『外』に出られる事が出来ましたらご自分にご褒美をあげましょう。馬車ではご褒美の事だけお考えになって下さいな」
 そんな事言われても馬車の窓から見える『外』は、恐怖以外の何物でもなくて身体が強張ってしまう。
 レイラが付いてきてくれる時にはいつも俺を抱き締めてくれて色んな話をして気を紛らわせようとしてくれる。それはとても申し訳ないと思う。
 レイラがいない時には、その優しさを思い出しながら心の中でレイラの言ったご褒美の事を考える様にしていた。
 別に何も欲しいものはないのでそれ自体にはあまり効果はないけれど、馬車の中では心の中でただ呪文の様にその言葉を繰り返していた。そうしているとレイラに守られている様な気がして、出掛ける事も何とか耐えられた。レイラの気持ちが嬉しかった。



 だから俺が『外』へ出る時にはいつも周りの人達はとても気を使ってくれる。それはとても申し訳ない事だと思う。
 だから今もお兄様や父様母様やレイラも、皆心配そうに俺の事を見ていた。

「アイラ、無理はしちゃダメだよ。今日は父様は一緒に行く事は出来ないけど、辛い時にはすぐランディに言うんだよ」
「はい、父様」
「アイラ……苦しくなったら我慢はしちゃいけませんよ」
「はい、母様」
 レイラは父様達の後ろで俺の事を心配して黙ってこちらを見つめていた。
「アイラ、そろそろ行こうか」
「……はい」
 お兄様は馬車に乗る時にはいつも手を繋いでくれる。今日もそっと手を繋いでくれた。


 皆の優しさが有り難かった。迷惑を掛けている事が申し訳なかった。
 俺も少しは頑張らないと。
 俺は馬車に乗り、いつもの様に目を閉じた。お兄様の握ってくれている手がとても暖かかった。その暖かさに集中してなんとか辛さを誤魔化した。
 車なんていない。交差点だってない。大丈夫、事故なんて起こらない。俺は死なない、大丈夫。怖いことなんて起こらないんだから。
 頑張ったら自分にご褒美をあげよう。自分を褒めてあげよう。




 そうこうしていると、やっと王宮の前に馬車が止まった。ここはもう王宮の敷地内。
 ここまで来ればもう平気だ。事故なんて起こらない。強張っていた身体が少しだけ弛んだ。



 お兄様とお城の前に立つ。
 大きい……!
 この城の凄さに、俺は圧倒されて動けなかった。
 同じ様に今日参加する子供達はそんな事も気にならないのかスムーズに王宮の中に流れていく。貴族のご子息やご令嬢の自信のある歩き方に素直に感心した。小心者な俺にはそんな勇気ないんだもんよ。


 初めて来た国の象徴でもあるこの城は、とても大きく存在感がある……と言うより威圧感が凄い。
 今からこの中に入るのか。思わずため息が漏れた。
 でも、俺の緊張をよそにお兄様は隣で素直に大きいなぁなんて感想を呟いていた。呑気なのか大物なのか。
 でも今日はそんなお兄様が少しだけ心強く感じた。
 ありがとうお兄様。何か俺も頑張れそうだ。

 今日は一日伯爵家のご令嬢として振る舞わないといけない。
 あんなに努力した礼儀作法も今日の為。レイラも俺の為に色々頑張ってくれた。俺は少しでもそれに応える様に頑張らなきゃいけない。
 クルーディスとずっと仲良くしていられる様に立派なご令嬢にならないと。ちゃんと横に並べる位しっかりしないと。
 クルーディスは俺を見て何て言ってくれるかな。少しは頑張ったと褒めてくれるかな。
 そしたらそれが俺のご褒美になるんだけどな。



 俺は気合いを入れてお兄様と一緒に中に入った。
 レイラが頑張ってくれた分、俺もその気持ちに答えなきゃ。






◆ ◆ ◆

読んでいただきましてありがとうございます。
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