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4.屋上に佇む影

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奈緒とケンジは、音楽室の亡霊を退けた後、次なる七不思議の場所へ向かうべく、廊下を進んでいた。奈緒はさっき窓越しに見た不気味な影が気になり、歩きながらケンジに話しかけた。
「さっきね…校舎の屋上で、何か不気味な影を見たの。もしかして、それが三つ目の七不思議かもしれない…。」
ケンジは少し眉をひそめながら、奈緒の話に耳を傾けた。
「影…?屋上に何かがいるなんて聞いたことはないけど、七不思議は時間とともに変わるっていうから、そうかもしれないね。」
奈緒は不安を感じつつも、屋上へと向かうことにした。まるで何かに呼ばれているかのような、そんな奇妙な感覚が彼女の中で膨らんでいく。
階段を上がり、古びた扉を開けると、夜風が彼女たちを迎えた。屋上は静かで、ただ風の音が響いていた。奈緒は辺りを見回し、何かがいる気配を探ろうとした。すると――
「…あれは?」
屋上の隅に、人影のようなものが見えた。背筋が冷たくなり、奈緒は思わず立ち止まったが、よく見ると、その人物はリラックスした姿勢で座り込み、鼻歌を歌っていた。月明かりに照らされたその顔は――。
「月詠 鏡夜!?」
奈緒は驚き、思わず声を上げた。鏡夜は奈緒の声に気づくと、目を開け、テンション高く彼女の方に手を振った。
「やっほー、奈緒ちゃん!こんなところで会うなんて、運命感じちゃうわぁ!」
鏡夜は鼻歌を続けながら、軽やかな足取りで奈緒に近づいてきた。その異様なテンションに、奈緒は戸惑いを隠せなかった。
「何してるの、ここで!?どうしてこんなところに?」
奈緒は困惑しながら鏡夜に詰め寄った。彼は悪びれる様子もなく、笑顔で答えた。
「いやねぇ、校舎に入ろうと思ったんだけど、何だか入れなくてさ。仕方なく屋上に上がって、ちょっと一息入れてたところよ。そうしたら…アレのおかげでね、閃いたの!」
鏡夜は指を指し、何かを示すように言った。奈緒とケンジがその方向を見やると――
「え…?」
屋上の端に、人型の黒い物体がゆっくりと揺れ動き、次の瞬間、まるで風に流されるかのようにそのまま屋上から落ちていった。
「今のって…!?」
奈緒は驚愕し、駆け寄ろうとしたが、鏡夜が軽く手を振って止めた。
「ふふっ、あれが三つ目の七不思議かもね。黒い影が屋上から落ちると、その場にいる人も引きずり込まれるっていう噂…だったっけ?」
鏡夜は楽しげに言うと、再び鼻歌を口ずさみ始めた。奈緒はその言葉に背筋を凍らせた。
「引きずり込まれる…?」
ケンジは静かに呟いた。奈緒はそれを聞いて改めて冷静になり、落ち着いて周囲を見渡した。
「もしかして、今のがその影…?でも、引きずり込まれるって…私たちも…?」
奈緒は不安げに言いかけたが、鏡夜は笑いながら首を横に振った。
「まぁ、気にしないで。ここにいる限り、大丈夫よ。」
鏡夜は平然とした様子だったが、奈緒はまだ何かが胸に引っかかる感覚を覚えていた。
「奈緒、どうする?この場所にも何かが隠れてるはずだよ…。」
ケンジがそっと奈緒に尋ねた。彼の目には、屋上で何かを見つけなければいけないという覚悟が宿っていた。
奈緒は鏡夜の話を聞きながら、もう一度周囲を観察し始めた。屋上は薄暗く、月明かりがぼんやりと差し込む中、先ほどの黒い影がどこから現れたのかを探ろうと視線を走らせた。
すると、再び先ほどの黒い物体が現れた。最初はぼやけた輪郭をしていたが、なぜだかそれが次第に歪み始め、どんどん不自然な形になっていくのが見えた。
「なに…?」
奈緒が凝視していると、突然、辺りから楽しげな笑い声が響き渡った。
「落ちた、落ちた!」
「またあの子が落ちた!キャハハハ!」
数名の子供たちが楽しそうに話し、悪趣味な声が聞こえてくる。まるで屋上から落ちていく黒い影の様をを楽しんでいるかのようだ。その無邪気さに、奈緒は沸々と怒りや嫌悪感が込み上げてきた。
「悪趣味ねぇ。」
鏡夜が悪態をつくと、奈緒も同意した。これは単なる怪奇現象ではなく、悪意に満ちた何かが背後にあることを示唆しているのではないだろうか。
「お仕置きが必要かしら。」
鏡夜は声の主に近づき、ポケットからお手製であろう呪物を取り出すと、それを高々と掲げた。奈緒が目を見開いて彼の行動を見守る中、笑い声が次第に叫び声に変わり、鏡夜の手元で騒いでいた。
「キャーッ!やめて!やめて!」
その声は次第に弱まり、ついには消えていった。
「何…したの?」
奈緒が驚いて尋ねると、鏡夜はニヤリと笑って答えた。
「ただの封印よ。呪物を作るって言ったら、あの痛い痛い呪いが出てくるけど、これは封印だから大丈夫。」
奈緒は鏡夜の説明を聞きながら、心の中で疑問を抱いた。過去に受けた山神の呪いで呪物を作ると痛みが発現するはずなのに、なぜ今は平然としているのか?
「でも、呪物を作ろうとしたら呪いが出るんじゃなかった?」
奈緒が素直に疑問をぶつけると、鏡夜は悪戯っぽく笑いながら答えた。
「これ、まだ呪物じゃなくて、封印を施しただけ。呪物に加工する手順はここからが本番なのよ~。これがまた痛いったらありゃしないんだから!もう癖になっちゃうぐらい!」
鏡夜は妙なテンションで、さらに細かい手順について話し始めたが、奈緒はもうこれ以上聞く気力が失せた。
「聞かなければよかった…。」
奈緒は小さく呟いて頭を振った。
すると、ケンジが何かに気づいたように声を上げた。
「あそこ、黒い物体がいたところに何か落ちてるよ。」
奈緒と鏡夜がその方向を見ると、確かにそこには木片が転がっていた。奈緒はそれを手に取り、先ほどの二つの木片と重ねてみた。凹凸がぴったりと合い、三つの木片が一つの形になり始めた。
「これで三つ目か…。」
奈緒はそう呟きながら木片を見つめた。どうやらこの木片が、何かを解き明かす鍵になるようだ。
鏡夜は、にやにやしながらまた一言放った。
「さぁて、これで次のステップに進めるわけだ。七不思議を全部解いたら、面白いことになりそうねぇ。」
奈緒は鏡夜の言葉を聞き流しつつ、次の七不思議に向けて気を引き締め直した。

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