わたしの可愛い悪役令嬢

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28・師匠2(セルシュ視点6)

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 その令嬢は『クルーディス』と手紙のやり取りをしているのだろうか。それとも『エウレン侯爵家の子息』とやり取りしているのだろうか。


 世間には侯爵家の名前を求めて寄ってくる輩も多い。
 今まで引きこもっていた世間知らずなクルーディスが『侯爵』の後ろ楯が欲しいと思っている輩に騙されてはいないのか心配になる。
 俺はその令嬢の目的が知りたくなった。


 クルーディスは多分俺にはその伯爵邸に行く日なんて教えてくれないと思い、こまめに通ってチェックをしていた……が、何故かそんな予定も立てていないらしい。
 もしかしたら残念な兄と会うのが嫌なのかもしれない。

 何故かクルーディスはその残念なご子息に『師匠』と呼ばれる事になったと言う。お前さ、何でそんな事になる訳?
 面倒くさがりのこの『師匠』は極力関わるのを避けているのかもしれなかった。
 それでもまだ妹の少年令嬢との手紙のやり取りは続いていた。


 埒があかないので俺は勝手にシュラフに頼み、その伯爵家の兄妹と約束を取り付けてもらい、クルーディスの友人としてついて行く事にした。



 そこの兄妹は俺がついて来た事に驚いている。まぁそうだよな。
 クルーディスはその令嬢にごめんねと謝っていた。


 初めて会ったこの兄妹は……と言うか、妹は俺の事を警戒していた。俺も負けじと探る様な、挑む様な視線でそれに応える。その妹の警戒がどんな理由なのかはっきりさせなければ。


 兄の方は勤勉な感じで真面目そうだ。社交の場での行動は落ち着きがないと言う評価だったが、俺には言われる程の落ち着きの無さは今のところ感じられない。それが『師匠』のお陰なのか、たまたまなのかは俺にはわからなかった。話してみればわかる事だ。
 妹の方は……まぁ見た目は一般的に可愛いと言われる容姿ではある。しかし、クルーディスがそんなに気にする程の可愛さなのだろうか。なんだったらクルーディスの方が可愛いと思うけど。その辺はクルーディスの好みなのかもしれないが、それも俺にはよくわからなかった。


 俺はわざとイヤなヤツになってこの兄妹と話をしてみた。こいつらに裏があれば何かボロが出るだろう。


 しかし『兄』の方はとても天然で単純で、裏で何かが出来るとは思えない。ただ純粋にクルーディスを師匠と慕っている。色んな意味でただの残念な坊っちゃんだった。


 問題は『妹』の方だ。


 俺の挑発に敢えて乗り、こちらに更なる挑発をかけてきた。強かで折れないその様子に、俺はどこまで持つのか試したくなった。

「侯爵家を後ろ楯にのし上がるにはクルーディスという世間知らずはぴったりですよね」
「まぁ恐ろしい。そんな事を考える事が出来る方なのですね。普段ご自分が考えていらっしゃる事を他人に当て嵌めるのはどうかと思いますわ」

 言い合っていると、この令嬢は俺の黒いイヤな所を抉ってきた。こんな黒いヤツがクルーディスのそばにいるのは良くない事なのではと思わせる程的確に俺を苦しめる。
 少年みたいな令嬢なんて欠片もない。ここにいるのは芯のある強いおっかない令嬢だった。俺は負けたくなくてつい必死になって嫌な言葉を令嬢に浴びせた。


 そんな俺達を見ていたクルーディスにとうとう限界が来たらしく、俺と令嬢は本気で怒られてしまった。
 俺は令嬢の事を見極めたかっただけなのに何処でおかしくなってしまったんだろう。いつの間にか俺の目的は変わっていたらしい。

 クルーディスが本気で怒ると怖い。キレると取り付く島もない。俺はクルーディスにだけは拒絶されたくなかった。
 それはこの令嬢も同じなのか俺の横で泣きそうな顔になっていた。



 その後、何故か俺が坊っちゃんの面倒を見る事になってしまった。
 何で俺が……そう思ってもクルーディスの怒りはそれをしなければ治まらない。そう思うと拒否なんて出来ないし、坊っちゃんは何かキラキラした目で俺を見てるし……。


 ……逃げられないのでそれは諦めた。


 でも指導って何すりゃいいいんだ?俺は剣術位しか人に教える事が出来ないんだけどな。坊っちゃんにそれでもいいかと聞くと。
「セルシュ様是非よろしくお願いします!」
 と目を輝かせ逆に丁寧にお願いされてしまった。

 クルーディスに言われたまま俺に教えを求めてきたこの坊っちゃんを見て、そういやクルーディスも昔同じ様にお願いしてきたなぁと思い出す。少し懐かしい気持ちになりながら俺は剣の握り方から教えていった。


 しかし……。


「お前さ……普段重いものなんて持たねーだろ」
「わっ、わかりますっ……かっ」

 踏ん張って握っている剣の先がじわじわと下がっていく。持ち直す度に更に下がる剣先を見つめながら俺はため息をついた。
 クルーディスに言われたから取り敢えず剣術をと思ったが。

「どうする?やめとくか?」
 ひ弱なこの坊っちゃんには剣を持つ事から厳しそうだ。無理に勧めても可哀相なのではないかと思い、そう提案をしてみた。


「いえっ、頑張りますので教えて下さいませ!」
 予想に反してこの坊っちゃんはやる気を見せてきた。頑張ろうと努力するその姿勢はとても好感が持てる。
「本気だな?それじゃまず基礎体力から何とかしなきゃだな」
 俺は坊っちゃんに筋肉をつける為の体力作りから教える事にした。
 剣は鞘に収め、腰を落としそれを両手を伸ばして掴んだまま軽く屈伸をさせてみた。地味だが毎日続ければしっかりと剣を構える事が出来る位の腕と腰の強さが身に付くだろう。まず剣を構えられないと先には進めない。地味だが大事な事なのだ。

 そんな地味な動きでもこいつは大真面目に一生懸命取り組んでいた。
 普通なら剣を振り回したいと愚痴りそうなものなのに。ただひたすら言われるまま頑張っている。
 本当に素直で真面目なんだな。


 そこにクルーディスと令嬢が戻って来た。俺は坊っちゃんにそのまま続ける様に言ってクルーディスの元に向かった。


 俺の視界に二人が手を繋いでいるのが見えた。


「なんだよお前ら説教はどーしたんだよ。いちゃいちゃして!」
 俺はなんかムカついてクルーディスの手首を持ち上げた。その先にはしっかりと令嬢の手が繋がれていた。
「あ、ごめんねアイラ。痛くなかった?」
 そのクルーディスのもの言いに、俺の思っていた感情が含まれてはいなかったとわかり少しほっとした。



 その後もクルーディスは俺に冷たかった。こんな対応をされると本当に堪える。
 余程さっきの俺はこの令嬢に酷い事をしていたんだな、と改めて気付いた。この令嬢は更に輪を掛けて煽ってきたけれど、普通に考えたらあんな責め方はない。並の令嬢なら泣いてるレベルではないのか。
 逆に相手がこの令嬢で良かったのかもしれない。
 だからと言って俺がした事は許せるもんじゃないけど。


 心でこっそり反省した俺はクルーディスに改めて本気で謝った。
 令嬢にも謝らなければ……とは思ったけど、さっきのムカつきが邪魔してしまい今はそれが出来なかった。


「わかったよ。許してあげる」
 俺を指差しお小言を言いながら窘めるクルーディスに許されて心底俺はほっとした。俺はその指を握りしめて額に寄せる。
 本当にごめん。俺を見捨てないでくれ。

 クルーディスはいい子だね、と言って俺の頭に手を乗せる。
 俺の方が年上だけど、クルーディスに頭を撫でられるのは嫌じゃない。クルーディスの手は昔と変わらずあたたかい。そのあたたかさに俺はいつも安心する。



 クルーディスに許されて少し気分も良くなってきた俺は、ちょっと忘れかけていた坊っちゃんの稽古をしに戻った。
 坊っちゃんは俺が見ていなくても地味に一生懸命言われた事を続けていた。
 なんだ、こいつ結構根性あるのかもしれないな。

「やり過ぎは逆効果だから今日はその辺にしとけ」
「はいっ!」
「今の動きと、後は走り込みとか……毎日続ければ少しは体力も筋力もつくから地道に頑張れよ」
「はいっ!ありがとうございました」
 坊っちゃんは肩で息をしながらも笑顔でしっかりと挨拶をした。


「あの、セルシュ様……お願いがあります」
「は?何だ?」
 急に姿勢を正して坊っちゃんは俺に熱い視線を向けた。何だろう……坊っちゃんの圧が何だか少し怖いんだけど。




「『師匠』と呼んでもよろしいでしょうか」




 は?今なんて?




「是非とも私の剣の師匠になって下さい!」
 坊っちゃんは俺の手を両手で握りしめて懇願してきた。
「あ、いや、お前の師匠はクルーディスだろ?何言ってんだよ!」
 ちょっと待て!俺は焦って坊っちゃんの手を振りほどいた。
「勿論!クルーディス様は人生の師匠。セルシュ様は剣の師匠です!」
 なんだよそれ!予想外の流れに俺はとても動揺してしまった。同い年の俺に『師匠』は勘弁してくれよ!

「いやいやいや、お前だって家に剣の先生が来たりしてんだろ?そっちに習えばいーじゃねーか!」
「……それが、私に素質がないとわかると先生方は皆早々に諦めて辞めていってしまうのです」
 俺が慌てて拒否をすると俯いて悲しそうに坊っちゃんはそう言った。


「あー……」


 そうか、こいつの努力を見る前にみんないなくなってしまったのか。その悔しさや悲しさはきっと誰にも言えなかったのだろう。その辺は俺と似ているのかもしれない。

「くっ……わかったよ。たまになら教えに来てやる」
「本当ですか!セルシュ師匠!!ありがとうございます!」

 視界の端では一連の流れを見ていたクルーディスが口を押さえて笑っているのが見える。横で令嬢は困った顔をして自分の兄を見つめていた。




 地面につきそうな程に頭を下げるこの坊っちゃんに、俺は自分の発言を少し後悔した。







◆ ◆ ◆

読んでいただきましてありがとうございます。



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