わたしの可愛い悪役令嬢

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46・コートナー兄妹

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 王家の挨拶が終わり皆の緊張が解け、さわさわと周りが動き出した途端、セルシュが一人そわそわし出した。


「セルシュ?」
 不思議に思いセルシュに声を掛けると、それはもうきらっきらな笑顔を向けられたので思わずたじろいでしまった。
「なっ、何?どしたのさセルシュ」
「あのな、王家の食事は本当に凄いんだぞ!ここでしか食べられない物が沢山あるんだ!ほらクルーディス、リーン行くぞ!」
 早口て言いたい事を捲し立てたセルシュは、あっという間に食べ物のあるコーナーへと足早に移動していった。
「あっ、お待ち下さいセルシュ様っ」
 リーンははぐれない様に慌ててセルシュを追い掛ける。
 きっと料理がセルシュの今日の一番の目的なんだろう。どんだけ楽しみにしてたんだか。まぁ、セルシュがそんなに力説するんだから、きっと本当に美味しいんだろうな。そんな彼に思わず笑いも出てきてしまう。
 折角なのでわたしもたまには何か食べようかと二人の後をゆっくり追った。


「素晴らしいですねセルシュ様。本当に美味しそうです」
「だろ?ほら、見てないでどんどん食べようぜ!」
 浮かれているセルシュの横でリーンは素直に料理の豪華さに感動してほぅとため息をついていた。リーンの前にはきらびやかで美味しそうな料理達が鎮座していた。
 二人に遅れてその場に着いたわたしはというと、そのきらびやかな料理達に感動はしたものの、それよりも圧倒される程の量に固まってしまった。こんなに人がいるんだからそれなりの量が必要なのはわかるんだけどさ。少食な自分には、見ているだけで胸焼けを起こしてしまいそうな程だ。


「すご……」
「な?凄いだろ!お前も好きなだけ食べろよ?」
 呆然としたままこぼした言葉にすかさずセルシュが嬉しそうに答えてくれるが。
 …凄いの意味が違う。
 わたしはセルシュみたいに食欲旺盛じゃないからさ、ささやかにしか食べれないし、見ただけでお腹いっぱいな気分なんだよ。
 そんな事を思っていたわたしの手にはいつの間にかお肉か山盛りになったお皿が渡されていた。
「ちょっ……こんなに食べられないからっ」
 このお皿を渡してきたセルシュはにこにことしながらもわたしの肉山を返す事を許してはくれなかった。
「お前さー、普段あんまり食べてないから筋肉も付かねーんだ。たまにはこれ位食べてみろよ」
 う、それを言われると…。それはもうまさに図星なのでわたしは何も言えなくなってしまう。
 わたしは仕方なく持っている皿を返すのを諦めて、ため息をついた。男の子らしい肉ばかりのこの山は、見るだけでげんなりしてしまうんだけどなぁ…。
 セルシュの言う通りさっさと全部食べて視界から消すべきなんだろうけど、この量を食べきれる自信も根性もわたしにはなかった。
 ……どうしよう、これ。


「セルシュ師匠!クルーディス師匠!」
 その声に振り向くと見知った顔がこちらに向かって来た。


 遠くから人を掻き分け手を振っているのはランディスだ。
 セルシュといいランディスといい、この人混みの中でよく人を探す事ができるなぁと感心してしまう。満面の笑みで早足でやって来るランディスの後ろには普段とは違い、大人しく兄の後ろをついて来るアイラがいた。

 今日のアイラはご令嬢らしくおしとやかに行動しているのがわかる。ドレスも髪型も今日は華やかでレイラの頑張りがうかがえた。
 頑張ってご令嬢になろうとしているアイラも可愛らしくて、思わず笑みがこぼれてしまう。


「会えて良かったです。きっとこの辺りにいるだろうと思っていたんですよ」
 笑顔のランディスにわたしもにっこりと笑顔を向けた。
 なんてグッドタイミング!
「ランディスいいところに来たね。これあげるから頑張って筋肉と体力つけて稽古してね」
「えっ!?嬉しいですクルーディス師匠!そこまで私の事を考えて下さっていたのですね!ありがとうございます!」


 ここぞとばかりにわたしがランディスに肉山を渡すと、素直に喜んでくれる。
 良心が少し痛むけど、セルシュだってそんな理由でこれを渡してきたんだし、わたしも同じ理由でランディスに渡してもいいよね?
 ランディスは師匠から渡されたお肉の山に感動し、私の為に有り難いですと舞い上がってくれた。ふぅ、いい仕事したな。
 横でセルシュが呆れた顔をしてこちらを見ていたけれど、これ以上わたしに食事を勧める事は諦めたのか、すぐに自分のお皿のお肉に夢中になる。
 ランディスはそんな自分の師匠に挨拶する為に側に向かっていった。



「ごきげんようクルーディス様。お久しぶりにございます」
 アイラはドレスをつまんで腰を落として丁寧なお辞儀をし、貴族のご令嬢らしい挨拶をしてくれた。レイラは流石だな、と明後日の方向に考えがいってしまったのは内緒。



「久しぶりアイラ。今日はとてもおしとやかだね」
 わたしがそう言うとアイラはにっこりと笑顔になった。
「今日の為にレイラに拘束されて大変だったんだから。でもまぁ、少し位はレイラの顔を立てないといけないしね」
「でも頑張っただけあってちゃんと可愛いご令嬢だよ。ドレスも髪型も似合ってる」
「ありがとうございます。クルーディス様」
 褒めるとアイラは可愛らしく微笑み、もう一度ご令嬢としてお辞儀をしてくれた。



 そういえば……。
 アイラと初めてきちんと話をした時に、確か『外』が怖いって話をしていなかったっけ。普段のアイラのままに見えるけど、ここは屋敷の『外』ではある訳で。
 大丈夫なのかな。



 初めて会ったのはコートナー邸の『外』でもあるタランド公爵様のパーティーだったからなぁ。うーん、建物の中なら平気なのかな。……色々考えてみてもよくわからない。
「アイラ、『外』は平気なの?大丈夫?」
 どうしても気になってしまい思わず聞いてみると、アイラは一瞬言葉に詰まって固まってしまった。

 しまった、聞いて欲しくなかった事なのかもしれない。
「ごっ、ごめん!」
 慌てて謝っても言葉として出てしまったものは取り消す事は出来ない。あぁもう、迂闊過ぎて自分を殴りたくなる。
「ん……馬車で来たし。クルーディスもいるから…平気だよ」
 アイラは少し辛そうな顔をしながら小さく答えてくれた。
「本当にごめん……あのさ、無理はしないでね」
「…心配してくれてありがと」
 アイラは何かを我慢している様な笑顔をわたしに向ける。そんな顔をさせたくはなかったのに。申し訳ない気持ちと心配な気持ちが混ざる。でも心配な気持ちの方が段々と強くなるのがわかった。
 アイラの憂いはなんだろう。


 アイラの話を深読みすると、馬車だと何とか大丈夫って事なのだろうか。そう考えるとコートナー邸の『外』と言うより『外の道を歩く』事が出来ないのかもしれない、と漠然と思う。
 もしかしたら事故の事が記憶にあってそれを思い出してしまうのだろうか。
 そんなトラウマになっていそうな事を流石に聞けず、アイラの辛さがわかってあげられない自分が歯痒い。


 その辺の事は詳しくはわからないけど、いつかその話をしてもらえる位信頼してもらえたら嬉しい。でも、それにはわたしがもう少ししっかりしないといけないのに。
 こんな風に、言いたくなかっただろう事を言わせてしまった自分が本当に情けない。ごめんね、アイラ。



 その憂いをわたしがいつか何とか出来ればいいのに。







◆ ◆ ◆

読んでいただきましてありがとうございます。
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