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第6話 忌まわしき過去との対峙
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◇◇
はっと目が覚める。
びゅっという、風切り音が聞こえ続けていた。
私は暗い藪のなかを猛スピードで移動している。
何者かが、私の体を担いで走っていることに気が付いた。
息一つ切らさず、私の体を担いだまま暗闇を疾走するもの。
それは、鬼しかいない。
私は必死にもがいてその腕から逃れようとするが、がっしりとしたその体躯はびくとも動かない。
「嫌っ!……離してよっ!!」
叫ぶ声すら、闇に溶け込んでしまう。
やがて前方に、うっすらと灯りがともる小さなお堂が見えてきた。
山道から外れたこんな深い藪のなかに、お堂があるなんて……。
その古いお堂は長い間手を入れていないのか、屋根や壁のそこら中が朽ち果てて穴が空いてしまっている。灯りはその穴から漏れていたのだ。
鬼は私を抱えたままお堂に辿り着くと、荒々しく扉を開けて、なかに私を投げ飛ばした。
「痛っ!!」
私は激しく打ち付けた腰を押さえながら、なんとか上体を起こす。
そこは、腐った畳が敷かれた四間ほどの小部屋だった。
鴨居に取り付けられたロウソクが、酷くカビ臭い室内をゆらゆらと灯している。
ここは鬼の隠れ家だ、と気がつく。
ふと部屋の奥に、倒れているひとの姿が目に入った。
それはーーレストランの制服姿の亜希さんだ。
「亜希さん!!」
駆け寄ろうとして、右足にズキリとした激しい痛みが走った。
土手から転げ落ちた時に痛めたのかもしれない。
必死に畳を這うようにして、亜希さんのもとへと近寄る。
「亜希さん! 亜希さん!!」
見た目には、どこも怪我はないようだ。
だがその体をゆすっても、亜希さんは目を瞑ったままぴくりとも動かない。
体も冷え切っている。
「無駄だ。薬草で深い眠りに落ちておる」
その低く這うような声に、はっとして入口のほうへと目をやる。
そこには、真っ赤な目をした鬼が、腕を組んで堂々と立ちはだかっていた。
「まだ殺しはしない。死体は肉の旨味がなくなってしまうからな」
私は怒りと恐怖で、頭が真っ白だった。
「なんで、こんなことを……!」
「くだらぬ問いだ。俺はもう何百年もの間、こうして年に一度、若く美しい女を拐ってその肉を喰らうのを生業としている。おまえは、それを邪魔した唯一の愚かな人間だ。祭りで騒ぎを起こしおって」
「当たり前でしょ! アンタの思う通りなんかさせないからっ!」
「ふん、小癪な。あの後、おまえを追ったが、切り通しの霧に阻まれて姿を見失ってしまった。だが、こうしてお前の方からやってくるなんて、俺も運がいい」
それを聞いて、はっとした。
鬼がこの15年間、現れなかった理由ーー
それは、私を追って時空を超えるスポットである釈迦堂切り通しを抜けた時に、私とともに現代へとタイムスリップしたからなんだ!
鬼は私を見失ったあとで面掛行列に向かい、たまたま通りかかった亜希さんに目を付けた。
そして時を見計らい、夜道で亜希さんを拐った。
「ゆ、許せないっ……あんたなんかね、やっつけてやるんだから!」
「ほう、貧弱なおまえに何ができると言うのだ」
鬼はずかずかと私に近寄ると、腰を下ろして目の前に酷い臭いを放つその顔を近づける。
私は力の限り、その顔をぼこぼこと殴った。
が、鬼は涼しい顔をしたままだ。
まるで蚊でも払うように、私の握りこぶしを軽々と跳ね除けた。
「ふたりも獲物を手に入れるなんて、今日は最高の宴だな」
爪が長く伸びた巨大な手で、私の肩をがっしりと押さえつける。
それで体はびくとも動かなくなった。
鬼は大きく口を開けると、その牙を剥く……。
ああ、もうダメだ……喰われてしまう……。
はっと目が覚める。
びゅっという、風切り音が聞こえ続けていた。
私は暗い藪のなかを猛スピードで移動している。
何者かが、私の体を担いで走っていることに気が付いた。
息一つ切らさず、私の体を担いだまま暗闇を疾走するもの。
それは、鬼しかいない。
私は必死にもがいてその腕から逃れようとするが、がっしりとしたその体躯はびくとも動かない。
「嫌っ!……離してよっ!!」
叫ぶ声すら、闇に溶け込んでしまう。
やがて前方に、うっすらと灯りがともる小さなお堂が見えてきた。
山道から外れたこんな深い藪のなかに、お堂があるなんて……。
その古いお堂は長い間手を入れていないのか、屋根や壁のそこら中が朽ち果てて穴が空いてしまっている。灯りはその穴から漏れていたのだ。
鬼は私を抱えたままお堂に辿り着くと、荒々しく扉を開けて、なかに私を投げ飛ばした。
「痛っ!!」
私は激しく打ち付けた腰を押さえながら、なんとか上体を起こす。
そこは、腐った畳が敷かれた四間ほどの小部屋だった。
鴨居に取り付けられたロウソクが、酷くカビ臭い室内をゆらゆらと灯している。
ここは鬼の隠れ家だ、と気がつく。
ふと部屋の奥に、倒れているひとの姿が目に入った。
それはーーレストランの制服姿の亜希さんだ。
「亜希さん!!」
駆け寄ろうとして、右足にズキリとした激しい痛みが走った。
土手から転げ落ちた時に痛めたのかもしれない。
必死に畳を這うようにして、亜希さんのもとへと近寄る。
「亜希さん! 亜希さん!!」
見た目には、どこも怪我はないようだ。
だがその体をゆすっても、亜希さんは目を瞑ったままぴくりとも動かない。
体も冷え切っている。
「無駄だ。薬草で深い眠りに落ちておる」
その低く這うような声に、はっとして入口のほうへと目をやる。
そこには、真っ赤な目をした鬼が、腕を組んで堂々と立ちはだかっていた。
「まだ殺しはしない。死体は肉の旨味がなくなってしまうからな」
私は怒りと恐怖で、頭が真っ白だった。
「なんで、こんなことを……!」
「くだらぬ問いだ。俺はもう何百年もの間、こうして年に一度、若く美しい女を拐ってその肉を喰らうのを生業としている。おまえは、それを邪魔した唯一の愚かな人間だ。祭りで騒ぎを起こしおって」
「当たり前でしょ! アンタの思う通りなんかさせないからっ!」
「ふん、小癪な。あの後、おまえを追ったが、切り通しの霧に阻まれて姿を見失ってしまった。だが、こうしてお前の方からやってくるなんて、俺も運がいい」
それを聞いて、はっとした。
鬼がこの15年間、現れなかった理由ーー
それは、私を追って時空を超えるスポットである釈迦堂切り通しを抜けた時に、私とともに現代へとタイムスリップしたからなんだ!
鬼は私を見失ったあとで面掛行列に向かい、たまたま通りかかった亜希さんに目を付けた。
そして時を見計らい、夜道で亜希さんを拐った。
「ゆ、許せないっ……あんたなんかね、やっつけてやるんだから!」
「ほう、貧弱なおまえに何ができると言うのだ」
鬼はずかずかと私に近寄ると、腰を下ろして目の前に酷い臭いを放つその顔を近づける。
私は力の限り、その顔をぼこぼこと殴った。
が、鬼は涼しい顔をしたままだ。
まるで蚊でも払うように、私の握りこぶしを軽々と跳ね除けた。
「ふたりも獲物を手に入れるなんて、今日は最高の宴だな」
爪が長く伸びた巨大な手で、私の肩をがっしりと押さえつける。
それで体はびくとも動かなくなった。
鬼は大きく口を開けると、その牙を剥く……。
ああ、もうダメだ……喰われてしまう……。
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