56 / 78
56・風聞
しおりを挟む
「セルシュ!」
人混みの中からセルシュを呼ぶ声がする。
そうか、セルシュはわたしと違って社交的だったっけ。きっとこの会場の中にも知り合いが沢山いるんだろうなぁ、なんて友達の声に反応しているセルシュを見ていた。セルシュはすぐその友達を見つけたのか声のした方に軽く手を挙げた。
「よう、ヒュー!久しぶり」
「こんな所にいたんだな。探してたんだ」
やって来たのは同い年位の少年だ。彼がとても嬉しそうな笑顔をセルシュに向けているのを見て、きっとセルシュは色んな人からこんな風に慕われているんだろうなぁ、と思った。
自分には到底出来ない事をさらりとやっているだろうセルシュにはいつも感心してしまう。
「最近うちにこないじゃないか。忙しいのか?」
「まあな。色々あんだよ」
セルシュはその子と久しぶりに会ったらしく話に華が咲いている。
わたしはお邪魔そう…あ、そうだ。ダルトナムの様子でも見に行ってみようか。リーンと上手く話が出来たのか気になるし。
そんな事を思いながらこっそりその場を離れようと踵を返し……たかったのに!
セルシュは何故かわたしの肩をがっちりと掴んで来た!何で!?
「クルーディス、こいつはヒューレット。ポートラーク宰相様の息子だ」
へ!?なんですと!?
ここでまたゲームの『攻略対象』の一人が出て来るとは……!あのヒューレットがセルシュと知り合いだったとは想像もしてなかった。
こんなにサクサクと『攻略対象』に会うなんて……予想外の展開についていくのが忙しい。
今のヒューレットはまだ眼鏡も掛けてないし、髪型はオールバックに纏めていてそれだけでも何か違う。それより何より元気がありすぎる感じで、ゲームの落ち着いたイメージとは程遠かった。
ここまで雰囲気が違うと別人なんじゃないかと思ってしまうけど、髪の色はベージュの様なクリームの様なゲームのまんまの優しい色だし、やっぱりと言うか何と言うか格好いい下地はある訳で、きっと本人なんだろう。でも、被るのがそれ位なので、その辺ですれ違っても気付けかなかっただろうな。
などとぼんやりと不躾にならない様に彼を見ていたら、ヒューレットから鋭い視線で見られていた事に気が付いた。
わたしが思っていたよりもあからさまにヒューレットを見ていたのかもしれない。それを誤魔化す様にヒューレットに営業スマイルを向けてみた。
「へぇ、貴方がクルーディス殿ですか」
「初めましてヒューレット殿。クルーディス・エウレンです」
気付かない振りをして挨拶はしてみたけれど視線の鋭さは変わらないままだった。しかも、その言葉には少し刺がある様な気が……。
んんっ?もしかして、知らないうちに何かやらかしちゃった?
「貴方のお父上とは何度かお話をさせていただいてます」
「…そうでしたか」
ヒューレットの淡々と話す言葉も刺があるままだ。
うーん、わたしが何かやらかしたなら今ここで文句でも言ってくれたらいいんだけどなぁ。原因もわからないから如何ともし難いよ。
「エウレン侯爵様は切れ者として王宮でも知られておりますが、貴方はあまり社交の場に出ていらっしゃいませんよね。理由でもあるのでしょうか」
やっぱり見下す様な、棘のある視線と言葉のまま。
父上の事を認めてはいる様だけど、わたしに対してはやっぱり余りいい感情が感じられない。
切れ者の侯爵の息子がどんな人物なのか探っている、というか怪しんでるって事?うーん、それならまぁその視線も仕方がないか。父上が社交的なのに息子は滅多に表に出てこないなんて不良物件っぽいもんね。
だからってその対応が正しい訳ではないし、された側は気分も宜しくないんだけどね、ヒューレット君。
「いえ……特に理由がある訳ではありません」
わたしは敢えてにっこりとその話をかわしてみた。どう出るのだろう。
するとヒューレットは少し顔を引き攣らせる。
「セルシュはよく貴方の屋敷に伺っているらしいが、セルシュを見習ってもう少し表に出てみてはどうですか?」
「は?」
『どうですか?』と言われても。
そのセルシュと父上が甘やかしてくれてたもんで今まで引きこもってたんだよ。公認なんだよ。
なんてこっそり心の中で呟いた。
それは兎も角……何でこんなに喧嘩腰なんだろう?何故か会う前からわたしは嫌われているらしい。貴族としてダメ人間だからだろうか。そんな理由なら仕方がない。
アイラにも影響がある訳じゃないし、こういう手合いはほっといた方がいいか。
そんなにわたしの事が嫌いならわたしと会話なんてしなきゃいいのに。
「誰にでも得手不得手がございますから」
「ではクルーディス殿は社交は不得手だと?」
「はい。そうですね」
「そんなはずはなかろう!」
作り笑顔で答えたわたしにヒューレットは急に声を張り上げた。
ちょっと何?
何であんたがそんなにイライラして怒ってんの?わたしあんたに何かした?そんな大きな声を出すから周りの人がこっちに注目してるじゃないか。ああほら、モーリタス達も心配してこちらに来ちゃったし。折角社交のお勉強中だったのに!
「師匠、どうかされましたか」
「何かありましたか?」
「大丈夫ですか?」
モーリタス達は心配そうにわたしのところに戻ってきた。わたしはただこの子にインネンつけられてるだけだから気にしなくてもいいのに。
「何でもないよ」
わたしは彼らをヒューレットに関わらせたくなかったので敢えて笑顔でそう言った。
「クルーディス殿、そちらの方々は?」
「……こちらは友人のモーリタス・チャルシット、ダルトナム・メルリス、ヨーエン・ソニカトラです」
わたしは渋々三人をヒューレットに紹介した。
わたしの事が嫌いなくせに何でそんなに食いついてくるんだか。そんなに刺のある視線を向けたままでは紹介だってしたくないんだけどね。
冷静沈着なクールビューティーってゲーム設定なんて欠片もない、騒いで迷惑を掛けるこの子にいい評価がついている事に疑問が湧いた。
「ほぅ、貴方のご友人はあのチャルシット騎士団長のご子息でしたか……。ご友人もそれなりなんですねぇ」
ヒューレットはわたし達を見ながらくくっと笑っている。
見下した含みのあるその物言いはモーリタス達の事を知っていて、尚且つそれを卑下している様だった。
それを見てわたしはふつふつと怒りがわいてくる。
何にも知らないくせに。
「何だお前っ……!」
「モーリタス」
カチンときたモーリタスが口を開いたが、わたしは彼の発言を小さく彼の前に手を伸ばす事で制した。余計な事を言って、あげ足を取られる様な事は避けたかった。わたしは三人を庇う様にしてヒューレットの前に立つ。
モーリタスの怒りがわたしを少し冷静にしてくれる。彼らもわたしの意図に気付き気持ちを抑えてくれた。
ほら、うちの子達はこんなにいい子なのに。あんたにバカにされる覚えはない。
「ヒューレット殿、少し言葉が過ぎますね」
わたしはあくまでも冷静にヒューレットに抗議の声をあげた。きっと彼は思った事をすぐ口に出すのだろう。
「私は素直に思った事を言ったまでだが?」
見下す様な態度を変えないままでいるヒューレットに段々と苛立ちが募ってきた。
あぁ、そうですか。よくわかったよヒューレット。
「どう思おうと勝手ですが、その態度は初めて会う人に対するものではありませんね」
「そいつらは日頃の素行が悪いからそれなりの扱いをさせてもらってるだけだ」
「会った事もない相手にそんな事を言う権利が貴方にはあるんですか?」
ヒューレットはきっとあのリストを見てそんな判断をしているのだろう。だからわたしが『社交が不得手』なんて言った事にも苛立ったのだろう。
あのリストの影響はどれ程のものなのか……考えると何だか恐ろしくなる。
「世間ではそういう判断なんだから問題ないだろうが」
あーあ、何だよ評議会!この子の方がよっぽど△じゃないの。紙切れ一枚にどんだけ振り回されてんだか。
「では世間で貴方の醜聞が出たら私はそういう判断をさせていただきますがよろしいですか?」
「問題ない。そんな事あるわけないのだからな」
ヒューレットはふふんとせせら笑う。この笑みでわたし達をバカにしているのがわかる。
そうですかそうなのですね。
では今から醜聞を作ってあげましょう。
わたしは大きく息を吸い込んだ。
「ヒューレット・ポートラーク殿!貴方は風聞ですぐ人を判断してしまう器の小さい狭量なお方なのですね!自分で確かめもせず噂だけで勝手に人を見下すとても失礼なその態度!宰相様のご子息ともあろうお方が、そんな頭の悪い浅はかな方だとは思いませんでした!こんな方がご子息では宰相様も大変嘆かれる事でしょうね!」
わたしは周りに敢えて聞こえるようにわざとらしく大きな声でヒューレットに告げた。
さっきのヒューレットの大声で周りに人が集まっていたので余計に注目を集めていた。ほーら、もう周辺はさわさわと君への噂話が始まってますからね。
目には目を。自分で蒔いたその種は自分で何とかしていただきましょう。
「なっ、何だ急に!そんな大声で!」
ヒューレットはわたしの声に驚いて目を見開く。
「これで明日になればヒューレット殿がどんな方なのかこの会場だけでなく、もっと多くの方達が知るでしょう?……勿論貴方のお父上も」
「え?」
「そして、ここにいない宰相様が貴方と同じ様に噂だけで判断を下すお方でしたら……貴方のお立場は明日以降どうなるのでしょうねぇ」
わたしはくすくす笑いながらヒューレットを見据えた。
「ちっ!父上はそんなくだらない噂には惑わされない!」
わたしが何を目的としているのかヒューレットはわかったのか、焦りながらもそれを否定する。
「でもご子息のヒューレット殿は噂に惑わされて風聞だけで他人を貶めているじゃないですか」
「なっ……!」
「ねぇ、ヒューレット殿?何処からそんな下らない話を仕入れたのかは知りませんが、大事な友人を見下されて笑っていられる程僕は強くも優しくもないんですよ」
わたしは笑顔のままヒューレットににじり寄った。
「人の意見を信じるのは構いませんが、それを勝手に総意として関係ない貴方が振りかざすのはおかしいですよね」
「えっ……あ、うっ」
「自分で確かめもしないで何が『世間の評価』ですか。貴方も数日後に素敵な『世間の評価』がいただけるでしょうね。きっと会った事もない人達が貴方の事を貴方と同じ様に見下してくれるでしょう。何も知らない他人が『世間の評価』だからと納得をしてくれますよ」
わたしは畳み掛ける様にヒューレットにそう告げた。ヒューレットは口をパクパクと動かす事しか出来ないらしい。
「なっ……何を」
やっと言葉を絞り出したヒューレットにわたしはにっこりと微笑んだ。
「楽しみですね、貴方に対する『世間の評価』」
「お前……!」
「そういう事なんですよ。貴方の言う『世間の評価』って」
裏を取った上で意見を言うなら兎も角、噂で人を貶めるなんてダメでしょうに!
もしも『そんな噂を聞いたけどどうなんだ?』って質問でもしてくれたら、わたしだって『今はもう改心して頑張ってるので見守って下さいね』位で終わらせられたのに。
ヒューレットはこれ以上言葉が出てこないらしく、唇を噛み締めてこちらを睨み付けている。
わたしは敢えて笑顔を作りヒューレットを威圧した。
モーリタス達はそれを呆然と見ているだけだった。
◆ ◆ ◆
読んでいただきましてありがとうございます。
人混みの中からセルシュを呼ぶ声がする。
そうか、セルシュはわたしと違って社交的だったっけ。きっとこの会場の中にも知り合いが沢山いるんだろうなぁ、なんて友達の声に反応しているセルシュを見ていた。セルシュはすぐその友達を見つけたのか声のした方に軽く手を挙げた。
「よう、ヒュー!久しぶり」
「こんな所にいたんだな。探してたんだ」
やって来たのは同い年位の少年だ。彼がとても嬉しそうな笑顔をセルシュに向けているのを見て、きっとセルシュは色んな人からこんな風に慕われているんだろうなぁ、と思った。
自分には到底出来ない事をさらりとやっているだろうセルシュにはいつも感心してしまう。
「最近うちにこないじゃないか。忙しいのか?」
「まあな。色々あんだよ」
セルシュはその子と久しぶりに会ったらしく話に華が咲いている。
わたしはお邪魔そう…あ、そうだ。ダルトナムの様子でも見に行ってみようか。リーンと上手く話が出来たのか気になるし。
そんな事を思いながらこっそりその場を離れようと踵を返し……たかったのに!
セルシュは何故かわたしの肩をがっちりと掴んで来た!何で!?
「クルーディス、こいつはヒューレット。ポートラーク宰相様の息子だ」
へ!?なんですと!?
ここでまたゲームの『攻略対象』の一人が出て来るとは……!あのヒューレットがセルシュと知り合いだったとは想像もしてなかった。
こんなにサクサクと『攻略対象』に会うなんて……予想外の展開についていくのが忙しい。
今のヒューレットはまだ眼鏡も掛けてないし、髪型はオールバックに纏めていてそれだけでも何か違う。それより何より元気がありすぎる感じで、ゲームの落ち着いたイメージとは程遠かった。
ここまで雰囲気が違うと別人なんじゃないかと思ってしまうけど、髪の色はベージュの様なクリームの様なゲームのまんまの優しい色だし、やっぱりと言うか何と言うか格好いい下地はある訳で、きっと本人なんだろう。でも、被るのがそれ位なので、その辺ですれ違っても気付けかなかっただろうな。
などとぼんやりと不躾にならない様に彼を見ていたら、ヒューレットから鋭い視線で見られていた事に気が付いた。
わたしが思っていたよりもあからさまにヒューレットを見ていたのかもしれない。それを誤魔化す様にヒューレットに営業スマイルを向けてみた。
「へぇ、貴方がクルーディス殿ですか」
「初めましてヒューレット殿。クルーディス・エウレンです」
気付かない振りをして挨拶はしてみたけれど視線の鋭さは変わらないままだった。しかも、その言葉には少し刺がある様な気が……。
んんっ?もしかして、知らないうちに何かやらかしちゃった?
「貴方のお父上とは何度かお話をさせていただいてます」
「…そうでしたか」
ヒューレットの淡々と話す言葉も刺があるままだ。
うーん、わたしが何かやらかしたなら今ここで文句でも言ってくれたらいいんだけどなぁ。原因もわからないから如何ともし難いよ。
「エウレン侯爵様は切れ者として王宮でも知られておりますが、貴方はあまり社交の場に出ていらっしゃいませんよね。理由でもあるのでしょうか」
やっぱり見下す様な、棘のある視線と言葉のまま。
父上の事を認めてはいる様だけど、わたしに対してはやっぱり余りいい感情が感じられない。
切れ者の侯爵の息子がどんな人物なのか探っている、というか怪しんでるって事?うーん、それならまぁその視線も仕方がないか。父上が社交的なのに息子は滅多に表に出てこないなんて不良物件っぽいもんね。
だからってその対応が正しい訳ではないし、された側は気分も宜しくないんだけどね、ヒューレット君。
「いえ……特に理由がある訳ではありません」
わたしは敢えてにっこりとその話をかわしてみた。どう出るのだろう。
するとヒューレットは少し顔を引き攣らせる。
「セルシュはよく貴方の屋敷に伺っているらしいが、セルシュを見習ってもう少し表に出てみてはどうですか?」
「は?」
『どうですか?』と言われても。
そのセルシュと父上が甘やかしてくれてたもんで今まで引きこもってたんだよ。公認なんだよ。
なんてこっそり心の中で呟いた。
それは兎も角……何でこんなに喧嘩腰なんだろう?何故か会う前からわたしは嫌われているらしい。貴族としてダメ人間だからだろうか。そんな理由なら仕方がない。
アイラにも影響がある訳じゃないし、こういう手合いはほっといた方がいいか。
そんなにわたしの事が嫌いならわたしと会話なんてしなきゃいいのに。
「誰にでも得手不得手がございますから」
「ではクルーディス殿は社交は不得手だと?」
「はい。そうですね」
「そんなはずはなかろう!」
作り笑顔で答えたわたしにヒューレットは急に声を張り上げた。
ちょっと何?
何であんたがそんなにイライラして怒ってんの?わたしあんたに何かした?そんな大きな声を出すから周りの人がこっちに注目してるじゃないか。ああほら、モーリタス達も心配してこちらに来ちゃったし。折角社交のお勉強中だったのに!
「師匠、どうかされましたか」
「何かありましたか?」
「大丈夫ですか?」
モーリタス達は心配そうにわたしのところに戻ってきた。わたしはただこの子にインネンつけられてるだけだから気にしなくてもいいのに。
「何でもないよ」
わたしは彼らをヒューレットに関わらせたくなかったので敢えて笑顔でそう言った。
「クルーディス殿、そちらの方々は?」
「……こちらは友人のモーリタス・チャルシット、ダルトナム・メルリス、ヨーエン・ソニカトラです」
わたしは渋々三人をヒューレットに紹介した。
わたしの事が嫌いなくせに何でそんなに食いついてくるんだか。そんなに刺のある視線を向けたままでは紹介だってしたくないんだけどね。
冷静沈着なクールビューティーってゲーム設定なんて欠片もない、騒いで迷惑を掛けるこの子にいい評価がついている事に疑問が湧いた。
「ほぅ、貴方のご友人はあのチャルシット騎士団長のご子息でしたか……。ご友人もそれなりなんですねぇ」
ヒューレットはわたし達を見ながらくくっと笑っている。
見下した含みのあるその物言いはモーリタス達の事を知っていて、尚且つそれを卑下している様だった。
それを見てわたしはふつふつと怒りがわいてくる。
何にも知らないくせに。
「何だお前っ……!」
「モーリタス」
カチンときたモーリタスが口を開いたが、わたしは彼の発言を小さく彼の前に手を伸ばす事で制した。余計な事を言って、あげ足を取られる様な事は避けたかった。わたしは三人を庇う様にしてヒューレットの前に立つ。
モーリタスの怒りがわたしを少し冷静にしてくれる。彼らもわたしの意図に気付き気持ちを抑えてくれた。
ほら、うちの子達はこんなにいい子なのに。あんたにバカにされる覚えはない。
「ヒューレット殿、少し言葉が過ぎますね」
わたしはあくまでも冷静にヒューレットに抗議の声をあげた。きっと彼は思った事をすぐ口に出すのだろう。
「私は素直に思った事を言ったまでだが?」
見下す様な態度を変えないままでいるヒューレットに段々と苛立ちが募ってきた。
あぁ、そうですか。よくわかったよヒューレット。
「どう思おうと勝手ですが、その態度は初めて会う人に対するものではありませんね」
「そいつらは日頃の素行が悪いからそれなりの扱いをさせてもらってるだけだ」
「会った事もない相手にそんな事を言う権利が貴方にはあるんですか?」
ヒューレットはきっとあのリストを見てそんな判断をしているのだろう。だからわたしが『社交が不得手』なんて言った事にも苛立ったのだろう。
あのリストの影響はどれ程のものなのか……考えると何だか恐ろしくなる。
「世間ではそういう判断なんだから問題ないだろうが」
あーあ、何だよ評議会!この子の方がよっぽど△じゃないの。紙切れ一枚にどんだけ振り回されてんだか。
「では世間で貴方の醜聞が出たら私はそういう判断をさせていただきますがよろしいですか?」
「問題ない。そんな事あるわけないのだからな」
ヒューレットはふふんとせせら笑う。この笑みでわたし達をバカにしているのがわかる。
そうですかそうなのですね。
では今から醜聞を作ってあげましょう。
わたしは大きく息を吸い込んだ。
「ヒューレット・ポートラーク殿!貴方は風聞ですぐ人を判断してしまう器の小さい狭量なお方なのですね!自分で確かめもせず噂だけで勝手に人を見下すとても失礼なその態度!宰相様のご子息ともあろうお方が、そんな頭の悪い浅はかな方だとは思いませんでした!こんな方がご子息では宰相様も大変嘆かれる事でしょうね!」
わたしは周りに敢えて聞こえるようにわざとらしく大きな声でヒューレットに告げた。
さっきのヒューレットの大声で周りに人が集まっていたので余計に注目を集めていた。ほーら、もう周辺はさわさわと君への噂話が始まってますからね。
目には目を。自分で蒔いたその種は自分で何とかしていただきましょう。
「なっ、何だ急に!そんな大声で!」
ヒューレットはわたしの声に驚いて目を見開く。
「これで明日になればヒューレット殿がどんな方なのかこの会場だけでなく、もっと多くの方達が知るでしょう?……勿論貴方のお父上も」
「え?」
「そして、ここにいない宰相様が貴方と同じ様に噂だけで判断を下すお方でしたら……貴方のお立場は明日以降どうなるのでしょうねぇ」
わたしはくすくす笑いながらヒューレットを見据えた。
「ちっ!父上はそんなくだらない噂には惑わされない!」
わたしが何を目的としているのかヒューレットはわかったのか、焦りながらもそれを否定する。
「でもご子息のヒューレット殿は噂に惑わされて風聞だけで他人を貶めているじゃないですか」
「なっ……!」
「ねぇ、ヒューレット殿?何処からそんな下らない話を仕入れたのかは知りませんが、大事な友人を見下されて笑っていられる程僕は強くも優しくもないんですよ」
わたしは笑顔のままヒューレットににじり寄った。
「人の意見を信じるのは構いませんが、それを勝手に総意として関係ない貴方が振りかざすのはおかしいですよね」
「えっ……あ、うっ」
「自分で確かめもしないで何が『世間の評価』ですか。貴方も数日後に素敵な『世間の評価』がいただけるでしょうね。きっと会った事もない人達が貴方の事を貴方と同じ様に見下してくれるでしょう。何も知らない他人が『世間の評価』だからと納得をしてくれますよ」
わたしは畳み掛ける様にヒューレットにそう告げた。ヒューレットは口をパクパクと動かす事しか出来ないらしい。
「なっ……何を」
やっと言葉を絞り出したヒューレットにわたしはにっこりと微笑んだ。
「楽しみですね、貴方に対する『世間の評価』」
「お前……!」
「そういう事なんですよ。貴方の言う『世間の評価』って」
裏を取った上で意見を言うなら兎も角、噂で人を貶めるなんてダメでしょうに!
もしも『そんな噂を聞いたけどどうなんだ?』って質問でもしてくれたら、わたしだって『今はもう改心して頑張ってるので見守って下さいね』位で終わらせられたのに。
ヒューレットはこれ以上言葉が出てこないらしく、唇を噛み締めてこちらを睨み付けている。
わたしは敢えて笑顔を作りヒューレットを威圧した。
モーリタス達はそれを呆然と見ているだけだった。
◆ ◆ ◆
読んでいただきましてありがとうございます。
0
お気に入りに追加
709
あなたにおすすめの小説
【完結】伝説の悪役令嬢らしいので本編には出ないことにしました~執着も溺愛も婚約破棄も全部お断りします!~
イトカワジンカイ
恋愛
「目には目をおおおお!歯には歯をおおおお!」
どごおおおぉっ!!
5歳の時、イリア・トリステンは虐められていた少年をかばい、いじめっ子をぶっ飛ばした結果、少年からとある書物を渡され(以下、悪役令嬢テンプレなので略)
ということで、自分は伝説の悪役令嬢であり、攻略対象の王太子と婚約すると断罪→死刑となることを知ったイリアは、「なら本編にでなやきゃいいじゃん!」的思考で、王家と関わらないことを決意する。
…だが何故か突然王家から婚約の決定通知がきてしまい、イリアは侯爵家からとんずらして辺境の魔術師ディボに押しかけて弟子になることにした。
それから12年…チートの魔力を持つイリアはその魔法と、トリステン家に伝わる気功を駆使して診療所を開き、平穏に暮らしていた。そこに王家からの使いが来て「不治の病に倒れた王太子の病気を治せ」との命令が下る。
泣く泣く王都へ戻ることになったイリアと旅に出たのは、幼馴染で兄弟子のカインと、王の使いで来たアイザック、女騎士のミレーヌ、そして以前イリアを助けてくれた騎士のリオ…
旅の途中では色々なトラブルに見舞われるがイリアはそれを拳で解決していく。一方で何故かリオから熱烈な求愛を受けて困惑するイリアだったが、果たしてリオの思惑とは?
更には何故か第一王子から執着され、なぜか溺愛され、さらには婚約破棄まで!?
ジェットコースター人生のイリアは持ち前のチート魔力と前世での知識を用いてこの苦境から立ち直り、自分を断罪した人間に逆襲できるのか?
困難を力でねじ伏せるパワフル悪役令嬢の物語!
※地学の知識を織り交ぜますが若干正確ではなかったりもしますが多めに見てください…
※ゆるゆる設定ですがファンタジーということでご了承ください…
※小説家になろう様でも掲載しております
※イラストは湶リク様に描いていただきました
目が覚めたら夫と子供がいました
青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。
1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。
「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」
「…あなた誰?」
16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。
シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。
そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。
なろう様でも同時掲載しています。
婚約破棄されたら魔法が解けました
かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」
それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。
「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」
あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。
「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」
死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー!
※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です
誰からも愛されない悪役令嬢に転生したので、自由気ままに生きていきたいと思います。
木山楽斗
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢であるエルファリナに転生した私は、彼女のその境遇に対して深い悲しみを覚えていた。
彼女は、家族からも婚約者からも愛されていない。それどころか、その存在を疎まれているのだ。
こんな環境なら歪んでも仕方ない。そう思う程に、彼女の境遇は悲惨だったのである。
だが、彼女のように歪んでしまえば、ゲームと同じように罪を暴かれて牢屋に行くだけだ。
そのため、私は心を強く持つしかなかった。悲惨な結末を迎えないためにも、どんなに不当な扱いをされても、耐え抜くしかなかったのである。
そんな私に、解放される日がやって来た。
それは、ゲームの始まりである魔法学園入学の日だ。
全寮制の学園には、歪な家族は存在しない。
私は、自由を得たのである。
その自由を謳歌しながら、私は思っていた。
悲惨な境遇から必ず抜け出し、自由気ままに生きるのだと。
いじめられ続けた挙げ句、三回も婚約破棄された悪役令嬢は微笑みながら言った「女神の顔も三度まで」と
鳳ナナ
恋愛
伯爵令嬢アムネジアはいじめられていた。
令嬢から。子息から。婚約者の王子から。
それでも彼女はただ微笑を浮かべて、一切の抵抗をしなかった。
そんなある日、三回目の婚約破棄を宣言されたアムネジアは、閉じていた目を見開いて言った。
「――女神の顔も三度まで、という言葉をご存知ですか?」
その言葉を皮切りに、ついにアムネジアは本性を現し、夜会は女達の修羅場と化した。
「ああ、気持ち悪い」
「お黙りなさい! この泥棒猫が!」
「言いましたよね? 助けてやる代わりに、友達料金を払えって」
飛び交う罵倒に乱れ飛ぶワイングラス。
謀略渦巻く宮廷の中で、咲き誇るは一輪の悪の華。
――出てくる令嬢、全員悪人。
※小説家になろう様でも掲載しております。
村娘になった悪役令嬢
枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。
ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。
村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。
※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります)
アルファポリスのみ後日談投稿しております。
ここは乙女ゲームの世界でわたくしは悪役令嬢。卒業式で断罪される予定だけど……何故わたくしがヒロインを待たなきゃいけないの?
ラララキヲ
恋愛
乙女ゲームを始めたヒロイン。その悪役令嬢の立場のわたくし。
学園に入学してからの3年間、ヒロインとわたくしの婚約者の第一王子は愛を育んで卒業式の日にわたくしを断罪する。
でも、ねぇ……?
何故それをわたくしが待たなきゃいけないの?
※細かい描写は一切無いけど一応『R15』指定に。
◇テンプレ乙女ゲームモノ。
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇ご都合展開。矛盾もあるかも。
◇なろうにも上げてます。
深窓の悪役令嬢~死にたくないので仮病を使って逃げ切ります~
白金ひよこ
恋愛
熱で魘された私が夢で見たのは前世の記憶。そこで思い出した。私がトワール侯爵家の令嬢として生まれる前は平凡なOLだったことを。そして気づいた。この世界が乙女ゲームの世界で、私がそのゲームの悪役令嬢であることを!
しかもシンディ・トワールはどのルートであっても死ぬ運命! そんなのあんまりだ! もうこうなったらこのまま病弱になって学校も行けないような深窓の令嬢になるしかない!
物語の全てを放棄し逃げ切ることだけに全力を注いだ、悪役令嬢の全力逃走ストーリー! え? シナリオ? そんなの知ったこっちゃありませんけど?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる