わたしの可愛い悪役令嬢

くん

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52・矛盾

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 アイラは首を傾げてわたしを見た。わたしもアイラに似たような仕草をしてしまう。
「友達だし?」
 アイラはさらりとリーンに答えた。


 リーンの言う意味が色恋の意味だとはわかるけど、それに関してはわたしもアイラも、お互いにそこまでの感情ではないと思う。
 アイラの中身は今はがっつり男の子だし、外身だけだけど同じ男の子の『クルーディス』の事は気心が知れた友達って認識の方がしっくりきてるんじゃないかな。
 わたしも今のところアイラに対してはまだそういう感じではない……んだと思うんだけど実はよくわからない。元々恋愛経験なんて皆無だったからその手の事はとんと疎いんだもん。
 たまに男の子の感情でアイラの事を見てるかも、と思う事もない訳ではないんだけれど。でもそういう色恋系はよくわからないしあまり深く考えない様にしている。だって、やっぱりちょっと怖い。
 将来自分にヒロインが絡んで来る事も怖いし、それによってわたしがおかしくなってアイラが苦しむかもしれないという可能性も怖い。

 なんとかしたいと思っているのに、『ゲーム』の事を思い出すと色んな事を躊躇して考えない様にと後回しにしちゃうのがわたしの悪い癖だ。それを全て『面倒くさい』と都合のいい言い訳をしているのもわかってる。


「うん。友達だね」


 わたしも当たり障りのない言葉で濁した。
「えー、そうなんですの?」
 あからさまに不服そうな言葉がリーンの口から洩れる。
 ん?なんでそんなにがっかりしてるの?

「何でリーンが残念そうなんだ?」

 わたしの思っていた事をセルシュが代弁してくれた。わたしとアイラの事は何もリーンが気にしなくてもいいと思うんだけど……あ、大好きなお兄様の事が心配とかそういう事?

「それですよ!」
「え?」
「わたし先程お兄様にお話したかった事があるんです!」
「あっ!あのっ、リーンフェルト様っ……!」
 ああ、そういえば王子と話してた時何か言いかけてたっけ。リーンがとても楽しそうに話を始めるのをアイラはまた慌てた様子で止めようとしている。けれどリーンの勢いに圧されて上手く言葉が出ないらしい。わたしはそれに気付かないふりをしてリーンに話を促した。
「そうだったね。さっきは何があったの?」
「聞いて下さい!」

 リーンの話では、二人がわたし達と別れた後にわたしやセルシュ狙いの令嬢達に絡まれたらしい。困るリーンとは対照的にアイラはその令嬢達をぴしゃりとやり込めてしまったそうだ。

 アイラヴェントちゃん?あなたは何をしたのかな?

 ちらりとアイラを見ると、あからさまに目を反らしてお茶を飲みだした。まぁこの案件は後でじっくり取り調べるとして。
 リーンは話をしながらその時の事を思い出しているのか、うっとりしながらアイラを見ていた。
 アイラはアイラでその視線の居心地が悪いらしく無言でお茶を飲み続けた。

「本当に素敵でしたの。わたし達を攻めていた方々がもう何も言えなくなってしまったんですよ!同い年なのにお姉様とお呼びしたい位凛々しくて輝いていたんです!見せてあげたかったですわ!」
 アイラはますます小さくなってお茶を飲んでいる……それ、もう中身ないよね。この謎の褒め殺しにアイラは困りきって視線をあげられない様だ。
「お兄様ならなんとかアイラヴェント様にも釣り合いが取れるかと思いましたのに…残念です」
 えっ!?
 なんとまさかのアイラの心配だった!
 わたしってばまだ『なんとか釣り合う』程度だったか。リーンてばちょっとお兄様に厳しくないかな?まぁ仕方ないか。少し前まで引きこもっていたし、リーンの評価を貰うにはもう少し努力が必要なんだろう。

「まぁお嬢ならそれ位やりそうか」
 リーンの話を聞いていたセルシュが納得の表情をして頷く。セルシュは一度アイラとやりあっているからアイラの事をよくわかっているだろうし、わたしもそれは納得出来る。アイラの本気は怖かったもんね。ただやり方によっては敵を作る可能性もあるから、そこが少し心配になってしまう。
「まぁ!セルシュ様もご存じですの?」
「そりゃあ…こいつ気合いが入るとすげー怖いってのは知ってるぞ」
「そうでしたのね。でもそれがとても素敵でしたのよ」
「へぇ、怖いのが素敵って…そりゃあまずいよな?お嬢」
 今度はセルシュがにやにやしながらアイラにそう言うと、アイラははっとなってセルシュに強張った顔を向ける。

「セ、セルシュさま……?」
「俺口軽いからなぁ。お嬢ん家言った時ぽろっとこの話しちゃうかもなぁ」
 その言葉にアイラは焦って立ちあがりセルシュに詰め寄った。
「ダッダメです!セルシュ様はうちに来ても入っちゃだめっ!」
「はぁ?俺ランディに会いに行く訳だし、お嬢は関係なくね?」
 何言ってんの?とセルシュはわざとらしく肩を竦める。
「うっ……じゃ、じゃあうちに来てもレイラと喋っちゃダメです!」
「それこそ無理だろ?いつもレイラがランディ呼んでくれるし、まず彼女に挨拶するしなぁ」
「くっ、逃げ道がないとは……!」
 にやにやするセルシュを見てアイラは悔しがり拳を握る。セルシュはすました顔で残っていたお茶を飲み干した。

「セルシュ様、ほんと頼むからこの話は内密に……!」
「えー?俺はクルーディスと違って優しくないからなー」
「くぅっ……あ!そうだ、それじゃあわたしもあの事を……」
「うわっ!ストップ!わかったっ!」
 アイラが何か言いかけていたのを食い気味にセルシュが止めた。

「セルシュ様と立場が逆転しましたね」
 ふふんと鼻を鳴らし、アイラはしてやったりの顔になる。セルシュは先程とはうってかわって苦々しい表情だった。
「くそっ!だからお嬢はヤなんだよな」
「セルシュ様に合わせてるんですよー」
「嘘つけっ!」
 二人の中で話は完結したようで空気が和やかになった。



 わたしはそれを見てなんだか複雑な気持ちになった。



 二人の間には二人にしかわからない秘密めいたものがあるらしい。それを知って驚きもしたけど、同時に何かもやもやとしたものがわたしの中に溢れて来た。

 二人が仲がいいのは悪い事じゃない。むしろそうであって欲しいと思う。でも、わたしの知らないところで何かあったのかと思うと何故か胸が苦しくなる気がした。



 矛盾してるな。



 わたしはアイラの事を全部知っていたいんだろうか。何でわたしの知らない秘密があるのが寂しくて苦しいんだろう。わたしってこんなに強欲だったかな。こんなに我が儘だったかな。
 だからってどうしていいのかわからない。今も自分のこんな気持ちをもて余してしまう。

「どしたの?クルーディス、大丈夫?具合でも悪いの?」
 いつの間にかわたしの顔を覗きこんでいたアイラに全く気付いていなかった。
「え?あ、うん。大丈夫だよ」

 わたしはアイラにこのもやもやを気付かれない様に営業スマイルで応えた。今のわたしには素の顔で笑うのが難しい。
「……ふぅん。ならいいけど」
 アイラはそう言って、わたしの隣に座り直した。







 わたしはうまく笑えていただろうか。









◆ ◆ ◆

読んでいただきましてありがとうございます。
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