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2.鏡の中の住人

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ある日、奈緒の元に玲奈という大学生から依頼が届いた。玲奈は最近借りた古いアパートで不気味な現象に悩まされているという。鏡の中に「自分ではない誰か」が映り、夜な夜な夢にまで現れるようになったというのだ。
ある程度の見当は付けつつ、玲奈のアパートに向かった。木造の古びた建物で歩く度に軋む音が響いた。部屋に案内され入ってみると、カビと鉄臭さがした。
「奈緒さん、あの鏡です…」
玲奈は年季の入った三面鏡を指さした。今は使用していないのか、布が被せられている。
「鏡の前に座ると、鏡の中に映る私が少しずつ変わっていくんです。最初はただの錯覚かと思っていたんですが、日に日にその変化がすごくなってきていて…」
「この布とってみてもいいかな?」
玲奈の頷きを確認し、ゆっくりと布をめくった。鏡面は少し曇っている。
奈緒は鏡の前に立ち、じっとそれを見つめた。三面鏡の中央には彼女の姿が映っているが、左右の鏡には何もないはずの「何か」がぼんやりと映り込んでいるように感じた。
「処分しようとかは考えていんですか?」
「いえ…あの、捨てるとかはちょっとしたくなくて…」
なんとも要領を得ない回答だった。気味が悪いと感じつつ、手放せない理由があるようだ。腑に落ちない。奈緒は再度鏡を調べることにした。鳥やうさぎ、木々の彫りが刻まれている。台の中央部分は窪みができており小物置きになっているようだ。動物の瞳と木の実は年季が入ってしまったせいか赤く鈍い輝きを放っていた。
「これってもしかして…」
言いかけた言葉よりも先に、鏡に映った玲奈の形相に息を飲んだ。すぐさま後ろにいる本人の顔を確認した。玲奈は不安そうな表情を浮かべている。
「どうかされましたか?」
「いえ、確かにこの鏡は変ですね…。」
本当にそうなのだろうか。この鏡が本当に霊現象を発生させているのだろうか。奈緒は冷静に言葉を紡ぎながら、ある仮説を考えていた。
「玲奈さん、この鏡はだいぶ年季が入っているようですが、いつ頃から手元に?」
「私が上京するときに母から譲り受けたんです。子供の頃からこの鏡がお気に入りで、母が持って行けって言ってくれて。」
「そう。思い入れがあるものなんですね。ちなみに、この装飾って宝石か何かかしら?私、あまりこういうのには詳しくはないのだけれどたまに仕掛けが施された遺物を扱うことがあってね。」
嫌に緊張する。部屋の中の空気が徐々に張り詰めてきた。
「仕掛けを解く方法が分かるんですか?」
先ほどの不安げな表情は消え、感情のない顔がこちらを見つめている。
「恐らく」
「そうですか…」
大袈裟な溜息を吐いたかと思えば、別人のような形相でこちらを睨みつけてきた。そう、先ほど鏡に映っていた顔とまさに同じだ。
「私はお祓いをして欲しかったんですけどねぇ。なぁんで余計な事、気づいちゃうかなぁ。」
じりじりと詰め寄ってくる。この狭い室内では逃げ場などはない。奈緒は一気にまくし立てた。
「あなたはこの鏡の仕組みが分かってない、そうよね!」
ピタリと動きが止まる。
「開け方に心当たりはあるけど、必ずではないしそれを試すかどうかはあなたに任せるわ…」
「…話して」
「ここの窪み、何か液体を入れてるんじゃないかな。動物や木の実の周りに滲みのものがあるから、液体が入ることによって押し出されて仕組みが解除されるんだと思うの。」
この部屋に入った時に感じた鉄臭さを特に強く感じたのがこの鏡だった。黒い木材のため分かりにくいが、細かい錆のようなものが付着している。
「ふぅん。そっか、そうなんだ…」
「奈緒さん、ありがとう!もう帰っていいよぉ」
ニヤニヤ口角を吊り上げ、小刻みに震えだす。これ以上この場にいては行けないと感じその場を後にした。高笑いする声を背後に受けながら…。

あの鏡の一件から数日が経った時だった。奈緒の元にくたびれたジャケットを羽織った一人の男が訪ねてきた。名は桐島という。ある事件の際に世話になったのをきっかけにたまに会うことがあった。桐島は奈緒の事情を知る数少ない人物の一人だ。隣は若手の男が付いていた。
「おう、久しぶりだな。」
「どうしたんですか急に。」
「今日は仕事で来た。ちょっと話聞かせてくれねぇかな。」
桐島は、警察手帳をかざした。
玲奈が遺体で発見された。現場に残された指紋から奈緒の元に事情聴取に来たのだ。死亡推定時刻は、あの日の深夜未明。奈緒は2件目の依頼主に会っていた時間帯だった。
「相変わらず多忙だねぇ。」
「お陰様で。」
「おい、お前もう帰っていいぞ。」
桐島は手で追い払うように若者を帰らせた。
「いいんですか、あんな扱いして。」
いい、いい。と半ば面倒くさそうに言うと。首元をぴしゃりと叩いた。
「んで、お前何した。」
奈緒は宙を仰ぐようにあー、と言葉を濁らせた。

「ふーん、んじゃあなんだ。ただの自殺ではないってことか」
そもそも自殺と言っていいのかも怪しい。
「でも…なんでそこまでして…」
「よっぽど金に困ってたんじゃねぇのか。」
「でも、死んでしまったら元も子もないですよ。」
そうさなぁと。否定も肯定もしない反応をみせると。桐島は一枚の写真を見せた。亡くなった玲奈が鏡台にもたれるように息絶えている。
「ここみてみろ。」
痛々しい程に切り刻まれた手首。あの日会った玲奈が自ら命を絶ったとはにわかには信じがたい。誰にも知られたくないという強いエゴと鬼気迫るあの感じはしたが後には引けない状況だったのだろうか。
「身辺調査をしたが、どうやら身元保証人がいないみたいでな。」
「え、そうなんですか。あの鏡はお母様から頂いたって言ってましたが。」
「両親はだいぶ前に他界してて親族もいない、天涯孤独の身よ。あとな、俺は今回の件は他殺だと思っている。」
桐島は先ほどの写真をもう一度指さした。
「仏さんの左手首に浅い傷が一本。」
そのまま指をなぞる。
「右手首に深い傷が複数、だ。死亡解剖の結果が出てないから推測だがな、調べりゃなにか出てくんだろ。」
奈緒は黙って桐島の話を聞いていた。ここまで詳細を話すのは、この事件の解明に手伝えという意味だ。
「今回、依頼人から依頼料頂けなかったんですよね。」
「分かった、分かった。今度何か奢ってやるよ。」
「忘れないでくださいね。」
奈緒はにっこりと笑った。

玲奈の死はただの始まりに過ぎなかった。今後起こる事件が全て繋がっているとは知らずに…。


続く。
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