わたしの可愛い悪役令嬢

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12・師匠

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「初めてお目にかかります。コートナー伯爵家の長子ランディス・コートナーと申します。以後お見知りおきを」



 あれから予定を調整し、わたしはアイラヴェントのお兄さんを我が家に招待した。
 彼の訪問の為に好きな剣術の授業もお休みしましたよ。先生の『じゃあ来週の授業は倍やりましょうかね』という言葉をもらい、それを楽しみに今日頑張ろうと思っているのですよ。



 目の前にいるこの真面目そうな青年は、黒みがかった茶色の髪を後ろで縛り綺麗にまとめていて、それが彼の几帳面な性格が表れているように映る。
 何かインテリっぽいけど、切れ長で厳しそうな瞳に優しさがこもれば女の子はきっと沢山寄ってきそうだな。なんてつい女性目線で考えてしまいます。反省。
「クルーディス・エウレンです。この度はお手紙を頂きましてありがとうございます」
「こちらこそ不躾な訪問に応えて下さり恐悦至極です」


 わたしは応接室に彼を通してお茶を勧めた。彼は少し緊張していたのかお茶を一口飲むとふぅっと息を吐いて自分を落ち着かせている様子だった。
「あの、クルーディス様」
「なんでしょう?」
 わたしはランディスの言葉を緊張しながら待つ。一体何を言われるのか……。わたしはそんな気持ちを隠してランディスに笑顔を向けた。
 ランディスも緊張を解くように息を大きく吸い込んでから口を開いた。


「私の妹のアイラヴェントとはどういうお付き合いをなさっておられるのでしょうか」


 へっ!?お付き合いってなんだ?


 わたしは思ってもみなかった彼のこの言葉に、呆気にとられて二の句が告げないでいた。
「私の妹はあまり……そのなんと言うか、根はとてもいい子なんですけど礼儀の方がそれ程よろしくないと言うか……」
 ああ、それはわかります。あの子の中身は男の子ですしね。
「だからそのっ……クルーディス様に色々ご迷惑をかけているのではと心配でっ」
 ランディスはがばっと頭を下げて最大の謝罪をしてきた。
 そうか、彼の訪問の主旨は迷惑を掛けているかもしれない侯爵家へのご挨拶と謝罪というところですかね。怒らせていた訳ではなかった様なのでわたしはホッとした。
「ランディス殿。頭を上げて下さい。僕はアイラヴェント嬢とは先日のパーティー会場で少しお話させて貰っただけですよ。付き合う以前にアイラヴェント嬢とはその数分しか交流がないのですが……」
「え……?付き合って、おられないのですか……?」
「はい」
「ええぇ……」
 ランディスは一気に気が抜けた様でその場にへたりこんでしまった。
「あの、ランディス殿大丈夫ですか?」
「いや、あの、一気に気が抜けてしまって……はは、すいません」


 先程まで余程緊張していたのか、気が抜けたランディスはへたりこんだまま渇いた笑いをみせていた。どうやら腰が抜けてしまったらしく、落ち着いた頃にシュラフが彼を改めてソファーに座らせ、お茶を飲んで貰った。

 今はもう彼の目元の厳しさは全くなくなり優しい落ち着いた雰囲気を醸し出している。
 あれー?あの几帳面な雰囲気はただの緊張って事?
 この子がインテリイケメンだと思ったわたしの気持ちを返してくれよ。単なる勢いだけのテンション高男くんじゃないのさ。


「あの、取り乱してしまって……」
「落ち着きましたか?」
「はい。今回の事は私の早とちりだったみたいで、申し訳ありません」
「大事なご家族の事が心配で僕に会いに来たんですよね」
「はい」
「そのお気持ちはとても素敵だと思います……けれど」
 ランディスのその気持ちはとても素晴らしいけど、今後他でこんな早とちりなんかして痛い目をみる事になれば大変だよ、ランディスくん。ここはひとつ学んでいただいた方が本人の為になるだろう。


「けれどきちんとアイラヴェント嬢に確認も取らず、情報を集めもせず、裏付けも取らずに突っ走るのは悪手ですよ。ひとつ間違えば相手の不興を買い、ランディス殿だけでなく大事なご家族に迷惑が掛かる事だってありうるのですから」
 その言葉を聞いてランディスははっとなり、そのまましゅんと項垂れた。
 あら?アイラヴェントと兄妹なだけあって怒られた時の感じが一緒なのね。インテリイケメン風なその風貌が台無しですね……って、ああ今更か。
 表の顔は怒ったまま、心の中でつい笑ってしまう。
「いいですか、ランディス殿。今後は自分の行動が未来にどう繋がるか、ご家族を守る事が出来るのか。相手の事もそのご家族の事も考えてから動くといいと思いますよ」
 彼にはここまで言わないと理解してもらえないと思ったのでつい理屈っぽく説教をしてしまった。
 偉そうに言ってしまったが、普段からきっと早計な考えで動いていそうな彼には言い過ぎではないだろう。ここで戒めておけば大人になってからの社交には困らないぞ?おねーさんの言う事を信じなさい。決してこの為に潰れた授業の八つ当たりとかではないよ。……多分。
「あ、ありがとうございます!まだ至らない私ですがクルーディス様のお言葉を肝に命じ、精進致します!」
 ランディスは震えながら感動し、がばっとソファーの前にひれ伏す。何だかとても大仰な反応だけどわたしの言葉を理解してもらえた様で嬉しいですよ。


「是非師匠と呼ばせて下さい!」
「は?」


「クルーディス様のお言葉深く心に刺さりました!不肖ランディス、貴方様に一生ついていきます!」
「いやあの、ランディス殿……?」
 ランディスは目をきらきらさせてわたしを見つめている。崇拝しているかの様な視線をぶつけられわたしは困ってしまった。何言ってんの?ランディス坊っちゃん。
「あの……僕はランディス殿より年下のただの子供で……」
「いえ!歳なんて関係ありません。貴方様のその深い洞察力と思慮深さ、何より初対面でもある私の事を無下にせず、尚且つ寛大なお心で諭してくださるその懐の広さ!私の小ささを痛感させて頂きました。何卒私めを弟子にして下さい!」
「あの、ですね?ランディス殿?」
「ランディス、とお呼び下さい」
 一気に熱い(暑い?)思いをまくし立てられ、わたしは気圧されて何も言えなくなった。どうしたものかと控えているシュラフに視線をやると受け入れなさいと困った様に頷いている。
 ……そうだね、そうしないときっとこの人帰りませんよね。わたしは心の中で大きなため息をついた。
「……わかりました。でも僕は何もしませんよ。それでもよろしいですか?ランディス」
「はい!寛大なお心遣い感謝致します!」
「はぁ……」
 わたしがしぶしぶ納得するとランディスはぱあっと目を輝かせわたしの手を握ってぶんぶんと振ってきた。あ、こんなところも兄妹同じなのね。
 もう真面目に考えるのが面倒になってきた。ちょっと投げやりです。


「では本日の用件はこれで終わりと言う事でよろしいですか?」
 ランディスの圧に押され疲れてきたわたしは帰ってもらいたいオーラを出して彼を促した。
「はい……あ、そうだ。これを……」
 彼はそう言って懐から封筒を出した。
「……これは?」
「妹から貴方様への手紙です」




 ……だから、そーゆーところだよランディス!








◆ ◆ ◆

読んでいただきましてありがとうございます。

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