わたしの可愛い悪役令嬢

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26・王子(セルシュ視点4)

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 城での衝撃の出来事の後、王子は陛下と親父の許可を得て、たまに屋敷に来る様になった。
 王宮で会った王子は我が国の第三王子、ルルーシェイド様だった。


 黙っていたら利発そうなこの王子はとても人懐っこく、初対面でも全く物怖じしない方だった。その辺は少し好感が持てた。
 親父は俺達のやり取りを見て、時々俺に王子の世話をさせる事にしたらしい。……面倒くさ。


 クルーディスと同い年のこの王子は何にでも興味を持ち、積極的に外に出たがる性格だった。クルーディスとは真逆だな。あいつは興味がない事にはとことん関わらない方だ。


「なぁ、私はもっと外に出たいのだ。城下にも出てみたい」
「面倒臭い事言わないで下さいませんか。ルルーシェイド王子」
「私もセルシュみたいにふらっと城下に出て町の様子を見たいのだ」
「駄目ですよ。俺は親父に怒られたくないです」
 王子の我が儘を俺はバッサリと切った。
「トーランスには内緒で、な?」
「『な?』じゃないですから。護衛の方に聞かれている以上、内緒事は無理ですからね」
 控えている護衛隊長がこくりと頷く。
 この王子は立派に陛下の息子だった。もっといいところが似てればいいのに。つい盛大なため息が出てしまうのは仕方がない事だよな。

「それじゃ何とかなるように考えてくれ」
「俺はイヤですよ。親父にでも頼んで下さい」
「トーランスに言ったら怒られるに決まってるじゃないか!冷たいなぁ」
「冷たくて結構です」
 何とでも言ってくれ。俺に責任が取れない以上、俺には拒否する義務がある。
 無駄に興味を持たれても俺は自分の出来る範囲でしか対応出来ないししたくない。例えそれが王子相手でも譲れない。親父の様に出来ない俺にはこれが精一杯の答えだ。


 暫く王子はその話ばかりしていたが、流石に城下に出るという話は諦めたのか最近はその話題は出なくなった。
 話を聞くとどうやらこっそりチャレンジをしようとして親父にゲンコツをくらってしまったらしい。
 親父は本当に誰にでも平等に叱る。でも流石にそれに王子も含まれるとは思ってなかった。王子には悪いけど俺はそんな親父が誇らしかった。



「私は今度のお前の誕生日パーティーにただの貴族として参加するぞ!」
 今度は王子は貴族の目線で物を見たくなったそうだ。よくまぁ色々と思い付くものだ。
「ルー王子?思い付くのは勝手ですけどね。貴方にただの貴族としての立ち居振る舞いが出来るのですか?」
「簡単であろう?」
「俺が納得出来なければその案は却下ですからね」
「わかった」
 自信満々に返事をする王子。その根拠のない自信は何処からくるんだか。

 俺は試しに王子の護衛を相手に貴族として挨拶をさせてみた。……案の定、王子は王子のままだった。
「失格」
「何故だ?」
「何故も何もなんでそんなに王子のままなんですかね」
 俺はため息を吐いて王子を見た。
「何が違うのだ?」
 きょとんとして王子は首を傾げる。せめて王族と貴族の違いを知っておいて欲しいんだけどな。
「それにご自分で気づけない限り普通の貴族なんて無理です」
「うーっ。悔しいなぁ」
 王子は本当に悔しがって護衛に意見を求めていた。


 王子のそんな努力する所はとても好ましいものだったが、それはあくまでも俺の生活に干渉しなかった場合だ。
 最近クルーディスに会えていない。だからといってこちらに呼ぶのは嫌だった。あいつにはきっと負担になるのではと思うと、王子とは会わせたくなかった。



 結局俺の10歳の誕生パーティーには王族の来賓として別枠で席についていた。
 ぶすっとしたまま無言で座っている王子は悔しげに俺を睨んでいる。仕方がないだろ。王子は俺から合格をもらえなかったのだから。
「折角なのでここから貴族たちのやり取りをよく見て学んで下さいね」
 そう言うと王子は悔しそうにしながらもわかったと頷き、周りを観察し始めた。


 俺の仕事はこれで終了だ。皆が王子と話したいだろうし、そこは皆の為に譲ってあげなきゃいけないよな。
 心の中でそんな言い訳をして、俺は心置きなくクルーディスの元に行き、旨いものを食べて楽しい時間を過ごした。

 俺の誕生日パーティーの後、暫く王子は色んなパーティーに顔を出し、貴族達を研究している様だった。俺は暇な時間が増えたので、親父の仕事についていかない時にはまたクルーディスの屋敷に顔を出す様になった。

 それから随分時間が経ったけど王子は懲りずに貴族の立ち居振る舞いを研究していた。たまに家に来て研究成果を披露していくが、俺には王子の王子らしさにいつも苦笑する事しか出来なかった。


 クルーディスも10歳になり誕生日パーティーを迎えた。
 その時はおっさんから王子は参加自体を断られていた様だった。おっさんは相変わらずクルーディスに甘いんだよな。

 でもそれだけじゃなかった。
 今度の誕生日パーティーはクルーディスの婚約者候補を探す事も兼ねているらしいと親父が教えてくれた。だから王子が来ると邪魔になるからおっさんが断ったんだと言っていた。
 面倒くさがりのあいつにそんな事出来るのだろうか。俺は少し心配になった。

 当日、あいつは主催者として少し緊張していたけど何とか頑張って色んな令嬢や子息達に挨拶をしまくっていた。面倒くさがりのくせにちゃんと努力をしていた事に俺は素直に驚いた。でも、その努力はおっさんの目論んだ婚約者探しの圧力だけじゃないような気がした。
 俺の知らなかったあいつのそんな一面は、今までと違って少し大人びて見えた。それが俺が置いていかれた様な気持ちになって、少しだけ寂しい感じがした。
 それでも俺は俺で、当日は王子がいない事で気兼ねせずにパーティーに参加出来た。と言っても、俺は食べてばっかりだったけど。

 結局クルーディスはパーティーでは婚約者候補を探す事は出来なかったと親父に聞いた。おっさんがひどく落胆していたらしいけど、俺はあいつの性格からして無理だろうなと思っていたから想定の範囲内だ。


 それから暫く経ったある日、また久しぶりに王子が家にやって来た。
 いつになくにこにこしているその顔に俺は嫌な予感しかしない。今度は何を思い付いたんだろう。
「今度私はタランド公爵家のパーティーに出るからクルーディスを紹介してくれ」

 は?

「タランド公爵は私が貴族として参加する事を快く了承してくれたぞ。その時に是非ともクルーディスと話がしたいのだ!」
 王子は目をキラキラさせ期待に満ちた顔で俺を見つめてきた。
 逆に俺はあからさまに大きくため息をついた。公爵様は絶対面白がっている。

「……なんでクルーディスと話がしたいんです?」
「私が色々貴族の子供達の話を聞いてると、最近キプロスの息子の話題が多いんだ。皆一様に褒めていたぞ。私はそんなに褒められているキプロスの息子がどんな人物なのか知りたいのだ。だから直接話がしてみたいのだ」

 どういう訳かクルーディスは先日のパーティーから何かが変わっていた。
 今まで引きこもっていたのにどういう心境の変化だろう。俺の知らない所で何があったのだろう。色々聞きたい事はあったのだが俺はそれを聞く機会をまだ持てていなかった。
「おっさんに紹介してもらえばいいじゃないですか」
 俺はぶっきらぼうに王子に言った。
「それじゃ意味がないのだ。同じ立ち位置で話をせねば意味がないのだ」
「……はぁ」
 王子はとても熱心に頼んでくる。でも俺は首を縦に振らなかった。それは一体何のこだわりなんだよ。
「なんだ?セルシュは私とクルーディスが会うのが嫌なのか?」
 えっ?あんたは突然何を言い出した?
「クルーディスと私が話をするのがそんなに嫌なのか?」
 王子は先程とは違い少し悲しい顔になり俺の顔を見た。
「……そうですね、王子はあいつの負担になりそうですし。そこは嫌ですかね」
 嘘ではない。あいつの負担になる様な事は極力排除したかった。俺もおっさんに負けない位あいつに対しては過保護なのだ。他意はない。
「何故だ?私は今回ただの貴族として会うと言っているのだぞ。それの何が負担なんだ?」
「絶対クルーディスにはバレますから」
「大丈夫だ!私が今までどれだけ研究したと思っている」
 どんだけの自信だよ。絶対バレますからね。俺が保証します。
「仕方がない。セルシュが紹介してくれないとなると私が直接声を掛けるか……」
 王子はふむ……と顎に手を当てながら新しい案を考え出していた。
「おお名案ではないか!そうすればお前にいちいち頼まなくて済むしな!」
「は?」
 王子は自分の考えが最高だと言わんばかりに盛り上がっていた。そうすれば確かに俺の負担は減るかもしれないけど……。

「止めて下さい」
 思わず声が出てしまった。
「直接声を掛けるのは止めて下さい。……俺がちゃんと紹介しますから」
「おお!そうか!すまぬなセルシュ」
 王子は素直に俺の提案を喜んでいたが、俺の心境は複雑だった。



 王子に俺の知らない所でクルーディスに声を掛ける事はして欲しくなかった。
 王子と話をして、また俺の知らないクルーディスになっていくのではないか。そう思うと怖かった。
 なんだか置いていかれる様な気がして、そのまま見捨てられるのではないかと怖くなった。



 公爵様のパーティーの前に一度クルーディスに会いに行こう。
 どうせ王子が貴族ぶってもすぐバレて呆れられてしまうだろうけど、突然あの王子を会わせるのは流石に気が引ける。
 少しでもあいつの負担を減らせられたらいいなと思い、誰なのかは伏せて前もって話をしておこうと思った。







◆ ◆ ◆

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