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25・親父(セルシュ視点3)
しおりを挟む俺はあれから時々クルーディスの屋敷に遊びに行く様になった。
特に何をするわけでもないが、ただ話をしたりするだけでもクルーディスとなら楽しい。
だからといって今は自分の屋敷も居心地は悪い訳ではなく、親族連中を親父が粛清した後は家族との関係も良くなったと思う。
時々親父は怖いけどそれもちゃんと筋が通っているので俺は文句を言える訳もなかった。
たまにクルーディスと悪戯をして遊んでいると親父に二人ともゲンコツをくらう。
悪い事を悪いときちんとクルーディスにも平気で説教をする親父を見て、昔あの連中に殴られた時にすぐ話をしていたらと少しだけ後悔した。
あれからもう随分と時間が流れて俺はもうすぐ10歳になる。10歳になる時には俺の誕生日パーティーが開かれると親父は言っていた。
貴族は子供のお披露目の意味を兼ねて10歳になるとパーティーが開かれるのが常らしい。毎年の様にお祝いする貴族もいるけれど、そこは人それぞれだという。
面倒くさいと思ったけれどいつもより旨いものが食べられると聞いて、そこだけは少し楽しみだった。
ある日親父は屋敷の執務室に俺を呼び真面目な顔で聞いてきた。
「お前は将来どうなりたい?」
反発していた時期もあったが、今は漠然と親父と同じ道を進むのだろうなと思っていたから自分がどうなりたいかと考えた事はなかった。
「よく……わかんねぇ」
「そうか。それじゃこれから俺の側でじっくり考えてみろ」
親父は俺に時々自分の仕事に随行する様にと言った。
どうやら親父は俺に色んな選択肢がある事を伝えたかったらしい。跡を継ぐというのはただの選択肢のひとつだという事なのだそうだ。そんな話聞いた事がない。
その考え方だと俺は何にでもなれるって事だよな。
でも逆に何にもなれない可能性もあるのだと思い至るとそれは少し怖い事だと思った。俺が親父にその事を言ったら賢いなと褒められた。
親父は、それを踏まえた上で一番身近な選択肢のひとつがどういうものか知る事が大事だと教えてくれた。
翌日から親父は俺を連れ回した。
親父の仕事は国王陛下の護衛だけではなく、領地を回り、領内の管理もしていた。商人やその土地の貴族相手に色んな交渉をしたりして領の経済状況を確認し、悪い所を改善する為に奔走していた。
親父が普段家にいないのはこういう事もしてるからなのだと俺は初めて知った。
ついていくだけでもへとへとなのに親父は平気で次から次へと仕事をこなしていく。
なんて大きいんだろう。俺は親父の凄さに呆然とした。それに比例して俺は親父の仕事に興味を持った。
ある日、親父は俺を王宮に連れてきた。
初めて来たそこはとても大きく威圧的で恐ろしく感じた。城には入りたくなかったが親父に引っ張られるままに城の中に入り、そのまま何処かの部屋に通された。
暫くするとそこに誰かがやって来た。
その人に親父は恭しくお辞儀をする。
それは親父が仕えているただ一人の国の頂点だった。俺も親父に倣ってお辞儀をした。
「陛下、本日は我が息子を連れて参りました」
親父に視線で促された俺は形通りの挨拶をする。
「トーランス・ロンディール侯爵が長子、セルシュ・ロンディールと申します。本日はご尊顔を拝謁する機会を賜り光栄に存じます」
「うむ」
陛下は上から下まで俺の事をじっくりと観察している。それはとても居心地が悪い。
人に観察されるのは親族連中の嫌な視線を思い出してしまう。でも親族連中の値踏みをする様な視線とはまた違う気がした。陛下の視線にはまた別の圧力を感じて苦しくなった。
「まぁ座れ」
陛下の圧力から解放されて、俺は言われるがまま腰掛ける。
向かいの席に腰掛けた陛下の横には俺位の子供もいた。きっと王子なんだろう。しかし紹介された訳ではないので声は掛けられない。俺は不敬にならない様にあまり視線を向けなかった。
陛下と親父は領地の事や、どこかの国の話をしていた。俺はこれも親父の仕事なんだと会話に耳を傾ける事に専念した。
「……もういいでしょう?陛下」
急に親父は陛下の言葉を遮った。しかもなんだか親父に威圧感があるんだけど……。
陛下相手にそんなんでいいのか親父!俺は表に出さない様に心の中で心配をする。
「わかったよ。済まないなトーランス」
なんだろう?急に陛下と親父の雰囲気が変わった。先程までの仰々しい感じから少し柔らかい空気が流れる。
「セルシュ、お前はどうなりたい?」
陛下から親父と同じ質問をされた。
親父に聞かれた時は何も答えられなかったが今なら少し答えられる。
「父と同じ道を進みたいと思います」
出来るかどうかはわからないが、今まで見てきた親父の仕事振りは凄かった。領民の事を考えて、より良くしようと動いている親父の姿には素直に尊敬した。こんな男になりたいと思った。
「ほぅ……」
陛下は目を細め俺を見る。鋭い視線だが俺は目を逸らさずにしっかりと受けた。
「俺、いや私は父を尊敬しています。その父の積み上げて来たものを私も大事にしたいと思っています」
その答えに陛下は目を見開いて驚いた。
「なんと!お前の息子にしては凄く立派じゃないかトーランス!」
「陛下、俺は貴方と違って普段からしっかりしてるんですよ」
えっ!?親父!陛下に向かってその返しはいいのか!?
「なんだ、つまらぬな」
陛下は親父の態度は気にせずにふぅと息をはき、お茶をひと口飲んだ。
「あのなセルシュ、お主の親父殿は昔から剣の事ばっかりの融通の利かない男だったのさ」
「真面目でいいじゃないですか。陛下は逆に私によくキプロス共々怒られてましたけどね」
「あれは儂が悪いんじゃなくてキプロスが悪いと思うぞ」
「はぁ?どっちも一緒ですよ」
えっ?何が起こっているんだ?俺は陛下と親父の掛け合いに混乱していた。
「いいか、セルシュ。例え相手が自分より上位であっても道を外す様な事があれば諌めるのは大事な事なんだぞ」
親父は俺にそう教えてくれたが、なんだか目が笑っていた。
「トーランスは容赦無さすぎじゃ」
陛下は陛下のくせになんか親父の言葉に対してぶつぶつ言っている。……なんつーか俺の想像していた国王陛下とは違う。
それを見ていた陛下の横に座っていた子供が初めて口を開いた。
「父上とトーランス、キプロスは若い頃のご学友だそうだ」
へぇ。親父もおっさんもそういった話を家でした事がなかったから知らなかったな。
「すまんなセルシュ。そなたはきっと我が父上がこんなだとは思わなかったであろう?いつもこうやってトーランスやキプロスに窘められているのだ」
「はぁ」
「これも通常操業だ。気にするな」
「……ソウデスカ」
王子にはきっと見慣れた光景なんだろう。でも俺は親父と陛下の関係に驚いて少し呆然としてしまう。
「まぁこれでも公務の際はちゃんと威厳のある国王陛下なんだがな。それ以外がなぁ」
王子と俺のやり取りを見ていた親父が口を挟んできた。
「おい、トーランス!これでもとはなんだ!」
二人のやり取りを見ながら王子と俺はこっそりため息を吐いた。
◆ ◆ ◆
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