わたしの可愛い悪役令嬢

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56・風聞

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「セルシュ!」

 人混みの中からセルシュを呼ぶ声がする。
 そうか、セルシュはわたしと違って社交的だったっけ。きっとこの会場の中にも知り合いが沢山いるんだろうなぁ、なんて友達の声に反応しているセルシュを見ていた。セルシュはすぐその友達を見つけたのか声のした方に軽く手を挙げた。
「よう、ヒュー!久しぶり」
「こんな所にいたんだな。探してたんだ」
 やって来たのは同い年位の少年だ。彼がとても嬉しそうな笑顔をセルシュに向けているのを見て、きっとセルシュは色んな人からこんな風に慕われているんだろうなぁ、と思った。
 自分には到底出来ない事をさらりとやっているだろうセルシュにはいつも感心してしまう。

「最近うちにこないじゃないか。忙しいのか?」
「まあな。色々あんだよ」
 セルシュはその子と久しぶりに会ったらしく話に華が咲いている。
 わたしはお邪魔そう…あ、そうだ。ダルトナムの様子でも見に行ってみようか。リーンと上手く話が出来たのか気になるし。
 そんな事を思いながらこっそりその場を離れようと踵を返し……たかったのに!
 セルシュは何故かわたしの肩をがっちりと掴んで来た!何で!?


「クルーディス、こいつはヒューレット。ポートラーク宰相様の息子だ」

 へ!?なんですと!?


 ここでまたゲームの『攻略対象』の一人が出て来るとは……!あのヒューレットがセルシュと知り合いだったとは想像もしてなかった。
 こんなにサクサクと『攻略対象』に会うなんて……予想外の展開についていくのが忙しい。

 今のヒューレットはまだ眼鏡も掛けてないし、髪型はオールバックに纏めていてそれだけでも何か違う。それより何より元気がありすぎる感じで、ゲームの落ち着いたイメージとは程遠かった。
 ここまで雰囲気が違うと別人なんじゃないかと思ってしまうけど、髪の色はベージュの様なクリームの様なゲームのまんまの優しい色だし、やっぱりと言うか何と言うか格好いい下地はある訳で、きっと本人なんだろう。でも、被るのがそれ位なので、その辺ですれ違っても気付けかなかっただろうな。

 などとぼんやりと不躾にならない様に彼を見ていたら、ヒューレットから鋭い視線で見られていた事に気が付いた。
 わたしが思っていたよりもあからさまにヒューレットを見ていたのかもしれない。それを誤魔化す様にヒューレットに営業スマイルを向けてみた。
「へぇ、貴方がクルーディス殿ですか」
「初めましてヒューレット殿。クルーディス・エウレンです」
 気付かない振りをして挨拶はしてみたけれど視線の鋭さは変わらないままだった。しかも、その言葉には少し刺がある様な気が……。
 んんっ?もしかして、知らないうちに何かやらかしちゃった?

「貴方のお父上とは何度かお話をさせていただいてます」
「…そうでしたか」
 ヒューレットの淡々と話す言葉も刺があるままだ。
 うーん、わたしが何かやらかしたなら今ここで文句でも言ってくれたらいいんだけどなぁ。原因もわからないから如何ともし難いよ。


「エウレン侯爵様は切れ者として王宮でも知られておりますが、貴方はあまり社交の場に出ていらっしゃいませんよね。理由でもあるのでしょうか」
 やっぱり見下す様な、棘のある視線と言葉のまま。
 父上の事を認めてはいる様だけど、わたしに対してはやっぱり余りいい感情が感じられない。
 切れ者の侯爵の息子がどんな人物なのか探っている、というか怪しんでるって事?うーん、それならまぁその視線も仕方がないか。父上が社交的なのに息子は滅多に表に出てこないなんて不良物件っぽいもんね。
 だからってその対応が正しい訳ではないし、された側は気分も宜しくないんだけどね、ヒューレット君。
「いえ……特に理由がある訳ではありません」
 わたしは敢えてにっこりとその話をかわしてみた。どう出るのだろう。
 するとヒューレットは少し顔を引き攣らせる。
「セルシュはよく貴方の屋敷に伺っているらしいが、セルシュを見習ってもう少し表に出てみてはどうですか?」
「は?」
 『どうですか?』と言われても。
 そのセルシュと父上が甘やかしてくれてたもんで今まで引きこもってたんだよ。公認なんだよ。
 なんてこっそり心の中で呟いた。

 それは兎も角……何でこんなに喧嘩腰なんだろう?何故か会う前からわたしは嫌われているらしい。貴族としてダメ人間だからだろうか。そんな理由なら仕方がない。
 アイラにも影響がある訳じゃないし、こういう手合いはほっといた方がいいか。
 そんなにわたしの事が嫌いならわたしと会話なんてしなきゃいいのに。


「誰にでも得手不得手がございますから」
「ではクルーディス殿は社交は不得手だと?」
「はい。そうですね」
「そんなはずはなかろう!」
 作り笑顔で答えたわたしにヒューレットは急に声を張り上げた。

 ちょっと何?
 何であんたがそんなにイライラして怒ってんの?わたしあんたに何かした?そんな大きな声を出すから周りの人がこっちに注目してるじゃないか。ああほら、モーリタス達も心配してこちらに来ちゃったし。折角社交のお勉強中だったのに!

「師匠、どうかされましたか」
「何かありましたか?」
「大丈夫ですか?」
 モーリタス達は心配そうにわたしのところに戻ってきた。わたしはただこの子にインネンつけられてるだけだから気にしなくてもいいのに。
「何でもないよ」
 わたしは彼らをヒューレットに関わらせたくなかったので敢えて笑顔でそう言った。

「クルーディス殿、そちらの方々は?」
「……こちらは友人のモーリタス・チャルシット、ダルトナム・メルリス、ヨーエン・ソニカトラです」

 わたしは渋々三人をヒューレットに紹介した。
 わたしの事が嫌いなくせに何でそんなに食いついてくるんだか。そんなに刺のある視線を向けたままでは紹介だってしたくないんだけどね。
 冷静沈着なクールビューティーってゲーム設定なんて欠片もない、騒いで迷惑を掛けるこの子にいい評価がついている事に疑問が湧いた。

「ほぅ、貴方のご友人はあのチャルシット騎士団長のご子息でしたか……。ご友人もそれなりなんですねぇ」
 ヒューレットはわたし達を見ながらくくっと笑っている。

 見下した含みのあるその物言いはモーリタス達の事を知っていて、尚且つそれを卑下している様だった。
 それを見てわたしはふつふつと怒りがわいてくる。
 何にも知らないくせに。
「何だお前っ……!」
「モーリタス」

 カチンときたモーリタスが口を開いたが、わたしは彼の発言を小さく彼の前に手を伸ばす事で制した。余計な事を言って、あげ足を取られる様な事は避けたかった。わたしは三人を庇う様にしてヒューレットの前に立つ。

 モーリタスの怒りがわたしを少し冷静にしてくれる。彼らもわたしの意図に気付き気持ちを抑えてくれた。
 ほら、うちの子達はこんなにいい子なのに。あんたにバカにされる覚えはない。

「ヒューレット殿、少し言葉が過ぎますね」
 わたしはあくまでも冷静にヒューレットに抗議の声をあげた。きっと彼は思った事をすぐ口に出すのだろう。
「私は素直に思った事を言ったまでだが?」
 見下す様な態度を変えないままでいるヒューレットに段々と苛立ちが募ってきた。


 あぁ、そうですか。よくわかったよヒューレット。


「どう思おうと勝手ですが、その態度は初めて会う人に対するものではありませんね」
「そいつらは日頃の素行が悪いからそれなりの扱いをさせてもらってるだけだ」
「会った事もない相手にそんな事を言う権利が貴方にはあるんですか?」

 ヒューレットはきっとあのリストを見てそんな判断をしているのだろう。だからわたしが『社交が不得手』なんて言った事にも苛立ったのだろう。
 あのリストの影響はどれ程のものなのか……考えると何だか恐ろしくなる。


「世間ではそういう判断なんだから問題ないだろうが」


 あーあ、何だよ評議会!この子の方がよっぽど△じゃないの。紙切れ一枚にどんだけ振り回されてんだか。



「では世間で貴方の醜聞が出たら私はそういう判断をさせていただきますがよろしいですか?」
「問題ない。そんな事あるわけないのだからな」
 ヒューレットはふふんとせせら笑う。この笑みでわたし達をバカにしているのがわかる。


 そうですかそうなのですね。
 では今から醜聞を作ってあげましょう。


 わたしは大きく息を吸い込んだ。


「ヒューレット・ポートラーク殿!貴方は風聞ですぐ人を判断してしまう器の小さい狭量なお方なのですね!自分で確かめもせず噂だけで勝手に人を見下すとても失礼なその態度!宰相様のご子息ともあろうお方が、そんな頭の悪い浅はかな方だとは思いませんでした!こんな方がご子息では宰相様も大変嘆かれる事でしょうね!」

 わたしは周りに敢えて聞こえるようにわざとらしく大きな声でヒューレットに告げた。

 さっきのヒューレットの大声で周りに人が集まっていたので余計に注目を集めていた。ほーら、もう周辺はさわさわと君への噂話が始まってますからね。
 目には目を。自分で蒔いたその種は自分で何とかしていただきましょう。




「なっ、何だ急に!そんな大声で!」
 ヒューレットはわたしの声に驚いて目を見開く。
「これで明日になればヒューレット殿がどんな方なのかこの会場だけでなく、もっと多くの方達が知るでしょう?……勿論貴方のお父上も」

「え?」

「そして、ここにいない宰相様が貴方と同じ様に噂だけで判断を下すお方でしたら……貴方のお立場は明日以降どうなるのでしょうねぇ」
 わたしはくすくす笑いながらヒューレットを見据えた。
「ちっ!父上はそんなくだらない噂には惑わされない!」

 わたしが何を目的としているのかヒューレットはわかったのか、焦りながらもそれを否定する。
「でもご子息のヒューレット殿は噂に惑わされて風聞だけで他人を貶めているじゃないですか」
「なっ……!」
「ねぇ、ヒューレット殿?何処からそんな下らない話を仕入れたのかは知りませんが、大事な友人を見下されて笑っていられる程僕は強くも優しくもないんですよ」
 わたしは笑顔のままヒューレットににじり寄った。
「人の意見を信じるのは構いませんが、それを勝手に総意として関係ない貴方が振りかざすのはおかしいですよね」
「えっ……あ、うっ」
「自分で確かめもしないで何が『世間の評価』ですか。貴方も数日後に素敵な『世間の評価』がいただけるでしょうね。きっと会った事もない人達が貴方の事を貴方と同じ様に見下してくれるでしょう。何も知らない他人が『世間の評価』だからと納得をしてくれますよ」
 わたしは畳み掛ける様にヒューレットにそう告げた。ヒューレットは口をパクパクと動かす事しか出来ないらしい。

「なっ……何を」
 やっと言葉を絞り出したヒューレットにわたしはにっこりと微笑んだ。
「楽しみですね、貴方に対する『世間の評価』」
「お前……!」
「そういう事なんですよ。貴方の言う『世間の評価』って」



 裏を取った上で意見を言うなら兎も角、噂で人を貶めるなんてダメでしょうに!
 もしも『そんな噂を聞いたけどどうなんだ?』って質問でもしてくれたら、わたしだって『今はもう改心して頑張ってるので見守って下さいね』位で終わらせられたのに。


 ヒューレットはこれ以上言葉が出てこないらしく、唇を噛み締めてこちらを睨み付けている。
 わたしは敢えて笑顔を作りヒューレットを威圧した。



 モーリタス達はそれを呆然と見ているだけだった。






◆ ◆ ◆

読んでいただきましてありがとうございます。
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