わたしの可愛い悪役令嬢

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57・理由

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「もう止めとけクルーディス」
「セルシュ…」

 わたしの後ろでずっと黙っていたはずのセルシュは、わたしとヒューレットの間に立った。わたしより少し背の高いセルシュ越しにはヒューレットが見えなくなる。


「ヒュー、今のはお前が悪い」
「えっ?セルシュ、なんでっ…!」
「クルーディスが言った通りだろ」
 セルシュが冷たく言い放つと、ヒューレットはセルシュのその冷めた言葉に動揺して言葉に詰まった。

「でっ、でもそれは評議会の……!」
「俺だって自分の友達をバカにされたらムカつくぞ。お前は違うのか?」
「それは……」
「お前は俺の大事な友達をバカにしたんだよ」


 ヒューレットが息を飲む気配がした。どうやらセルシュが彼らに慕われている事は知らなかったらしい。


 きっとヒューレットはセルシュを友達と思っていたけど、自分が見下しているモーリタス達がセルシュの友達だとは思ってなかったって事なのか。
 例えそうだとしても人をあんな風に貶めるなんて失礼極まる。おかしいな、もう少し賢い子だと思っていたんだけどな。冷静沈着何処行った?流石にここまで短慮な子だとは思わなかった。


 そうこうしている間もわたし達の周りには段々とギャラリーが増えてきていて、いつの間にか囲まれていた。もう人の壁でリーンとアイラの姿すら見えない程だった。人の口には壁が無いのでここで色々している事が明日にはきっと父上の元にも届いてしまうんだろうな。後で経緯位は話しておいた方がいいかもしれない。親バカとはいえ、流石にこれは怒られそうだ。

 まずはこの目の前の状況を何とかしなきゃいけないよな。
 これではセルシュにも迷惑が掛かってしまうし、何より自分で引き寄せたとは言え、この注目を浴びてる状況が段々居たたまれなくなってきた。

「何をしている?クルーディス」
「わっ!」
 後ろから急に肩をたたかれて驚いて振り向くと、先程会ったばかりのキラキラした人物が。
「あー……ルルーシェイド王子…」


 また面倒な人が来ちゃったなー…。何でそんなに楽しそうにしてるんだか……。


「何だ?こみ入った話か?」
「いえ、何でもございません。お騒がせして申し訳ございません」
 わたしはこれ以上大事になっても困るので笑顔で頭を下げ王子をやんわりと拒絶した。
 が、何故か王子は更に楽しそうな笑顔になった。
「いやいや面白そうな事になってるではないか。そうだあちらに行ってゆっくり話を聞こうじゃないか」
 何故か王子は楽しそうなまま、有無を言わせずさあさあとこの場所からわたし達を連れ出した。

 おや?気を利かせてくれた?
 流されるまま、後ろから押される様にしてわたし達はその場を後にする事になった。
 王子ありがとう!助かります。


 面倒な人なんて思ってごめんなさい。




 王子は広間から少し離れた一室にわたし達を連れていった。

 今この部屋にはわたしとセルシュ、ヒューレットと王子の四人だけだ。モーリタス達にはこれ以上気分を悪くさせる事もないと思ったので、リーンとアイラの事を見ていてもらうようにお願いした。

「さて、どういう事だ?」

 豪奢な部屋の中心にあった丸いテーブルを王子、わたし、ヒューレット、セルシュと囲む様に座らされた。
 王子のお陰であの場所から移動出来て本当に良かった。これ以上大事にしたくないものね。
 王子はヒューレットに問いかけていたが、ヒューレットは王子の笑顔とは対照的に萎縮しているのか口を開けないでいた。

「私が先程周りから聞いたのは『宰相の息子がクルーディスに失礼な事を言って怒られている』と言う事だったが、相違ないか?」
「あ、それは……」
「確かお前が宰相の息子だったな。どうなんだ」
「……はい。間違いありません」
 ヒューレットは言葉ではそれを認めたが、苦々しい表情で俯いていた。納得はしていないのだろう。

「私が……パーティーリストにあったチェック対象者の事を意見したらクルーディス殿が騒いだのです」
「ほぅ?そうなのか」
 王子は初めて聞いた様な反応をしているけど……わざとらしい表情が隠れきっていない。これは絶対詳細も見て知っているんだろうな。
 しかもヒューレットは『わたしが騒いだ』という事にしたいらしい。わたしが騒いだのは何も知らないあんたがモーリタス達を見下したからなんだけどね。本当に腹立たしい。
「何故お前は意見をしたのだ?」
「あのリストの対象者は評価が悪い者なので……」
 だから別にいいだろうという気持ちが彼の言葉にはこもっていた。

「……ふぅん。今はもうモーリタス達にはそんな評価などついていないのだがな」
 さらりと王子がそう言うとヒューレットは驚いて顔を上げた。
「モーリタス、ダルトナム、ヨーエンの三人はわたしも顔見知りでな。話せば中々しっかりしている。あの評価が間違っていたと気付いてすぐ訂正を入れているはずだがな?」

 ヒューレットは王子の言葉に驚きを隠せなかった。
 自分の名前は知られていないのにモーリタス達の名前は知っていて、その上顔見知りだと言われ、更にあの評価に訂正が入り今はもう対象者ではないという。
 ヒューレットは王子の言葉を受け止めきれない様で、視線を下に落としたその顔は青褪め身体を強張らせていた。
 それを王子は微笑みで咎めている。


 ねぇ王子?わたし達まだ貴方にモーリタス達を会わせた事ないですよね?


 多分セルシュや父上達に色々聞いて裏を取っているからこその発言なんだろうけれど。王子が大好きなセルシュは彼らの『師匠』だしね。
 きっと王子なりに集めた情報を元に、三人を評価してくれているのだろうという事にとても好感が持てる。彼の言った嘘には優しさが感じられる。
 ここにいるのはいつもの調子のいい王子とは違い、きちんとした頼れる王子様だった。



 格好いいじゃないですかルルーシェイド王子!




「お前のした事は我が国の大事な民を貶める行為だな」
 ヒューレットは何も答える事は出来なかったが、その返事を待つ事もなく王子は言葉を続ける。
「お前は宰相の息子らしいが、そうして紙切れに振り回されて人を貶める行為はそのまま親である宰相の評価にも繋がるのだ。我が国には他人を貶める様な人材は必要としていない。お前次第では宰相の立場すら揺らいでしまうぞ」
 ヒューレットはますます俯き、もうその表情もわからない程だ。

「……王子、もうその辺で」
 王子の言葉を止める様にセルシュが声を掛けた。
 王子は素直にその場を引いてセルシュに譲った。
「ヒュー、王子の言った事の意味がわかるか」
 セルシュが王子の代わりに言葉を掛けると、ヒューレットは青ざめたまま無言で小さく頷いた。

「お前はもう少し相手の事を思いやる気持ちを持った方がいい。発言や行動は必ず自分に返ってくるぞ」
「そうだな。先程広間での出来事はこれから風聞としてお前に返ってくるだろうな」
 王子もセルシュの言葉にさらりと同調する。あれはわたしがそうなる様に仕向けましたから。風評被害には風評被害で返しますよ。

「でもそれはっ!私だけでなくクルーディス殿もっ……!」
 ヒューレットはがばっと顔を上げ弁解をしてきた。
「広間での噂にはクルーディスには悪評はなかったな」
 あれ?そうなんだ。あの時ヒューレットが反撃する暇がなかった分、彼への評価だけが一人歩きしちゃったのかもしれない。
 自分がした事だからわたしへの悪評が出てもきちんと受け入れる心積りではいたんだけどね。

「だって彼は私の事を酷い言葉で攻撃を……!」
「ヒュー、何故そうなったか考えろ」
「何故そうして人を巻き込もうとする?お前の問題であろう」
「……っ!」
 言い訳を重ねるヒューレットはセルシュと王子の言葉にぐっと息を飲んだ。

 王子は表情を消し、冷たい視線をヒューレットに向けている。ヒューレットは視線を反らず事も出来ず、抗議をする事も出来ず動けなくなった。
「なぁヒュー。お前さ、前はもう少し人の話を聞いてちゃんと考える事も出来てたじゃないか」
 セルシュは優しくヒューレットに話しかけているが、ヒューレットはセルシュに視線をちらりと向けるとまた俯き黙りこんでしまった。
「何でそうなった?教えてくれよ」
 それでもセルシュは根気よくヒューレットに話しかけていた。暫くするとヒューレットの肩が少し震えている様に見えた。
「……からっ」
「ん?何だ?」
「セルシュがっ!いつもいつもクルーディス殿の事ばっかりだからっ!」


「は?」


 思わずわたしと王子は声を出してしまった。セルシュは驚き過ぎたのか口を開けたまま呆然としている。
「最近は俺が誘ってもいつもクルーディス殿の屋敷に用事があるからと言って断ってばっかりだったじゃないか!俺だってもう少しセルシュと会いたいよ!」
「ヒュ、ヒュー?」

 呆然としたままセルシュはヒューレットに声をかけるが、ヒューレットの告白は止まらない。彼の目には堪えきれずに涙が溢れてくる。今まで溜まっていた思いが全部流れているかの様だった。
「俺がお前の屋敷に行けば来客があるからって一度も入れてもらえないし!……セルシュは俺の事が嫌いなのか!?」


 『俺はこんなに好きなのに』って事ですよね。これ。
 ヒューレットがこんなやさぐれているのはセルシュが冷たいから……って事らしい。わたしにトゲトゲしかったのは、ただのとばっちり!?
 なんだそれ!痴話喧嘩に巻き込むんじゃない!


「ああ、そういえば私がセルシュの屋敷に行った時に何度かあいつが来ていたかもしれんな」


 ちょっと……今そんな爆弾をわたしにそっと耳打ちするの、止めてもらえませんかね?王子。





◆ ◆ ◆

読んでいただきましてありがとうございます。
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