わたしの可愛い悪役令嬢

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50・休憩

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「お兄様!」

 その声の方に視線を向けるとリーンがアイラと手を繋いで戻ってきた。少し離れた間に二人は結構仲良くなったらしい。
リーンもわたしと同じ様に余り人付き合いが得意な方ではなかったと思っていたけど、実は違うのかもしれない。リーンは本当に楽しそうだった。しかしリーンとは対照的にアイラの方は少し疲れた顔をしていた。
 しかも今こちらに来るとアイラはもっと疲れてしまいそうな状態なんだよね…大丈夫かな。
 とは言え、わたしの立場的に、ここに来るなとも発言する訳にもいかないんだよな…。

「お兄様、聞いて下さい!凄いんですの!アイラヴェント様ったら格好いいんですのよ!」
 もやもや心配しているわたしに気付かずにリーンは興奮した様子で話を始めた。ん?アイラが何かしたのかな?話題にされている本人はぎこちなく笑顔を作っている。
 アイラに何があったのだろう。凄く気になるけれど今はちょっとよろしくないなぁ。わたしはリーンを遮った。
「リーンフェルト、その前にご挨拶を。こちらはフリスライト国のタランテラス王太子殿下とルルーシェイド王子です」
「えっ?…あっ!もっ申し訳ありません」
 リーンはわたしの言葉に慌てて居ずまいを正し礼をとった。後ろのアイラもそれに合わせて同じ様にしたけれど、きっと彼女の緊張はリーンと違って色んな意味が含まれている。
 こんな形で『攻略対象』と会うとは思わなかったよね。でもこの二人はゲームではアイラに危害を加える事は無かったから、大丈夫だとは思うけど…。

「クルーディス殿の妹ですか。とても愛らしいご令嬢ですね。私はフリスライトから来たタランテラスです。どうぞ良しなに」
 そう言ってタランテラス殿下はリーンの手の甲に口づけた。
 うわっ、なんてスマートな所作なんだろう。格好いい子がやると気障っぽくならないと初めて知ったよ。そのとても自然な動きにリーンはぽーっと赤くなった。
「私はルルーシェイドだ」

 ルルーシェイド王子は殿下の後に同じ事をする勇気はないのかリーンの前に立ち、普通に礼をした。リーンは顔をあげ、王子を見ると驚いてその顔をじっと見つめていた。
「え?貴方、ルーカス……」
「『初めまして』ですよね?リーンフェルト嬢」
「あ、そ、そうですね。『初めまして』ルルーシェイド王子」
 ルルーシェイド王子ににっこりと念押しをされて困りながらもリーンは初めましてと挨拶をした。
 ほらー、こんなところで『ルーカス』の弊害が出るじゃない。わたしは心の中でそっとため息をついた。

「こちらはコートナー伯爵家の令嬢でアイラヴェント嬢です」
「ほう、こちらも愛らしいご令嬢ではないか?リーンフェルト嬢と共に仲良くしてもらいたい」
 タランテラス殿下はアイラにも同じ様に手の甲にキスを落とした。もうこれぞ!という位の王子様っぷり!所作もとても自然で綺麗だなぁ。
 うちの王子はそういう事はしないらしい。ただ挨拶をするにとどまった。仔犬王子にはまだ照れがあるのかもしれないな。
「わ、わたくしはアイラヴェント・コートナーと申します」
 アイラは急に現れた『攻略対象』に動揺しながらもなんとか挨拶をしたが、それでもちゃんとご令嬢らしく振る舞っている。
 そうだよね。アイラだって驚くよね。それでもちゃんと挨拶出来たから偉いよ。

「先程リーンフェルト嬢は急いでいた様だが何かあったのか?」
「え?あ、あの……」

 急に王子に話を振られたリーンは口ごもってしまった。あのリーンの勢いは凄かったけど、それは別に王子に聞いて欲しかった訳ではないので、リーンは困った様にわたしに視線を送ってきた。
「ルルーシェイド王子、妹と私の話などお耳汚しにしかなりませんので追求はご勘弁下さいませ」
 わたしは戸惑うリーンの前に立ち、王子達から隠す様に話を遮った。リーンはわたしにアイラの事を話したかっただけなのだし、アイラの話はヒロインの『攻略対象』でもある方々には必要ないでしょう。聞いてくれるなと含みのある笑顔を王子に向けた。

 アイラは二人に会ってからずっと視線を落としている。不敬にならないようにとの配慮しているのもあるだろうけど、やっぱりメインどころの『攻略対象』が二人も目の前にいるのは緊張するだろうなぁ。例えゲームで接点が無くてもヒロインに絡む相手とは、悪役扱いをされてしまうアイラは余り関わりたくはないんじゃないだろうか。
「妹とこちらのご令嬢は普段は会う機会のない王子様達に拝謁しましてとても緊張しているようです。かくいう私もとても緊張してしまいこれ以上お話出来そうにありません。申し訳ありませんがこの辺で私どもは失礼させていただきたく存じます」
 わたしは営業スマイル全開で二人の王子に礼を取る。
 こんな見え見えの言い訳でも、ここから離れる口実ならばなんでもいいかとわたしは適当な事を告げた。内容的には有り得る訳だし。全くの嘘ではないからね。

「そうか。それじゃ仕方がないな。また機会があれば是非話をしよう」
 タランテラス殿下は満面の笑み頷きながら、王子の肩に腕を回した。
 あ、そうでした。わたし達お邪魔虫でしたよね。殿下にはこれからゆっくり大好きな弟分とパーティーを満喫してもらっちゃおう。
「タランテラス王太子殿下におかれましてはこの後も我が国のパーティーを心行くまで楽しんでいただけましたら嬉しい限りです」
「そうさせてもらおう」
 わたしも殿下に負けない位の笑顔で返す。隣国の殿下の接待は我が国の王子様のお仕事ですからね。うんうん、邪魔しちゃいけない。一人納得をしているわたしの視界に、肩を組まれて微妙な顔をしている弟分が見える。
「王子、『お仕事』きちんとしましょうね」


 礼をしながらルルーシェイド王子にだけ聞こえる位の小さな声で囁いた。
 先程話していた事を思い出してくれたのかルルーシェイド王子ははっと顔を上げ、神妙な顔になる。気付いてくれた様で良かった。これ位念押しをしておけば王子も大人しくタランテラス王太子殿下の側にいる事になるだろう。


「では、私達は可愛い妹と素敵な令嬢をエスコートをしなければなりませんので失礼させていただきます」
 そう言ってセルシュにリーンを任せ、私はアイラヴェントをエスコートする形を取り二人を連れてその場を後にした。



「お前緊張って……」
 呆れ顔でセルシュは呟くが、わたしはもう色々とおなかいっぱいなんですよ!短い時間でこんなハードなイベントを頑張ったわたしを休ませて欲しい。

 それでも少し王子の事が気になってちらっと後ろを見ると、タランテラス殿下はルルーシェイド王子と肩を組んでそれはもう楽しそうに話をしていた。うちの王子は引きつりつつも笑顔で頑張っているようだ。


 よし、偉いぞ王子。そのまま頑張れ!


「セルシュ。僕もう休憩したいんだけど。何処か休めそうなところってないの?」
 流石に精神的に疲れきってしまったのでそろそろ何処かでゆっくりしたい。時々王宮に来るセルシュなら休める場所も知ってるよね?きっとリーンもアイラも疲れているだろうし。
「そーだな……それじゃあそこ行くか」


 セルシュはパーティーの会場を出て、勝手知ったる広い廊下を曲がったり階段を上がったりしてある部屋の前に立った。
 ここにはパーティーの喧騒も華やかさもなく、凛とした空気が流れていた。ここは何処なんだろう。きょろきょろと周りをみまわしたけれど廊下には誰もいなくて確認のしようがなかった。
 セルシュは無言でひとつの扉をノックした。
「どうぞ」
 そう言って開いた扉の先には見知った顔がいた。


「セルシュ様、如何致しました?」
「ああ、トニン。ちょっと令嬢達を休ませてくれないか」
「はい。畏まりました」
 そう言うと淀みなくトニンはわたし達を部屋にあるソファーに座らせお茶をいれ始めた。

 この部屋はあまり広くはないが落ち着いた雰囲気で、壁には大きい本棚があり色んな書物や資料で溢れている。真ん中にテーブルとソファーが置いてあり、奥には書き物が出来る様な大きな机が備え付けられている。
 そしてこの部屋にトニンがいると言う事は…。


「ねぇ、ここってロンディール様の執務室だったり…?」
「そう。今の時間は親父もいないから少しはゆっくり出来るだろ」
 有り難いけどいいのかね?セルシュ。またロンディール様に怒られないか心配になる。
「今は『令嬢達を休ませるため』だから大丈夫だと思うけどな」
 あっけらかんとセルシュは言うけど本当に大丈夫なの?
 わたしまでロンディール様に怒られるのイヤだからね!





◆ ◆ ◆

読んでいただきましてありがとうございます。
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