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至れり尽くせり-ジークフリート視点-

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 さくらが滞在するようにと準備した住居に驚きを隠せないジークフリートたちだったが、大森林の魔女の好意を無碍にするわけにはいかないと状況を受け入れる。

 「せっかく魔女殿が私たちのためにとご準備いただいたのだ。ここは結界の中でもあるから襲撃を受けることもないだろう。皆、自分の好きな部屋を使えば良い。行動については自由にして構わないが、許可がない限りは魔女殿の屋敷には近づくことがないようにしてもらいたい。今後については夕食時に魔女殿と話をできればと考えているが、その話し合いの内容によって、皆の今後も決まって来るだろう。さて、皆も長い旅で疲労も溜まって来ているだろう。私も休ませてもらうことにする。皆も部屋を決めたら体を休めてくれ。また、陽の落ちる頃にエントランスに集まってくれ。」

 そうジークフリートが伝えると、皆の顔に戸惑いの色が表れる。

 「おい、ジーク。お前がこの隊のトップなんだぞ。お前が先に部屋を決めてくれないと誰も部屋を決められないだろ。その辺はある程度指示してくれないと困るぞ。」

 そうアーサーに言われ、確かにと納得する。

 「そうだな。それでは、私とアーサーは1階の部屋を使わせてもらう。2階の部屋は自由に使ってもらって構わない。2階にはちょうど10部屋あったはずだ。先程、魔女殿からもあったがドアへの魔力登録を忘れないようにしてくれ。特に女性2人は気をつけるように。このメンバーに不埒な輩はいないとは思うが絶対とは言い切れないからな。それでは、今度こそ休ませてもらおう」

 ジークフリートとアーサーが部屋に入るのを確認すると、皆が2階へと上がっていくのだった。


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 ジークフリートは、部屋に入ってまたも驚かされる。入り口の先に少し段差があり、そこには部屋へ入るための履き物が揃えてある。広さはないものの小さなキッチンや生活に必要な必要最小限の家具などが配置された部屋。他にも小さなドアを開けると浴室とトイレと思われるものも備えてある。浴室に関してはこちらの世界のものと大きく変わらないようだ。トイレも備えてあるが、ここで排泄をして本当に大丈夫なのかと不安になる。なぜなら、トイレの底に少しの水があるだけで、その先がどうなっているのかさっぱり分からないからだ。このトイレについても魔女殿に聞かなくてはと心に留める。

 魔女に出会ってから、ジークフリートは驚かされてばかりだった。

 見た目の幼さに反した大人びた言葉遣い。本人は全く意識せずに会話をしているところを見ると見た目とは違う年齢なのかもしれないと考える。

 そして、この建物の存在は異常だった。ただジークフリートたちのために準備したと言っていたが、彼女がジークフリートたちの存在を知ったのは昨日である。たった一晩で準備できるような代物ではないのだ。これについても聞いてみたいが、彼女が完全に自分を受け入れてからでも遅くないかと考え直す。

 
 部屋の中を一通り確認すると、せっかく浴室があるのだからと風呂に入ることにする。

 風呂の中でまた驚かされる。魔力を通すだけで温かい適温のお湯が出てくる。こちらの世界では、水をお湯にするために水魔法と火魔法を持つことが必須で、ただ魔力を通すだけでお湯が出て来るなど考えられないことだった。そして極め付けは、石けんなどのアメニティー。

 「何だ、この石けんは。ほんのりと甘い香りがするぞ。」

 こちらの世界の石けんは、良い香りのするものは存在しない。あくまで汚れを落とすことだけを考えて作られているからだ。それは貴族が使うものであっても違いはないのだ。

 もちろん日本には、もっと良い香りの高級な物も多数存在するが、初めて使うなら、あの牛のマークのついた、誰もが知っている昔ながらの物が良いだろうと選ばれた物だった。そして、こちらの人間は体も髪も石けんで洗っているのだが、この浴室には石けんとは別にシャンプーも完備されている。もちろんシャンプーなど初めて見る人のためにリンスインシャンプーだ。そうでないときっと混乱するからと、この建物を準備した者の優しさだった。

 「何だ、この髪を洗う専用のものは。髪とはこんなにもサラサラになるものなのか…。」

 ジークフリートは、今日、この時までにどれだけ驚かされたのだろうか。驚きすぎてクタクタだった。

 風呂から出ると、収納から飲み物を出すと一気に飲み干す。

 「この部屋、風呂だけでどれだけ驚けばいいのか…。」

 ジークフリートは、疲れた体をベッドに投げ出す。

 ーあぁ、このベッドも小さい見た目に反して、なんて寝心地が良いのだ…ー

 そんなことを思いながら、あっという間に眠りに落ちる。

 

 同じようなことを他の者も経験していた。

 特に女性冒険者の興奮は凄まじかった。むさ苦しい男たちとの旅の先に、こんな天国が待っているとは誰が考えたであろうか。元々、貴族出身の2人だ。いくら冒険者として名を馳せるようになったとはいえ、その前は貴族の子女として淑女教育はきちんと終えているのだ。久々に貴族に戻ったような錯覚に陥るほどだった。確かに貴族の時と比べると部屋は狭いが、そこに備え付けられているものは質素ながらも高級なものばかり。大森林の魔女が代替わりしたと聞き、彼女のために何かできればとジークフリートたちについて来たが、これほどまで魔女からの対応が良いとは思いもしなかった。

 見ず知らずの自分たちのために、こんなにも心を尽くしたおもてなしをしてくれる大森林の魔女に心からの忠誠を誓うのだった。

 その忠誠が今後、少しだけ行きすぎてしまうことがあっても、それだって大森林の魔女を守るためなのだ。

 だが、これら全てを準備したのはさくらではない。先代のリーナだ。

 さくらだって最初に確認した時に驚いたのだ。「やりすぎじゃない?」かと…。

 それでも誰かが困るようなことはないだろうしと、そのまま利用することを決めたのだった。

 結果、誰も彼もが喜び、必要以上に忠誠を誓われることになってしまったのだが…。

 それだって、きっとリーナの思い通りなのだろう。

 

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